いま建築作品はどのように語られるか?

建築作品小委員会 第一期総括/ How Architectural Works can be Described Now?/布野修司・石榑督和・市川紘司・川井操・川勝真一・辻琢磨・能作文徳・水谷晃啓・吉本憲生・和田隆介

参加者:
司会:川井操
登壇者:石榑督和・市川紘司・川井操・川勝真一・辻琢磨・能作文徳・水谷晃啓・吉本憲生・和田隆介
コメンテーター:布野修司
編集:和田隆介

作品か状況か

川井:建築作品小委員会 ではこれまで7つの特集を企画してきました。改めて企画を振り返りながら、委員の皆さんと回以降の展望について話をしたいと思います。
まずはこの企画が始まった経緯からお話しします。最初に布野修司先生から、建築学会のwebサイト企画「建築討論」のなかで、建築作品小委員会の枠としてこの連載の話をいただきました。その後、石榑さんと市川さんと私の三人で話をしたときに、市川さんから「作品論をきちんとやりたい」という意見がありました。そこでまず、403architecture [dajiba](以下、403)の作品をとり上げようということになりました(『建築討論』005号)。403を選んだきっかけや、なぜ作品論だったのか、そのあたりから市川さんに振り返っていただければと思います。

会場写真

市川:傾向として現在の建築メディア環境では状況論が多く語られがちなので、新しいメディアとしての「建築討論」は、それらとは違う視点を出しましょうということで、では作品論をやろうと川井さんたちと最初のころに話していたと思います。僕自身、これまで書いてきたのは状況論が多く、どのように作品が語られるのかに興味がありました。そうした時に、当時もっとも差異化できると思えた建築家が403で、取り上げましょうと提案しました。「地方都市で元手もなくセルフビルドでがんばる若手建築家」みたいな評価の仕方が403には多かったように思うのですが、そうではなく、つくったものそのものに着目して語ってみましょう、ということでした。

川井:辻さん自身も語られ方として作品論が欠けていると感じていましたか?

辻:状況的に語られがちということは十分に自覚していますし、いまもそうですね。この企画で指摘された自分たちの建築における物質としての特徴、「構築性」や「スケルトンインフィル的」というワードは、活動の中でおぼろげながら意識していた部分でもあったので、勇気をもらいました。

市川:論考(「よそもの」としての建築)や座談会(「限定」がひらく複合性──403architecture[dajiba]の作品とそのコンテクスト)で強調したかったことは、403という建築家集団を「オーセンティックな建築家」としていちど位置づけてみよう、ということでした。やってみて、こうした評価によって403の良さが消えた部分ももちろんあると思います。なので、うまくいったかどうかは正直わかりません。が、ともあれ意図としてはそのようなものでした。

布野:先にひとつだけ言っておくと、僕は辻くんが滋賀県大でレクチャーした際にめちゃくちゃ褒めた覚えがあります。去年Aカップに参加して、塚本+貝島グループの学生たちと「現在のリーディングアーキテクトは誰だ」という話をしたんだけど、403を挙げる学生が圧倒的に多かった。

川勝:あえて作品論にこだわるというスタンスは分かるけれど、一方でそもそも作品論を語るときに、状況論と意匠論を明確に分けられるのかという疑問はあります。むしろ最近の作品の傾向として、そこが切り離しづらくなってきているのではないか。

市川:もちろんそうなんですが、現実的に、たとえば原稿を書くときには文字数の制限がある。その文字数のなかでどのくらいを状況の説明に割り当て、どのくらいを建築物そのものの説明に割り当てるかという、現実的な配分の作業が生まれますよね。最近は作品自体が小規模なものも多いから状況に対する記述の比率は大きくなるのは当然としても、一度その配分を意図的に変えてみたい、という意味です。

