さがす建築:これからのフォーム・ファインディングの道標は何か

043|202005|特集:構築と分解 _ 終わり方から考える建築デザイン

木村俊明
建築討論
18 min readApr 30, 2020

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はじめに

筆者は建築構造設計や、ドームなどの大スパン構造における形状探索(フォーム・ファインディング)に関する研究をしている。フォーム・ファインディングとはある荷重に対して合理的な形を探索することであり、例としてガウディの懸垂曲線を挙げることができる。Rhinoceros/Grasshopper上でKarambaとGalapagosを用いたシェル構造の形状最適化や、Kangaroo Physicsで作る懸垂曲面をイメージされる方も多いかもしれない。近年では、ある目標(力学性能、重量等)に対して最適化を行い、形を探索する研究が活発に行われている。

建築計画イメージと得られる解を重ね、最も適切な案を探索するフォーム・ファインディングは、設計初期段階で形状を決める際に効果を発揮する。建築構造設計でいうと構造計画で使いやすい方法である。また、材料を効率よく使うことを目標とすれば、本特集のキーワードである「パフォーマティブ・デザイン」とも共通している。例えば、記事[1]でも取り上げられたフライ・オットーのマルチハーレは「グリッドシェル」と呼ばれており、関連する形状生成方法や実例が文献[2]で紹介されている。本稿ではパフォーマティブ・デザインとしてシェル・空間構造に関するフォーム・ファインディングの事例をいくつか紹介し、これからのフォーム・ファインディングのあり方から議論を提起できればと考えている。

建築構造設計と形状探索における「構築」「分解」「終わり方」

建築構造設計とフォーム・ファインディングにおいて、「構築」「分解」「終わり方」から何が連想できるだろうか。
建築構造設計に対しては以下を連想することができる。「構築」⇒構造計画でイメージから架構を策定する、「分解」⇒鉄筋方向に沿って力を分解する、「終わり方」⇒崩壊メカニズムといった具合である。

次にフォーム・ファインディングについて考える。「構築」は得られた解を基に実際の構造システムとして計画することが想像できる。「終わり方」は、耐力が最大化された架構の崩壊メカニズム等が該当するかもしれない。2つについては思いあたるが「分解」が難しい。おそらく、このあたりに何かヒントがあると考えられる。

シェルの理想形状を求める試みの展開

まず、これまでのフォーム・ファインディングについて鉄筋コンクリートシェルを対象として簡単に説明したい。1960年代頃から、鉄筋コンクリートシェルのデザインは幾何学的形状からより自由な形状の志向へと変化した。ハインツ・イスラーは懸垂曲面(逆さ吊り曲面)を用いて力学的な理想形状を実験的に求め、数多くのRCシェルを設計した。イスラーの実験手法は極めて職人的で再現が難しいと言われている。例えば、吊り下げ位置や繊維方向の配置によって、自由縁の形状が異なる。イスラーは素材や布の繊維方向を変え、職人のように曲面形状を見極めて設計したと言われている。

シェルの形状を数理的に求める試みは最適化を用いた形状探索の前から行われていた。1908年に発表された論文[3]では膜力のつり合い方程式を用いて軸対称シェルの形状を解析的に求めている。論文[4]では膜の大変形解析を用いて曲面形状を求めている。イスラーの吊り下げ曲面の手法が広く認知された後、理論的に再現する試みが様々な研究者の間で行われた。例としてエッケハルト・ラムらの研究[6]で得られた形状を図1に示す。この研究では、材料の異方性で繊維方向をモデル化し、大変形解析を行い、シェル形状を求めている。

図1 逆さづり実験と数値解析による吊り下げ形状[19]

ラムは、イスラーのシェルについて次の様に記しており[5]、イスラーや吊り下げ曲面のシェルに対する敬意が読み取れる。

Finally, no discussion of form is complete without mentioning again the inspiring work of Heinz Isler on finding new shapes for shells, which he denoted as “non-geometrical shapes”, i.e., free-form shapes not analytically defined. Nevertheless, the use of the term “free-form” as applied to Isler’s shells should not be confused with the current Free-Form Design (FFD) movement in architecture and engineering. Isler’s shapes were always determined by rational experimental procedures rather than more arbitrarily chosen as in much of the current FFD movement.

