ロングライフなデザイン

イチから立ち上げた情報サービスで賞をいただきました

柴田吉隆
Inside Hitachi Design
Nov 1, 2021

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列車の遅延情報をお知らせする「異常時案内用ディスプレイ」でグッドデザイン・ロングライフデザイン賞をいただいた。JR東日本と共同での受賞だ。ロングライフデザイン賞は、その応募ページに「暮らしの中で人々に愛され、これからも変わらずに存在し続けてほしいデザインと、そのデザインを生み出した人々を顕彰する」ものだと書いてある通り、“古い”デザインを表彰するちょっと変わった賞である。ただ、個人的にはこの賞がいただけるような製品に関われると良いと思っていたので、この製品を共に生み出し、約15年間にわたって育ててきてくれた仲間たちと受賞できたことはとても嬉しかった。

とはいえ、受賞をずっと狙っていたというわけではまったくなかった。応募してみようと思いついたきっかけは、テレビで放映された映画「天気の子」を見ていたときだった。大雨が続いて電車の運行が滞っている状況を表現するシーンの1つとして、異常時案内用ディスプレイと思われるデジタルサイネージが描かれていた。シーンのリアリティを追求するクリエイターが、1つの素材として異常時案内用ディスプレイを選択してくれたのを見て、街の日常的な光景の一部になれたのかもしれないと思った。そこでロングライフデザイン賞のことを思い出し、応募に必要な経過年数と異常時案内用ディスプレイがローンチされてからの期間を見て、挑戦できることを確認し、事業部門の同僚にチャットで相談した。

いまでは同様のシステムを全国の多くの鉄道会社に使っていただいているが、始まりはとても小さなチームだった。まだ若かった僕とプログラミングの得意なデザイナーの同僚、僕より若いシステムエンジニアと入社1–2年目の営業、そしてJR東日本の研究者という5人程度のチームだ。フラットパネルディスプレイがまだ高価でデジタルサイネージの事例もあまりなかった時代に、公共空間における情報デザインの新しいスタンダードをつくってやろうと思える刺激的な挑戦だった。僕らは、既に配信されていたテキスト情報を受信して、可能な限りグラフィカルで動的に変化する表示を生み出そうとした。理想的な表示と受け取ることができる情報を比べては補完すべき情報を洗い出しながら、実証実験に向けてまさに手作りと言えるようなかたちでシステムをつくりあげていった。

東京駅の実証では100インチのリアプロジェクションディスプレイを使っていた(2005年12月)

上野駅や東京駅で実証実験を重ねた。一般の方から意見をいただいて、その日の晩に修正をしたこともあった。実証を始めて程なくしてわかった大きな発見は、遅延情報を一覧できるこのしくみが駅社員にとっても役に立つことだった。異常時案内用ディスプレイによって、駅社員が遅延情報の全体像を把握することができるようになり、指を指しながら利用客へ案内することができるようになったのだ。加えて、駅社員から忘れられない意見をいただいた。それは、多くの利用客が列車遅延時にこのサイネージを見て行動ができるようになると、駅社員は障がい者や外国人などの案内を必要としている利用客の対応に時間を割くことができるようになるというものだった。このテーマは、グラフィカル・ユーザーインタフェースのデザインとして始めた挑戦であり、当時はサービスデザインという言葉を聞いたこともなかったが、いま考えれば、駅の現場で問題に直面している駅社員の話を聞きながら開発を進めることで、僕らはサービスデザインをすることができていたのだと思う。

実証実験において改札横の窓口に設置された異常時案内用ディスプレイ(2005年12月)

その後も紆余曲折を経ながらも、JR東日本側も日立側も頼れる仲間がどんどん増えていき、2006年12月に何とか本稼働のリリースを出すことができた。電車が遅れることを喜んではいけないのだが、当時は主要な路線に遅れが出るたびに駅に出向いては、ディスプレイを見る人たちの様子を観察していた。良いものができたなという自信が少しずつ出てきたころ、JR東日本の研究者が「世界平和」というキーワードを口にするようになった。驚いたことに、このしくみを他の鉄道会社へも広げようと言うのだ。JR東日本からの委託研究で開発されたものを他の鉄道会社に展開することは通常では考えられないことだった。僕らは早速、他の鉄道会社への提案活動をスタートさせた。

サービス開始当時の新宿駅(2007年4月)

「世界平和」という大げさなキーワードがなければ、今日のように全国でこのシステムを使っていただくことはなかっただろう。「世界平和」のために異例の対応をしていただいたJR東日本の方々と、約15年にわたってシステムを育て、全国に広めてきた日立の仲間たちに感謝をしたい。

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柴田吉隆
Inside Hitachi Design

株式会社日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ 主管デザイナー