布野:「建築討論」を立ち上げた時はそもそも作品主体でいくという話でした。建築討論という名前になった経緯もさまざまあって、本当は建築批評という名前でやりたかったけど、批評はきついと言う人もいたり……。当初は作品を応募してもらい、それにコメントするという仕組みで出発したんだけど、それはうまくいかなかったので小委員会の若いセンスで底上げしてもらいたいというのが経緯です。だから作品を扱ってもらうのは本命なんです。作品を批評する場。批評を研ぎ澄ます場であって欲しいと思います。

「批評」とは何か、「作品」とは何か

吉本:布野先生から批評という言葉が出たところで、アップルストア表参道の特集を通して、この小委員会で議論の対象となる「作品」とは何か、ということについて考えたことをお話しします。まず、アップルストア表参道を取り上げたきっかけは、市川さんの「表参道の建築群のなかで《アップルストア表参道》(2014)が不思議な建ち方をしている興味深い建築でありながら、建築界での議論の対象にはなっていないんじゃないか」という問題意識からでした。日埜直彦さんと浅子佳英さんとの座談会「建築・プロダクト・インテリアを巡る言葉──アップルストア表参道から考える」で面白かったのは、アップルストアのような建築を語る言葉がないことが一番の問題じゃないかという話でした。商業建築あるいは、アップルという世界企業のプロダクトとしてのアップルストアを評価するための言葉を、既存の建築的文脈の中で見出すのは難しい。すなわち、建築「作品」/商業建築、あるいは建築/プロダクトというジャンルの境界線の存在に直面することになります。ここで「ジャンル(枠)」の話が出てきますが、それが作品とは何かということや、批評とは何かということを考えるヒントになる。
「作品」とは何かを問うことは、表現の価値判断を行なうことにつながるので「批評」という行為と密接に結びついていると思います。他方、「批評」という行為がいまどういう状況に置かれているかというと、あらゆる分野で批評の困難さが述べられています 。いまでは、言説や創作が、社会全体や時代の価値観を代表するという状況は成立せず、また、そのことで、なんでもありの状態になっているともいえる。そうしたなかで、「批評」や「作品」はいかに成立するか。この問題に取り組む上では、社会全体に共有される価値観を前提とするのでもなく、なんでもありという細分化された状況に向かうのでもなく、個々の状況から離脱し、共有され得る潜在的な価値観の発見に向かう必要があるのではないでしょうか 。言うなれば、既存の細分化された「ジャンル」の境界を揺るがすことが批評という行為の可能性ではないか。すなわち、文学とは何か、建築とは何かという問いを引き出すようなものが、作品として成立する。そう考えると、アップルストアは面白い対象でした。そもそも建築なのかプロダクトなのか、そういう問いが生まれたこと自体が重要で、改めてそれを語る言葉や歴史がないことが再認識できた。逆に言えば、そこにこそ現代の作品性を考えるためのヒントがあるのかもしれない。

市川:アップルストアに関しては、僕なんかは状況論的な角度からのほうが正直言って語りやすいのですが、建築家の視点からはどのような作品論につながり得るのかに興味があります。能作さんや辻さんはアップルストアに対してどういう意見を持っていますか?

能作:アップルストアの建築は、プロダクトデザインの延長でつくっているように思います。フォスターとアップルのチームが手がけたロンドンのアップルストアを訪れたとき、石材の壁に手摺が埋め込まれており、手が触れる部分だけが本磨きでツルツルの肌触りになっていました。天井は世界最長のルミナスパネルが使われていて、夜でも曇り日の天空光のように均質な明るさを実現しています。これは極限に洗練されたプロダクトを建築に統合していったと見る方がいいのではないかと思っています。

辻:僕らはすでにアップルのプロダクトをほぼ身体化していて、その延長にアップルストアを見てしまうから、建築としてというよりプロダクトとして見てしまう。建築としてどうだと言われると、自分のなかで身体化されているそのプロダクト感を一旦取り除かないと、学んできた建築の見方に切り替えられないので、僕は一瞬言葉に詰まります。

