写真に「残さない」楽しみ

充実して生き、旅をするためのショート・ガイド

By The Zen Photographer

皆さん、最後に笑顔になったり笑ったり、もしくはただ「ワオ!」と声を上げたくなった時のことを憶えていますか?

それはタイの美しい寺院かもしれませんし、キューバのとある広場で見かけた才能溢れるダンサーやバリのビーチで目にした息を呑む夕陽かもしれません。それではその「ワオ!」の後にどうしたのか思い出してみて下さい。ひょっとしたら無意識にポケットのスマホやバッグのカメラに手が伸びていませんでしたか?

この10年、私たちは感情を呼び起こすものなら文字通り「何でも」カメラに収めることに、全く何の違和感も覚えなくなってきました。 — 友達や家族に見せるためです。瞬きや呼吸をするのと同様に私たちの多くにとってそれは反射作用になっています。美しいもの、おかしいもの、変なものを見ると、後で落ち着いてからシェアするために取り敢えず保存しておかなければ気が済まないのです。

問題なのは私たちの脳が、写真やフィルムを撮るのと、現実の瞬間を実際に生きることの両立を可能にするほどマルチタスクに向いていないということです。すると、ある時からあなた自身が、せっかくの美しい瞬間をあなたのInstagramの写真を見た友達と同じように2Dでなおかつ起伏のない感情として経験することになってしまうのです。

あなたは誰かに自分が経験したことがどれ程素晴らしいものだったか説明しようとするかもしれません。例えば、雪で覆われた山の頂上までトレッキングして世界を見下ろした時にどう感じるかを。そしてその感情がそのまま伝わるような完璧な写真を見つけようとします。でもピッタリのものは1つもありません。それで諦めて言うのです。「あなたもそこにいれば良かったのに」と。

驚くほど素晴らしいものを目の前にして、それをカメラ越しに見てしまうのなら、あなたはそもそもその場にいないのと同じです。

家族や友人に逐一シェアする必要はないのです。何千年もの間、動物のように唸り声上げている状態から少しマシになって言語らしきものを発声できるようになって以来、人は驚きべきストーリーを言葉によって伝えてきました。例えば、出来るだけ長く残るようにと青色や白色を使って誰それが壁画を描いてみたとか、人間の胸の鼓動はこんなに力強いとか、汗のにおいや完全な静寂が果たしてどんなものかとか、それらすべてを言葉だけで伝えていたのです。そして、それが出来たのはひとえに彼らが一瞬一瞬、五感を研ぎ澄ませて生きていたからです。

今度あなたが本当に息を呑むような体験に遭遇したときは、手近のスマホやカメラを掴むのを止めてみてください。その代わりにすべての感覚を総動員して全身で感じるのです。 – 1つ1つを。

目の前に広がる世界を見つめてみましょう。世界を構成する色や人々、大小に関わらずディテールをつぶさに。

あなたの周りで何が起きているのか耳を澄ませてみてください。鳥の囀(さえず)りや動物たちの気配、人々、風、水の息吹を。

鼻から深く息を吸い込んで、何種類のにおい(良いにおいも悪臭も含めて)を区別できるか試してみてください。たまたまチャイナタウンか朝市にでもいればほんの数種類しか分からないはずです!

次はしゃがんで指を地面に置いてみてください。大きめの石を拾い上げたり、近くの屋台に足を向けて何か買ってきて、ありのままの手触りを感じてみてください。手を水の中に浸して水の透き通る冷たさに触れてみてください。

あえて「何か口に入れて味わってみてください」とは言いませんよ。 — 毒物を体内に摂取するよう教唆したとして訴えられたくはありませんから。でも、ここまでお話しすれば私が伝えたいことはお分かり頂けたはずですね。

何か今までと違った感じがしませんか?いまこの瞬間を生きている感じが多少なりともしませんか?ひょっとすると少しは違いが生まれるはずです。

皆さんは五感を有しています。そのすべてを使うように心がけてください。今を楽しんで、後でシェアしましょう。

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イェンスはトラベル・フォトグラファー/ライターでThe Zen Photographerでブログも書いています。彼はスウェーデンの出版社New Heroes & Pioneersの共同設立者でもあります。