なぜ、建築にも「デコロニアル」思考が必要なのか

連載:改めて、ジェンダーから建築を考える(その5)

根来美和
建築討論
17 min readSep 18, 2023

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現在開催されている第18回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展において、キュレーターのレズリー・ロッコは「デコロニゼーション/脱植民地化(Decolonization)」と「脱炭素化」をテーマに掲げ、アフリカとアフリカ系ディアスポラによる空間実践に焦点を当てている。欧米の教育機関や美術機関において、近年バズワードとなりつつある「デコロニゼーション」だが、本稿では、テーマの重要性をジェンダーと重なる観点を合わせて探りたい。

デコロニゼーションとジェンダー

デコロニゼーション/脱植民地化とは、平たく言えば、植民地主義や帝国主義に基づく知識体系に基づいて構築された世界秩序や社会文化システムを構造的に解体することだ。旧植民地の独立のみを指すのではなく、侵略、略奪、資源や土地、労働力の搾取など、植民地化によって生じた現在まで続く不平等と不正義を是正する過程として理解されている。特に、1970年代からアニバノ・キハーノやワルター・ミニョーロなどラテンアメリカの理論家を中心に展開したデコロニアル思考は、大航海時代の入植と奴隷貿易に始まる植民的制度に基づく社会規範が植民地に残り続け、ヨーロッパを中心とした権力の基盤を生産し続けていることを指摘した★1。彼らは、形式的な植民地支配自体よりも永続する知識生産の構造を「権力のコロニアリティ」★2と呼び、近代性/モダニティと表裏一体であると述べた。そして、そこから断絶し、不服従することの必要性を訴えている。アーティストのベリンダ・カゼームによれば、デコロニゼーションとは、「西洋のあらゆる権力行使に対する可視化と抵抗を意味」し、「 西洋のカノンや知識のアーカイブを分散させ、中心を移動させ、(中略)支配者の物語を打ち砕く」★3ことである。

同時に、本連載で繰り返し述べてきた通り、人種、階級、ジェンダー、宗教、身体能力などの構築された社会的属性は、互いに複雑に影響しあいながら、社会規範を形成してきた。ジェンダーの観点からデコロニアルの概念を発展させたアルゼンチンの哲学者で活動家のマリア・ルゴネスは、インターセクショナリティの視点を持ちながら、権力のコロニアリティがいかに性やジェンダーの観念を二者択一的分類として構築してきたか、入植以前に存在していた先住民の非二元的な生活形態、コミュニティの関係性、宇宙観を抑圧してきたかを指摘した★4。それから数十年をかけて、様々な地政治的文脈において、それぞれのデコロニアル思考が模索されている。西欧中心のホワイトフェミニズムを批判する理論家マディナ・トロスタノヴァは、ジェンダーの広がりを考慮しない限り、デコロニアリティは不可能★5だと断言している。コロニアリティ/モダニティこそが、奴隷制、抑圧、性的暴力などを正当化する基準として人種やジェンダーを構築し、人間を階層化する仕組みそのものであるからである。

植民地化が浸透した過程は、地政治的条件と歴史背景によって異なるため、デコロニゼーションのための思考、過程、方法論も様々であるはずで、一つの定義に収斂しえない。差別が蔓延る社会の中で帝国主義と白人至上主義を解体するための動き、あるいは先住民族の人権と文化、土地を復権するための動きであり、同様にユーロセントリズムやオリエンタリズムへの批判もまた、デコロニアル思考の実践と不可分だ。そして、数世紀に渡って、一方的な西欧的な視点で構築された「アフリカ」のステレオタイプなイメージに抗い、アフリカとアフリカ系ディアスポラの物語と黒人であること(blackness)を彼ら自身の視点で語るアフロフューチャリズムこそ、デコロニゼーションという一見不可能にも思われる作業の重要なステップなのである。

建築におけるデコロニアルの議論

建築や空間実践に関与する私たちが直面している問題とは、建築が入植と植民地化の過程、帝国主義、ユーロセントリズム、オリエンタリズムなどあらゆるイデオロギーと無関係ではなく、むしろ共犯関係であり続けてきたという事実とその重さである。歴史的に見て、多くの場合、国家的プロジェクトに関与する建築家は国家権力と結託し、建築作品を媒体としてイデオロギーの拡散に加担してきた。近代都市計画と同時になされてきた隔離政策、強制収容所、現行する戦争や軍事施設を通して行使される排除、抹消、規制、制御の仕組みは、建築家的存在なしに成しえない。連載第3回で紹介した建築史家のマリア・レオンが指摘するように、「建築は、植民地主義の道具であると同時に産物」★6でもある。

