デザイナーとしてパンデミック下の海外プロジェクトに関わること
【Designship2021登壇まとめ】
2021年10月23~24日にオンラインで開催された日本最大級のデザインカンファレンスDesignshipに登壇した。この度Public Speakerに応募した経緯、発表内容、登壇後の感想をまとめてお伝えする。私の仕事への思いや工夫したこと、悩んだことが、少しでも参考になれたら嬉しく思う。
応募のきっかけ
私は今年で入社7年目になる。振り返ると様々な楽しい仕事をやらせていただいたが、未だにこの仕事を「天職」だと感じることができていない。気づいたらただ目の前の仕事を淡々とこなすようになり、仕事の意義、達成したい目標を忘れがちになっていた。
そんな中、Designshipを知った。今までやってきたこととしっかり向き合い、自分の物語として伝えることができれば、きっと「社会インフラに関わるデザイナー」という特別な仕事の意味を再認識し、再び初心を思い出すことができると直感し、スピーカーに応募すると決めた。
講演概要を送って10日経った頃、採択の通知が届いた。
「泥臭い経験」を語る!
講演に選んだテーマは、去年一番悩んで、工夫して、決して上手くいったとも言えないパンデミック下の海外プロジェクトでの経験だ。成功体験ではなく、一つの目標とそれに向けた努力を語れば、きっとその目標に共感し、より多くの解決策を一緒に考えていく仲間が増えると考えた。
以下に発表内容の概要をまとめる。
-海外案件で担当した仕事-
私は「Smart City」分野でパートナや顧客企業と一緒に都市のソリューションを考える「顧客協創」活動をやっている。都市の様々なステークホルダをデータや技術でつないで、効率よくするだけではなく、街の中で生活している人にとって新たな価値を作り出していく。
私たちは、新しいプロジェクトの度にその地に足を運んで、対話や観察といった形で街の中の人とコミュニケーションし、街の人にとっての価値を明らかにした上で、技術やソリューションを提案してきた。
-現地の価値観を捉えることの重要性-
私にとって現地の人とのコミュニケーションの重要性が印象に残った体験がある。
中国・広州で街の安全を守る仕組みを新たに提案するために、ローカルの住民たちのセキュリティに対する感度、例えば「監視されていること」をどの程度気にしているかを知る必要があった。
当時、海外では中国のセキュリティの厳しさに焦点を当てて、街中に監視カメラが2億台ある、膨大な個人データから国民が格付けされていると、ディストピアのように報道されることが多かった。私も日本にいて常にこのような報道を目にするので、そんな印象を持っていた。
しかし現地に行ったら、「本当に海外での報道のように、窮屈な社会になっているのか?」と疑問が湧き、どうしても自分で確かめてみたくなった。
タクシーに乗るときに運転手と雑談したり、屋台で朝ごはんを食べながら店主とお喋りしたり、私はとにかく現地の人を捕まえて率直な感想を聞いてみた。
その結果は意外なものだった。例えばタクシーには交通部門の監視カメラがついているが、運転手や乗客は、自分たちの様子を撮られることに抵抗感がないばかりか、安心感を覚えると言うのだ。中国は日本と比較してPeer to Peerの交通が発達して、その分トラブルも多い。いざトラブルとなったときや忘れ物をしたときに証拠として残るので、みんな口を揃えて「監視カメラはあったほうが安心」と言う。広州の人々にとって、監視カメラは疑いの目を向けられているというよりも、見守られている、自分にとって有利な情報を残せるなどのメリットを感じているようである。
中国人である私でさえ、国から少し離れた間に自国の価値観に置いていかれていると感じた。
セキュリティに対する感覚において中国と海外での差を体験したことで、より価値観を正確に認識する重要性を実感した。今起きているパンデミックで、実はその価値観の差がさらに開いていくのではないかと考えた。
パンデミックの対応は国によって異なる。経済よりも健康を優先してロックダウンする国もあれば、プライバシーよりも安全を優先して、監視カメラやスマホの使用情報によって感染経路の追跡を行う国もある。その地に生活する人たちにとって、何を優先するか、国や政府への信頼が今までにないスピードで変化し、国と国の間で価値観の差がより開いているように感じる。
リアルタイムで変化していく価値観をどうキャッチするのかが、デザイナーにとって重要になっていく。
そのために、我々は様々な方法を模索している。まだ完全に解決したとは言えないが、その中の二つの事例をベースに、どんな工夫をしてたかをお伝えしたい。
-パンデミック下の海外プロジェクト事例1: 現地に行かずに現場の暗黙知を模索する-
一つ目の事例は豪州でのヘルスケアプロジェクトでの体験。そのプロジェクトでは、病院と救急隊の間のデータ連携で、救急搬送のプロセスを効率化することが目標だった。
救急搬送のプロセスを改善するために、第一歩として現場の現状を理解する必要があった。本来、我々デザイナーやリサーチャーが現場に行って、救急隊員や医者に付きっきりで観察をしないとけないが、コロナでそれができなくなった。連携を取っている現地の医療関係者も、コロナの対応に追われ、とても情報提供できる余裕がなかった。このままでは現地の人が本当に望むものを作れないのではないかと、我々は危機感を感じた。
