Web3.0におけるアイデンティティレイヤー(前編)

Akimitsu Shiseki
Kaula Lab
Published in
Aug 7, 2022

【概要】Web3.0とは何かを概観し、様々な捉え方があるが、Web1.0技術の上に非中央集権型のネットワークを構築するオープンテクノロジーであり、具体的な効用としてインターネット上にトークンレイヤー(トレーサビリティを含む)、アイデンティティレイヤーを提供し、実装にはブロックチェーン技術が利用されると言うのが広く受け入れられている解釈であることを示します。その上で、アイデンティティレイヤーとは何か、なぜそれが非中央集権型ネットワークやブロックチェーンによって実現されるのかを示し、最後にアイデンティティレイヤーによるユーザー価値として、パスワードレスサービス、ピアツーピアコミュニケーション、Verifiable Credentials を簡単に説明します。VCは後続の記事で詳しく説明します。

**************** 目次 ****************
【1】ブロックチェーンのハイプサイクル
【2】Web3.0の誕生
【3】Web1.0、Web2.0、Web3.0の特徴
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【1】ブロックチェーンのハイプサイクル

テクノロジーにはハイプサイクル(ライフサイクルを通じて期待値が変動しつつ普及へ至る、もしくは途中で消滅する)があり、黎明期、過度な期待のピーク期、幻滅期、回復期を経て安定期に入ると言われています。ブロックチェーンも例外では無く、2009年のビットコインのサービス開始からハイプサイクルを辿りつつ今日に至っています。

(原典:Gartner July, 2021)

ただし、ブロックチェーンの特殊事情として、ハイプサイクルの中で、テクノロジーの中心的テーマが過去13年間に2回変化しており、しかも最初のテーマを2番目、3番目のテーマが置き換えるのではなく、3つが共存して続いているのが特徴であると筆者は見ています。

2009年から始まる第一局面は暗号通貨が中心で、ビットコイン、Ethereum、様々な非中央集権型のオルトコイン(altcoin)が登場しました。当初より決済手段か投機対象かの議論がありましたが、乱高下する交換レートから投機対象と見るのが主流となり、個人投資家の注目が高まる一方、ビジネス界での利用は限定的となりました。

2016年ごろから始まる第二局面では暗号通貨はブロックチェーン技術の応用領域の一つにすぎないとの考えから、改竄困難で可用性の高いアセットの管理台帳として様々なビジネスに利用するためのブロックチェーンが注目されました。台帳にアセットを登録し、複数の参加者がトランザクションを発行し合ってアセットの状態を変更することで(所有権の変更、アセットの併合や分割など)ビジネスデータをセキュアに共有し、顧客の利便性・安全性の向上によるマーケットの拡大とスマートコントラクトによる処理の自動化によるコスト削減と効率化が追求されました。Linux Foundation の Hyperledger Fabric など、ビジネス利用に特化したブロックチェーンが登場し、トレーサビリティ、文書の真正性管理、コンプライアンス、ステーブルコイン、産業特化型アプリケーションが開発されました。第一局面のブロックチェーンはパブリック型、非許可型であったのに対し、第二局面ではコンソーシアム型、許可型が追加されました。

2020年ごろから始まる第三局面では、インターネットの民主化を取り戻すためのテクノロジーとしてブロックチェーンが再度注目されます。つまりWeb3.0実現のための基盤技術としてのブロックチェーンです。

【2】Web3.0の誕生

第一期の暗号通貨、第二期のビジネス利用のための共有台帳と言う分かりやすさに対して、第三期のWeb3.0実現やインターネットの民主化は説明が必要な概念です。実際、Web3.0とは何かとか、Web3.0とWeb3は異なるのかなど、そもそもの定義に関する議論が絶えません。本稿では、Web3.0の誕生の背景を外観して、そのイデオロギー的意味を踏まえた上で、利用者観点での価値に視点を移し、インターネットのアイデンティティレイヤーとしてのブロックチェーンの役割を論じたいと思います。

