約9時間に及ぶ陣痛&出産記録

ベビデビさん生まれました!

2019年1月18日の早朝に、第一子であるベビデビさんを出産しました!

生む前に気になったのは、やはり陣痛のこと。「鼻からスイカを出すような痛み」とよく表現されるけれど、いまいちイメージが湧かず、いろいろと調べてみたものの、「生理痛がひどくなったような痛み」程度の理解しか得られないまま臨んだ出産は、間違いなく人生最大級の試練となりました。

でも、最大級の試練であったがゆえに、やり遂げた後の喜びや安堵、達成感もひとしお。その一部始終を書き残しておきたいと思い、入院中につづった備忘録を基にこのブログ記事を作成しました。

ただ、陣痛と分娩で体験したありのままをつづっているので、中にはだいぶ生なましい表現も。苦手な方はご注意ください。笑

妊婦健診後に急に始まった陣痛

1月17日朝11時半から妊婦健診。子宮口が2センチ開いているとみなしましょう、というレベルで、もし28日の週になっても陣痛がこないようであれば、陣痛促進剤を使うという話に。ただ、子宮口がだいぶやわらかくなってはいるとのこと。運動が足りないかなあ、なんて夫氏と話しながら青葉台まで歩いて帰っていたら、お腹の張りに混じって痛みを感じるように……。

青葉台に着き、地元で人気のイタリアンレストラン、ドマーレでランチを食べる頃には、痛みが始まると食べるのを中断せざるを得ないくらいまでになっていて、この時点でもしかすると今夜には生まれるかも……という予感がし始める。「陣痛きたかも」アプリで本格的に測定開始。

「陣痛きたかも」アプリの履歴を見ると、スマホが手元になくて記録できなかった時間があるものの、最後の頃は平均して6~7分間隔で陣痛がきていることがわかる

陣痛時の準備の一環として、夫氏が私のためにブールドネージュを買っておきたい(口の中でほろほろと溶けるので、噛む必要がなく、陣痛のときに食べやすいんじゃないか)というので、無印良品に寄ってお買い物。帰り際には痛み出すと歩くのも厳しい状態で、急いでバスに乗って午後4時ごろに帰宅。

痛みの強さと頻度が増し始め、身体の向きを変えただけでしばしフリーズする状況になってきたので、リビングで黒豆茶を飲んで休ませてもらう。その間に入院の最終確認をしたり、お母さまに連絡をしたりと、着々と準備を進めてくれる夫氏。

午後5時41分には、陣痛の間隔が10分程度になったので、一度病院へ電話。午前の診察で2センチしか開いていなかったこともあり、間隔が7分ほどになるまで家で過ごすことを薦められる。そんなになるまで待ってからタクシーを呼んで間に合うかなぁ、という疑問は湧いたものの、言われたとおりにするしかないので、シャワーを浴びて湯に浸かり、夫氏にリクエストして作ってもらったおにぎりとゆで卵、きんぴらを食べて、仕上げに野菜スムージーを飲み、ひたすら痛みに堪えて待つ。ちなみにこの時はやたらおにぎりが食べたくて、おにぎり3つ、量にして半合以上を完食。来るべき試練に身体が備えようとして、即エネルギーになる炭水化物を欲しているのかな、なんて夫氏と話す。

いよいよ病院へ

午後9時5分、病院に2度目の電話。間隔が7分ほどになっていることなどを伝えると、じゃあ来ましょうかということに。痛みの波が来ているタイミングで電話しなきゃいけないので、何を話したか、何を聞かれたか詳しくは覚えていない。

夫氏にタクシーを呼んでもらい、話し相手をしてもらっていたお母さまに後をお願いし、病院へ。タクシー内と降りるタイミングで陣痛がきて、エントランスでしばらく休む。4階の病棟で入院手続きをし、診察室で診てもらったところ、子宮口が3、4センチ開いていた(正確な数値は、内診で刺激された痛みで覚えていない)。その後、着替えて22時ごろに陣痛室へ。