そこで注目したのは医療機構が外へ発信している、スタッフ教育用の公開コンテンツだった。実際の観察の効果とはまだほど遠いが、スタッフの服装の違いからチームの所属を推定したり、対話やテキストから伝達すべき情報を読み取ったり、かなり直感的に現場の動きを捉えることができた。
今回の経験では、現地には行けなかったものの、街の中の人が外部に発信する情報から、彼らが何を重視して動いているのか、つまりその思いの「かけら」を受け取ることができたと思う。
生活者と連携をとり、発信の過程をサポートすれば、現地に行かなくてもさらに鮮明に価値観が反映された情報が得られるはずだと考えた。
-パンデミック下の海外プロジェクト事例2: 生活者自身による「価値観の外在化」-
生活者の価値観のアウトプットを手助けする。こんなアプローチを試してみたのは、二つ目の事例。香港理工大学の学生と、8週間のデザインワークショップで未来の香港の姿を描くプロジェクトだった。
本来このようなプロジェクトでは、メンバーが現地に渡航し、街を探索したり、現地の人と交流したり、自分たちで将来の社会の変化に繋がりそうなヒントを探索するのが理想的である。
今回は、現地に行って生の体験を得ることができないし、現地の学生に日々見聞きしていることを話してもらったとしても、都市の未来を考えるにはまだ臨場感が足りなかった。
そこで私たちは、都市の未来を担っていく学生自身に、アウトプットをしてもらうことにした。遠隔でその価値観を理解しようとするより、本人が感じたことを形にする過程を手伝えば、より良い効果を達成できると考えた。
まずは、学生の目から見て社会の変化のきざしになりそうなことを、一週間の間毎日写真と感想つきで架空のSNSに投稿してもらった。そこで日立のデザイナーたちがコメントする形で、現地生活者の関心が集まる社会変化について丁寧に議論することができた。
さらに、学生自身が描いた未来の都市像に向かっていくシナリオについてローカル住民や移民の方との会話を重ねて、ショートムービーと、そこで登場するもののプロトタイプを制作してもらった。
このようなプロセスを経て、学生という一人の住民が持っている価値観が、周囲に共有できる、議論できる形となった。
我々デザイナーだけではなく、街のステークホルダ、さらに街の外部の人も、現地住民の価値観を鮮明に理解することができるようになったのではないかと思う。
このプロジェクトでは、デザイナーが自らの役割を変えて、生活者が価値観をアウトプットする過程をサポートすることで、彼らが持っている思いを形にして、外に発信することができた。
今後世界の様々な国でこのようなプロセスを繰り返せば、きっと生活者が未来の社会に対して抱く思いを捉えることができると考える。
-最後に-
発表では、パンデミック下で生活者の価値観の変化を捉えるために、生活者が発信する情報から「思いのかけら」を受け止める、生活者の価値観の「外在化」をサポートする、という二つの工夫を紹介した。
「価値観」を捉えることとはつまり「歴史的背景に基づく文化の違い」を捉えることだと思っていたが、社会が急速的に変化していく中、直近の出来事に対するリアクションや未来に向けた変化のきざしを捉えることも必要である。
それを遠隔で捉えていくためには、生活者自身が発信している情報にデザイン視点で向き合ったり、ときにはデザイナーが勇気を持ってアウトプットせず、彼らが抱く「問い」や「思い」の外在化を手伝うこともこれから重要になっていく。
深澤直人さんとのQ&Aセッション
登壇後、視聴者からの質問を深澤さんとの対談形式で答える特別セッションが設けられた。
都市デザインとプロダクトデザインにおいての「余白」の意味、コロナの時代に重要な「コミュニケーションのデザイン」、生活者から創造力を引き出す方法などの話題について話した。
大学時代深澤さんデザインの壁掛け式CDプレイヤーを見て初めてデザイナーの存在を知り、それがデザインに関わる一つの大きなきっかけにもなった。自分にとって憧れのデザイナーとこのような形で交流できるのも、Designshipという舞台がくれたひとつの素敵な奇跡だ。
登壇を終えて
インフラに関わるサービスデザイナーは基本的に黒衣である。世の中に出すデザインも、受賞した時以外に担当のデザイナーなんてほとんど知られることはない。私自身もこのような大きな舞台で自分の仕事についてお話しするのは初めてだ。他の業界のデザイナーの皆さんと同じステージに立つことで、再びインハウスデザイナーとして都市づくりに関わる意味の重大さと深さを実感した。
デザインは使う人の生活に長く寄り添うものを作ること。はじめの一歩として、泥臭く人に向き合い、何が「価値」になるかを見極めていくことが大切だ。今後、社会が変化していっても、人の価値観の変化を根気強く追求し、世代を超えて使われ続ける都市の基盤を一緒に作る仲間が増えることを願う。
このような「インフラ事業に関わるデザイナー」の思いが少しでも伝われば、私の発表の目的は達成したと思う。
-視聴者からのフィードバックなど-
Designshipの運営の方々が登壇内容をグラフィックレコーディングしてくださった。miroの会場はこちら:https://miro.com/app/board/o9J_lqQ6xtQ=/
Twitterでは、本発表に関する質問、コメント、リツイート、お気に入りなど合わせて計200件超えるリアクションを得られた。一部のコメントは以下のリンクから見れる。