同じく1960年代には、非線形計画法の開発やコンピュータの進歩と相まって最適化の研究が行われるようになった。トラスや骨組構造の最適化(最小重量設計)が先行し、その後シェルの形状探索の研究が行われた。最初は、軸対称シェルを対象として、応力の最大値を最小化する試みであった。任意曲面のシェルの形状探索の先駆けとしては、前述したラムらによる研究[6, 7]を上げることができる。この研究では、点支持されたシェルを対象としてひずみエネルギー最小化を行い、高い剛性を持つシェルの形状を求めている。その後もシェルの形状最適化について様々な研究が行われた[8–12]。近年では、実務設計への応用事例[13, 14]や、型枠形状と屋根形状の双方を最適化し、仮設資材の省略化も試みた事例[15]を挙げることができる。

ところで、大スパン構造は効率よく力を流せば省資源で大きな空間を覆うことができる。前述したイスラーは自分の設計したシェルは低応力であるが故、省資源で、維持管理及び修繕が不要であると述べている[16]。近年では地球環境問題が深刻化し、サステナブルな建築が志向されていることから、積極的に省資源・低負荷の建築の実現に向けた研究開発が行われるようになってきている。2019年の国際シェル空間構造学会の基調講演でフィリップ・ブロックは、軸⼒で抵抗する形態を作る(材料を効率よく使う形態にする)、デジタルファブリケーションで建設する(複雑な形状も⼤掛かりな仮設無しに効率良く建てる)と説明した。ここでいう軸力抵抗型は組積造のCompression-onlyのイメージと思われる。組積造を専門にする彼らの意図は理解できる一方で、筆者は軸力抵抗型に持ち込み、省資源化を図るロジックには限界があるのではないかとも感じている。エンジニアリング的な視点で言うと、例えば軸⼒抵抗型になれば座屈に対する配慮がよりシビアになる。耐震設計の観点に⽴脚すれば、⼀定の冗⻑性は構造体に必要である。坪井の「構造美は合理性の近傍にある」を踏まえて考えれば、もう少し⾃由で在っても良いのではないだろうか。サステナブルな建築にたどりつくには建築構造的にもう少し異なる方向からのアプローチが必要ではないか。

所与のストックに基づいた形状探索

2019年の国際シェル空間構造学会で発表されたブラッティングらの研究[17]を紹介したい。ブラッティングはEPFL Structural Xploration Lab.に所属している。共著者で、この研究室を主宰しているコレンティン・フィヴェットはかつて研究員としてMITに所属しており,フィリップ・ブロックの指導をしたジョン・オクセンドルフとも論文を執筆している。この研究では新しいパラダイムとして「Form follows availability」を宣言している。フォーム・ファインディングに「分解」の考え方を持ち込み、構造部材の合理的な再利用方法を模索することで、架構の「終わり方」に新しい視点を提示していると筆者は考えている。以下、2つの事例を示す。

・(a) reuse of reclaimed elements from a given stock

1つ目の事例では,ある部材群(ストック)から少カットロス・軽量で力学的に理にかなった形態を求めている。ストックは既存躯体の部品(鉄塔のような乾式接合の架構)のように断面寸法と長さが定まったものを想定している。図2に提案手法(a)のイメージを,図3に提案手法の手順を示す。

図2 提案手法(a)のイメージ[18]
図3 提案手法の手順[18]

