やる気について

「やる気」について少し考えていました。すると、「やる気で解決できる問題って、じつはすごく多くないか?」と思ったのです。

仕事がおもしろくない、というひとは、目の前の仕事のどこにやる気を見いだせるのかを考えてみればいい。そもそも、目の前の仕事はなぜやっているのかを考えてみるとよい。

バンドの音楽活動でも、部活でも、やる気がないとものごとは前に進まないのです。「やる気」とは、「なぜ○○をするのか?」ということの答えに他なりません。2文字でいうなら、「動機」です。

そして、すべての人々において、やる気ってとても不安定。最初はやる気があったのに、続かなかった、途中で辞めてしまった、なんてことはよくある話です。やる気は、ついたり消えたりするわけです。


一方、やる気そのものだけでなく、人となにかを行うときは、やる気の「ベクトル」を合わせることが大切になります。どこかのバンドが解散するときの理由に「音楽性の違い」というものが挙がることがしばしばありますが、これはやる気のベクトルが違う方向に向いてしまった、ということでしょう。だって、音楽性って、「なぜ僕らは音楽をやるのか?」が根っこだから。

それに、ひとはひとりではなにもできない。できたとしても、ものすごく範囲が限られてしまう。そんなことはどんな人でも理解しているのであって、でも、誰かとなにかをやるときは、やる気のベクトルを合わせる必要がある。でも、それがまた大変なのだ。「音楽性の違い」で解散したバンドも、ある程度の間は、やる気のベクトルを合わせるために苦心したのではないだろうか。

そう考えてみると、ほんの数千年くらいの人類の歴史は、「やる気のベクトルを合わせることに苦心する歴史」でもあったんじゃないか、とさえ思う。それくらい大変なことなのだ。なぜなら、人はいつもすれ違うし、放っておけば、自分のことしか考えなくなってしまうから。

やる気のベクトルを合わせれば、モノが売れたりもする。そのために、お金を払って人にお願いすることさえあるのだ(広告代理店とか)。それだけ、「コミュニケーション」って大変なんだなあ。

やる気を出し続けることも、やる気がなくなってもまた復活させることも、ひとと自分のやる気を合わせることでさえも、ちゃんとやんなきゃな、と思ったのでした。