第二回
エネルギー・ブロックチェーン入門

Yasuhiko Ogushi 大串 康彦
Kaula Lab
Published in
16 min readAug 31, 2020

EW-DOSのユースケース概観と事例紹介

第1回の記事では、EWF (Energy Web Foundation)の組織やEWFが提供するデジタル基盤(インフラ)のEW-DOSの概要について説明した後、Public型とPermission型のブロックチェーンについて説明しました。第2回の今回は、EW-DOSの応用事例の概観を示し、その中でも太陽光発電、蓄電池、電気自動車などの分散型エネルギーリソース(DER, Distributed Energy Resources)を需給運用(電力システムの中で需要と供給のバランスをとり、システムを運用すること。詳細は後述。)に活用することについて詳しく取り上げます。

**************** 目次 ****************
【E3】EW-DOSのユースケース概要
【E3.1】2つのターゲット領域

【E4】DERとの協調による需給運用
【E4.1】目指す世界観
【E4.2】Austrian Power Grid(APG)の事例
【E4.3】elia Groupの事例
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※2020/09/16 以下の用語を参考にし、本文中の「系統運用」を「需給運用」に用語変更しました。ただし、「系統運用者」についてはこのままにします。
需給運用:電力の安定供給を目的 に、需要と供給の均衡を保つよう供給力を運用 することをいう。(電力)需給調整ともいう。通常、水力・火力・原子力・電力融通などを総合的に組み合わせ、信頼性および経済性の高い運用を行う。
系統運用:需要家に対して停電が少なく、周波数・電圧の変動が少ない良質な電気を供給する目的をもって、合理的かつ効率的に電力系統を運用することをいう。系統運用には、電圧調整・潮流調整・開閉器操作・系統保護装置の運用などが含まれる。

安田 陽. 世界の再生可能エネルギーと電力システム 電力市場編 (NextPublishing) (Kindle の位置№779–782). インプレスR&D. Kindle 版.

【E3】EW-DOSのユースケース概要

【E3.1】2つのターゲット領域

2020年8月現在、EW-DOSのターゲット領域は2つあります。1つは再生可能エネルギー(以降「再エネ」)のトレーサビリティーを提供することです。もう1つは系統運用者(日本では送配電事業者、海外では主にTSO [Transmission System Operator], DSO [Distribution System Operator]など)が需要家側に大量に普及したDERを活用して需給運用を行うためのデジタル基盤を提供することです。

EWFは2017年の設立以来、世界中の100社近い会員企業と協働してきましたが、その中でこの2つの領域を有力な領域と位置づけました。そして、この2つの領域で誰でもアプリケーションを構築できるように、オープンソースのツールキット「EW Origin」と「EW Flex」を提供しています。第1回の記事でEW-DOSの構造(スタック)と構成要素(以下に再掲します)を示しましたが、このスタックの最上部がツールキットです。「EW Origin」は再エネトレーサビリティーに、「EW Flex」はDERと協調した需給運用にそれぞれ対応するツールキットです。

出典:EW-DOS: The Energy Web Decentralized Operating System The Open-Source Technology Stack for Accelerating the Energy Transition

それでは、なぜこの2つの領域だったのでしょうか。

まず、EWFのミッションとしては、低炭素、かつ需要家の参加によって成り立つ電力システムの開発・構築を加速することにあります。EWFがとるアプローチは、ブロックチェーン技術および非中央集権型テクノロジーを最大限活用することであり、それらを活用したデファクトスタンダートとなるデジタル基盤の構築を目指しています。

世界的に起こっている脱炭素化のトレンドの中で、企業による再エネの調達のニーズが高まる中、再エネトレーサビリティーは再エネ調達を達成する有用なツールとなります。(再エネ調達に関しては久保欣也、三宅成也、山根小雪著「コスト削減と再エネ導入を成功させる 最強の電力調達 完全ガイド」〔2020年8月刊行〕がよい参考書となります。)

