僕らの最初のデートは完璧だった。そして、彼女は死んでしまった。

ベス・アトキンソンは僕の知らぬ間に亡くなっていた。素晴らしい思い出を残して。

By David Kadavy

これはかなり前の出来事なので、僕らが出会ったサイトというのも今となっては懐かしいMatch.comでだった。Chicago AvenueのMercury Cafeでコーヒーを飲みながら、周りの常連客たちが変な顔をするのも気にせず僕らは大声で笑いあった。僕らの様子に本を読んだりノートパソコンで仕事をするふりの人もいたり、手を休めてじっとこちらを見つめてくる人もいたけれど、僕らが初めてのデートを心から楽しんでいるのは周りにも伝わっていたと思う。

その後、僕らはタコスを食べに自転車を走らせ、夢について語り合った。彼女は「いつかフランスに移り住みたいの」と話していた。その間、僕は初めて会った人に対してたまにそうするように「この女性は30年後にどんな顔になっているかな?」と心の中で思い描いていた。「この素敵な笑顔のどの辺りに小じわが出来ているのだろう?」といったように。それから、2人で僕の家に寄り、ソファーの上で愛し合ったんだ。


「次はいつ会えるの?」。僕がベスを好きなのはこういうところだった。大抵の人は自分を守ろうとするあまり、自分の気持ちに率直になるのを恐れてしまう。ベスはいつも揺るぎない目で僕を見つめながら話してくれていた。この世の中に一体どれだけいるだろう?心の中で思っていることと、話す言葉が疑いようもなく一致する人が。

僕は2〜3日のうちに別のアパートメントに引っ越さなければならなかったので、次に会うのはしばらく時間がかかりそうだった。それでも僕らは数週間テキストを交換して連絡を取りあっていた。だけれど、なかなか会えないままに時間だけが過ぎ、そしてベスは返信をやめてしまった。


それからしばらくして、偶然ベスのルームメイトのジュリアに出会った。彼女は僕がよく行くカフェでバリスタとして働いていたのだった。「数週間姿を見なかったけれど、バケーションにでも行ってきたの?」と僕は尋ねた。ジュリアがベスと僕の関係を知っているかと思うと恥ずかしさがこみ上げてきた。僕がベスに言ったりしたりしたこと、僕の性格の嫌なところや肉体的にコンプレックスを覚えているようなところ、きっとそういうところがあったから彼女は僕に返信してくれなくなったに違いないからだ。

瓶からビスコッティを取り出す手が凍りついた。トングを持ったまま。ジュリアは身じろぎもせず、顔色は幽霊のように真っ青になった。

「あなた、ベスに何が起きたのか聞いてないの?」


僕はベスのことをほとんど知らなかった。その代わり彼女の親しい友人たちが知らない面は知っていたかもしれないけれども。

愛するものを失った時、大抵の人にはその別れを一緒に悲しんでくれる友人や家族がいるものだ。でも僕には、ベスを失った悲しみを理解してくれる人がいなかった。もう彼女の葬式は終わってしまっていた。しかも、ジュリアに話すのも無作法に思われた。自転車事故に遭遇した時ベスと一緒にいたのはジュリアその人だったからだ。ベスのことを本当によく知り、あまりにも近くでその悲劇を目の当たりにした人物に慰めを求めようとするのは、ひどく自分勝手なことのように思われた。

薄暗いアパートメントに1人座り、ジンのグラスをそばに置いて、僕はベスの母親のFacebookアップデートに目を通していた。ベスを失った喪失感はまるで漫画のように際立った2つの思いを僕の心にもたらしていた。僕の心の悲しみのどれくらいがベスに向けられ、どれくらいが「僕自身に」向けられているのだろうか?

それから僕はMatch.comに連絡し、ベスに何が起きたのかを知らせた。彼女のプロフィールは30分程度で消えてなくなってしまった。こうして彼女がいなくなったことで、心から悲しむ男は他にどれくらいいるのだろうか?


お互いを大切に思うことなく、スワイプで簡単にカスタマイズできるネット通販の商品かのように相手を軽視し、傷つけあう人々を僕は見てきた。そういう人たちに対して、僕は自分がベスから学んだことを少しでも伝えられればと思う。彼女の率直さを。そして情熱を。

あれからしばらく経つ。彼女の面影は時が過ぎるにつれて遠くなってしまった。しかし、それでもふとしたときに、例えば、相手も1人の人間であることを忘れて自分勝手に振る舞いたくなるとき、恥ずかしがって本当に大切な関係を築くのに尻込みしたくなるとき、僕はベスのことを思い出す。

彼女の燃え立つ青い目を。我慢強く僕の目を見据え、僕の返事を待つその目を。


これは実話ですが、名前だけは変えてあります。