Web3.0(またはWeb3)には二つの異なる出自があります。先ず一つ目は、2006年にTim Burners-Lee氏によって提唱されたWeb3.0です。これはセマンティック・ウェッブ、つまりWeb上のデータの意味を人だけでなく、コンピュータも解釈、処理出来るようにするためのメタデータをインターネットに追加する技術です。構成要素として、RDF(Resource Description Framework)とOWL(Web Ontology Language)があります。RDFはコンピュータが理解できる形でメタデータを記述する方式であり、OWLは単語間の関係(オントロジー)を記述するための言語です。Tim Burners-Lee氏はWebの父として知られるイギリスのコンピュータ科学者で、URL、HTTP、HTMLは彼の設計によります。現在はW3C(World Wide Web Consortium)のディレクターを務めています。

二つ目は、2014年にGavin Wood氏によって提唱されたWeb3で、GAFAが支配するインターネットをブロックチェーンによって個人の手に取り戻すと言うコンセプトです。Wood氏もイギリスのコンピュータ科学者で、Ethereumの設立者の一人で開発をリードしました。web3.jsと言うJavaScriptのライブラリーがありますが、これはHTTPやIPC(InterProcess Communication)を使ってEthereum nodeとやりとりするためのAPIを提供します。Wood氏は後にEthereum開発を離れ、現在はWeb3財団(Web3 Foundation)のトップとしてWeb3を実現するためのブロックチェーン基盤Polkadotを開発しています。

【3】Web1.0、Web2.0、Web3.0の特徴

現在注目されているWeb3はWood氏の考えを発展させたコンセプト、テクノロジー、エコシステムの総称です。Web1.0、Web2.0からの流れでWeb3.0と呼ばれることもあります。「インターネットを個人の手に取り戻す」と言うコンセプトは、Web1.0、Web2.0、Web3.0を比較することでより鮮明になります。

Web1.0の特徴はRead-Onlyであることです。コンテンツのオーナーが発信する情報を利用者は読むだけで、それに対して情報を書き込むことはできませんでした。それがWeb2.0になると利用者はRead-Writeが可能になりました。これによりAmazon.comでの買い物、Facebookでの利用者同士のコミュニケーション、YouTubeでの動画配信などが可能になりました。Web2.0によってインターネットのビジネス的価値は大幅に高まりましたが、同時にこのRead-Writeを可能にする仕組みはプロプラエタリーな技術であり、プラットフォームの運営は中央集権的でした。利用者が書き込んだ情報(例えば利用者の個人情報や取引履歴)は全てプラットフォームの運営者がコントロールすることになり、一部の巨大IT企業に富とパワーが集中しました。つまりインターネットは、利便性と引き換えに本来のオープン性、民主性(一部のものが全体を支配しないこと)、包括性(インクルーシブネス=多様なものを取り込むこと)を失いました。

この流れを変えようとしたのがWood氏の提唱した「インターネットを個人の手に取り戻す」と言うコンセプトです。その特徴はRead-Write-Ownとオープンテクノロジーによる非中央集権化(Decentralization)です。Web3.0は暗号技術(公開鍵暗号方式や暗号トークン)により改竄や二重支払いのリスクが排除されたブロックチェーンテクノロジーによるオープンで非中央集権型のインターネットです。利用者はRead-Writeが可能なだけでなく、自分のデータを所有することが出来るようになります。所有もしくはコントロールとは、データの参照、変更、共有を自己の裁量で制御出来ることを意味します。このように書くと、「それはブロックチェーンの特徴そのものではないか。なぜ殊更Web3.0のような呼ばれ方がされるのか?」と言う当然の疑問が生まれます。

それに対して色々な人が色々な説明を試みていますが、筆者はWood氏の「インターネットを個人の手に取り戻す」と言う言葉の中に答えがあると思いますが、それについて後編で述べたいと思います。

最後までお読み戴きありがとうございます。
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Akimitsu Shiseki
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Shiraki Ltd. VP IT Consulting / Kaula Inc. advisor / Blockchain and SSI (self-sovereign-identity) expert