大量のDERの協調による需給運用に関しては、2019年の後半からEWFの中で特に重要な領域として注力されるようになりました。従来の電力システムでは、大型の発電所への投資により、電気は遠隔地にある大型の発電所で発電され、何百kmの送電線・配電線を通って需要地まで運ばれてきました。しかし今後は、住宅や建物の屋根に設置できる太陽光発電などへと投資対象の転換が進むと考えられます。

需要家側に接続された発電装置、蓄電池、電気自動車、調整可能な負荷など(「分散型エネルギーリソース(DER)」)は爆発的に増大し、2030年までに35億個になる見込みです。大型の太陽光発電も含めると、以下の図の通り、2030年までには大型の太陽光発電とDERの容量が従来の火力発電の容量を上回る見込みとなっています。

出典:EW-DOS: The Energy Web Decentralized Operating System The Open-Source Technology Stack for Accelerating the Energy Transition 中の図を和訳

発電した電気は通常は貯蔵することはできないため、常に需要が供給と一致するようにする必要があります。これを行うのが需給運用(実際は電圧調整など他にも多くの運用の要素があります)であり、従来は系統運用者が主に大型発電所を調整することによって行ってきました。今後は、限られた大型発電所だけではなく、需要家側に大量に導入された分散型エネルギーリソースを使って行うのが適切と考えられています。EWFは、これを実現するためのデジタル基盤の構築を試みています。(さらに詳細については本記事後半の【E4.1】で後述します。)

いままでEWFのエコシステムの中でこの2つの領域において実証実験や実用化の準備をしているユーザー企業や、エコシステムの一員として関わっているサービスプロバイダー企業は以下があります。

出典:energyweb.org内の情報などから著者作成

このうち再エネトレーサビリティーに関しては、改めて第4回以降で取り上げますが、実用に近い応用事例と考えています。タイの総合エネルギー企業であるPTTは、2019年までにプラットフォームの開発と試験取引を行い、2020年9月に再エネ証書取引プラットフォームをの運用開始を予定しています。

本記事の後半では、DERとの協調による需給運用の応用事例を詳しく見ていきます。

【E4】DERとの協調による需給運用

【E4.1】目指す世界観

EWFが、なぜ需要家側のDERを活用した需給運用を容易にするデジタル基盤の開発と普及に注力しているかをもう少し詳しく説明します。従来の電力システムをかなり簡略化して書くと以下のようになります。ここは日本の制度環境を想定して書きますが、世界的にも起こっていることはほぼ同じ方向と言えます。

上述したように発電・送配電・需要家などからなる電力システムは需要と供給を一致させる他、多くの調整を要し、これを需給運用といいます。従来(日本では2020年4月の発送電分離以前)は発電部門・送配電部門・小売部門を持つ電力会社が統合されており、この中の送配電部門が主に発電部門のリソース(発電機)を利用して需給運用を行っていました。具体的には、発電機の出力を上げ下げすることですが、これを「調整力(英語のflexibilityとほぼ同義、flexibilityの定義はIEA資料「電力の変革(NEDO翻訳版)」p21を参照)」といい、電力会社の中(下図の左側)で調整力を内部調達していたと言えます。一方顧客側(下図の右側)にはリソースはなく、ただ供給された電気を消費するだけでした。

従来の電力システムのイメージ(出典:著者作成)

今後の電力システムはこれも大幅に単純化すると以下のようになります。電力システムの発電・小売領域は自由化され、多くの事業者が参入します。また、従来の卸売市場に加え、需給調整市場、容量市場など新しい電力市場が運用を開始します(すべてを図に記載しておりません)。このうち需給調整市場の開設は、いままで垂直統合の電力会社の中で内部調達されていた調整力(発電所の出力を上げ下げすること)を、送配電事業者が市場を通じて調達することを意味します。さらに、蓄電池や大量のDER(緑の丸)が需要家側に導入され、一部は従来の発電リソース(オレンジの丸)の役割を置き換えるようになります。