では、建築におけるデコロニゼーションは、どのように語られてきたのか。

ここでもまた、ジェンダーを巡る言説の展開と同様に、建築界で積極的に取り上げられるようになったのは比較的最近であることは否めない。しかし、ブラック・ライブス・マターやケープタウン大学でのローズ・マスト・フォール抗議運動を後押しに、近年欧米諸国の大学や機関において、現状の枠組み自体を変革する緊急な重要課題として議論されるようになった。デコロニゼーションを学ぶ機会をカリキュラムに組み込む大学や、建築学科や土木学科内の学生が有志で集い、学内に存在する制度的差別を変革するための団体が作られるなどの動きもでている。2021年には、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にて、建築と黒人であること(blackness)の関係を探る初めての展覧会「Reimagining Blackness and Architecture in America」が開催され、ブラックアメリカンの建築家やデザイナー、アーティストによる、公平な空間を作るためのプロジェクトが紹介された。

「Reimagining Blackness and Architecture in America」の展覧会風景(J. Yolande Daniels, Black City The Los Angeles Edition, 2020.)[出典= ニューヨーク近代美術館]

今年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展では、キュレーターによる特別プロジェクトの一つとして「ジェンダーと地理」をテーマとした小展示が企画されている。数世紀にわたるアフリカ系ディアスポラの女性たちの(強制)移動の歴史と軌跡をタイムライン化し、三次元的にマッピングした建築家J.ヨランデ・ダニエルズによるインスターレーション《The BLACK City Astrolabe: A Constellation of African Diasporic Women》や、キャロライン・ワンジク・キハトらによる、ヨハネスブルクの移民女性の物語をピアノとテキストを通して解釈したパフォーマンス映像が展示され、周縁化された存在の移動が如何に都市空間を形成しているかに焦点があてられた。小企画展として十分に文脈化されていない印象があるものの、デコロニゼーションを扱う建築の議論において欠けてはならない視点だ。

社会政治的事象を建築、都市、空間的観点から分析し、映像やインスタレーションとして発表する形式は、建築的分析手法や3Dシミュレーションを用いて武力衝突と人権侵害の複雑性を解明しようとするフォレンジック・アーキテクチャー(Forensic Architecture)を筆頭に、近年ますます主流となりつつある。この動向は、自然科学や人文社会学を横断するアーティスティックリサーチという調査研究手法の広がりとも重なる。

J. Yolande Daniels, The BLACK City Astrolabe: A Constellation of African Diasporic Women, 2023. © Photos: Andrea Avezzù. Courtesy of la Biennale di Venezia[出典= Biennale di Venezia]

レズリー・ロッコは、2000年にすでに、フランツ・ファノンによる名著『黒い皮膚・白い仮面』(みすず書房、1998年)を引用したアンソロジー『White Papers Black Marks: Architecture, Race, Culture』を編集している。​​「他の学問分野と同様、建築においても、誰の喜びが追求されるのか、誰が何を作るのか、誰の歴史や経験が表現されるのか、誰の声が聞かれるのかという問題は、アイデンティティのより複雑な問題と切り離すことができない」★7と述べ、アフリカやアフリカ系ディアスポラのアイデンティティ形成と表象に取り組んできた。

数十年にわたり、建築教育に心身を捧げてきたロッコが設立したヨハネスブルク大学建築部の修士課程は、現在、アフリカ大陸で唯一、欧米の大学が定める単位認定制度に批准する建築修士学を取得できる機関である。また、2020年には、ガーナのアクラに建築の教育機関アフリカ・フューチャー・インスティテュート(African Futures Institute、以下AFI)★8を設立した。デコロニゼーションと脱炭素化は、AFIの理念の根幹でもあるのだが、ロッコは、二つの概念は表裏一体だと語っている。なぜなら「黒人の身体は、ヨーロッパの初期の労働エネルギーの単位だった」のであり「人間であれ環境であれ、それらの搾取と人種[という構築]には長い歴史的関係がある」★9からだ。2050年を見据えた脱炭素化社会の構築とエネルギー転換を巡る議論は、温室効果ガス排出量の削減という目標を形式的に掲げるのでは不十分だという警告だと受け取れる。その上で、即興性を必要とする現在のアフリカの環境に、建築やデザイン思考におけるパラダイムシフトの可能性を見出し、次のように問いかける。

