「クリエイティビティ」の終わり

「クリエイティビティ」という単語は、わずか100年前に作り出された。そろそろ、使うのをやめる時だ。


by Kevin Ashton

20世紀を生きた人は、「クリエイティビティ」という言葉を散々耳にしたことだろう。21世紀を生きる人は、違う。クリエイティビティが無くなった訳ではないが、終わりは見えている。1926年、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドがその単語を発明した。

75年後の今、その単語は出版物の中で70,000語に1度の頻度で使われていて、広く知られる次の仮説の呼び名となった。それは、新しいものは、突然訪れる壮大な「ひらめき」を、「天才」があえて考えないようにして待つ(このフェーズはインキュベーションと呼ばれる)ことで問題解決をするという仮説だ。ここで最も多く引き合いに出される例は、次のようなモーツァルトの創作過程である。

「私が最も私らしく、また、いい気分のときに、アイディアが溢れてくる。それは、ほぼ完成した形で頭の中に現れる。それを書き記すとき、全ての過程は終わっていて、想像していたものとほぼ同一である。」

長さを省略するために編集したが、この言葉は1815年のドイツのジェネラル・ミュージック・ジャーナルへ宛てられた手紙の中で初めて使われた。それから、1945年にジャック・アダマールが執筆し、1976年にフィリップ・ヴァーノンが編集した「数学家の考え; クリエイティビティ」という本、また1989年にロジャー・ペンローズが書いた「皇帝の新しい考え」という本にも登場した。2015年になっても広く知られていて、既に、少なくとも一冊の本と新聞に一度使われた。

しかし、それはモーツァルトが書いたものではなく、彼がどのように作曲したかを説明したものでもない。それは、1856年にモーツァルトの伝記作者であるオット・ジャンが「でっち上げである」と示した時から分かっていたことだった。

なぜ、クリエイティビティについて書く人たちは、あたかもそれが真実であったかのように引用するのだろうか?それは、それ以外に引用できるものがないからだろう。心理学者は100年近くも、クリエイティビティに関する仮説を証明しようとしてきた。結果は、いい解釈をしても、成功だったとは言えない。

1920年代、スタンフォード大学のルイス・ターマンは、168,000人の子供たちを、「知能の低 — 高」の中に当てはめることで、遺伝的に優れている「天才」の存在を証明しようとした。彼は、1,500人を「天才」だと評価し、生涯彼らを追跡して業績や成果を観察した。何人かは映画製作などクリエイティブな仕事に就いたが、多くはそうではなかった。では、ターマンが除外した「天才ではない」子どもたちはどうなったか。ウィリアム・ショックレーとルイス・アルヴァレズの2人がノーベル賞を受賞した。ターマンが得たのは典型的な結果だった:その他の、「天才」の将来を測ろうとした研究は、全て失敗に終わった。

「インキュベーション」、または、あえて考えないことで問題を解決すること、については、広く研究されてきた。バークレー大学のロバート・オルトンは、1970年代をその研究に費やした。ある実験では、160人に休憩を与えながらクイズを解かせ、その他の人には継続してクイズを解かせた。休憩は、結果に全く関係がなかった。そこでオルトンは、下記のように結論づけざるを得なかった。

「インキュベーションの証拠は見つけられなかった。」そして、「インキュベーションの証拠を報告した研究は、どれも独自調査による再現性に合格しなかった。」とも付け加えた。

「洞察力」について — これはひらめきの源なのだろうか?ドイツのゲシュタルト心理学者だったカール・ダンカーは、その研究の第一人者だった。最も有名な研究で彼は、被験者に一箱の留め金とマッチをたくさん渡し、読書灯として使えるように、ロウソクを壁に取り付けるよう指示した。解決策は、留め金の箱を壁に取り付けること — その箱を、留め金入れとしてではなく、ロウソク用の支えとして捉えることだった。その「留め金入れ」を「ロウソク立て」として使うことを思いつくことが、「洞察力」である、とされた。ダンカーは被験者に話しながら考えさせることで、人々は、即座にではなく、徐々にその答えに近づいていくことを証明した。その解決策にたどり着いた被験者は皆、まず留め金で支えを作ることを考え、それからその箱がより良い支えになる、ということに気がついた。

