「君の名は。」は秒速5センチメートルへの救いだった〜「君の名は。」考察その①〜

Kenji Fujimoto
itoLab
Published in
10 min readSep 22, 2016

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「君の名は。」、すごい人気ですね。新海ファンとしては喜ばしい限りです。

今日はこの「君の名は。」という作品を通じて、ようやく僕の中で足掛け9年に及ぶ「秒速5センチメートル」という長い物語が終わりを迎えた、というお話をしようと思います。

予め言い訳をしておくと、これはあくまで僕が「君の名は。」あるいは、その他新海誠作品をどのように読解し、また補完しているか、という半ば妄想のような考察であって、確証もなければ反証もしようのない、とりとめのない散文であるということ。

要は、「僕はこの作品を、こんな風に楽しんでいます」という、ただそれだけの文章です。

多方面にネタバレ全開でもあるので、純粋に作品楽しみたい、という方はこちらのティーザーを見てからブラウザバックを推奨します。とっとと劇場に行っておいでなさい。

さて。

結論から始めると、「君の名は。」という作品は、新海誠監督が2007年に制作した「秒速5センチメートル」に対する回答編、あるいは完結編に近い作品になっています。

カウンターパート、コインの裏表という方が正しいのかもしれません。

以下では、僕がなぜ、そのような考えに至ったかを、順を追って説明していこうと思います。

考察の嚆矢は、立花瀧という名前。

この名前、よく考えると違和感がすごく強い名前なんですよね。

瀧という一般に名字に多用される言葉が名前として用いられている。また、音としてもT音の繋がりは読みやすくない。

そこで、なぜ新海監督がこの名前を、この作品の主人公に与えたか、というのがこの考察の出発点となります。

①遠野貴樹という存在

この名前に向き合ったとき、真っ先に思い浮かぶキャラクターは新海監督の「秒速5センチメートル」の主人公、遠野貴樹でした。どちらも「T・T」のイニシャル。名前も「たかき」と「たき」という非常に似通った音素で構成されている。

ここから、新海監督は立花瀧というキャラクターに、遠野貴樹との何らかの関連性を見出して欲しいと考えているのではないか、という仮説が浮かんできます。

②立花という姓

立花という名字はそのまま「橘」という植物を指しています。

生命力が強く神聖なイメージをともなった橘の木は、古来から長寿永続のメタファーとして珍重されてきました。また、桃の節句(ひな祭り)で「右近の橘、左近の桜」が飾られるように儚くも美しい桜と対置される植物

この「橘」は柑橘系の常緑樹で、伊勢物語でも「皐月待つ 花たちばなの 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする」とあるように、強い香気を放ち過去に立ち返らせる花でもあります。ちなみに花言葉は「追憶」

ここから、立花という姓を持ったこの少年は、桜と対比される存在であり、同時に、記憶の彼方にしまいこんだ想いを引きずり出す強い力を持ったキャラクターでもあることが理解できます。

これは、貴樹と明里の選んだ「胸の奥に大切な想い出としてしまいこむ」という選択の対極です。

以上、①②から分かることは、立花瀧が、遠野貴樹を強くイメージさせる存在でありながら、同時に完全に対称を為す象徴でもある、ということです。

ここからさらに、「秒5」世界と「君名」世界の考察を深めて行きたいと思います。

③ヒロイン宮水三葉と瀧という名前の関連性

ヒロイン宮水三葉の姓「宮水」は酒造りに重用された清らかで神聖な水、清流を指します。さらに口噛み酒を飲んだ人間は水のイメージにダイブする描写がありました(スピンオフ小説でも同様)。ここから概して、宮水の宮司は「水」のイメージをまとっています。

また、宮水家の氏神は倭文神・天羽槌雄神あるいは建葉槌命(タケハヅチノミコト)つまり、日本書紀において星神香香背男(ホシノカガセオ)を封じた織物の神様です。

カガセオは古語で蛇・龍=カガシから転じており、星のカガセオとはつまり、星の龍すなわち彗星を指すのではないか、とスピンオフ作品で触れられています。

そして宮水家は、悪龍=彗星による災害を人同士の繋がり(織り・結び)で乗り越えたことで、その1200年前の出来事を祀り、今に至っている。

一方で、瀧はさんずいに龍で水走る龍として、急流や滝を指す漢字。すなわち瀧とは水と龍が交わり清流となる様を表しています。

ここから、「龍=宮水を破壊するもの=彗星」「瀧=龍が宮水と繋がり、結びを持ったもの」という関係性を読み解くことが出来ます。

彗星によって出来た湖の周りで子孫を産み育ててきた宮水家にとっては、彗星災害を乗り越えた先にある人々の暮らしはまさに瀧なのです。

つまり、宮水神社の巫女である三葉が瀧とリンクし大災害を回避できたのは、決して偶然ではなく、物語上の必然だったわけです。

立花瀧と宮水三葉の関係性は、最初から丁寧に結ばれていたのだから。

④明里と貴樹の関係性

一方、秒5におけるヒロインと主人公の名前はこれと全く異なります。

明里という名前は「日」「月」「里」という文字で構成されており、「天体」「年月」「距離」を含意しています。

反対に貴樹という名前は、読んで字のごとく「貴い樹」。泰然としているかに見える一方で、プライドで足が地面に貼りつき、遠い空に手を伸ばすことしかできない、太陽や月を見上げるしかできない人間性を暗示しています。