今後の電力システムのイメージ(出典:著者作成)

いままでは統合された電力会社が中央管理方式で発電機を利用して需給運用を行っていました。今後は需要家側に大量のDERが増えた世界では従来の方式はおそらく最適ではないだろうという前提で、需要家側にあるDERをいかにして有効に活用できるかというのが課題となります。図中の赤い矢印が顧客のDERを利用した需給運用を示すのですが、アグリゲータという需要家のDERを集約する事業者を介して行われることが多いです。

需要家側のDERは系統運用者が知らないところで増えていき、運用されるので、いままでの中央管理式では運用するのは難しいと考えられています。しかも、ひとつのエリアに10万、100万という単位でDERが導入されても、それらの大量のDERを取り込んで有効活用できるシステムの構築が必須となります。EWFはこの課題に、EW-DOSを活用して取り組んでいます。

【E4.2】Austrian Power Grid(APG)の事例

ここからは、実際の事例を見ていきます。オーストリアの送電事業者(TSO, Transmission System Operator)であるAustrian Power Grid(APG)は2020年1月にEWFとの実証実験の実施を発表しました。この実証実験では、EWFが提供する非中央集権型アーキテクチャーのEW-DOSによって、太陽光発電、蓄電池、スマートサーモスタットなど小型のDERが、調整力市場(今後開設予定)への参加が容易になることができるかを評価するのが目的となります。

調整力市場にも複数の商品がありますが、APGの実証実験ではaFRR(automatic Frequency Restoration Reserves)が対象となります。aFRRでは、aFRRが市場を通じて予め確保したDERに対し、2秒に1回信号を出し、蓄電池の充放電や負荷の調整を行います。調整力の中でも最も複雑な商品ですが、aFRRでこれが成功すれば他の商品に応用するのは容易と考えているようです。

実証実験では「Flex-Hub」というAPGが開発した概念のもと、EW-DOSが以下のプロセスに利用されます。
・参加するDERの資格確認および登録
・入札の管理(需要家の入札、系統運用者が価格を見て落札者を決定など)
・決済

以下にFlex-Hubの概念を図示します。Flex-Hubには多くのDERが直接、またはFlexibility Service Providerを介して接続されます(図の右側)。これらのDERは調整力の提供者であり、売り手となります。一方、系統運用者のAPGと、その他の配電事業者(DSO, Distributed System Operator)がノードを提供、Flex-Hubを運用し、参加するDERとつながります。

FlexHubの概念図(出典:2020年6月のAPG発表を基に著者作成)※現在のシステムを表しているものではありません

大量のDERを中央管理式で管理運用するのが難しい理由の1つは、系統運用者がDERの資格をひとつひとつ確認するのがとても手間がかかることが挙げられます。例えば、ある需要家が蓄電池を所有し、市場への参加を申請したとします。系統運用者は、確かにその場所に蓄電池が設置され、それが申請者の所有物であり、申請通りの仕様の蓄電池が設置されていることを確認しなければいけません。系統運用者が100万のDERの確認作業を行うのはとても効率の悪い作業となるでしょう。

この資格確認と登録作業を容易にするのが自己主権型(self-sovereign)の非中央集権型ID(Decentralized ID, DID)です。これは中央管理者が作成して割り振るのではなく、参加者が自分で作成し、自分がある小売電気事業者の顧客であることや、DERの仕様(たとえば蓄電池の入出力kWや容量kWh)などの属性情報を付加します。そして、小売電気事業者や設置業者などそれらの情報を証明できる事業者に情報を認証してもらうことで情報に信頼性を与え、IDとして機能します。このDIDのシステムにより、系統運用者は大量のDERを1つ1つ確認することなく、すでに認証されたDERと取引を行うことができます。

