ブロックチェーン・ビジネスの推進

田町 京子
Kaula Lab
Published in
Oct 26, 2020

非中央集権DXシリーズ 第二回

法人におけるDXを検討する場合、ブロックチェーンを導入するビジネス上の価値には、「100%は信頼できない人(組織)との信頼関係を、テクノロジーで創造する」、さらには「多岐にわたる理由・事情で共有できなかった価値の高い情報を、組織間で共有できる」があげられます。
ビジネスネットワークは、参加者が増えるほどネットワークの価値が高まり、ますます参加者が増えユーザーにとって有用なものとなります。業種業界・国境を超えるネットワークで連携することが増えていく中で、一つの組織の収益だけでなく、業界全体の市場規模を大きくすることが目標とされます。
このとき、どうやって仲間(ネットワークのメンバー、Consortium、企業連合、法人の共同体など)を広げていくか、仲間に信用してもらえるか、が課題になります。

********** 目次 ***************
【2】ブロックチェーン・プロジェクトの推進
【2.1】ブロックチェーン・プロジェクトの進め方の例
【2.2】エンタープライズ・ブロックチェーンによる価値
【2.3】従来のデータベースとの比較
【2.4】ブロックチェーン基盤の選択とガバナンス
【2.5】ブロックチェーン・ネットワークへの参加方法
【2.6】エンタープライズ・ブロックチェーンの課題
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【2】ブロックチェーン・プロジェクトの推進

【2.1】ブロックチェーン・プロジェクトの進め方の例

プロジェクトの各フェーズ(進捗段階)において必要な主なタスクと成果物の参考例を、表2.1に記載しました。
・ビジネス関連タスクとシステム関連タスクの両者を平行して実施することが必須となります。
・PoCを繰り返して実際のビジネスにつながらない「PoC貧乏」とならないためには、ビジネスの視点でITシステムの現状と問題点を把握した適切なガバナンスが必要です(【2.6】参照)。
・各フェーズの終了時に、実施したタスクの成果物が確認され、次のフェーズに進めるかの判定がなされます。

表 2.1 ブロックチェーン・プロジェクトの進め方の例 (出典:作者作成)

【2.2】エンタープライズ・ブロックチェーンによる価値

企業や事業体などの単一の組織でDXを実現するなら、従来の技術で十分ですが、複数の組織で連携する場合はブロックチェーンが有効であると考えられます。ブロックチェーンネットワークは、次の3つの方法で企業に価値を提供できます。
(a)複数の組織(会社)の元帳間の調整作業を削除することで効率が向上し運用コストを削減。
(b)単一の共有データへのアクセスによって、新サービスとビジネスモデルが出現し収益を創出。
(c)新たな共有ネットワークによって、全く新しい市場モデルとタイプを開発。

現時点でのブロックチェーン導入の主な目的(図2.1)は、コスト削減ですが、多くの稼働中のブロックチェーン・ネットワークは削減のための調整段階にあると考えられます。また、エンタープライズ・ブロックチェーンの中でも、ネットワーク創設者(【2.5】参照)が主導しているものは、(a)に重点を置く傾向があり、組織(コンソーシアム)主導の場合には(c)が多い傾向にあります。
全体として、時間の経過とともに(a)などの ”守りの投資”から、新たな価値・収益を創出していく(b)(c)などの”攻めの投資”にシフトしていくことが予想されます。

図2.1 稼働中(67件)のエンタープライズ・ブロックチェーンの導入目的(出典:2ND GLOBAL ENTERPRISE BLOCKCHAIN BENCHMARKING STUDY

【2.3】従来のデータベースとの比較

ブロックチェーンを使用したシステムを検討する際に、 「どうしてブロックチェーンを使わなくてはいけないのだろう?普通のデータベースでもいいのでは?」という疑問を感じることがあります。
下の表2.2では、従来のデータベースとブロックチェーンの一般的な(各種の基盤により差異はありますが)特徴を比較しています。 実現しようとしているシステムの要求によっては、ブロックチェーンではなく 従来のデータベースをの方が適している場合や、両者を併用してそれぞれの利点を生かすことで用途に最も適したものになる場合もあり、決定においては十分な検討が必要です。

表 2.2 従来のデータベースとブロックチェーンの比較 (出典:作者作成)

(*1) ブロックチェーンファイルの改ざんは、その構造上、非常に大規模で困難な改ざんが必要になります。 さらにこれは、他のメンバーのブロックファイルと全く異なるものを作ることになり、改ざんしても直ぐに発覚し、 損害賠償やビジネスネットワークからの追放、社会的信用の失墜などの厳罰を受けることになります。
(*2) GDPR (EU一般データ保護規則) 対応などに際し、「更新」「削除」機能が必要な場合は、データ本体を ブロック外の従来のデータベースやストレージなどに保持し、そのHash値のみをブロック上に置くことで対応可能です。