このような実験、実際には数百もの実験だが、は代表的だ。クリエイティビティと呼ばれるものは存在しない。しかし、ダンカーの実験はもう一つの仮説の存在を示した。それは、桁外れのアイディアは、普通に考える普通の人が生み出す、という仮説だ。フィラデルフィアにあるテンプル大学の心理学者であるロバート・ウェイスバーグは、次のように説明する。

「理解しがたいほど大きな影響を与えるクリエイティブなアイディアや製品でも、そのイノベーションが生み出される過程は、とても普通だ。」

「普通の考え方」は「クリエイティビティ」よりも、人のクリエイティブな行動を正確に表しているようにみえる。モーツァルトは並外れた才能に恵まれてはいたが、彼が魔法を使って作曲したわけではない。彼は、曲をスケッチし、修正し、行き詰まることも多々あった。傑作は、途切れない流れのように書かれたのではなく、楽器を使わなかったわけでもなく、一気に全てが書き上げられたわけでもない。彼は能力とノウハウがあったから、短時間で書き上げることができたが、その成果は、紛れもなく努力だった。これは、別のクリエイティブな分野でも同じことだ。カンディンスキーの抽象表現主義は自然に描かれたように見えるが、彼の「Painting with White Border」が21枚のスケッチと5ヶ月の制作期間を要したことを例にとると、それは紛れもなく努力の賜物だった。ライト兄弟も、ただ空に浮かんだのではない。一歩一歩進んだのだ。1899年にカイトを作り、1900年にそのカイトを元にしたグライダーを作り、最終的にそのグライダーにプロペラをつけて世界初の飛行機を1903年に生み出した。天才の代名詞となった、あのアインシュタインでさえも、発明は、彼の言う「思考の飛躍」によるという考えを否定した。特殊相対性理論の特に難しい問題を解いた過程を、こう説明している。

「一歩一歩、ステップを踏んだことで、その答えに導かれた。」

一歩一歩進んだとしても、先人の成功の後を追わなければ、あなたを素晴らしい場所へは導いてくれない。これも、個人のものだと考えられている「クリエイティビティ」とは、異なった仮説だ。「普通の考え方」はたくさんの人から生み出される。繰り返すが、こちらの方が正確ではないでだろうか。アインシュタインが後を追った、その「先人」には、エルンスト・マッハ、カール・フリードリヒ・ガウス、ベルンハルト・リーマン、マルセル・グロスマン、ジョージオ・リッチ・クバストロらが含まれる。そして、ニュートンは、この議題について述べた時、次のように書いている。

「より遠くのものが見えるのは、私が巨人の肩に立っているときだ。」

シャルトルのベルナルドゥスを引用したソールズベリのジョンを引用し、それを引用したディエゴ・ダ・オステラを引用したロバート・バートン、またそれをを引用したジョージ・ハーバードを引用することで、彼は複数人の肩に立っていた。彼の使った「天才」という言葉は、謙遜と称賛の表れだったのだ。もし、すべての人がお互いの肩に立つことで遠くを見るならば、巨人は存在しないだろう。巨人も、天才と同じように、ひとつの神話なのだ。

桁外れな発明や作品は、普通に考える普通の人から生み出される、という見方は、以前よりも広く知られるようになってきた。ジョン・ガートナーが、ベル研究所に勤めていた時代に著した「The Idea Factory」の中で「階級の高い人物 対 ヨーマン(独立自営農民)」の問題に頭を悩ませていたが、イノベーションは次のうち両方だ、と結論づけた。それは、ウォルター・アイザックソンがベストセラーとなった著作「The Innovators」の中で、コンピュータの発明を語るには、たくさんの人の生涯を紹介しなければならないことに気がついたこと。さらに、スティーブンス・ジョンソンが著作とPBSネットワークのテレビ番組シリーズ「How We Got to Now」上で「説明がつかない天才」の存在を論破し、「イノベーションはコラボレーションから生まれる」という考えを展開していること、です。

これは、大切な変化だ。増え続ける人口と共に増え続ける問題を抱え、クリエイションが最も求められている今だからこそ、「クリエイティビティ」という神話を否定し、私たちがどうやって発明するのかを理解しよう。私たちは、得意分野が平等でないように、クリエイティブの度合いも平等ではない。しかし、私たちは、思っているよりもモーツァルトと近いのだ。私たちは、創造することができ、貢献することができ、そして、そうするべきなのだ。


「How to Fly a Horse」の改作。創造、イノベーション、発明の隠された秘密。ケビン・アシュトンの著作。英語版はこちらから。


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