DIDの所有者・管理者は各参加者になります。情報が変わったときは所有者が情報を更新し、再び認証を受けます。たとえば、蓄電池を買い替えたときは、情報を更新し、設置者やメーカーなどそれを証明できる事業者から認証を受けます。

参加者が複数の市場やサービスに参加するときは、各サービスごとにアカウントを作成し、登録を行うのではなく、1つのIDで参加が可能になります。参加者がIDを所有し、データ管理、アクセス権の付与が可能な自己主権IDであることからこのようなことが可能になります。

DIDはEWFのブロックチェーン基盤技術であるEW Chain上に記録されます。EW ChainはEW-DOSの中でTrust層と位置づけられており、情報の不変性を担保します。

APGとしては、最大で100万のDERを使ってこのような仕組みを構築する可能性を追求しています。その先にあるのは、2030年までに再生可能エネルギー100%を目指すという目標です。「低炭素かつ需要家の参加によって成り立つ電力システムの開発・構築を加速する」というEWFのミッションにまさに合致しているプロジェクトと言えます。

【E4.3】elia Groupの事例

ベルギーのelia Groupはベルギーのelia、ドイツの50hertzなどの事業を持つ送電事業者です。elia Groupは2019年に調整力(フレキシビリティ)入札プラットフォームの開発と実証実験を実施したことを発表しました

elia Groupが考えるビジョンとしては、EWFと同様、需要家中心のエネルギーシステムがあります。特に、DERの普及が進んだときに、需要家が持つDERを使った取引をスムーズに行えるようにすること、DERが調整力を提供して需給運用を行えるようにすることを目標としています。APGと同様、将来は大量のDERが導入されることを想定して、それに対応する基盤構築に取り組んでいます。

elia Groupは、DERを使って調整力を取引する基盤の実証実験を行いましたが、この実証実験で検証したかった仮説は3つありました。

  1. 従来の方法では決済に4–6週間かかっていたが、スマートコントラクトを使ってこれを短縮できる
  2. 電力データ(例えば要請に対して発動を行ったことを証明する電力データ)の信頼性をブロックチェーン技術を用いて向上できる
  3. 従来では調整力取引への参加者は預託金を口座に準備する必要があったが、動的な支払管理により預託金が口座にロックされるのを防ぎ、参加者のキャッシュフローを改善できる

実証実験の結果、上記1.については、決済技術に特化したスタートアップSettlemintとの協業結果、決済時間を数時間まで短縮することができ、2.と3.についても検証されました。今後の課題(2019年6月現在)は、入札結果や制御量の検証・監査のために透明性を確保しつつ、競合相手の間では秘匿性を確保するシステムを開発することです。

APG、elia Groupとも需要家側に大量のDERが導入される未来を見据えて、それらのDERを有効活用できる電力システムをビジョンとして考えています。そして、そのデジタル基盤として、非中央集権型テクノロジーを活用したEW-DOSを使った実証実験に取り組んでいます。

需要家側に大量のDERが導入されるというトレンドは、程度の差はありますが、日本を含む世界中で起こっているトレンドです。DERを含んだ多様なリソースを使って需給運用を行うというコンセプトも、すでに世界中で取り組まれています。(日本では、Virtual Power Plant(VPP)という形で2017年から経済産業省の実証事業が行われています。)

DERの活用には制御や監視システムは必須ですが、登録、認証、入札管理、決済などその他多くのプロセスが想定され、大量のDERの利活用が非中央集権型テクノロジーによって容易になるのであれば、EW-DOSは有用なデジタル基盤となる可能性は大いにあるのではないでしょうか。

EWF, EW-DOS, EW Chainの最新の詳細については、以下のサイトをご参照ください。
Energy Web Foundation
EW-DOS White Paper Part 1, Vision & Purpose
EW-DOS White Paper Part 2, Technology Details
EW Chain White Paper

最後までお読み頂き誠にありがとうございます。
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カウラ株式会社HP: kaula.jp

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