佳央理さん 2017年7月3日
マスナリジュン
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ジュンさんへ 2017年7月14日

ジュンさん、お誕生日だ(った)ね。おめでとう。(推敲したり迷ったりしているうちに13日を過ぎちゃった)

何故だかわたしはずっとジュンさんの誕生日を七夕の日だと思っていたんだよ。
もしかしたら「七夕の1週間後だよ」というのを「七夕」だけ抽出して覚えていたのか、もしくはジュンさんに関する七夕の思い出話を聞いてそれが何故か誕生日と結びついちゃったんだね。
自分の感覚の時間を遡って手繰り寄せてみるとそこには自分なりの理由があったことだけは確かなんだけど、詳細が思い出せない。

*

チロリの話を聞いて、わたしの友達の鳥のちゅんちゅんのことを思い出した。
今すべき話じゃないかもしれないな…と散々に迷いもしたのだけれど、書くね。

ちゅんちゅんはまだ飛べない雛の状態で道に落ちていて、親も迎えに来ない様子だったからと職場のひとが保護した鳥だった。
職場が夏休みに入る時に世話をするひとがいないから、ということで私が引き取ったの。
24時間、30分おきにご飯を食べさせなきゃいけない赤ちゃんの時からつきっきりで育てた。野鳥の赤ちゃんを死なせずに育てるのはかなりむつかしいことなのだそうだけれど、幸い強く育ってくれた。

ちゅんちゅんは人間が飼ってはならない鳥だった。
保護した時から専門家に相談したりもしていたのだけれど、巣から落ちた時に指が折れてしまっていて枝にとまれなかったこと、日向ぼっこをしていると時々引きつけを起こすこともあって、こんなに弱いのに野生に戻しては生きてゆけないんじゃないかと様子をみることにした。
もう少し丈夫になったら外に放そう、もう少ししたら自分で餌を獲る訓練のことも考えよう…そんな風に思っている間に時間が経って、元気になった頃にはすっかり大人になってしまっていた。
悩み迷ったあげく、そのまま飼うことにした。
雛のころは「からあげ」という名前をつけていたのだけれど(早く元気になって飛んでゆかないと食べちゃうよ!という励まし?の意味で)飼うことを決めたので「ちゅんちゅん」と改名した。

最初小型犬用の小屋を買って、それに細かい網を張ってその中に住んでもらおうとしたの。外を自由に飛び回っている鳥を閉じ込めるのは可哀想だったけど、放し飼いにするのは鳥にとって危険だから。でも、夜中にその網から出ようとしているらしく朝になると頭が傷ついて血が出てしまっていた。そんなに飛び回りたいなら、と完全な放し飼いにすることに決めた。

私が家にいる時にはいつも追いかけてきて肩にとまっていた。
朝は私が起きるまで部屋の前で見張っているし、ご飯を食べる時には自分一緒に食べるし、歯磨きをするのもお化粧をするのもずっとついてくる。お化粧が終わると出かけるのを知っているから、最後の頬紅の刷毛をいつもいたずらして遠くに持っていっちゃう。追いかけると嬉しそうに羽根を震わせてぴよぴよ鳴くんだよ。
お風呂だって一緒に入ったしトイレにもついてきた。
トイレに入るとちゅんちゅんはいつもすごく遠くに耳を澄ませるような顔をした…きっと、電気の白い感じとか無音なかんじが不思議だったんだと思う。

私たちはとても仲良しだったけれど、同じ種類の鳥が遠くで鳴いていてそれに一生懸命答えようとしているような時、同じ種類の鳥がベランダに来てちゅんちゅんが戸惑っている間に相手は飛んでいってしまってそれを追いかけるように部屋の中をずっとぐるぐる飛び回っているような時、いったいどうするのが一番良かったんだろうな、と胸が痛んだ。

日本に住んでいる間も私はしょっちゅうツアーとかで家を空けていたから、そういうときはちゅんちゅんと会えないのが淋しくて、ツアー先で同じ種類の鳥を見かけると心のなかで話しかけていた。
不思議とそういうとき鳥はじっと私の声を聞いているような様子をする。
私が伝言を終えると、鳥ははっと覚めたようになって、飛び去ってゆく。

私がフランスに来る頃にはちゅんちゅんはもうだいぶ年をとっていた。
両親とSkypeをするたびにちゅんちゅんは画面を覗いて私の声をじっと聞く。それから興奮して騒ぎ出す。
あんまり前みたいに遊ばなくなった、とメールがくる。
一日中うとうとしていることが増えた、と。
去年に入ってからは換羽期に生えてくる羽根を収める鞘を自分で取ることができなくなった。
眠っている時止まり木から落ちるようになったので父がハンモックを作った。
水浴びもほとんどしなくなった。
「なんだかあなたが帰ってくるのをじっと待っているみたいなのよ」
と母が言った。
まだ帰国までは半年もある、と焦った。
9月になったら帰るからそれまで待っててね。
フランスで鳥を見るたびに(フランスには同じ種類の鳥はいないので他の鳥に)会いたいから待っててほしいけど、でもちゃんと苦しくないようにいてね、と話しかけた。

