New Normal Mobility ①

空想都市を舞台にアフターコロナを考えるオンラインイベント、その開催経緯と工夫

高田将吾
Inside Hitachi Design
Feb 8, 2021

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2020年7月、私たちは「空想都市 中村(なごむる)市都市改善推進課」というイベントを開催した。時勢を踏まえ全編オンラインで実施。交通事業者やスタートアップ、大学関係者、クリエイターなど総勢70名以上の参加者とアフターコロナの交通・都市の姿に関する議論を行った。

本投稿では、イベントを開催するに至った経緯や、空想都市 「中村市」を議論の舞台に選んだ背景を説明したい。

誰にもわからない。だから皆で議論したい。

私はサービスデザイナーとして、鉄道関連事業をはじめ交通領域での新規事業立案を担当している。昨年は、とある交通事業者と共に移動サービスの実証実験を行う計画だった。しかし、計画は感染症拡大によって停止することを余儀なくされた。

実証実験だけではない。対面での打ち合わせやインタビュー調査など、これまで当たり前に実施してきた多くの活動が、今も制限を受けている。出来る事を一つずつと、ウェブサイトを通じた情報収集やオンラインでのインタビューなどを行いながらアフターコロナ時代の交通や都市がどういった姿となるのか検討を続けていた。

しかし、感染症はものすごいスピードでこれまでの社会の当たり前を上書きしていく。机上調査だけでは起こった変化を追いかけるのが精一杯だった。

そうした中でも、生活者が抱く課題意識を知り、その解決策を考えたい。そのためには、日立の中で議論を閉じるのでは無く、生活者や関係事業者を交え、それぞれが抱く課題意識や起きている問題について話すことが必要だと考えた。

例えば、全国の鉄道事業者やスタートアップ、大学生やクリエイターのような多様なバックグラウンドを持つ人々が一同に集まり、それぞれが持つ情報を交換しあうようなことが出来たら、これまでは考えなかったアイデアが生まれこの状況を打破できるのではないか?

そんな想いを胸に企画したのが、今回のワークショップイベント「空想都市 中村市都市改善推進課」だ。

議論の舞台は空想都市「中村市」

鉄道事業者をはじめ地域に根ざした事業者と議論する時には、具体的な意見を交わすため、例えば渋谷や国分寺など特定の地域を対象にすることが多い。しかし、様々な地域から参加者を募る場合には、特定の地域を対象にすることが課題となる。その理由は以下の二つだ。

一つは、参加者ごとに地域の理解度の差があること。当たり前だが、鉄道事業者は事業者ごとに根ざすエリアが異なる。ある事業者であれば新宿から多摩地区、別の事業者であれば渋谷から神奈川といった感じだ。そのため、固有の地域を対象に議論してしまうと、地域の理解度に差があるため、意見の相乗効果が起きづらく活発な議論に発展しづらい。

もう一つは、自由な発言がされにくい点が挙げられる。地域に根ざした事業者は、自身が関係する地域について発言する際、地域関係者への配慮から発言内容を慎重に選ぶ。個社間での閉じた打ち合わせの場合には、その場限りという条件で様々な発言をしてくれる場合もある。しかし、今回のように、生活者や別の事業者も混在となった議論の場合には、より発言に慎重となるだろう。

こうした課題を解決すると考えたのが、空想都市「中村市」だ。中村と書いて「なごむる」と読む。

空想都市中村市とは、地理人・今和泉氏が制作された架空の街である。ウェブサイト上で閲覧できる地図は、実在していると勘違いしてしまうほど具体的でリアルだ。地図の本物らしさは、作者である今和泉氏が幼い頃から蓄積してきた膨大な知識と想像力、そして更新され続ける調査結果が支えている。

中村市は架空の街であるため、誰も住んだことが無ければ、訪れたことも無い。もちろん、風景写真なんて物は存在しないが、地図を眺めていると自分の住んでいる街や、これまで訪れた街を連想してしまう。これはおそらく、今和泉氏がこれまで蓄積してきた様々な地域の要素が中村市に詰まっているからだろう。