能作:プロダクトとしての完成度や、物質を加工するテクノロジーが並外れているのです。これを建築作品としてどのように評価するのかについては、実は自分たちの側こそが「作品」という言葉に縛られている気がします。それを外す作業が批評の役割かもしれない。

吉本:建築として見ていたものが別のジャンルのものへと拡張したり、認識している物事の領域にズレが生じることが面白い。たとえば都市史研究者としては、アップルストアを発端に新しい建築史・都市史を書くことができるかどうか、という視点でみる必要があるかなと思います。これまで建築とされていなかったものが歴史叙述に入ってくるようなことが可能になるなら面白いのかなと。

和田:アップルストア自体が作品かどうかはわかりませんが、おおざっぱに都市論の系譜に位置付けることは可能であるように思います。たとえばヴェンチューリの『ラスベガス』や北田暁大の『広告都市』のように、建築家の都市リサーチとしてや、都市と広告の関係から見ると非常に面白い。だって、あれだけの都心の一等地に普通の不動産の論理なら床を積みたいところを、企業の広告戦略としてあれだけのボイドをつくっているわけですよね。不動産価値より特殊な広告価値が勝った都市の新たな形を示しているように思いました。その広告価値が、床でもなく看板でもなくボイド(空間)であることも気になるところです。

能作:異常ですよね。アップルストアの平屋や完全なディテールを成立させるために存在している背後のコンテクストが、都市に存在するその他の建築群とはまったく異なっています。

吉本:座談会でも出てきた話ですが、あれはアップルという世界を体験させるためにつくり出された異常な空間であると捉えることができます。それを自分の論考「平準化する都市の「空気」のなかで──《アップルストア表参道》にみる都市空間の〈道具化〉」では、世の中の「空気」という問題とつなげて考えてみました。iPhoneひとつとってみても、日本の普及率は世界的にみて異常らしい。みんなが持っているもの、すなわち同質性に対する欲望が強い国民性や時代性があって、その空気と響き合うことで生まれた空間なのではないかとも解釈することができる。世の中に流れる空気が、空間生成のモチベーション、原動力のひとつになったと考えると、そのメカニズムこそが、この建築の「批評性」や「作品性」を浮かび上がらせるのではないか。

左:辻琢磨、中:吉本憲生、右:市川紘司

石榑:普通の建物が成立する基盤(社会と資本と物流)が成立している状態を前提とすると、アップルストアの成立には非常に異様なものが隠れている。普通の建物がその構造にのっとってつくられる状態を「空気」という言葉で説明するとすれば、アップル側では物流や商品戦略などの別のアーキテクチャがある。そのなかで成立した空間が一般的な建物とすごくずれている。その理由を考えることは、極めて建築的に問題を整理しているということだと僕は思います。

能作:建築のディテールにまでその構造を反映しているからすごい。

市川:本来はそれを設計者の光井純さんに聞くのが特集のミッションのひとつだったのですが、取材に関するアップル側のハードルが我々が超えるにはあまりに高く、断念せざるを得ませんでした。建築そのものに対して彼らが行なっていることに直接話を聞けなかったのは残念でした。

いま「共」的空間はいかに可能か

川井:アップルとは対象的に、公共性や市民性を試みている作品事例としてkwhgアーキテクツの《岐南町庁舎》(2015)を扱った特集「庁舎建築の公共性をめぐって──kwhgアーキテクツ設計 岐南町新庁舎」もありました。作品論として岐南町庁舎を扱った経緯を石榑さんに聞きたいと思います。

