しなやかな回復可能性

『建築雑誌』を読む 02|1733号(202002)特集「震災以降の生活の転換者たち」

笠置秀紀
建築討論
6 min readMar 31, 2020

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「その後、都市の夜景は元の明るさに戻っていった。震災がまるでなかったかのように。」

特集前言にある一文である。「災害ユートピア」★1の灯が消えるような一抹の寂しさを感じてしまう。あの日から社会は変わったかのように見えたが、いつの間にか社会の悪しき部分が、大きく揺れた大地を断末魔のように覆っていた。私たちの生活は変わっただろうか?そしてまだ出口の見えないCOVID-19との戦いの後に、世界は、社会は、どう変わるのだろうか?

時事情報を自分の原稿に入れることは稀なのだが、本特集の射程も含め、COVID-19に触れられずにはいられない。この特集が出た2月初旬、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜港に到着したのが、2月3日のことだ。それからの急速な展開は皆が知る通りで、現在も刻々と状況は変化している。東日本震災時の状況と重ね合わせるような意見も散見されている。同時に原油価格を発端として、リーマンショック以上の株安が起きている。これほどまでに日常のインフラをはじめ、コミュニケーションまでも含めたシステムの脆弱性が、震災とはまた別の形で露わになろうとは。

本特集では、東日本大震災を経て生活を転換した実践者への9つの取材記事を中心に構成されている。また冒頭には上妻世海氏による論考が寄せられている。

今期「建築雑誌」の編集委員長を務める高口洋人氏の編集方針では「レジリエント建築社会」を掲げつつも「あまり気張らずにやろうと思う。」と始まるテクストが初号に寄せられている★2。前の期に委員長を務めた藤村龍至氏の編集方針と比べると随分と柔らかい。現在3号目までが出ている紙面では、構築的な編集構成やアジテートするような見出しは今の所、見当たらない。本特集でも9つの取材記事が並置され淡々と並んでいるように見える。

特に今回の特集のような、本来で言うところの「ライフスタイル」、すなわち商品化されない、生き方を伴った「ライフスタイル」は、現在ではメディアに載るや否やスペクタクルと化してしまう。「ていねいな生活」みたいなものが、いつの間にか消費社会の中で少し手の届かないくらいの、単なる付加価値となってしまったように。つまり、あらゆる編集的な行為が何かを扇動してしまうリスクのある時代に生きる中で、注意深く編まれた編集なのだろう。

注意深く編集された特集だとはわかりつつ、気になった「以降」という言葉から考えてみたい。

あらゆる厄災で露わになる事象は「以前」からもずっと日常の底に流れている。「以前」と「以降」は地続きで連続している。それ以前から変化させなければどうしようもない、インフラや慣習などのシステムは存在し、それに抗い実践する人々がいる。

例えば取材の中の幾つかの実践者たちが取るライフスタイルというのは、遡れば70年代のヒッピーやエコロジー運動、コミューンのようなものと重なるところが大きい。また2拠点・多拠点の居住、代替エネルギーによるライフスタイルに関しては、政府による地方創生、新エネルギー法の後押しも大きいだろう。カリフォルニアン・イデオロギー★3を引くまでもなく、様々な政治的イデオロギーのハイブリッドによって成り立っている。

あたかも震災という社会の外部の力が個人に影響しただけのように読めなくもない。ライフスタイルを後押ししているはずの政策の話は丁寧に取り除かれているようにも見える。取材記事という特性と、それらが並置されることで、筆者には少しばかり震災以外の文脈が薄れて見えてしまったのだ。次号のテーマは「歴史の効用」なのでもちろん文脈や連続性を無視しているわけではないことは確かだけども。

一方で、例えば70年代的な過去の諸活動は伝説化し、特定のイデオロギーと一体化することで、立ち入ることが難しいハードルの高いライフスタイルとなっていることも確かだ。ここで取り上げられている実践者たちはイデオロギーのハイブリッド性を受け入れて、ものすごく自然体で足を踏み入れているように見える。「以前」「以降」という少し批判的な視点から見てみたが、結局のところそんな文脈を受け入れ超えていく「しなやかさ」の重要性が浮かび上がる。なんであろうと生活を転換しない限り、もう限界なのだ。

前述の通り今期の「建築雑誌」では「レジリエンス」がテーマに据えられている。私の記憶するかぎり「レジリエンス」は特に震災以降で注目されるようになったキーワードだが、建築都市分野で言えば「回復可能性」などと訳される。もともとの日本語訳を辞書的に見ると「反発力」とも言えるが「しなやかさ」という意味もあるようだ。危機に瀕してなんとかやっていかなければならない時に「しなやかさ」がサバイバルの大きな武器になることはいうまでもない。

本特集は、とかく扇動的なメディアやSNSの投稿に晒されすぎた私には、いささか物足りない感もあるのだが、スペクタクルに堕せず記述していくスタイルは好感が持てる(今ではもう建築学会のような学術のメディアでしか実現しえないスタイルなのかもしれない)。

このスタイルの良さに確信を持たせるのが、冒頭の上妻氏による論考『人類と生活―広義の思考のために』の存在だ。ここで私が要約するのは野暮でしかないので、ぜひ一読していただきたい。彼が投げかけるのは、建築に携わるものが実践できる、抽象的かつ具体的なメッセージである。危機が訪れた契機でなくても、生活を基礎とし、思考と物質とともに実践する力が、建築に携わるもの、はたまた人類には備わっていることを信じさせてくれる。

しなやかな回復可能性としての「レジリエンス」を、これからいかにつくりだせるのか?今後の特集にも期待を寄せていきたい。

★1災害時に立ち上がる市民による自律的・自助的な空間や共同体のこと。詳しくはレベッカ・ソルニット『災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(2010)

★2 「建築雑誌」の編集方針は公式ウェブサイト上でも閲覧できる。 http://jabs.aij.or.jp/policy/

★3 リチャード・バーブルック+アンディ・キャメロン+篠儀直子訳『カリフォルニアン・イデオロギー』10+1 №13所収。わかりやすい解説として塚越健司『ハクティビズムとは何か ハッカーと社会運動』(2012)がある

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笠置秀紀
建築討論

1975年東京生まれ。建築家。日本大学藝術学部修了。2000年より宮口明子とmi-ri meterとして活動。近作に「URBANING_U」「清澄白河現在資料館」などがある。2014年に設立した株式会社小さな都市計画では「SHINJUKU STREET SEATS」など公共空間に関わるプロジェクトを多く手がける。