私は、想像力をかき立てる中村市が、多様な参加者が集まる議論の場を活性化すると考えた。存在しない街=誰も関係していない街だからこそ、地域の理解度の差や、利害関係などを気にせず自由に議論できる。また、各参加者が中村市を介して別々の地域を想像しながら会話をしたとしても、議論中には具体的な地図の上で話題を展開できる。そして、参加者の自由な意見が地図上で重なり繋がる事で、具体に紐づく形で議論が活性化されていく。

これらの考えを持って、既に空想都市中村市を舞台にしたオンラインイベントを実施していた社会課題解決に特化したPR・企画会社 株式会社morning after cutting my hair(以下、morning)へイベントの共同開催を依頼した。結果、北は新潟から南は福岡まで、交通事業者や大学関係者、スタートアップにクリエイターなど多様なバックグラウンドを持つ73名の参加者が、インターネットを介して中村市に集った。

第一回WSの様子

全3回のイベントでは、「中村市」の中に存在する繁華街やニュータウン、観光地といった様々な地域を対象に議論を行った。「中村市」が、参加者の想像力をかき立て、コロナ禍における具体的な課題に想いを寄せながら各々の意見を地図上で繋ぎ合わせていった。ワークショップの詳細については、morningのnoteで発信されている。是非、そちらを読んでいただきたい。

人と人とを繋ぐ交通。活動拠点としての駅

イベント中の議論を抜粋して紹介する。

  • リモートワークが普及し居住地域での滞在時間が延びる事で、これまで表出してこなかった、自身の住環境を良くしていきたいというニーズが増えるのでは無いか。そこをサポートするようなビジネスに機会がありそうだ。
  • ニュータウンのように同じ時期に同世代の住民が流入してきた地域では、年代的多様性が低く危機的状況になったときに総崩れとなる恐れがある。そうした、これまでは黙って見過ごしていた地域の課題に取り組まなければいけないことに気付いた。
  • 他者との繋がりが希薄化していく生活の中で、どのように人と繋がるのか? 繋がるための体験自体が難しいものとなっている。そうした中でこれまでと違う形での新たな繋がりを考え、普及させていく必要を感じた。また、空間から解放されたコミュニティが生まれたとき、既存の行政はどのような役割を担うべきだろうか?

なかでも、「鉄道事業者をはじめとした交通事業者が有する駅やバス停などの施設は、移動のためだけでなく、地域コミュニティの活動拠点でもある」という意見が全3回の議論に共通して見られた。この意見は、移動が減少すると言われるアフターコロナの社会において、交通事業者が移動以外の価値を沿線住民へ提供する上での大きなヒントとなるだろう。

今回のイベントを通して感じた、空想都市は様々な地域の参加者と共通テーマで議論する舞台設定として効果的である点は、オンラインイベントに限らず、感染症拡大が収束しオフラインでの議論が復活した際にも有効だろう。今回のイベントでは実現できなかった、多様な参加者が同じ空間に集まり、地図を囲みながらワイワイと議論することが実現できる日を願っている。

今回の感染症拡大は私たちの日常を大きく変えた。感染症だけでなく、気候危機をはじめとした脅威は、避けることの出来ない不確実性として今後も私たちの社会に現れるだろう。

しかし、どんな社会になったとしても、多様な人々が集い共通の問いと向き合い議論することが、解決の糸口になると私は信じている。だから私は議論のための場や仕組み、参加者同士の関係性をデザインする。そして議論の結果を下敷きに、手放しに感情を煽る実現不可能なユートピアではない、共に努力し協力すれば手の届く未来を描き続けるのだ。

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高田将吾
Inside Hitachi Design

株式会社日立製作所 東京社会イノベーション協創センタ 価値創出プロジェクト モビリティユニット