石榑:地方都市における庁舎建築の公共性をテーマに岐南町庁舎を選びました。公共空間・公共施設をどのように再編していくのかということは、日本の都市においていま広く問われているテーマだと考えています。まず、東京では再開発が進み商業的なパブリックスペースがつくられていますが、それが本当に公共の空間なのかは微妙だと感じています。先日、渋谷の宮下公園がホテル化されることが発表されましたが、公共施設であるはずの公園がホテル化し、屋上を緑化して公園とするという計画に衝撃を受けました。そういうことが起きている日本で、公共施設をどのようにつくるのか。一方で、地方都市では、戦後に建てられた公共建築群が更新の時期を迎えている。一気に建て替えが全国で始まっていますが、地方都市では当然財源がないので、それらをまとめて改築するということが起きている。岐南町庁舎はそうした状況にあって、地方都市における公共建築のあり得べき姿を考えるという問題設定で面白い建築だと思います。公共空間を「公」空間と「共」空間に分けるとすると、日本の都市の公空間は貧弱だが、路地や横丁など共空間は魅力的な場所が多いと指摘されてきました。日本における公共施設がどうあり得るかという視点で見ると、岐南町庁舎は、のっぺりとした地形に耕地整理が行われ都市空間として非常につかみどころとのない岐南町の都市構造自体をつなぎ直そうとしている庁舎建築で、それを軒や道によって生み出そうとしている作品と言えます。

和田:岐南町庁舎は完成のタイミングで石榑さんと市川さんと岐阜県に実際に見に行ったのですが、合わせて少し前に完成していた伊東豊雄さんの《メディアコスモス》(2015)も見てきました。この二つの公共建築を比較すると現在の日本の公共建築の状況がよりクリアになるように感じました。メディアコスモスは地方都市の中心地にあって、周囲と比べるとかなり大規模な公共建築です。波打つ木造屋根や半透明の天蓋は印象的ですが、構成自体はグリッドプランにカフェなどのテナントが入っていて、大規模な商業建築のつくられ方に近い印象を受けました。石榑さんの話にもあったように、公共の商業化の問題は大規模な公共施設だとより顕著なのかもしれません。一方で岐南町庁舎のような中小規模の庁舎建築にも、今後商業的な論理がより入り込んでくる可能性もある。そのときに建築家がどういう対応をするのか。これからの公共建築がどう商業との距離を測っていくのかは重要なテーマになると思いました。

川井:対談を読んで、渡辺隆さん設計の静岡県磐田市にできた《豊岡中央交流センター》(2016)を思い出しました。小さな公共建築ですが、軒先を出していて、「共」的な空間を取り入れて、商業的ではないつくられ方の可能性をあの建築にも感じました。
岐南町庁舎では遊歩空間という形で答えていましたね。日本的な「共」を建築に持たせることがキーワードになっていました。能作さんと篠原雅武さんとの対談(「主体性を生産する建築家たち」)でも、西洋的な公共との違いについて語られていました。

和田:能作さんと篠原さんの対談「主体性を生産する建築家たち」では、西洋的な公共性や主体性の概念を真摯に受け止めながら現代日本の建築家の実践につなげようとしていると感じました。透明性の概念をヴェネチアビエンナーレの建築家たちの作品を通してアップデートするような話も印象に残っています。

能作: いま語られるパブリックは、「公」の概念が固定化しているように思います。最近の公共建築も「公」を形や空間にしなきゃいけないという意図が強すぎて、それがやや硬いものに感じる。
一方でコモン「共」について考えてみると、それは共有資源やその管理という意味です。たとえば土地はもともとだれものでもなく、資源としてコモン出会ったのが、それが所有権が制度化していくなかで、プライベートとパブリックに割り振られてきた経緯があります。サービスや商品として私有化してしまった資源を見直して、「コモン」をいかに生み出していくかを考える必要がある。建築家は「パブリック」という概念を、単に広場や公園のようなという空間に翻案することだけを正当化せずに、より多角的に捉えていかなければいけないように思います。

石榑:実質的にそこまでできている建築=岐南町庁舎とするのは難しいと思います。それは根本的に形だけの問題ではなく運営主体の問題も含んできます。たとえば《武蔵野プレイス》(2011)はかなり核心的に行政側が新しい施設をどうつくるか、運営するかという問題意識が前提としてあって、そこに彼らが設計者として選ばれたという経緯があります。だからやわらかい運営ができているかもしれない。