2月半ばのある夜、急に泣きながら目が醒めた。
何故自分が泣いているのか分からなかったけれど、激しい悲しみだけが体に残っていた。
もしかしたらちゅんちゅんが死んでしまったのかもしれないと思った。
眠れずに朝になるまで待って両親にSkypeをしたら、心配したようなことは何もなかった。

それから2週間くらいしてかな、ちゅんちゅんの死の報せがきた。
春生まれだったから、ちょうど11年間生きたことになる。

あんなに私に会いたがっていたから、傍にいなかったことがつらかった。
赤ちゃんの時からずっと、死ぬ時は一緒にいてあげるから安心して死ぬようにねと約束していたのに、その約束を破っちゃった。
報せを聞いたその日はベビーシッターのお仕事があったからぼんやりしながらメトロを乗り継いで仕事に行った。
子どもたちを公園で遊ばせている間、いつもみたいに一緒に遊ぶ元気が出なかったから傍のベンチで呆けていた。
ちょっと気を抜くと涙が出てしまいそうで、口の中で舌をきつく噛んで違うことを考えようとしていた。
そのうちに、近くで鳥が鳴いていることに気づいた。
考えたら結構長いことこの声は聴こえている…。
振り向くと顔から胸が山吹色のころんとしたコマドリがすぐ近くにいた。
コマドリがこんな近くに来るのは珍しいことだった。私が振り返っても全然動じずに、私の目を見るようにしきりと鳴いている。
なんだか嬉しくなってしばらくそれを眺めていて、あっ、と気づいた。
もしかしたらちゅんちゅんなんじゃないかな?と。
そう思った途端、コマドリは役目を終えたみたいに、ぱっと飛び去った。
いつまでも見つめていたかったけれど、小さな鳥はすぐに大きな菩提樹の葉の茂みに遮られて見えなくなった。

*

私には、ちゅんちゅんが本当に幸せだったのかは分からない。
わたしといたことで私といなかった時には味わわなかったことを味わったことだけは確かだけれど、それは実際に起こらなかった “飼われなかったら得られたかもしれない幸せ” とは、どうしたって比べようがない。
そして、そんなふうに考えることが私のエゴであることも、忘れてはいけないとも思っている。
私にとってちゅんちゅんと縁があったことはかけがえのない素晴らしいことだった。
ちゅんちゅんにとってもそうだったらいいなと願っている。
でも、その願いはわたしの一方的なものであることも、忘れてはいけないとも思っている。

ちゅんが最後に物質を離れて私に会いに来てくれたと想像するのはわたしの勝手な想像だ。
でも、死、というものは、もしかしたらどちらかというとそっち側に関係のあることなんじゃないかなと最近想像したりもする。
死んだらたましいとなって体から抜け出る、という側のことじゃないよ。
「私の想像」というものの範疇にどっちかというと関係しているんじゃないか、ということね。
わたしが見た、見ようとした、感じ、感じようとした、受け取り、受け取ろうとした、そのことの総体が、時間と密接な関係がある物体と縁を失った時にどうなるんだろう。今は死のことをそんなふうに想像することがある。少々の好奇心もある。
死、とはなんだろうね。
死んだらどうなるんだろう。
生きているうちは永遠に謎だ。
猛獣に食べられる夢を見たことがある。自分が鹿みたいなものだったのか、もっと小さなものだったのか忘れた。
猛獣から逃げる時はすごく怖かった。心臓が破れそうだった。
でも食べられる瞬間、ふっと安堵というか、諦めのようなものに包まれた。
勿論それは夢なので、猛獣に狩られる動物が本当はどんな気持ちなのか私にはわからない。
でも、死というものはたぶん今生きている私が想像するようなことじゃないような、気がしたりする。
死という現象は等しくやってくるのだけれど、もしかしたらその先(というかその瞬間というか)は個によって全くことなるんじゃないだろうか。
とかね。

*

チロリの心配をしているジュンさんに「死に好奇心が芽生えてきた」なんてお手紙を書く私はひとでなしかな。
きっと、ちょっとひとでなしだね。
否が応でも生きているし、否が応でも死ぬし、受け入れるも受け入れないもそれはやってくる、という気持ちと、死なないで欲しい、絶対にいなくなっちゃ嫌だ、という泣きじゃくりたいような気持ちは、どっちも同時に激しくあるな、ただそれだけだ、と今は感じてる。
あ、これは同時にあるというよりは、明確に区別されているんだった。
前者は自分自信が迎える死のことだろうし、後者は周りに起こる死のことだよね。

*

ジュンさんのムジャとは一度しか会ったことがなかったけれど、よく覚えているよ。
長いのにすばしこくすり抜けてゆく感じとか、油っぽそうなこしのある毛とか、それからおやつを私の指から舐め取った時の芽吹いたばかりの葉みたいに小さくて温かい舌。
私が畳に座っていて、ムジャがその周りをするする走っていって、なんだか池の鯉を捕まえようとしているみたいな気持ちになった。
ムジャはジュンさんに似ていたよね。

*

相変わらず後半に向かうにつれ、破綻してゆくお便りですみませぬ。

お誕生日ついでに、お酒も解禁したみたいでおめでとう。
日本に帰ったときに、美味しいワインをごちそうする。(お店はジュンさんの方が詳しいから、教えて)(何じゃそりゃ)

では、またね。