AIとビジネス

Koji Minai
KARAKURI Techblog
Published in
11 min readNov 11, 2019

機械学習エンジニアの皆様は経済産業省の発行する「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(経産省HP)」を読んだことがありますか?
AIとりわけ機械学習が実用的になりはじめて早幾年、マーケティングや工場、その他様々な場面で機械学習が用いられるようになってきました。ところがAI(機械学習)を用いたビジネスにおいてはその特性ゆえに他のビジネスに比べて問題が発生することが多々あります。そこで、昨年(2018年)の6月に経済産業省が作ったのが先ほどのガイドラインです。
エンジニアの皆様にもぜひご一読願いたい内容ですが、大変ページ数の多いものです。そこで、新米AIエンジニアである私がインターン課題としてそのガイドラインの重要な点と、それを踏まえてどのようにAIビジネスを行うとよいかといったことを簡単にまとめて紹介させていただきます。

追記:2019年7月施行の不正競争防止法改正において「限定提供データ」に関する民事措置が創設されたことを受けて、「データ編」を修正した「AI・データの利用に関する契約ガイドライン 1.1版」が公開されています(2019年12月9日公開)。

目次
・AIビジネスの問題点
・探索的段階型開発方式
・アセスメント段階:課題設定
・PoC段階:権利帰属について
・AIエンジニアに求められる事
・まとめ

AIビジネスの問題点

結局どういったところがAIビジネスの問題になるのか。
AIビジネスにおいて難しい点は以下の2点に集約されます。
・契約時点では何がどんな精度でできあがるのかわからない事
・出来上がったものを誰がどこまで利用していいのかといった権利が明確ではない事

この二つは、AIの特性によるところも大きいですが、依頼者であるユーザと請負開発を行うベンダのそれぞれの情報不足も大きな問題となります。そういった背景を踏まえてガイドラインではどのように契約しビジネスを進めていくべきかを示しています。

「探索的段階型開発方式」

一般的なビジネスの契約は、 価格や性能、期日を最初に決めてあとは開発者であるベンダ側がそれに合わせて開発をする形になります。一方でAI(機械学習)を用いた開発においては、性能を事前に予測することは技術的に非常に難しくなります。そもそも出来上がったAIをどのように評価をするのかということを決めるにも議論が必要となります。また、実際にAIを導入しようとしていても、依頼主であるユーザ側が何をしたいのか明確に決まっていないことも多々あります。

そういった中で他のビジネスと同じように、事前に全て決める契約は不合理です。そこで、経済産業省のガイドラインにおいてはAIの開発を4段階に分けてそれぞれの段階ごとに契約をするという「探索的段階型開発方式」を推奨しています。この開発方式においてはAI開発を、アセスメント段階、PoC段階、開発段階、追加学習段階にわけます。
ここで重要となるのは、開発段階に入る前にどれだけユーザ側のAIに対する理解が深まり、またユーザとベンダで目標および権利に関して合意が取れているかという点です。そこで、今回はアセスメント段階PoC段階に焦点をしぼって、そこでどんなことをどのように決めたら良いのかということをご紹介させていただきます。

アセスメント段階:課題設定

この段階は初期段階であり、お互い理解が不十分なところがあるために多種多様なことを考える必要があります。そんなアセスメント段階で議論を進めるのに役立つ資料を様々な人が考え紹介[2~6]されていますが、今回はそれらの資料に共通するような以下の5つのポイントを簡単に紹介いたします。

・目標設定
・プロジェクト体制づくり
・最終ユーザ
・データ
・ROI、評価軸

まずは、目標設定です。このとき、最初は顧客側はほとんどAIに関する知識がない状態ですから、とにかく現実的でなくてもよいのでいくつも考えてみることが重視されます。いくつも上げていき、徐々に現実的なものを見つけていくという地道な作業が求められます。そして何より重要となるのが、AI導入を単体で考えるのではなく、システムと考えその全体像をはっきりさせておくことです。AIプロジェクトはAIを使う事が目的ではなく、それを使って売り上げを伸ばしたり、業務の効率化を図ることが目的です。その観点でいくと、AIが実際に担当する分野は非常に狭く限られたものとなり、そこばかり考えていてもいけないことが分かると思います。

次に、プロジェクトの体制づくりです。これは、AIに関する事業だけの話ではありませんが、何か一つのプロジェクトを行うときにはやはりその組織づくりも重要になっていきます。とくにAIを用いたプロジェクトでは先ほど申した通りシステム全体の設計を考える必要があるため、ビジネスサイドの人間だけでなくデータサイエンティストやITインフラエンジニアといった人たちの協力が初期から重要となります。こういった人たちを集め、組織化し、誰が最終的な決定権をもつのかを明確にすることでよりプロジェクトを円滑に進めることができます。

最終ユーザというのは、このAIプロジェクトを行った際の成果の最終的なユーザを指します。例えば、ECサイトの会社が顧客で、その売り上げを向上するためのレコメンデーションの導入の場合、その最終ユーザはECサイトの利用者となります。なぜこれを明確にする必要があるかというと、AIプロジェクトでは利害関係が複雑なため往々にして、ベンダと顧客(依頼主)にとって良いものでも、最終的なユーザには特にメリットのないものになっていしまうといったことが起こりうるからです。