市川:しつこくなってしまって申し訳ないですが、この委員会ではやはりまずはものの水準で考える、というところからあえて始めたい。岐南町庁舎で言えば、これは庁舎のボリュームを不定形な屋根がつないで共有される中間領域を生む形式になっていますが、結果的にこの共有空間は歪んだり淀んだりするような空間もあって、そんなに固定化された「公」的なものには感じられません。それを踏まえて現在の日本の公共に関する概念的問題や制度的問題を考える、というステップを踏みたいと思うのです。

能作:公共建築は、設計者や行政だけではなく様々なネットワークにおけるせめぎ合いや力の均衡のなかでできていくと捉えます。そうしたバランスが物質化されていくところに建築の面白さがあると思います。パブリックな「庇」がありますというだけでは、作品批評にはならない。

石榑:それはその通りだと思います。先ほどの市川さんの話に戻りますが、作品小委員会としては、建築が建ち上がるときの枠組みやネットワークのなかでいかに作品としてモノに落とし込まれていくかということなので、制度的な問題のなかで何が可能だったかを丁寧に問うことは一方で重要かと思います。それをきちんとやりながら、能作さんが言われたような大きな枠組みの議論も忘れてはいけない。そこには完全に同意です。

石榑督和氏

グローバル化する京都で町家を再資源化する

川井:いま京都は、町家が海外の投資家からどんどん買い上げられたり、宿泊施設へと転用されたりと、グローバル観光の特殊な状況下にあるといえます。

川勝:表参道とは違ったかたちで京都特有の消費の問題が都市を変えている状況ですね。しかも生活空間に消費空間が重なってきている。生活空間が消費の対象になるのが、観光都市京都の状況です。しかしそうした個人の欲望は、既存のゾーニングではなかなかコントロールしづらい。観光客は京都特有の歴史的なリテラシーは持たないので、そのときにどう都市を導いていくかが京都の建築家たちの今後の課題なのだろうと思います。(座談会「古都のグローバル化と建築家の展開」

川井:もちろん京都のことを良く知っている外国人の方もいるので、そういうクライアントをうまく見つけ町家に手を加えたり、あるいは土地所有を導いたりしているようです。たとえば分棟の長屋を1セットにまとめて保存改修をするようなプロジェクトです。そうした状況に対する建築側からのコントロールを、京都の建築家たちは問われている。

川勝:考えているスパンが非常に長いことも特徴です。10年もすればこのインバウンド・ブームが終わって、いま外国人クライアントのためにつくっている町家は、その後にもういちど都市の資源になるというところまで考えている。10年以上先の町家の再資源化を含めて、長い時間の射程で捉えています。

布野:川勝さんが言うように、いまはある種のチャンスなんですよ。首都圏では在来木造が建たない状況になってきているので、そうすると木造住宅がストックにならない。リノベできない住宅がどんどん建っている。いまのうちに外国人の財力を借りてリノベをやっておくと、たぶん10年ぐらいストックの射程が延びる。

川井:京都の建築家が非常にうまいのは、枠組みをきちんと認識して取り組んでいることです。行政と手を組み、条例、インバウンドの問題を状況整理しながら進めている。

布野:京都には変な条例がまだたくさん残っています。旅館にするためには瓦屋根にしなければならないとか。それうまく付き合わなければいけないから、条例のすれすれを狙うんだけどなかなか難しい。能作さんの話にあったように、結局は所有の問題が壁になる。日本にはどんなに頑張っても公と私の間がないんですよ。だから公共が差配できる範囲でやるしかない。
僕が京都にいた時代はまだ文化財的な「京町家」にとらわれすぎていました。しかし最近、森田一弥さんや魚谷繁礼さんたちがやっていることは、そこからはかなり自由に考えている。あまりこだわりがない感じで切ったり貼ったりできている。そこが感心しました。