どんどんひどくなる腰の痛みと震え

陣痛室に通されて最初の頃は、痛みの合間に夫氏とくだらない話をして笑っていられたんだけど、徐々に痛みの間隔と頻度と度合が増すにつれ、それすらも困難に。お腹にモニターをつけられていて、それで心音を聞いたり陣痛のタイミングがわかったりするんだけど、夫氏がそれを常にチェックして、陣痛がくるタイミングでちょうどよくマッサージをしてくれたのがとても助かった。ベビデビさんの心音が速くなるのと、モニターの数値が上がるのと、実際に陣痛がくるタイミングがほぼ同じで、猛烈な痛みに襲われているにもかかわらず、どこか冷静に「人体の神秘だなぁ」なんて考えていた自分がいた気がする。

いよいよ痛みの波が感じられなくなり、程度の差はあれど常に痛い状態になったときに、助産師さんから受け取った睡眠導入剤を服用。「体質的に効きすぎて寝ちゃうんじゃないか」と一応相談はしたものの、痛みが一瞬和らいだときにふっと意識がなくなる感じで、次の波のときには瞬時に目が覚めて、目をかっ開いて痛みに堪えるというのを繰り返していたような気がする。そばで一部始終を見ていた夫氏はさぞかし心配だったろうな……。

痛みを説明しろといわれると、「鼻からスイカを出すほど痛い」という表現は、ある意味で的を射ていると思う。小さなスペースから、常識的に考えてどうやっても無理だろうという大きさのものを出す、そしてそれに伴う激痛にひたすら堪えるというのが、陣痛そして分娩なのかなと。ただ、よく、「自分のお腹を痛めて生んだ子」という表現を聞くけれど、私の場合はつらかったのはどちらかというと腰だった。マッサージしてもらっていたのも、肛門まわりと背中から腰にかけてだし、腰が砕けると陣痛中に何度思ったことか。

陣痛の波が来ているときは、どの体勢でいればいいのかすらわからなくて、とりあえず妊娠中ずっとそうしていたように、身体の左を下にして横向きに寝て、ベッドの手すりをつかむというポーズを取っていた。足を伸ばすとつりそうになるし、かといって曲げっぱなしだと痛みがうまく逃げないし。上半身を時折起こして身体をひねったりといろいろ試みるものの、結局最後まで何が正解かわからずじまいだった。

断片的ながらも覚えているのは、さっきも書いたように痛みの波の最中は目を開きっぱなしだったこと、時折意識を手放していたこと。「痛い」「助けて」を大音響で連発し、挙げ句の果てに「もう無理」と叫んだこと(そのときは助産師さんが駆けつけてきて、さすがに言っちゃいけないひと言だったと認識&反省した)。

そして何よりも意外すぎたのは、途中から震えが止まらなかったこと。最初は睡眠導入剤が合わなかったのかと思い、同じように考えた夫氏が看護師に聞いたら、そのような症状が出る妊婦さんもいるとの答え。そのときの状態としては、顔や背中はびっしょり汗をかいているけれど、下半身は異様に寒くて、普通の汗ではなく冷や汗なのかなぁ、なんてぼんやり考えていた。夫氏の見解は、次にいつ痛みが来るか察知できることへの恐怖心、そしてそれに対する自己防衛の術なのではないかというもの。言われてみると、確かのそのとおりで、あの痛みがまた来ようとしているとわかり、もう次こそはダメかもしれない、乗り越えられないかもしれない、と感じたときの恐怖ったらない。

それにしても、記憶に残っているのは、壁を叩いて痛みを逃していた(というか、半ば無意識に叩いていた)ときに見つけた、いくつかの引っ搔き跡。単にベッドや機材を移動させるときに付いたのかもしれないけれど、もしかすると誰かが陣痛中に壁を引っ掻いたのかな、なんて想像してしまった。そうしたくなる気持ち、マジメにわかる、と。

トイレに行きましょうと言われ、全然その気がないのに行かされたときも、歩いている途中で陣痛がきて、足元から崩れ落ちそうになりながら廊下の手すりに掴まって、助産師さんに抱えられて何とかたどり着いたり、妙な便意に襲われてつい出したくなるのを、「まだいきまないでください」と言われて必死でこらえたり(汚い例えかもしれないけれど、すこぶる大きなう○ちを我慢しろと言われているようで、到底納得できなかった……)。