【2.4】ブロックチェーン基盤の選択とガバナンス

ITインフラとしてエンタープライズブロックチェーン基盤(プロトコル)を選択する場合、ブロックチェーンベンダーの成熟度や製品の各種特性が重要な要素となります(図2.2参照)。各要素はトレードオフとなることが多く、最も一般的なトレードオフは、「非中央集権性」を犠牲にしてパフォーマンスを向上させることです。スケーラビリティとパフォーマンスについても、トレードオフの観点から図内で直接比較されていません。

図2.2 サービス事業者と参加者によるブロックチェーン基盤の選択基準 (出典:2ND GLOBAL ENTERPRISE BLOCKCHAIN BENCHMARKING STUDY)

ブロックチェーンは、共有レコードシステムの制御を複数の参加者に分散するため、理論的には、単一のエンティティ(参加者)が一方的にシステムに対して完全な権限を行使することはできません。しかしながら実際のビジネス環境では、運用に深刻な影響を与えることなく潜在的な問題を迅速に解決するために、一定レベルの保護手段・対策を講じる必要があります。このため、現在稼働中のエンタープライズブロックチェーンネットワークの多くが、 リーダーのエンティティによって管理されています(図2.3)。このリーダーのエンティティは、基盤・プロトコルの変更、権限管理、ポリシーの調整等を担当します。ガバナンス構造はプロジェクトごとに異なり、他の参加者はさまざまなレベルの決定権を持っています。ガバナンスの非中央集権性という意味で課題が指摘される場合もありますが、管理組織外からの検証体制を十分に整えることで、それを補うと考えられています。

図2.3 稼働中の67のブロックチェーンネットワークにおけるガバナンス (出典:2ND GLOBAL ENTERPRISE BLOCKCHAIN BENCHMARKING STUDY)

エンタープライズ・ブロックチェーンのユースケースにおいて、多くの場合、Permissioned型ブロックチェーンが用いられています(図2.4)。
これは、Permissioned型の持つ、データプライバシー、強力なID管理と ガバナンス、より高いパフォーマンスとスケーラビリティの保証という特徴によるものですが (第一回エネルギー・ブロックチェーン入門【B1.2】 参照)、内部的にはPublic型からの多くの利点も取り込まれています。将来的には、Permissioned型 / Public型の違いは、ネットワークの種類ではなく、トランザクションやスマート・コントラクトの使用範囲に変化するともいわれています。

図2.4 2019年の上位12社のブロックチェーン・サービスプロバイダーによる425件の契約における各エンタープライズ・ブロックチェーン基盤数。赤がPermissioned型(計68%)、青がPublic型。 (出典: 2020年4月 HFS Top 10 Enterprise Blockchain Services 2020。)

【2.5】ブロックチェーン・ネットワークへの参加方法

ある組織がブロックチェーン・ネットワークに初めて参加しようとするとき、次の2通りの方法が考えられます:
A) 既存のネットワークへの参加
B) 新しい独自のネットワークを創設

表2.3 ブロックチェーン・ネットワークへの参加方法による利点・欠点 (出典:2ND GLOBAL ENTERPRISE BLOCKCHAIN BENCHMARKING STUDYなどをもとに作者が作成)

それぞれの利点・欠点は表2.3 のようになります。どちらを選択するかは、ビジネスケースの有無や開始までに許容できる時間、競合するネットワークの存在や業界の状況などに依存します。
同じ A)の場合でも、参加しようとしている既存のネットワーク(プロジェクト)が初期段階であるほど、新規参入者に意志決定や柔軟性が与えられるものの、ネットワーク開発やガバナンスに関してより多くのコストが発生する可能性があります。

【2.6】エンタープライズブロックチェーンの課題

ここまでで述べてきた事項を検討の上、さらに次のような課題にも注意する必要があります。

■ PoC前に考慮すべき事項

ⅰ) 従来のデータベースとの使い分け
従来のデータベースとブロックチェーンを比較した場合(【2.3】参照)、それぞれ得意・不得意分野があります。 ブロックチェーン使用の手はじめに、単なるデータベースとして使用を開始したとしても、その後、 複数組織での非中央集権型の合意形成や情報共有、スマート・コントラクトによる処理の自動化などを活用した ユース・ケースに移行することで、ブロックチェーンの効果を発揮できます。
失敗例:
・単一組織でデータベースとして使用。
・関心がユーザー・インターフェースに向いてしまい、最終的にブロックチェーンでなくてもいいようなアプリケーションを作ってしまう。