これら③④の考察から、遠野貴樹と立花瀧の間で決定的に異なる点は、ヒロインとの関係性に「結び」を持つか、持たないか、つまりは、結ばれるために作られたキャラか否かであると推察できます。

このような①②③④の考察を通じて、「君の名は。」という作品は「秒速5センチメートル」の対極、つまり主人公とヒロインが結ばれることに向かう物語として設計されていることが分かってきました。

突き詰めて言えば、ヒロインと結ばれるという運命を与えてあげられなかった、遠野貴樹の物語「秒速5センチメートル」への、カウンターパートとして立花瀧の物語が描かれている。

じゃあ、なぜそんな物語を今、あえて描く必要があったのか?

この答えは、最も目につきやすい場所に最初から置いてありました。

主題歌『前前前世』

これまでの作品で「音楽」に徹底的に拘ってきた新海監督。本作においても「人生で初めて聴く曲と出会ったような作品を作りたい」と語っており、楽曲制作を担当するRADWIMPSとは1年にも及ぶ摺り合わせを行っている。

そうして出来あがった曲が『前前前世』です。

そして、「君の名は。」の前前前世、
つまり3作前は、「秒速5センチメートル」に他なりません。

やっと目を覚ましたかい
それなのになぜ目を合わせはしないんだ
遅いよと怒る君
これでもやれるだけ飛ばしてきたんだよ
心が体を追い越してきたんだよ

どこから話すかな
君が眠っていた間のストーリー
何億何光年分の物語を語りに来たんだよ
けれど いざその姿この目に映すと
君の髪や瞳だけで胸が痛いよ
同じ時を吸い込んで離したくないよ

遥か昔から知るその声に
生まれて初めてなにを言えばいい

君の前前前世から僕は君を探し始めたよ
そのぶきっちょな笑い方を
めがけてやってきたんだよ

目を覚ましたのは「君の名は。」で新しく生命を吹き込まれたキャラクター立花瀧。そして彼の前前前世は「秒速5センチメートル」の遠野貴樹。

「遅い」と言って怒るのは、作者がこんな物語を描けるようになる時を待ち続けていたから。「秒速5センチメートル」の物語に心を囚われてきた僕らも気持ちは同じです。「遅いよ」と。

勿論、これまでの新海監督のこともずっとずっと好きだった。でも、どこかで救いを描いて欲しかった。救われたかったし、救われてほしかった。

「これでもやれるだけ飛ばしてきた、心が体を追い越すくらいに」「その間に起きた色々な出来事や心境の変化を語り聞かせてあげたい」

だからこそ、いま、ようやくこの物語を作り出せた。言葉の代わりに物語を作った。

初恋を胸の奥にしまいこんで一歩踏み出す物語ではなく、儚くておぼろげな確信に向けて走り出す物語を、そういう選択を遠野貴樹に提示するために。

ここまでやってきた。この作品に辿り着いた。

だからほら、お前も走ってみろ。種子島から会いに行け。東京中を探し回れ。引き止めろ。

そうやって必死に声をかけている気がするんです。遠野貴樹に。かつての自分自身に。僕らに。

この「前前前世」という曲からは、そんな新海誠の声が聴こえてきます。

だから、この「君の名は。」は新海監督自身の手で遠野貴樹を立花瀧として救い出すための物語であり、立花瀧が遠野貴樹を叱り飛ばす物語であり、9年前に僕らが出会った「秒速5センチメートル」という物語の最終章でした。

走れ!会いに行け!別の女作るな!就職失敗しろ!うるせえ!カッコつけるな!悦に浸るな!探せよ!!必死に!!好きなんだろ!!!!って。

貴樹を叱り飛ばすようなこの作品の熱量が、僕は大好きです。

この作品を見たとき、僕らの心の奥底で9年近くもの間体育座りで俯いていた遠野貴樹が、雷に打たれたように立ち上がった。そんな気がしました。

この9年間、新海監督作品を見るたびに鬱積したやり場ない想いが全てカタルシスとなってラストシーンへ繋がっていきます。

最後に

この作品のテーマを語るために必要なことは、もっと作品そのものを解釈しないといけません。この考察はあくまで、「この作品はきっとこんな気持で作られたんだろうな」という妄想ですから。

ただ、それでも僕は、ラストシーン直前、奥寺先輩に瀧がかけられたあの台詞が、この作品の全てだと思っています。

「君もいつか、ちゃんと、幸せになりなさい」

以上、第一回「君の名は。」考察を終わります。

次回は、作品中に散りばめられたメタファーを拾いながら小ネタを提供しつつ作品単体でのテーマを読み解いてみようと思います。それでは!

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