利用から関与へ

みらいのやさいの種は新しいモビリティシステムの種

柴田吉隆
Inside Hitachi Design
Dec 7, 2020

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「所有から利用へ」という言葉を始めて聞いたのは10年前に同僚が25のきざしを見せてくれたときだった。馴染みのない「シェア」という生活様式が新たに入ってくることを教えてくれたもので、本当にそんな風になるのかなと信じ切れない思いもあったけれど、新しい時代の到来の予感にワクワクしたのを覚えている。10年経って、所有から利用へのシフトは確実に進み、サブスクリプション型サービスなどの個人に向けた便利なサービスはかなり増えてきたなと思う。

そしていま、「利用から関与へ」という言葉について考えたいと思っている。東京大学東洋文化研究所の中島隆博教授は、日立評論の中で、ネットを通じた情報の取得や、コト消費と言われるような素晴らしい体験をすることも「所有の変形」に過ぎないと述べている。所有に価値を置いたサービスは自分自身でできることは大きく広げるが、所有する自分自身を変えることがないという。豊かな社会を築くためにめざすべきは、「所有に還元されない人間のあり方」である関与を大切にするべきなのではないかということだ[1]。なるほど、これまではシェアリングの利便性に着目したサービスが受け入れられてきたが、本質的なシェアリングのインパクトとは中島教授のおっしゃる通りのものであるように思う。物品のシェアは必ずしも目的ではなく、関与のある社会をつくることが目的だと言えないだろうか。

「関与」は新しい社会インフラの役割?

日立は社会インフラを担う企業である。いま、そのインフラが担うべき役割を問い直す必要があるように思う。人々が互いに関与し、変わっていくことが社会に足りていないのであれば、多くの人が利用する社会インフラが関与を生み出す役割を担ってはどうだろうか。

日立のビジョンデザインは、Beyond Smartというコンセプトを掲げている。人々の生活に利便をもたらす「スマート」を否定するものではないが、どうやらそれは私たちが求める中心的な価値ではないようだから、それを超える価値を探索しようということでスタートさせたものである。「スマートを超える何か」を言葉にできないまま多くのコンセプトを発信してきたが、いまでは「関与」がその中心的な1つであると思える。もちろんこれは私たちが発見したことではなく、都市計画やまちづくり、コミュニティデザインを推進されている方々が、多くの素晴らしい活動をされている。日立の中にいる私たちがこのことにようやく気付いたことの意味は、社会インフラの世界と関与をもたらす活動の世界をつなぐことにあると考えている。

関与のインフラを考えるFuture Living Lab

そんな思いで始めたのがFuture Living Labという活動である。私たちのオフィスがある東京国分寺では、新しい地域のインフラとしての電子地域通貨のあり方を探索するため、2018年に地域のイベントで使える電子チケットを地元の方とともにつくった。一番の特徴はボタンが2つある決済画面である。このチケットは決済の瞬間を地域の人と人をつなぐ大切な時間であると考える。大切な時間である決済を簡単には終わらせず、お金を払う人と受け取る人がスマートフォン上の小さな画面にあるボタンを同時に10秒程度押していないと決済は完了しない。物理的に手と手を近づける何とも言えない間が、ちょっとした気恥ずかしさとともに会話の機会をつくってくれる。

チケットを使う人と受け取る人が同時にボタンを一定時間押すと決済ができる

三浦で始まったみらいのやさい

そして、先週からは神奈川県三浦市で、みらいのやさいという不思議な企画をスタートさせた。京急三浦海岸駅の近くにある三浦観光バスでトゥクトゥクや自転車を借りて、海岸沿いにある無人野菜直売所SHOP PEEKABOOでみらいのやさいの種を手に入れて持って帰る。スマホで種を覗くと、農家さんが野菜を育てるストーリーが展開され、読み終わると自宅に新鮮な野菜が届くという企画である。SHOP PEEKABOOには、昨年度も不思議な企画にご協力いただいた。大変ありがたいことに、2年目を迎えて、ご協力いただける仲間が増えている。

みらいのやさいの利用の流れ

日立は何がしたいの?と思われることだろう。いま、ビジョンデザインの小さなチームが挑戦しているのは、「関与」の観点からモビリティシステムのつくり方を問い直すことである。新しいモビリティシステムを機能から考えるのではなく、行きたいと思える場をつくり、そのための移動手段を用意する。それを地域の方々の連携によって実現するのである。そして、地域の外から来た方がその移動手段を利用し、「行きたいところ」へ行き、その過程で一般的な観光とは異なる形で地域の方々とのつながりをつくり、そのつながりの物語を持って帰るのだ。

タネを下から1つ取るとゴソゴソと上から落ちてくるのが気持ちいい

そこで生まれるものは、すぐにはモビリティシステムと呼べるものではないかもしれない。しかし、地域の方が地域に固有の移動を生み出すことが、モビリティシステムが実現しうる関与のひとつの形ではないかと思う。従来の、提供される利便に対して市民を受け身にさせていたモビリティから、市民が主体となって作り出す、街に関与をもたらすモビリティへの拡張である。三浦において私たちは「よそ者」であるが、私たちのような者の存在がきっかけとなって地域に新しい活動が生まれ、新しいインフラが生み出される過程に私たちも携わることができたなら、ビジョンデザインチームとしてこんなに嬉しいことはない。

11月初めにはDESIGNARTに参加して、たくさんの大学、高校、農家のみなさんとともに、koyart(コヤート)という団体の立上げイベントを行った。koyartとは、小屋とアートを重ね合わせた造語で、空間やアート、デザインを表現する各団体が、主に野菜の販売小屋をテーマにして、半島の先端の街の未来について思いや考えを発信していく。これらの活動による作品が街に置かれることによって「行きたいところ」が面となって広がったとき、新しいモビリティをこの地域のワクワクをつなぐものに発展させていられると良いと思う。

最後に間違いなく言えることは、三浦は美しく、そこで採れた野菜はおいしいということだ。コロナの状況は厳しいが、三浦方面へ出かける機会のある方は、ぜひトゥクトゥクで風を切って不思議な種を手に入れてみて欲しい。

参考文献:

[1] 中嶋隆博:Human Co-being 超スマート社会を支える人間観の再定義, 日立評論, Vol. 101 №5, 4–5, 2019

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柴田吉隆
Inside Hitachi Design

株式会社日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ 主管デザイナー