SFプロトタイピングとは科学技術とデザイン、哲学の交差点だ

Round-table talk #03 『SFプロトタイピングについて』

高田将吾
Inside Hitachi Design
Jun 28, 2021

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Round-table talkとは、日立のデザイナー・研究者が社外の人と特定のトピックについて話す座談会です。2021年4月より月1回のペースで開催しており、6月に開催した第三回では、SFプロトタイパー 難波優輝さんをゲストにお招きし、先日公開した記事「私がSFプロトタイピングを始めた理由」を片手に「SFプロトタイピング」について会話しました。

本記事では会話内容を参考に、「SFプロトタイピング」という手法を対話形式で解説していきます。

スピーカー

難波優輝:SFプロトタイパー、美学者、批評家。株式会社セオ商事哲学事業部。専門は分析美学とポピュラーカルチャーの哲学(バーチャルYouTuber、ジェンダー表象、SF)。

高見真平:株式会社日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ シニアデザイナー。多摩美術大学 情報デザイン学科 非常勤講師。

高田将吾:株式会社日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ デザイナー

SFプロトタイピングとは?

高田:昨年の秋、都市・交通に関する研究活動の一環でSFプロトタイピングを実践しました。その際、難波さんにSFプロトタイピングの手ほどきと執筆を依頼しまして、その経緯で本日も参加をお願いしました。今日は、SFプロトタイピングを実践したメンバーでその手法についてざっくばらんに話していけたらと思っています。

まず始めに、SFプロトタイピングについて難波さんから説明をお願いできますか?

難波:SFプロトタイピングとは科学技術が未来に及ぼす未知の影響、予期せぬ結末、全く新しい可能性などを考察する手法です。SFプロトタイピングには大きく3つのステップが存在します。

1.場作り:「Science Fiction」という前提を共有し自由な発言を促す空気を作る
2.議論:参加者の発言を物語として記録し、課題意識・価値観変化表出させる
3.批評:作った物語を関係者へ共有し批評しあう

高田:ステップ1の場作りで何を喋ってもいいという空気を作るのにSFのパワーを使うわけですね。

難波:そうですね。「SFだからどんな事が起きてもOK」という空気を作り出すことで、SFプロトタイピング活動に参加する人たちの想像力を広げる事が出来ると思っています。目先のことだけでなく、SFによって想像力を広げた議論を重ねていくと、参加者個人の価値観や課題意識まで議論が深まっていき、より根本的な課題を発見できるんです。

高見:課題を発見することは、デザイナーの仕事のひとつになっていくと思っています。
昔は課題が明確だったことのほうが多かった。例えば、ユーザインターフェースのボタンであれば、より押してもらうためにはどうしたらいいか?というように。しかし、最近はサービスやビジネスのデザインを通じて社会課題にアプローチするようになってきました。目の前のユーザのことだけ見ていれば良い時代から、ビジネスのエコシステムだとか、地域や国や地球のことまで考慮しなければいけない時代になりました。

高田:視野を広く持つことが求められてきているんですね。

高見:そうなると自分ひとりでは良い解決策を出すのは難しい。解決策を出す前に、より良い解決策をみんなで生むための問いや課題を設定することが大事になると思っています。

難波:ビジネスもそうですが、より広い視点が求められる社会課題解決を対象にした場合にも、遠く深い所にある課題を導出する必要がありますよね。そうした時にSFプロトタイピングを使った議論は有効だと考えます。

また、デザイナーの役割が変化しているという話を聞いて、その役割が哲学者と近づいているように感じました。私自身も哲学者であり、哲学者の仕事とは問いを設定する事や、問いを提示し解決を促すことだと思っています。そのため、私達は問いを作る技能を日々磨いています。一方で、哲学者のアウトプットは文章や論文、本であり、デザイナーのアウトプットと比較すると訴求力が弱くなってしまう。そこで、SFプロトタイピングを使うことで、アウトプットした問いを物語という訴求力が高い形で伝えることが出来るのではと考えています。

高見:デザイナーと哲学者が歩み寄り、交わった所がSFプロトタイピングといったところでしょうか。

SFプロトタイピング実践に求められるスキル

高田:昨年のSFプロトタイピングの研究では、SFプロトタイパー兼SF作家として難波さんに参加いただきました。SFプロトタイピングを実施する上で必要なスキルとはどんなものがあるのでしょうか?
やはり、SF作家さんの参加は必須なのでしょうか?

