街の人たちを感じる

三浦海岸で見つけた「関与」の第一歩

柴田吉隆
Inside Hitachi Design
Nov 10, 2021

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2021年9月11日から30日までの約3週間、「みんなでつくる三浦海岸の地図」と称して、京急線三浦海岸駅前に幅9m、高さ2.4mの大きな地図を設置した。感染防止対策に十分な注意を払いながら、駅前を行き交う人に三浦海岸のおすすめの過ごし方をステッカーに書いて貼ってもらったり、スマホの写真を印刷して貼ってもらうことで、ガイドブックに載っているものとは異なる情報が交わされ、市民参加型の新しい観光の在り方を探ることができるのではないかと思ったためだ。

不安いっぱいの準備

地図の設置は京急電鉄と共同で行った。地図が目につきやすいように改札前に設置することを考えていたが、良い場所なだけあって、他の広告が既に設置されているなど、十分なスペースを確保することが難しかった。最終的に選んだ場所は改札口からは一切見えない、長年使われていない施設の裏側だった。広いスペースを確保することはできるが、これまでに三浦海岸駅に何度も足を運んでいても、一度も見た記憶のない“死角”と言える場所であり、不安いっぱいの苦渋の決断だった。

これまでいくつかの取組み(19年秋20年冬21年春)を三浦海岸の街でやらせてもらって、そのコンセプトについて「いいね」と言っていただくことはできても、行動を起こして参加をしていただくことが如何に難しいかを痛感していた。今回は死角の設置個所のこともあり、準備を進めていたメンバーはうまくいく自信が持てないまま開始当日を迎えることになった。

これまでとは違うことが起きている

9月11日、いよいよスタート。僕らは目の前で起きていることに少し混乱すら覚えた。これまでとは違うことが起きている。この驚きは3週間絶えることはなかった。案内人が立っているわけでもないのに、駅前に地図が設置されているだけで、想像をはるかに超える数の人がステッカーに文字を書き、写真を印刷して地図に貼ってくれ、期間中、その数が衰えることはなかった。そして、駅前を通る多くの人が足を止め、地図に貼られたステッカーを読み込んでいた。10分以上、中には30分近く読んでいる人もいた。

僕らがしかたなく選んだ場所は、実は最高の場所だった。改札を出るといつも目的地へ直行していた僕は気づくことができなかったが、そこは死角などではなく、街を向いていたのだ。街の人に対する駅の顔ともいえるような場所だった。電車に乗るために改札口へ向かう人だけでなく、スーパーへ行く途中の高齢者、下校途中の小学生、駅前のカフェの店員、ジョギング中の人・・地図はあらゆる方の目に留まり、多くの方が足を止めてくれたのだ。地図を街に向けて置けたことで、名付けた通りに地図が「みんな」のものになっているように見えて、とても嬉しかった。

街の人の存在を感じる

貼っていただいたステッカーに記された内容は、地元の美味しいレストランを紹介するものや、海岸から見る朝日の美しさを伝えるものなどさまざまだ。面白いのは、地元の小学校の卒業生と思われる方による「〇〇小、大好き!」という書き込みや(1つや2つではない!)、消防署を示す位置に貼られた「いつも守ってくれてありがとうございます」という書き込み。普段なら声にならない街への思いが地図の上で可視化され、多くの人に共有された。改めてステッカーの書き込み内容を見てみると、単に情報を伝えるものに比べて、街への思いが表現されたものがはるかに多いことに気づいた。「みんなでつくる三浦海岸の地図」は、当初想定していた「新しい観光」を超えた、何か別のものになっていた。

ステッカーがたくさん貼られた大きな地図の前に立つと、何とも言えない力が地図から発されているのを感じる。多くの知らない人とすれ違う駅前で、他者に干渉するのでも、手厚くケアされるのでもなく、同じ街に暮らしている人が自分と同じように何らかの思いを抱えて生きているんだという存在を感じる。そんな力なんじゃないかと思った。

そうやって街の人たちを感じる。こんな小さなことが街が変わる力につながっていくんじゃないかと思った。

「みんな地域のことが好きなんだってよくわかりました。」

最終日に地図の前で地域の方が話してくれた。地域の中でそんな思いが共有されるような薄く広い「関与」を一瞬でもつくれたのかもしれない。街の真ん中にある駅には、そんな小さな役割を担う大きな可能性があるのだと思う。

三浦海岸だからできたこと

3週間のあいだ、地図や機材に対するいたずらや、剥がさざるをえないような書き込みがほとんどなかったことにも驚いた。どこの街でも同じようにできることではないと思う。今回の取組みは期間限定で実験的に行ったものではあるが、三浦海岸の街は、このような形のコミュニケーションがとれる街なんだということを、街の方にもぜひ知ってもらいたい(とっくに気づかれているかもしれないが・・)。

また、そのような素敵な街で実験をやらせていただけたからこそ、新しい発見をたくさん得ることができた。

参加をしていただいたみなさん、ありがとうございました。

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柴田吉隆
Inside Hitachi Design

株式会社日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ 主管デザイナー