「マスゴミ」が「マスコミ」となるための映画。

映画「スポットライト世紀のスクープ」を観ました。今年2016年第88回アカデミー賞作品賞と脚本賞を受賞した作品です。

舞台は、2001年の米国ボストン。地元紙「ボストン・グローブ」は、大手メディアグループ「タイム」に買収され、新しい編集長がやってくる。彼は、長年ボストンのカトリック教会の聖職者による児童への性的虐待問題を、何よりも先にとりあげるよう、同紙の「スポットライト」と呼ばれている取材チームに持ちかける…。

地味だけど、力作。アカデミー賞は当然ですね。

物語は、ちょうど9・11を挟んで進行していきます。マスコミがインターネットにメディアとして進出し始めた時代。映画の中でも、タイムがAOL(懐かしい!)を買収した直後で、ボストン・グローブ社の駐車場にどっどーんとその看板が上げられたりしています。まだインターネットがそれほど普及しておらず、取材・調査も紙媒体からいちいち拾って、コツコツと積み上げていきます。

映画は、それぞれの登場人物の性格をきちんと演じた俳優陣が素晴らしい。これが日本だったら、やたら正義感を振りかざし、役者連中が泣き叫んでうるさいだけでしょう。

そうでないのは脚本がきちんとしっかり練りこんであるから。重い実話を原作にした物語は極力フィクションを省いて、淡々と進んでいきます。しかしながら虐待の被害者がその実態を語る場面は、悲惨そのものです。だからこそ、そこでは当然ながら必要でないものはそぎ落とし、キャラの性格は台詞に頼らず、映像的な状況描写で行っているから、非常にわかりやすい。米の硬派刑事TVドラマ「ローアンドオーダー」のプロデューサーが脚本を担当しているせいかもしれません。

児童への性的虐待という異常性。カトリックの教会、信者互いが持つ閉鎖性、ボストンという街が持つ、よそ者を疎ましく思う排他性。特に、ユダヤ人、アルメニア人、ポルトガル人という、アイルランド系が中心のボストンにおいては、彼らよそ者が、幾つもの問題を告発していく姿に思わず胸を打ちます。また地元で育ち地元を愛するからこそかつて問題から眼を背け、その後悔から問題を徹底的に深く追うマイケル・キートン扮する記者たちのリーダーの、抑えた演技には注目です。

とかく「マスゴミ」と呼ばれがちな、特に今の日本の「マスコミ」。月並みかもしれませんが、この映画にはそんな日本の「マスコミ」にとって、早急に必要とされている姿勢が示されていると思います。

つまり、取材対象である権力や大衆、読者に媚びることなく、時にはそのどれらにも嫌われることを覚悟して、真実に向き合い白日の下に示すこと。これがモチーフではなかったかと、映画を観終わって強く実感しましたね。

ところで撮影はマサノブ・タカヤナギ(高柳雅暢)という日本人撮影監督。タカヤナギさんはこれまでにも「世界にひとつのプレイブック」「ブラックスキャンダル」を担当。これからチェックしたい映画人のひとりであります。

https://www.youtube.com/watch?v=EwdCIpbTN5g

One clap, two clap, three clap, forty?

By clapping more or less, you can signal to us which stories really stand out.