「脱炭素化」を成功させるためには、建築家や建築環境の専門家を教育し、脱炭素化を後付けではなく、設計の基本的な基礎として根付かせる必要がある。アフリカには、非公式的なパラダイムの中で「やりくり」し、「即興」しながら、実りのある仕事をする能力があるということについて、多くのことが言及されている。エネルギー効率に関連する順応と創意工夫について、アフリカが世界の他の人々に教えることができる重要な教訓があるだろうか。

アンダーコモンズの建築的世界を想像できるか

黒人であること(blackness)とは「逃亡者(fugitive)」★10のような存在だと語る文化理論家・詩人のフレッド・モーテンは、システムに包摂されることを待つのではなく、システムから逃亡し、別の世界を構築する必要性を唱え、学者ステファノ・ハーネイとともに「アンダーコモンズ(Undercommons)」★11という世界の概念を説く。市民の共有財コモンズとは異なる、市民権を与えられてこなかったものたちによるアンダーコモンズは、社会生活を誰かに統治される世界ではなく、周縁化されてきた存在が共生できる世界だ。

建築空間の観点からアンダーコモンズを考える課題を授業に取り入れているのが、チューリッヒ工科大学建築学科で教える建築研究者・デザイナーのケンサニ・ユルゾク=デ・クラーク(Khensani Jurczok-de Klerk)である。空間実践における土地の所有権、オーサーシップや連帯感、差異、他者をめぐる問いに取り組むことで、支配的な建築教育の伝統や系譜に根ざした建築制作行為の中で、認識されなかったり見過ごされたりする人々の身体や行為主体性から、空間的な知性を開発していくことを目指している★12という。クラークは、ヨハネスブルクとチューリッヒを拠点にしながら、アフリカの建築開発と空間教育の発展に貢献する実践者のネットワークを作るための協会MATRI-ARCHI(TECTURE)を設立し、協会の言葉を借りれば、特に「Womxnのエンパワーメント」★13を促すためのレクチャー、シンポジウム、展示を行うことで、複数のローカル性を内在させた建築議論の醸成を図っている。

誤読されないよう強調しておきたいのは、アンダーコモンズは、特権者と非特権者の分断を促しているのではないということだ。ジャック・ハルバースタムが解説するように、「アンダーコモンズに暮らす生物(denizens)にとっての使命は、物事をより良くしようとするとき、それは他者のためだけでなく、自分自身のためでもあることを認識する」★14ことだ。植民地主義と近代産業によって積算された、地球環境と特定の人的労働力の搾取による「返済仕切れない負債」★15をどう考えるべきか。デコロニゼーション、脱炭素化、ジェンダーヒエラルキーは、全員が同様に直面している課題である。

展覧会を通して提示されるアフロフューチャリズムの建築的物語

環境破壊や気候変動を背景に、環境配慮型サステナブルデザイン、脱炭素化の動きが至急の課題の中、ビエンナーレ型の大規模国際展モデル自体の存在意義が疑問視されてもいる。増え続ける観光客が残すごみ処理や海洋汚染などさまざまな環境問題を抱えるヴェネチアという島で、他大陸からの物資輸送や過剰な旅行を促し、多額の資金と資材、炭素排出を避けられない国際展を開催するという根本的矛盾を抱えながらも★16、小説家でもあるロッコが建築展に挑んだのは、デコロニアルと脱炭素化へのアプローチが見据える新しい未来の物語が描き出される瞬間と過程★17、新しい世界制作の過程を言説化し、視覚化するためだ。それはおそらく、アフリカから未来の建築と都市のあり方を提示する一時的な建築展だと読むべきではないだろう。連綿と引継がれたアフロフューチャリズム、つまり抵抗、解放、エンパワーメントのストーリーテリングという手法を通して、アフリカ的視点から織りなされる世界制作のマニフェストであり、世代や場所性を超えた、大きな運動へ転換するための結節点だと捉えるべきだ。

