イニエスタと安井。不思議な縁でつながった2人

©VISSEL KOBE

「アンドレス・イニエスタが存在していなければ、サッカー選手としての今の僕は存在しない。それは100パーセント断言できます」

そう語る選手が今、ヴィッセル神戸でイニエスタと一緒に汗を流している。19歳、プロ2年目の安井拓也だ。地元の兵庫で生まれ育ち、ヴィッセル神戸にはU-15から所属。U-18を経て2017年にトップチームに昇格した。パス、ドリブル、シュートを武器とする攻撃的MFで、イニエスタに近いプレースタイルを持っている。それもそのはず。安井はイニエスタに憧れて、彼のプレーを参考にしながら自身の技を磨いてきたのだ。

安井がイニエスタの存在を知ったのは小学5年生の時。2009年5月27日、UEFAチャンピオンズリーグ決勝、バルセロナ対マンチェスター・ユナイテッドの一戦をテレビ観戦し、背番号8のプレーに衝撃を受けた。「決勝という大舞台にもかかわらず、イニエスタは本当に楽しそうにプレーしていました。前へスルスルとボールを運んでいくし、ほとんどミスをしない。『何なんだ、この選手は!』と衝撃を受けて、その試合はビデオで何度も何度も見返しました」

その試合を機に安井はCS放送を見られる環境を手にし、リーガ・エスパニョーラの試合中継や『バルサTV』などでバルセロナの試合をチェックするようになった。見れば見るほど「イニエスタのような選手になりたい」という思いは膨らんでいく。そう強く望んだ理由の一つには運動能力の変化があった。小学生高学年まではどちらかといえばテクニックよりも、スピードを持ち味としていたタイプ。スルーパスに抜け出す、あるいは自分でボールを蹴り出して相手を置き去りにするといったようなプレーで活躍できていたが、中学2年生の頃になると次第にスピードは目立った武器ではなくなっていった。そのことに気づいた安井は少しずつプレースタイルを変化させていく。相手の間でボールを受け、ショートパスやワンタッチプレーを多用。なるべく相手選手とのボディコンタクトを避けながら攻撃を仕掛けていくというプレーヤーに少しずつ進化していった。

ロールモデルとなったイニエスタへの熱量は高校生になっても冷めることなく、ひたすら彼の動画を見て分析しつつ、プレーのイメージを頭の中にインプットしては、グラウンドに出てイニエスタのレベルに少しでも近づけるように努力を積み重ねていった。そんな日々を過ごす中で、偶然にもバルセロナの試合を現地で観戦するという幸運にも恵まれた。2015年3月8日。安井はヴィッセル神戸U-18の一員としてスペイン遠征に参加していたが、チームスケジュールの一環としてカンプ・ノウでバルセロナ対ラージョ・バジェカーノの試合を観戦する。

「当時の僕は高校1年生で、U-18チームでは試合に出られていなかった。だから、そのスペイン遠征におけるハイライトはバルセロナの試合を観戦することだったんです(笑)。リオネル・メッシがハットトリックをするなどバルサが6-1で勝ちましたが、僕の目はずっとイニエスタを追いかけていました。難しいはずのトラップやボールタッチを簡単そうに淡々とプレーする。その時に改めて『イニエスタは魔法使いだな』と思ったことを今でも覚えています」

イニエスタのプレーを生で初観戦したことも糧にしながら、安井は順調に成長曲線を描き3年生になると10番を背負ってヴィッセル神戸U-18の攻撃を牽引する。その活躍が認められてトップ昇格を勝ち取り、2017シーズン、晴れてヴィッセル神戸でプロとして第一歩を踏み出した。1年目は公式戦3試合の出場にとどまったものの、プロの中で揉まれ心身ともに鍛え上げられたという。

迎えたプロ2年目の2018年5月。イニエスタのヴィッセル神戸加入が決定する。「本当に興奮した。だけど、一緒にプレーできるなんて夢のようで現実味は全く感じられなかった」と当時のことを振り返った安井。それから2カ月後の7月22日、ヴィッセル神戸対湘南ベルマーレ。4日前に来日したばかりのイニエスタは59分から出場し、J1リーグデビューを果たした。ピッチに立ってから2分あまり、センターサークル付近でボールを受けたイニエスタは右サイドを走る味方選手へパスを出す。この1本目のパスを受けたのが、奇しくも安井だった。チャンスになりそうな場面だったが、相手DFに阻まれ試合も0-3で完敗。先発出場した安井は65分に交代し、イニエスタとの初共演はわずか6分ほどで幕を閉じた。それだけに大きな悔しさが残ったという。

「せっかく掴んだ先発出場だったのに、ほとんど何もできずに終わってしまって……悔しさしか残らなかったという意味でも、忘れられない試合になりました」。その試合以降、安井はイニエスタと公式戦で一緒にプレーできていない(10月19日時点)。チームに貢献するため、そして継続的にイニエスタとともにプレーするために安井は毎日のトレーニングに向き合っているが、練習でも『最高のお手本』から学ぶことは多いと証言する。

「一つひとつのプレーが本当にうまくて質が高い。ポジショニングや体の向きもそうです。それにイニエスタはいつもリラックスしてプレーしている。それも関係してか、重心が移っても体の軸が全然ブレない。緊張したり、体に力が入ってしまうとミスにつながりやすいけど、イニエスタはそれが全くないんです。そういう姿を目の当たりにして僕の意識も変わりました」

最後に安井は力強い言葉も残してくれた。

「イニエスタとプレーできることをいつまでも喜んではいられない。今は同じ立場にいるライバルですからね。盗めるところは全部盗んで、イニエスタを超えていくくらいの気持ちでやっています」

2018シーズンは残り5試合。安井は成長スピードを加速させ、もう一度必ずピッチに立つと心に誓っている。


著者:山本剛央(Takeo YAMAMOTO)

ニュース配信会社に勤務したのち、06年に『ワールドサッカーキング』編集部へ。現在は関西を拠点にJクラブやなでしこクラブの制作物に携わる。