川勝:我々が町家にどのような眼差しを向けてきたかも、時代と共に変化しています。それまで顧みられることのなかった町家が、50年代から徐々に歴史化され、同時に造形的にも評価されるようになる。その後、「日本的コミュニティの雛形」、「街並み要素」、「保存すべき文化財」というような文脈で推移し、現在は観光や働き方の変化の受け皿として「都市再生の資源」と見なせるのではないでしょうか。こうした変化も建築家の実践に結びついています。

能作:やはりツーリズムが重要ですね。いま、都市をつくる原動力が変わってきていると感じます。かつて町家は伝統や文化保存から位置付けられてきたのですが、現在は観光資源として位置づけ直されようとしている。そこでは、歴史的オーセンティシティという考え方が揺らいでいるように思います。観光としての価値から新しい街並のタイプが出てくる可能性もある。

布野:魚谷さんが仕事をしている五条楽園は元遊郭街だから、普通の日本人は避ける地域なのに中国人はパッと土地を買ったりするわけです。そうすると街が急に変わってくる。こうした変な現象が起きてきています。

川勝:全然違う都市のレイヤーが生まれてくるかも知れない。その時にどう建築がそれらをつなぐのか。

能作:町家の価値が今後どうグローバルな状況のなかで読み替えられていくか、楽しみです。

ゲストとホスト/建築作品と枠組みづくり

川井:最新号の座談会「伝統産業の転用」では、観光に加えて伝統産業が大きなテーマになっていました。

辻:この特集で取り上げた浅野翔さん、石野啓太さん、水野太史さんは、皆実践者でありながらその場所の生活者でもある。伝統産業に片足をつっこみながら、建築的思考をフィールドとしての街に転用している。建築の教育が、枠組みを更新していく現場でどう機能するかということです。
伝統産業という枠組みは例えばひとつの都市よりも耕せる領域が広く、深いと感じていて、そこにどうコミットしていくかというところが興味深い点でした。彼らのプレゼンテーションで紹介される写真は、もちろん建築作品もありますが、レンガの在庫の山だったり、新聞だったり、ワークショップだったりで、枠組みの更新についてくる副産物それ自体をアウトプットとしている。のですが、逆説的に「作品」とは何か、改めて考えるきっかけになったと思います。

水谷:この企画に私が関わるにあたり、辻さんからいまのコメントにあったような内容の企画書が送られてきました。私はそれを読んで、大変面白い切り口だと思いその内容を敷衍するようなかたちで論考を書いたつもりです。また、辻さんが活動する浜松と似たようなコンテクストをもつ豊橋で生まれ育った私には、辻さんと同じような視点から常滑・信楽・有松での状況を相対化することが求められているのだと感じていました。それで今日ここに参加したのですが、この建築作品小委員会では作品を扱うんだという前提を、実は初めて知りました(笑)。だから、ここまで発言できずにこの場にいたわけですけど、その作品小委員会が最初に扱った作品の設計者でもある建築家の辻さんが、最後であるこの企画立案者というところが面白い。結果的に完全に僕の誤読だったわけですが、辻さんがそもそもこの企画を考えたきっかけが知りたいです。

辻:僕も実は作品だけを扱うということをあまり理解していなくて……(笑)、おもしろい建築家特集ということで読み替え、地域で活動している実践者ということで三者に御願いしました。
とはいえ、僕が活動に共感する人たちの条件は、「作品」というだけではなく、「どういう枠組みをつくろうとしているか」という部分が非常に大きい。吉本さんが言っていたジャンルを超えるということかもしれませんが、建築作品とは何かと同時に、建築家とは何者なのかという問いを常にもっています。