提案手法を用いて,部材配置の最適化(位相最適化)と形状最適化を複数回繰り返し,ストック(解体した鉄塔の部材)を用いてできる形状(駅舎の屋根形状)を探索する。位相最適化では許容応力、ストック内の部材数と部材長を制約し、Embodied Energy(EE,、構造体の質量とカット部材の重量をパラメータとする指標)を最小化する部材配置を求める。形状最適化では構造体の剛性を高め、ストック部材の長さと構造体の実長を適合する。図2の位相最適化の考え方を、平行弦トラスに適用した結果を図4(a)~(e)に示す。図4(e)に示すストックから(d)の形状が得られている。

図4 平行弦トラスに適用した結果 (a)グランドストラクチャー(初期形状)、(b)最小重量解の例、(c)形状を固定しStock Aを用いてできる最適解、(d)Stock A-Cを用いてできる最適解、(e)最適解のストックと使用状況[17]

・(b) design of a common stock which is used as a kit-of-parts to build diverse structures

2つ目の事例では,複数の架構の形状と,それらを構成できる共通のストックを同時に求めている。手法(a)を拡張し,位相最適化では複数(この研究では3つ)の架構を含めて最適化している。位相最適化後は手法(a)と同様、高剛性化と部材長の修正を行っている。図5に提案手法のイメージを、図6に最適化結果を示す。3つの平面架構(アーチ、骨組構造、トラス梁)ができるストックと架構の形状が示されている。

図5 提案手法(b)のイメージ[19]
図6 3つの平面に適用した結果 (a)初期形状,(b)最小重量解,©得られたストックでできる架構,(d)ストックの利用状況[17]

過去または未来の架構に依存する最適解

前述した手法はこれまでのフォーム・ファインディングと同様、投入材料を最小化している。一方で、使用部材の断面と長さを数量に応じて制約している点はこれまでと異なる。また、異なる構造システムの応力を全て満たす解を求めており、最適解の架構は過去(前時刻)または未来(後時刻)の架構に依存する。

実現性について、課題が多々あることが想像できる。建築物には架構だけでなく仕上げや下地もあるから、解体は困難を要する。また、分解・再構築の行為そのものが鉄筋コンクリートシェルのような連続体では馴染みにくい。しかしながら、この研究はこれからのフォーム・ファインディングの道標が他にもあることを示しているように感じている。未来の架構のあるべき性能を正確にシミュレートし、今の架構に与えるべき冗長性を定量的にコントロールできるかもしれない。ラムらが構造解析によりイスラーの吊り下げ曲面の原理を捉え、正確に再現したように、リバースエンジニアリングで物理現象を詳細に把握できれば既存の架構もターゲットにできるかもしれない。現在時刻の架構に合理性を追求せず、解体・再構築(もしくは部分解体・部分再構築)のシナリオを描き、未来の架構に標準を合わせる可能性も想像できる。

終わりに

本稿では、パフォーマティブ・デザインに沿うものとしてフォーム・ファインディングに注目し、鉄筋コンクリートシェルのデザインで登場したいくつかの事例を紹介した。更に構造部材の合理的な再利用方法と形状を探索した新たな研究について説明し、これからのフォーム・ファインディングの可能性について述べた。近年、レジリエント建築の可能性について、活発に議論されている。レジリエンスには時間をパラメータとした「回復力」の概念が含まれていると聞く。構造における時間概念が形を決定する新しい論理となった時、レジリエント建築の新たな可能性も広がるような予感もある。それについても模索をしたいと考えている。

参考文献

[1] 隈太一,不揃いな⽊のパフォーマンス,特集「造」と「材」,建築討論2018年1月号,https://link.medium.com/NbgkDjIGP5, (参照 2020.04)

[2] S. Adriaenssens, P. Block, D. Veenendaal, C. Williams (Eds.), Shell structures for Architecture, Routledge, 2014.

[3] M.Milankovic, O membranama jednakog otpora,Rad.Jugoslovenske Akademije. Zagreb, Vol. 175, pp. 140–152, 1980.

[4] P.G.Smith, E.L.Wilson. Automatic Design of Shell Structures. ASCE,J. Struct. Div., Vol. 97, №1, pp.191–201, 1971.

