意義を生み出す組織

佐宗邦威さんが「宗教的」なモデルとして読み解くビジョンデザイン

柴田吉隆
Inside Hitachi Design
Feb 26, 2021

--

ビジョンデザインが迎えている転機

日立がビジョンデザインを始めて10年余りが経つ。10年の間にビジョンデザインの活動は変化をしてきており、いままた大きな転換点を迎えている。

日立がビジョンデザインの活動を始めたのは2010年。直前のリーマンショックを受けて、「社会イノベーション事業」への傾注という目標の下に会社が大きく変わることを求められているタイミングだった。当時のデザイン本部は、インハウスデザイン部門として果たしうる役割は何かを考えていた。そして、社内で具体的なイメージを共有することができずにいた「社会イノベーション事業」について、事業領域を横断する形でその仮説を可視化し、社内外の議論を活性化することに役割を見出し、ビジョンデザインを立ち上げた。いまでは「サービスデザイン」という領域が定着しているが、当時は、日立の中においてはまだ個々の領域におけるサービスのデザインが始まったばかりであった。ビジョンデザインがきっかけとなって、より幅広いステークホルダーを対象とした社会システムの仮説を考えることの意義ややり方が、社内に広がり始めたのではないかと考えている。

ビジョンデザインが最初の転機を迎えたのは、2016年初めに第5期科学技術基本計画の中でSociety 5.0という考え方が示されたときだった。私たちビジョンデザインを推進するチームは、ビジネスの効率性を示す「Industry」ではなく、人々の幸福な生活を示す「Society」を冠した考え方に共感した。しかし、世の中のSociety 5.0の受け取られ方が、効率化のための技術導入の促進をめざす社会であると捉えられているようにも感じられることがあったため、ビジョンデザインチームでは、Society 5.0とは何かを議論し、Society 4.xではない5.0に求められる社会システム像を描くことを目的として、「Don’t just be smart, go beyond smart.」というメッセージを掲げることにした。

2016年以降のビジョンデザインの活動がどの程度の影響をもたらしたかは分からないが、この数年、日立は経済価値だけではなく社会価値と環境価値を実現することを宣言している。また、その実現ために、利他の精神でひとりひとりが社会とつながっていくような働き方へシフトする必要を謳うようになった。明らかにいままた会社は変わることが求められているというのが、現在ビジョンデザインが迎えている転機である。これまでは事業部門から少し距離を置いた視座であるべき姿について議論を行ってきたが、これからは事業部門がどのように変わるかという視座でのビジョンデザインが求められるだろう。

ビジョンデザインフォーラム

ビジョンデザインが転機を迎えていることについて話し合うためのイベント「ビジョンデザインフォーラム2021」を、2021年1月15日に社内で開催した。ビジョンデザインの変遷やこれからの活動、事業部門における実践について話し合うオンラインイベントで、私たちのチームで企画した小さなイベントではあったが、グループ会社の社員も日立製作所の役員も参加し、300名を超える盛況なイベントとなった。このイベントで基調講演をお願いしたのが、副題にある佐宗邦威さんである。「意義を生み出す組織」と題して、日立のような大きな企業においてビジョンとはどのようなもので、誰がつくり、社内外にどのような作用をもたらしうるのかということについて講演をしていただき、さらには、日立の丸山幸伸主管デザイン長との対談をしていただいた。

嬉しいことに佐宗さんから許可をいただいたので、講演と対談について、簡単ではあるがこのブログでシェアをさせていただこうと思う。社内向けにお話をしていただいたものではあるが、ビジョンデザインを新しくしていくためには、ここで話された興味深い内容は、関心をもっていただける方々に共有されるべきだと思う。

外発的から内発的へ

佐宗さんには、現在の企業経営のパラダイムシフトについてのお話をしていただいた。わかりやすかったのは、従来の「生産する組織」の経営を「軍隊的」、これからの「創造する組織」の経営を「宗教的」とされた点だ。

生産する組織とは、市場があり、ニーズがあり、競合がいる中で、いかに早くゴールにたどり着けるかを求めている組織である。定められたゴールに向かって組織一丸となって迅速に行動するために、求められたのは合理的な規律、選択と集中であったという。そして、軍隊が相手を取り囲むように、市場のターゲットをしたたかに囲い込んでいく。

これに対して創造する組織とは、市場やニーズなど、これまでは「地図」のように働いていたものがなくなってしまった状況において活躍する組織である。ビジョンの基になるものが「定められたゴール」から「内発的な世界観や意志」に変わり、ひとりひとりが自分たちの内側を振り返ってみたときの思想こそが、現在の答えの見えない状況における唯一の不動点になるという。ビジョンに共感をしてもらうことで他者を呼び込み、場において一緒に価値をつくっていく。この人の集め方、価値の出し方を「宗教的」であるとする佐宗さんのご説明が、刺激的であり、大変わかりやすい。

なるほど、どこの市場をどのように獲るかというように自分の外部に答えを求めてきた企業にとっては、自分の内面を問われる場面が来たとなれば、まさか「内側には何もない」とは言うことはできず、意志を探し、表出することについて考えなければならない。もちろん、私たちは追い詰められたからビジョンを抱くのではなく、社会を変えたいという内発的な思いから抱くのではあるが、外側から自分たちを見れば、これが私たちが現在直面している状況であり、ビジョンデザインの転機なのだと改めて気づかされた。私たちの会社も、社会も変わることが求められている。

--

--

柴田吉隆
Inside Hitachi Design

株式会社日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ 主管デザイナー