分娩室に移動後、わずか13分で誕生

もろもろこれ以上は堪えられないというタイミングで、たしか子宮口は8.5センチ開いていて、ついに分娩室へ移動することに。歩けるか聞かれたけど、そんな神業を成し遂げられるわけもなく、車椅子で分娩台へ。転がるようにして台へ上がり、頭上に立った夫氏の手を握って、「いきんでいいですよ」の合図で、よっしゃあとばかりにいきむ。「いきむ時に口を閉じて」なんていう、もともと口が開きがちな私には無理な依頼もされたけれども、なんとかそれを守り、ありったけの力でいきむこと数回、頭が出たような感触が。上半身を起こして見ると、全身に薄い膜を纏ったベビデビさんがちょうど抱きかかえられて出てきた瞬間だった。

待つこと20〜30秒、泣き声が無事聞こえ、「おめでとうございます」という祝福の声が部屋のあちこちからあがったと同時に全身の力が抜けて、顔を覗き込んできた夫氏に、ひと言「よかった」と伝えた記憶がある。

分娩室に入ったのが午前2時10分。生まれたのが2時23分。分娩にかかった時間はわずか13分だった

顔を少し見せてもらった後、夫氏とベビデビさんは部屋の別スペースへ。出産時に会陰が少し切れてしまったとのことで、縫合をされたんだけど、その間も震えが続いており、気を紛らわそうと医者にいろいろと話しかける。何針縫ったかは覚えていないけれど、感覚としては3箇所くらいだったような。縫合や分娩の後片付けが終わり、ベビデビさんを枕元に連れてきてもらえた頃には震えも尋常じゃない量の汗もおさまり、穏やかな気持ちでご対面ができた。

愛おしいという気持ちよりもまず湧き上がったのは、「よかった」「頑張ったね」という言葉。振り返ってみると、陣痛中、特に後半は、ベビデビさんのことまで気にかける余裕がなく、そのことに対して罪悪感を抱いていたからだと思う。隣で眠るベビデビさんのあまりの小ささとはかなさに、この子は私と夫氏がきちんと守っていかなきゃ、と疲れきったぼんやりとした頭で強く思ったのを覚えている。親としての覚悟がいつできたかと聞かれたら、まさにこの瞬間かな、と。

出産後に新生児室で授乳中、お産を担当してくれた助産師さんに言われたのは、スピードが早く、出血量も少なくて、ものすごく安産だったということ。彼女いわく、うまかったそう。でも、私からすると彼女の「声は我慢しなくていいから。むしろ出したほうが楽であればどんどん出しちゃって」というアドバイスがすごく気持ちを楽にしてくれたなぁ、と。あのような切羽詰まった状況でもなお、「こんなに声を出したら根性がないと思われるんじゃないか」とか「恥ずかしい」という思いが頭をよぎり、なんとか我慢しようとして、結果息がうまくできていなかったのを劇的に変えてくれたというか、心身ともに解放してくれた。そして、夫氏のサポートも的確ですごくよかったと言われて、ほんとにそのとおりだなぁと思った。

出産2週間後の今思うこと

出産から約2週間が経った今は、昼夜問わずベビデビさんの世話に追われていて、一日一日がものすごく長く感じられるからか、ここに書いたことがまるで遠い昔の出来事のように感じる。でも、ベビデビさんの寝顔や、じーっと見つめ返してくるつぶらな瞳を見ていると、分娩台で頭から出てきたときの光景や、枕元に運ばれてきたときの状況がフラッシュバックして、嬉しさと愛おしさで胸がいっぱいになる。

初めての育児は慣れないことだらけなうえ、マタニティブルーっぽい症状も出ていて、焦ったり落ち込んだりすることも多々あるけれど、将来、夫氏とふたりで振り返って、「あのときはこんなこともあったねー」「あんなちっぽけなことで悩んでたのかぁ」と一緒に笑えるような、忙しくも楽しい子育てをしていきたいな、と思う。

最後に。相手がカズキでなかったら、出産はもちろん、妊娠生活自体もここまで順調にいかなかったと思うし、本当にこの人と巡り逢えて一緒になれて、そしてこの人の赤ちゃんを生めてよかったと心から思う。ありがとう。