Help me now: デザイナーが起案したサービス事業とプロトタイピングの話

生活・社会のモックアップとしての漫画

私はデザイナーで、新しいサービス、いわゆる新事業を構想する仕事をしている。その事業化は道半ばであり、目覚ましい成果を残しているわけでもない自分が、筆を執ることは少し気がひける。しかし、サービスやビジネスといったデザイナーにとっては新しい領域で、試行錯誤しながら進んでいくプロセスに、ヒントを得たり、励まされたりする方もいるのかもしれない。

この記事では、私が起案したサービスの構想を事例に、私が辿ったプロセスを、プロトタイピングを中心に紹介していこうと思う。デザイナーの想像力や、それを人に伝える表現力を、新しいサービスの構想・企画にいかに活かすかということに関心を持っているので、そのような観点でご意見をいただけると特に幸いである。

では、まずは以下に続く漫画を読んでいただきたい。(7ページ)

思いやりのある行動が増えたら、無理なく続けていけるのではないか

駅をはじめとする公共空間で、助けを求める人とそれを助けられる人をマッチングするサービスを構想している。生産年齢人口である15~64歳が総人口に占める割合は、総務省の人口推計(2019年10月1日現在)によるとついに60%を切った。私はモビリティ分野のデザインをしているので、鉄道会社の方とお話する機会が多いのだが、人手不足の問題は駅係員をはじめとしてやはり例外ではないようだ。一方で、高齢化や都市化は依然として進行している。インバウンドの波もいずれ戻ってくるはずである。つまり、人手を要するヘルプに対する需要と供給のアンバランスは、今後ますます大きくなっていくと考えられるのである。

このような課題の解決に資するコンセプトが「社外の人たち(生活者)に助力を求める」ことである。思いやりのある行動をする人が増えたら、社会や生活を続けていくコストは減るのではないか、と考えているというわけで、そのような社会の実現に向けて「Help me now」というサービスを構想しているのである。

プロトタイプとしての漫画

さて、冒頭で読んでいただいた漫画は「Help me now」が浸透した世界を物語として描いたもので、SFプロトタイプあるいはイマジネーション・プロトタイプと呼ばれるものである。将来像や未来像とも言えるが、向かうべき方向を示した啓蒙型の未来像ではなく、さまざまな人と望ましい未来について議論するための探索型の未来像である。フランス語を話せる会社員が、ランチを食べに行く途中で、フランスから来た旅行者の道案内をして、鉄道会社から買い物に使えるポイントを貰う。その様子を都市の日常的な光景として具体的に描いているのは、読んでいただいた人に好き嫌いのレベルで意見を言ってもらえるようにするためだ。そして、実際にさまざまな鉄道会社や生活者の方々と議論をしてきた。

まどろっこしいと思われるかもしれないが、ハードウェアやソフトウェアのデザインをするときのようなモックアップをつくっても、その意図や価値は伝わらないのである。リーンキャンバスやカスタマージャーニーマップも、構想の初期段階では同様である。私がまず議論したかったのは、見た目の美しさや使い勝手、サービスのUX、ビジネスモデルなどではなく、それが豊かな生活・社会なのかどうかという根本的なことだった。ならばつくるべきは生活・社会のモックアップ、すなわち物語であるという考えに至った。

物語の表現形式としてまず思いついたのは動画だった。しかし、コンセプトムービーのようなものは社内外に溢れていて、人をキャッチする力が弱いかもしれないし、動画は食傷気味だという人も多そうな気がしていた。また、少し前にビジョンデザインのプロジェクトで6本も動画をつくったばかりだったので、新しい表現を試してみたいと思った。それが漫画である。漫画の利点としては、自分のペースでじっくり読んでもらえることや、俳優を起用するロケーション撮影と違って、細かいところまで自由に作り込めることが挙げられる。製本することで名刺代わりに配れることや、制作費を比較的安く抑えられるのも良いところだろう。

では、漫画をどうやってつくるのか。小学生の頃には漫画を描くのに何十冊ものノートを費やして、クラスの人気者になったりもしたが、今となっては餅は餅屋。少なくとも作画については漫画家にお願いするしかないと考えた。連載を持っている漫画家のスケジュールを抑えるのは難しいだろうと思い、同人作品を描く人に絞り込んだ。そして辿り着いたのが、なかせよしみさんである。彼の『閉塞通信』という作品は、未来のリニア東海道線を舞台にした短編のSFで、テクノロジーがもたらす問題のほか、鉄道会社の事情をはじめとする架空の社会背景などもしっかり描かれており、まさに私がイメージしていたSFプロトタイプの体を成していた。Twitterを見ると、次の日曜日に開催される同人誌即売会に出展するとのことで、この類のカルチャーにめっぽう詳しい同僚に付いてきてもらい、その場で名刺を渡して「漫画を描いてほしい」と依頼した。

私が書いた拙いプロットをもとに、なかせさんにネームを描き起こしてもらい、プロジェクトマネージメントの立場で参加してもらったプロダクションの人たちとも一緒に、文言の一字一句まで決めていった。

実は、冒頭で紹介したのは物語の3分の1である。興味を持たれた方は全編のPDFファイルを読んでいただきたい。

介助士の資格を持った人が、電車に乗ろうとする車椅子使用者をサポートをする

この物語では、そもそも駅係員でない人がそのようなことをやっても問題ないのか?事故が起きたときはどうするべきなのか?駅係員の本音としては手伝ってほしいのか?といったことを鉄道会社の方と議論した。鉄道会社によって方針が異なり、めざしている駅サービスの世界観がそれぞれあるのは興味深かった。また、車椅子使用者の方とは、資格は持っているがプロではない人に介助されることについて不安はあるか?といったことを議論した。(資格の有無やプロかどうかは意外にも問題でなく、車椅子を扱う筋力があるかどうかが大事だという意見も––)

電車に乗る人の協力を得て、電車内に置き忘れたものを回収する

この物語は、自分では少々突飛だと思っていたが、回収すると見せかけてモノを盗んでいくという悪意を防げれば、意外にも鉄道会社のニーズがあることが分かった。遺失物の回収・管理・廃棄にかかるコストは年間でかなりの金額になっており、大きな課題になっているそうだ。また、自分が助ける側にも助けられる側にもなりうることが、サービスの世界観として良いという意見もあった。

鉄道会社から買い物に使えるポイントがもらえることに対する、ボランティアの方々の反応

「ポイントがもらえないと助けないなんて悲しい」という意見もやはりあった一方で、「少額のポイントが手助けに目覚めるきっかけになるのであれば良い」といった前向きな意見もたくさんあった。私自身、駅や路上でよく道を聞かれるのだが、「ありがとう」の言葉をもらうことはやはりうれしく、自己肯定感も高まって一日を気持ちよく過ごせる。少額のポイントで背中を押せるのであれば、たくさんの人が「ありがとう」がもらえる手助けに目覚めるのではないかというわけである。また、ポイントの受け取りを憚るボランティアに向けて、ポイントを社会活動をする団体に寄付できるようにするというアイデアも議論の中で生まれた。

議論の次

もちろん議論して終わりではない。議論を通じて得た意見やアイデアを踏まえたうえで、「社外の人たち(生活者)に助力を求める」というコンセプトが駅で有効に働くかどうかを検証すべく、現場調査や実験もおこなってきた。これらについてはまたの機会にて紹介したいと思う。

駅で実施した道案内の実験については次回

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高見真平 Shinpei Takami
Inside Hitachi Design

株式会社日立製作所 東京社会イノベーション協創センタ シニアデザイナー, 多摩美術大学 情報デザイン学科 非常勤講師