データというのは、現時点で持っているデータの種類、精度や今後どのようなデータをどのくらいの精度でどのようにしてとっていくかという事を意味しています。AIプロジェクトにとって、データというのは非常に重要なものとなります。データ以外のものがそろって、どんなに優秀なエンジニアがいても適切なデータがなければ結果は出ません。この点において、この項目をあらかじめ議論しておくことは非常に重要となります。

ROIはReturn On Investment を示し、このプロジェクトを行った際の投資対効果となります。この値は初期にはなかなか決められず、PoC段階での結果を受けて変わることはあり得ますが、できるかぎり適切なものを考えていく必要があります。この値を基にして、PoC段階やその次の段階に行けるかどうかが決まってきます。また、それに付随しますが評価軸というものも考えることが必要です。この軸はできるだけ客観的なものを選定し、AI導入の成果を適切に示せる必要があります。

PoC段階:権利帰属等について

ここまでにおおよそAIビジネスのプランは立て終えているかもしれません。次にPoC段階として簡単なモデルで実際にAIを使って実験を行う段階となります。この段階ではアセスメント段階では見えなかった問題が見えてきているかと思います。そういった点をもう一度見直して先ほどのアセスメント段階で決めた5つの事項を修正します。そのうえで、開発前に行うべき事として権利関係を明確にすることをガイドラインでは求めています。とくに機械学習においてはノウハウやパラメータといった、一般には著作物としては認められないが秘匿性が高く、価値のある情報が多く存在します。そういったものにどこまで誰が権利を持つのかということを決めておく必要があります。また、AI(機械学習)は一度作り上げるとそれを同業他社に適用するのは簡単です。ベンダ側としては、一度作り上げたらなるべくそれをほかの顧客にも展開したいと考えます。一方で依頼主であるユーザは自分たちだけのものにしたいと考えます。このような利害の不一致が、開発後に発覚し問題にならないようにあらかじめ決めておく必要があります。こういった点を、誰に権利が帰属しているのかだけでなく、どういった利用なら認めてよいのかという、利用条件によっても制約することでよりスムーズにベンダ側とユーザ側で合意形成を図る必要があります。

ここまでがPoC段階となりますが、AIビジネスにおいては、4つの開発段階のうち、このアセスメント段階とPoC段階が非常に重要になってきます。本格的な開発が始まる開発段階までに、どれだけ相互の理解が深まり目標設定や評価基準が決められるかが重要です。PoCまで行い適切に課題設定等が行えなければアセスメントにもどって何度でもやり直すということが求められます。

本格的に開発段階に移る前に、理解を深め目標を明確にしておくことで後々のトラブルを避けることができます。

AIエンジニアに求められる事

ここまで読むとわかると思いますが、AIを用いたビジネスにおいてはユーザ側とベンダ側でのコミュニケーションが非常に重要となってきます。特に、初期のころは最終目的が度々変わりうります。また、その最終目標のためにどのようなデータを用いてどのようなことを達成するのかという事も変わってきます。そのようなときにAIエンジニアが適切に助言をすることで、より価値のあるサービスの提供が可能となります。AIと呼ばれている技術で一体何ができるのか、どういったことが必要なのか、ということを一番理解しているのはエンジニアです。だからこそ、アセスメント段階から積極的にかかわる必要があります。
また、AIエンジニアだからこそ、自分たちの作るAIモデルの中でどのようなところに価値があり、ベンダ側として権利を主張できるのかということが分かると思います。そういった点を適切に発信していくことで、トラブルを減らし、適切に自分たちのサービス、プロダクトを評価してもらうことにつながっていきます。ある意味で、AIエンジニアというのはエンジニアであると同時にコンサルタントとしての能力も求められるのかもしれません。

まとめ

今回、経済産業省が示すガイドラインを中心にAIビジネスをどのように進めていくべきか、簡単にご紹介させていただきました。ガイドライン自体は数百ページにも及ぶもので、そのすべてを紹介することはできませんがその大まかな考え方はつかんでいただけたのではないでしょうか。AIは非常に便利なツールですが、同時にまたきちんとその特性を理解する必要があります。また、自分たちが何をしたいのかという目的をはっきりさせるとそもそもAIを使う必要のない場合もあります。このような問題の解決にはとにもかくにも依頼主であるユーザと開発者であるベンダ側でコミュニケーションをとることが大事です。そのような点に留意して、今後の皆様のAIビジネスが成功されることを願っております。

参考文献

[1]経済産業省 (2018)
「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」
https://www.meti.go.jp/press/2018/06/20180615001/20180615001.html
[2]韮原祐介 (2018)「いちばんやさしい機械学習プロジェクトの教本 人気講師が教える仕事にAIを導入する方法」 株式会社インプレス
[3]@shakezo (株式会社リブセンス)(2015) 「プロトタイプで終わらせない死の谷を超える機械学習プロジェクトの進め方」
https://www.slideshare.net/shakezo/mlct4
[4] 吉崎亮介(株式会社キカガク) (2018)
「機械学習を使った事業を成功させるために必要な考え方や人材、フェーズとは?」
https://qiita.com/yoshizaki_kkgk/items/55b67daa25b058f39a5d
[5]Jermy Jordan ( Proofpoint) (2018)
「Organizing machine learning projects: project management guidelines.」
https://www.jeremyjordan.me/ml-projects-guide/
[6] Martin Zinkevich (Google) (最終閲覧 2019年10月)
「Rules of Machine Learning:Best Practices for ML Engineering」
https://developers.google.com/machine-learning/guides/rules-of-ml

--

--