一方、オープニング直前、ロッコのコラボレーターであるガーナからの展覧会参加者3名にイタリアの滞在許可証がおりないという事態が報道された。このような国際規模の展覧会の陰にイタリア右派保守党とシェンゲン圏の堅固な移民政策がリマインダーのようなかたちで現れた現実も、忘れてはならない。■

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★1:Aníbal Quijano, “COLONIALITY AND MODERNITY/RATIONALITY.” Cultural Studies 21, no. 2–3, 2007. pp.168–78. Walter D Mignolo, “Coloniality: The Darker Side of Modernity”, ed. Breitwieser, Sabine, Modernologies : Contemporary Artists Researching Modernity and Modernism , Barcelona Museu D’art Contemporani De Barcelona, 2009.
★2:アニバル・キハーノが問題提起した「権力のコロニアリティ(coloniality of power)」に対し、ワルター・ミニョーロはさらにそのメカニズムを強調して「コロニアルな権力生産の母体(Colonial Matrix of Power)」と呼ぶ。”Thinking and Engaging with the Decolonial: A Conversation Between Walter D. Mignolo and Wanda Nanibush” Afterall: A Journal of Art , 45, 2018. pp.24–29.
★3:“»Moving the Centre«: Reflections on Cultural Criticism and Decolonisation,” Utopia of Alliances, Conditions of Impossibilities and the Vocabulary of Decoloniality, Löcker Verlag, 2013. pp.21–26.
★4:María Lugones, “Toward a Decolonial Feminism.” Hypatia 25, no. 4, 2010, 742–59. María Lugones, “Heterosexualism and the Colonial / Modern Gender System.” Hypatia 22, no. 1, 2007. pp.186–209.
★5:Madina Tlostanova, “Gender and Decoloniality,” Utopia of Alliances, Conditions of Impossibilities and the Vocabulary of Decoloniality, Löcker Verlag, 2013. pp.141–144.
★6:Andrew Herscher, Ana María León, “Learning decolonization, unlearning architecture,” Urgent Pedagogies, 2021. https://urgentpedagogies.iaspis.se/learning-decolonization-unlearning-architecture-2/ [2023年8月15日]
★7:Ed. Lesley Naa Norle Lokko, White Papers Black Marks: Architecture, Race, Culture, University of Minnesota Press, 2000. p.33.
★8:オルタナティブな建築学校として創立され、ビエンナーレの準備と並行して講義シリーズが開催されていたが、ロッコによると、政府や自治体からの助成を期待できないアクラのような都市で新たな教育機関を確立し継続するのは難しく、今後は方針を変えて、建築系プラットフォームとして運営されるようだ。
★9:Lesly Lokkoによる講義「Bringing the Biennale B(l)ack Series」(2023年7月27日、アクラ、AFI)
★10:Fred Moten, A Poetics of the Undercommons, Sputnik & Fizzle, 2016.
★11:Stefano Harney, Fred Moten, The Undercommons: Fugitive Planning & Black Study, Minor Compositions, 2013. 学術制度や大学機関を批判する一連のエッセイとインタビューを含み、無料でダウンロードできるかたちで出版されている。
★12:チューリッヒ工科大学建築学部「Affective Architectures」専攻内に設置された研究調査プラットフォーム「Department of the Ongoing」概要より
★13:Womxnは、白人フェミニストの言説から排除されてきた人々、つまり、黒人、有色人種、トランス女性などを包含することを意図したインターセクショナルな用語として使われている。
★14:Jack Halberstam, ”The Wild Beyond,” The Undercommons: Fugitive Planning & Black Study, Minor Compositions, 2013. p.10.
★15:Denise Ferreira da Silva, Unpayable Debt, Sternberg Press, 2022.
★16:なお、本展覧会では、前年に行われたビエンナーレ国際美術展の空間構造をそのまま使用することで、インスタレーションに必要な資材や設営費が抑えられている。
17:Lesly Lokko, “Agents of Change,” Biennale Architettura 2023 The Laboratory of the Future, Silvana Editoriale. 2023. p.40.

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根来美和
建築討論

ねごろ・みわ/キュレーター、研究者。建築学(建築史専攻)修了後、空間デザインに従事したのち、現在ベルリン/ウィーンを拠点に活動。トランスカルチュラルな表象やパフォーマティヴィティ、デコロニアル理論と近代の再編成への関心を軸に、主に現代美術や舞台芸術に携わる。