難波:正直SFプロトタイピングを実施するのにSF作家の参加は必須では無いと考えています。それは、SFプロトタイピングで重要な事は先程述べたステップ2、3にある議論、批評を繰り返し、物語を作っていく過程にあると考えているからです。

高見: 秋に実施した際にも、3ヶ月程かけて何度も議論を行いましたよね。日立の研究者も交えて技術の進化とそれに伴う価値観変化について議論し、浮かび上がってきた物語を僕ら3人で、ああでもないこうでもないと叩いていきました。

難波:最終的には、私がブラッシュアップして作品として仕上げたのですが、重要だったのはその前の議論の時間です。そのため、SFプロトタイピングを推進するのに求められるスキルとは議論中に発言された内容を記録し、再度議論を促すことだと思います。

高見:グラフィックレコーディングとSFプロトタイピングって構造が似ていると思うんです。難波さんが編集に携わっている『ニューQ』という雑誌で、グラフィックレコーディングをはじめ視覚言語について研究されている清水淳子さんと、現象学を専門とする哲学研究者である小手川正二郎さんの座談会記事を読んだのですが、そこで清水さんが「グラフィックレコーディングは、機械のようにみんなの声を網羅的に描いたものではなくて、ひとりの人間である私がその場で聞いたことを、私の感覚で描き出したものなんです。(中略)私が主観的に描いたものをみんなが疑う構造がむしろ良いんだ」とおっしゃっています。

難波: なるほど。SFプロトタイピングでは、議論されている内容を登場人物の視点を通した物語として描写し参加者と共有することで、議論内容における違和感や軋みのようなものを気付けるようになっていると思います。
改めて、議論と物語描写を反復しながら、より深い課題や価値観変化の発見まで参加者を導いていけるか?という所がSFプロトタイピングを推進する上で必要なスキルだと確認できました。

ビジョンとSFプロトタイピングの違い

高田:最近、多くの企業が10年、20年先の将来を見据えたコーポレートビジョンを物語として発信することが増えています。こうした企業ビジョンとSFプロトタイピングの違いにはどんな事があるのでしょうか?

難波:物語に「問い」を含んでいるか否かの違いが大きいと思います。企業から発信される将来像の多くが是非実現してほしいし、できるだけ早く実現してほしいと思えるものになっています。一方で、SFプロトタイピングは、必ずしも実現して欲しい将来を描くわけではありません。むしろ実現したら困ってしまうような将来を描くことが多いです。そうした物語を提示することで、問いを伝えるのがSFプロトタイプです。

高見:幸せなビジョンが描かれた物語は、「答え」を見せられているのでそこから思考しないんですよね。これいいな、早く実現してほしいな、いい会社だなとは思います。対して、ディストピアとまではいかなくても、思考や議論を促す負の側面を描けることがSFプロトタイプの特徴だと思います。読むと考えたくなる、考えざるをえなくなる物語ですね。

難波:SFプロトタイピングの場合はステップ3:批評にあるように、多くの関係者から物語に対する批評を受ける事が重要です。だからこそ、手放しに「いいね」を押せるような物語ではなく、思わずコメントや引用リツイートせずにはいられないような問いを含んだ物語を表現するのが大事なんです。
関連して、企業でSFプロトタイピングを実施する際、物語を作って社外へ発信すること自体を目的とされることが多いです。しかし、SFプロトタイピングは永遠に「ing」がつく活動です。社外へ発信して終わりではなく、むしろ発信してからがスタートです。物語を通じて多様な関係者の意見を引き出していくことが重要です。

SFプロトタイピングにおける完成度

高見:作品としての完成度をどこまで求めるか?というのも気になるポイントですね。

難波:SFプロトタイピングの場合、物語としての完成度はそこまで追求する必要がないんじゃないか?というのが私の意見です。SF小説の文学的な面白さ、完成度というのはSF作家だからこそ出せる技だと思います。
一方で、SFプロトタイピングにおいては、文学的な面白さ=読ませる力よりも、議論を呼ぶ力の方が重要だと考えています。

高田:議論を呼ぶ力というのは、つまり「問い」ですかね?

難波:そうだと思います。強烈な問いを導出し、それを物語の軸に置くことが出来たら、完成度はさほど重要ではなく、議論参加者の間で次々と物語が生まれてくる状態になるんですよね。

高見:そういうことであれば、問いが展開される舞台の設定や、そこに登場する人の価値観はしっかり定めておく必要がありそうですね。

難波:同意です。私はSF作家や物書きを専門とする人に限らず、全ての人が文章を書く力を持っていると信じています。コミュニケーションの中で、最も多く利用する文字というものは誰もが扱える道具です。だからこそ勇気を出して物語を表現して欲しいなと思います。

高田:いいですね。今後もより多くの人とSFプロトタイピングを実施できるよう頑張りましょう。

難波:引き続き日立さんにはSFプロトタイピングを活用してほしいです。そして、たくさんの問いを生みだし、いずれは問いを売る会社になってほしいです。

この記事を通じて、SFプロトタイピングとは何か?という事が少しでも伝わっていたら嬉しいです。
手法やその背景情報について、より詳しく知りたいという場合には、難波さんが共著者として書かれた『SFプロトタイピング』を一読することをおすすめします。

引き続き、Round-table talkでは日立のデザイナー・研究者がゲストとの対話を通じて新たな気付き・発見を生みだす機会を作っていきます。是非、TwitterやMediumをフォロー頂き次の開催をお待ちください。

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高田将吾
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