[5] E. Ramm, The decade 1970–1979 From “Shell” to “Shell and Spatial” Structures. In Ihsan Mungan and John F. Abel(Eds.), Fifty Years of Progress for Shell and Spatial Structures In celebration of the 50th Anniversary Jubilee of the IASS (1959–2009) , SODEGRAF publishers, pp.33–62, 2011.

[6] E. Ramm, G. Mehlhorn, On shape finding methods and ultimate load analyses of reinforced concrete shells, Eng. Struct, Vol. 13, pp. 178–198, 1991.

[7] E. Ramm, Shape Finding Methods of Shells, Bulletin of the International Association for Shell and Spatial Structures, Vol. 33, pp. 89–99, 1992.

[8] H. Ohmori, K. Yamamoto, Shape optimization of shell and spatial structures for specified stress distribution, Part 1: Shell analysis. J Int Assoc Shell and Spatial Struct, Vol. 39, №1, pp.3–13, 1998.

[9] H. Ohmori, K. Yamamoto, Shape optimization of shell and spatial structures for specified stress distribution, Part 2: Space frame analysis. J Int Assoc Shell and Spatial Struct, Vol. 39, №3, pp. 147–157, 1998.

[10]H. Ohmori, H. Hideaki, Computational Morphogenesis of Shells with Free Curved Surface Considering Both Designer’s Preference and Structual Rationality, proc. IASS-APCS, Beijing, China, Int Assoc Shell and Spatial Struct, pp. 512–513, 2006.

[11]T. Kimura, H. Ohmori, Computational morphogenesis of free form shells, J Int Assoc Shell and Spatial Struct Vol. 49, №3, pp.175–180, 2008.

[12]S. Fujita, M. Ohsaki, Shape optimization of free-form shells using invariants of parametric surface, Int J Space Struct, Vol. 25, №3, pp. 143–157, 2010.

[13]H. Hamada, H. Komatsu, M. Sasaki, Structural Design of the Teshima Art Museum, proc. IASS 2010, Shanghai, China, Int Assoc Shell and Spatial Struct, pp. 555–556, 2010.

[14]T. Kimura, M.Sasaki, Structural design of free-curved RC surface, Proc. 12th Asian Pacific Conference on Shell and Spatial Structures (APCS2018), Penang, Malaysia, pp.421–426, 2018.

[15]T. M. Echenagucia, D. Pigram, A. Liew, T. V. Mele, P. Block, Full-scale prototype of a cable-net and fabric formed concrete thin-shell roof, Proc. IASS Symposium 2018, Boston, USA, Int. Assoc. Shell and Spatial Struct., Paper №152, 2018.

[16]ハインツ・イスラー,世界のドーム建築事情 シェル構造,特集:ドーム建築,来し方行く末,建築雑誌,Vol. 113, №1428, pp.30–33, 1998.

[17]J. Brütting, G. Senatore, C. Fivet, Form follows availability — Designing structures through reuse, Proc. IASS Symposium 2019, Barcelona, Spain, Int. Assoc. Shell and Spatial Struct., pp. 2941–2949, 2019.

[18]J. Brütting, J. Desruelle, G. Senatore, C. Fivet, Design of Truss Structures Through Reuse, Structures, Vol. 18, pp.128–137, 2019.

[19]K. U. Bletzinger,Fom-finding and Morphogenesis, Topics in Spatial Structures. In Ihsan Mungan and John F. Abel(Eds.), Fifty Years of Progress for Shell and Spatial Structures In celebration of the 50th Anniversary Jubilee of the IASS (1959–2009) , SODEGRAF publishers, p.463, 2011.

[20]EPFL Structural Xploration Lab, https://www.epfl.ch/labs/sxl/ (参照 2020.04)

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木村俊明
建築討論

1983年生まれ。名古屋大学大学院修了、佐々木睦朗構造計画研究所、京都大学を経て現職。博士(工学)/シェル空間構造、最適化、構造デザイン/2014年日本建築学会奨励賞、2015年前田工学賞受賞