Permissioned型ブロックチェーンをITインフラとして選択する場合、Private型(単一組織)である場合は、情報の共有という特性を生かせないことからブロックチェーンにする効果が薄く、多くの場合、Consortium型が検討されます。

ⅱ) 法律と技術の両方を理解
ブロックチェーンのプロジェクトの多くは、契約や金融など、複数の法律が複雑に絡み合う事項に関する処理で機能します。 このような手続きの多くが、非電子化状態の紙とはんこを必要とした法律になっており、COVID-19の影響でようやく、 はんこや契約の電子化についての議論が始まりましたが、法律問題の改革の進展は遅い傾向があります。 IT関係者の多くにとっては、法律文書を正しく理解してビジネスレベルまで落とし込むことは困難なので、 専門家の助言などを必要とします。
課題の一例:
契約成立のタイミングは、「双方のはんこが押された時」=「双方が電子署名でサインした時」 のはずですが、法律上は“裁判所の自由心証により判断される”(契約無効の可能性あり)。 このとき、いったんブロックチェーン上記載したした契約が覆されたときの処理や、 「Aの契約が成立すると、Bの契約が成立する」というスマートコントラクトは、どうロールバックさせる(操作以前の状態に戻す)のか、 などの問題が浮上します。

ⅲ)物理的な真正性の担保
デジタル化処理(データ化)前などブロックチェーンの外で発生しがちな不正は、ブロックチェーンでは解決できません。 以下の例では対応策として、IoT、AIとの連携による、信憑性を証明するための製品やテレメトリーデータ(遠隔情報収集)が用いられています。
改ざん例:
・複雑なグローバル・サプライ・チェーン等において、手作業中にすり替えや改ざんが発生(一部の国では、救命医療品の70%以上が偽造品。)
・ダム変形測定値や火力発電所の冷却用海水の取水温度測定値の改ざん

■本番稼働へ移行する場合の課題
ⅳ)関連組織内の対立
Consortium型ブロックチェーンについて、関連組織(業界)全体が前向きに導入を検討している場合は適していますが、 内部で対立構造が鮮明な場合があります。
懸念の例:
「これまでに培ってきた我が社の競争優位性は、担保されるのか」
「誰と情報共有できたら嬉しいか / 嬉しくないか」

この場合、「完全には信頼できない人(組織)との信頼関係を、テクノロジーで作っていく」ことを目標に、 運用に関する以下の事項について、各組織の合意や利害調整が必要になります。
① ビジネス・モデルの早期の共有
・実現したいユースケースに必要なプレーヤーの特定と巻き込み
・メンバー企業内での事業部門の早期巻き込み
② 効率的なコミュニケーションと迅速な意思決定方法の確立
・情報共有手段の確立
・適切な規模のConsortium組成
・緩やかにリーダーシップを発揮してくれるメンバー企業の特定
③ 規約の制定
・新メンバー企業の参加、討議内容や成果物の取扱いなど

ⅴ) 組織内上層部の説得
上層部が DXの必要性を理解してくれており、方法も現場に任せてくれている(はずだった)が、最後の同意が得られない場合には、以下の材料が有効になります。
コスト削減と収益アップ。 ROI (Return on investment、費用対効果)を数字で表すことが有効。 運用コスト削減、新ビジネス創出、新市場開発など(【2.2】参照)。
例:
・トランザクションをスマートコントラクトで自動処理できるようになると、コストが下がる。
・サプライチェーンの場合だと見通しが良くなるので、中間在庫を持たなくて済み、総資産が圧縮される。
・プラットフォームが大きくなってくると人が集まり、ネットワーク効果でレベニューがさらに増える。
CSR(企業の社会的責任)に効果。ESG(環境、社会、ガバナンス)への配慮、SDGs(Sustainable Development Goals, 持続可能な開発目標) について、ブロックチェーンは透明性があり、不正を排除。これにより投資家にアピールできる。
どこにブロックチェーンが使用されているかを、デモで明示する。 ITインフラであり、存在が地味でわかりにくいので、BaaS (Blockchain as a Service)のコンソール画面などを活用。
具体的な運用コストの提示。
配慮すべき事項の例:
・ ストレージのコスト (中央集権型のバックアップを含めても、ノードを分散させると使用する記憶装置の数量が増える。)
・技術者確保コスト。ITインフラ構築(BaaS 利用などで縮小可能)、クラウド、コンテナ、分散アプリケーション等の知見が必要。 国内実運用案件が少なく、具体的に回答しにくい場合 は、スモールスタートから始めて徐々に案件を増やす。
ビジネスネットワークの中で、ある程度主導的な立場がとれる。

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