水谷:枠組みをどうつくるかというときに、辻さんが地域のコンテクストを如何にして再構築していくべきなのか登壇者に問いかけ、同時に考えられていたように感じていました。その際には、主には近代以降に全国各地で起こった産業の転換期を、常滑・信楽・有松がいかにして乗り切って現在までその「伝統」を継続させてきたのか、あるいは結果的にであったにせよそれが如何にして生きながらえてきたのかということが、重要なポイントになると思いました。論考「産業構造と地域コミュニティ」では各地域の「伝統」が生きながらえた要因を整理して、それが常滑に水野さん、信楽の石野さん、有松の浅野さん、それぞれの活動にどう引き継がれているのか探ってみたかったのですが、十分に書ききれていないので反省しています。

川井:柳沢究先生の論考「地域と産業に寄り添うホスト的建築家」ではホスト的建築家という言葉で出てきました。地に足を着けないと彼らの仕事は成り立たないので、より土着的な役割となる。一方で建築家はどちらかというと風の人になりがちで、よそ者(ゲスト)的なふるまいが得意です。ホストはしっかりと根を下ろして自分たちの生活を整えることが、その場所をより良くすることにつながるんだという意識の高さが顕著になったと思います。

川勝:一方で、もう少し長い目で見ると、最初はホスト的だったのに、その場所での活動が評価されていくと、地域や組織から声がかかるようになり、気がつくとゲスト的になっているとこともあるのではないでしょうか。風か土かはっきりときりわけられるものなのか、土でもあり風でも人としてあることは可能かということですね。
建築家の仕事の展開の仕方が、これまでのようにビルディングタイプやスケールによるのではなく、各自が活動の拠り所としたローカルがどこかによって変化する。このローカルがもつコンテクストへの高い解像度と戦略を自覚しているかは重要だと思います。それこそがアウトプットの評価を難しくしている要因なわけですが、だからこそ「作品とは何か」を一つひとつの実践によって問う意義があるように思います。

辻:浜松で活動してきた実感としては、ホストだけをずっとやっているのはどうも良くないんじゃないかということです。没入する相手が伝統産業ならまだ対象が深いからいいですが、地域のまちづくりを、ホストとしてずっとやっていくというのは、その町が良くなりさえすればokということでモチベーションが継続していかない可能性がある。僕自身はその水平展開を考えたい。僕らも浜松以外のプロジェクトも増えていますが、そこで考えていることは、浜松で学んだことを、どうすれば他の場所でも生かせるのかということです。浜松での活動には実験的な側面が大きく、それを許容してくれる都市が建築家には必要だということは非常に強く感じています。もちろん今後も浜松で建築を考えていくということは変わらないのですが、僕はいま浜松をそのように捉えています。

市川:最初の特集号の文章で引用したジンメルの「よそもの」という概念は、「定住する他人」みたいなもので、ゲストとホストという区分をまたがるような存在の仕方です。人に注目するかぎりゲストとホストは結局区分されてしまうように僕は思いますが、建築は本質的にそういう区分を超え得る可能性があるのではないか。藝術のなかで建築は「不純」とよく言われます。作家の帰属性にしても表現にしても。その不純さがよそものとしての建ち方を可能にすると信じていますし、だからこそ作品論を語ることには意味があるように思うのです。保守的な考え方かもしれませんが。

川井:これまでの特集、今日の皆さんの議論を踏まえて、13号以降では以下のような展開を試みたい。まずは混沌とした状況論を整理した上で、建築作品論に寄って議論すること。次に発行部数や閲覧数に囚われない学会からの発信という点でも既存のメディアでは取り上げられないテーマ性・建築作品を発掘すること。最後に伊東忠太にはじまる造家学会の系譜からもアジアや世界史的文脈を踏まえてグローバルな建築状況をタイムリーに伝えることを目指していきたいと考えます。本日は長時間お付き合いいただきありがとうございました。


布野修司
建築討論委員会委員長。日本大学特任教授。1949年松江市生まれ。工学博士(東京大学)。建築計画学,地域生活空間計画学専攻。東京大学工学研究科博士課程中途退学。東京大学助手,東洋大学講師・助教授,京都大学助教授,滋賀県立大学教授,副学長・理事を経て現職。『インドネシアにおける居住環境の変容とその整備手法に関する研究』で日本建築学会賞受賞(1991),『近代世界システムと植民都市』(編著,2005)で日本都市計画学会賞論文賞受賞(2006),『韓国近代都市景観の形成』(共著,2010)と『グリッド都市:スペイン植民都市の起源,形成,変容,転生』(共著,2013)で日本建築学会著作賞受賞(2013,2015)。

石榑督和
東京理科大学工学部建築学科助教、ツバメアーキテクツ。建築史・都市史。1986年岐阜県生まれ。明治大学大学院修了。博士(工学)。明治大学助教をへて現職。著書に『戦後東京と闇市‐新宿・池袋・渋谷の形成過程と都市組織』ほか。2015年日本建築学会奨励賞受賞、住総研第1回博士論文賞受賞。

市川紘司
東京藝術大学美術学部建築科教育研究助手、東北大学大学院工学研究科都市建築学専攻博士後期課程。1985年東京都生まれ。中国近現代建築史。2013–15年中国政府奨学生(高級進修生)として清華大学建築学院に留学。編著書に『中国当代建築 — — 北京オリンピック、上海万博以後』など。

川井操
1980年島根県生まれ。2010年滋賀県立大学大学院博士後期課程修了。博士(環境科学)。2013年 東京理科大学工学部一部建築学科助教。2014年−滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科助教。

川勝真一
RADディレクター/リサーチャー。1983年兵庫県生まれ。2008年京都工芸繊維大学修士課程修了。2008年RAD開始。

辻琢磨
建築家。1986年静岡県生まれ。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA 修了。2010年Urban Nouveau。2011年メディアプロジェクト・アンテナ企画運営。2011年403architecture [dajiba]設立。2015年大阪市立大学非常勤講師。2015年-滋賀県立大学非常勤講師。主な作品として《渥美の床》《海老塚の段差》など。《富塚の天井》にて第30回吉岡賞受賞。

能作文徳
建築家。1982年富山県生まれ。2012年東京工業大学大学院博士課程修了。博士(工学)。現在、東京工業大学大学院建築学専攻助教。2010年「ホールのある住宅」で東京建築士会住宅建築賞受賞。2013年「高岡のゲストハウス」でSDレビュー2013年鹿島賞受賞。主な著書に『コモナリティーズ ふるまいの生産』(共著、LIXIL出版、2013)、『シェアの思想/または愛と制度と空間の関係』(共著、LIXIL出版、2015)。第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築出展(審査員特別賞)。

水谷晃啓
建築家。1983年愛知県生まれ。博士(工学)。2013年芝浦工業大学大学院博士(後期)課程修了。2009年隈研吾建築都市設計事務所(プロジェクト契約社員)。2010年-14年SAITO ASSOCIATES。2013年芝浦工業大学 博士研究員。2014年豊橋技術科学大学助教、2017年−同大学講師。東京電機大学、芝浦工業大学非常勤講師。

吉本憲生
近現代都市史研究。1985年大阪府生まれ。2014年東京工業大学大学院人間環境システム専攻博士課程修了。同年博士(工学)取得。2014−2015年東京工業大学特別研究員。2014年−現在横浜国立大学大学院Y-GSA産学連携研究員。第5回ダイワハウスコンペティション優秀賞。2012年度日本建築学会関東支部若手研究報告賞。

和田隆介
1984年静岡県生まれ。編集者。明治大学理工学部建築学科卒業。千葉大学大学院工学研究科修士課程修了。2010–13年新建築社。13年よりフリーランスとして仕事を始める。13–14年東京大学学術支援専門職員。15–17年京都工芸繊維大学特任専門職員。

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