座談会:「なんともいえない」精緻なかたち

[ 201811 特集:建築批評 藤村龍至 / RFA《すばる保育園》]藤村龍至・岩元真明・川井操・川勝真一・辻琢磨・能作文徳・吉本憲生・門脇耕三 / “Indescribable” and Sophisticated form

日時: 2018年9月9日(日)
場所:すばる保育園
ゲスト:藤村龍至
司会: 吉本憲生
レビュアー:岩元真明・川井操・川勝真一・辻琢磨・能作文徳・吉本憲生
ゲストレビュアー:門脇耕三
記録・編集:辻琢磨・川井操
撮影:武智大祐(RFA)

作品解説

藤村:《すばる保育園》(2018)はこれまで取り組んできた「『ちのかたち』(2018年に開催された東京・ギャラリー間での個展名)としての建築」を代表する作品として位置づけています。英訳では「Form of Knowledge」と言っているんですが、他にもEarth、Bloodという「地」や「血」を含んだ「ち」でもあって、単純な知識というよりも身体的な経験、暗黙知も含んだ「ち」をフォーマライズするためのツールとして建築を捉えています。

例えばクライアントの要求をもとに構造の最適化のスタディを行って決まってきたこのホールの形状が背後の花立山と結果的に重なっているのですが、構造を担当してくださった満田衛資さんは「どっちも重力に対する自然な反応ですよ」と仰っていてなるほどと思いました。そしてその空間が自分が知らない空間、知識の外に生まれてきた空間であるという点が重要だと思っています。ホールの空間に入った時に、普段であれば力の流れが想像できるのですが、ここでは想像できなかった。これは計算によって得られる知識が生み出した空間で、そういう計算がもたらす新しい外部性に可能性を感じました。これまで合意形成の場面でいろいろな人と関わる中で自分が考えていなかったことを入力される面白さが駆動力になっていたんですが、ここでまた計算という新しい他者に出会った感覚があります。

解説する藤村氏

これまで「超線形プロセス」と呼んでいた設計の方法論は、私はアブダクションだと思っていたのですが、どちらかというと帰納ではないかということを最近考えています。機能主義が演繹的に行き詰まっていることをアブダクション的な個人の発想で乗り越えていくのだということが70年代、80年代に提唱されたわけですが、演繹かアブダクションか、という二項対立の限界もあるのではないか、もう少しそのコレクティブなデザインだとか計算、機械言語との関わりを取り込んでいくための手法として、帰納的飛躍を生み出す手法としての超線形プロセスをやってきたのではないかと再定義されました。

記号を捨てたら形態が浮かび上がってきた

吉本: 藤村さんの話を受けて1つ目の議題を出せればと思います。《アパートメントN》(2014)や《OMテラス》(2017)で言われている連続体と《すばる保育園》の連続体は少し違う印象を受けました。前者は面と面、場所と場所がつながっていく、かつてのフォールディングで実践されたいたことに近いイメージがあります。一方で、後者は自由曲面を意味するかと思います。連続体が指すものというのは形態だけの話なのか、関係性の話なのか、まずはお聞かせください。

藤村:そこはリテラルに捉えていて、記号やその関係に置き換えるということをしないという意思を持つということです。家型だとか、窓だとかわかりやすいフォルムに置き換えたくなるのを我慢して水平屋根なら水平屋根でどこまで要求を可視化できるか。住民を相手にするときは、屋根を尖らせたりしてアイコニックにしていくとコミュニケーション取りやすくなり楽なんですが、そのコミュニケーションにも限界があるなとも思っていて、易きに流れないという決意のもとに連続体という言葉を使っている。そうすると使い方だとか寸法だとか、空間そのものを問うことになるので設計としては非常にしんどいのですが、今はそれにトライしています。

岩元:この建物を訪れるのは二度目なのですが、遠景にある山と建物の屋根の呼応は非常に良いと感じる一方で、記号的にも感じます。記号や比喩を目指さずに設計した結果、そのように受け取られるのはアイロニカルな状況なのでしょうか?

藤村:「花立山のかたちにしましょう」という合意をして形態を決めたわけではなく、ステージの高さや構造的な要件で決まってきたフォルムが山と結果的に一致した。そのようにして事後的に生まれる記号性は面白いと思いますが、予め与えた記号で要求を要約することは避けたいと思っています。

川勝:プロセスを見ると最後の段階で急にポコッと山のようなフォルムが出てくるような感じです。またウイングの端部の扱いにも断面形状が露出しているなど拡張可能性が見て取れました。プロセスプランニング論における切断と同じような意識が感じられるんですが、タイムラインをどこで終わらすか、それ以上は形を変えないという切断の意識はどこまであったのですか?

藤村:超線形プロセス自体が切断に向かって数を打つことで切断に対する確からしさを上げていくというスタンスだと思うんですよね。この形だったら納得するというフォルムをプロジェクトごとにどう探していくかということが我々の手法なのかなと。

能作:この作品小委員会は作品にフォーカスする回が多いですが、藤村さんの場合、これまでの系譜や方法論の中で位置づけられるのではと思います。集合知の「ち」はknowledgeだけではなくてearthやbloodでもあるということで、藤村さんの系譜からこの建物を読み解くとすると、この建物はearthとbloodの方に重心が寄っているように感じました。それは風景の問題、子供が使うという問題からきています。その二つが今までとの違いを生んでいる。ただそれが今までの藤村さんの建築になかったというとそうではなくて、合意形成の中で、言葉、プロセス、コミュニケーションという意味で今までの人間が作り出した知識体系としての「ち」が建築に反映されていたと同時に、例えば家型という記号も、ユングのいう集合的無意識で、強引に言えばbloodの部分とも繋がっていた。その両方が藤村さんの思考の中で揺れ動いている。そしてその思考が形態に偏っているのが独特なスタイルだと思います。近年はプロジェクトの枠組み、関係性、状況という、建築以外との接続の方に言説がシフトしてきましたが、藤村さんの場合は、集合知という外的な条件を扱いながら、建築形態に直接的に切り込んでいる。外的条件が建築形態にいきなり接続してしまって、その間の部分が抜けている印象があります。そこで質問したいのは、なぜ形態に執着するのかということです。もう一つは、子供や風景に対するblood、earthなりの新しい展開がどのように建築に影響を与えたのかということです。特に子供が使うということが、これまで藤村さんの建築との違いを生み出しているのでしょうか。

藤村:記号を捨てたら形態が浮かび上がってきた、という感覚ですね。学部時代師事した東工大社会工学科の土肥真人さんは、コミュニティデザイナーの立場で「建築家は絵を描けるからな」とよく仰っていて、立体的な造形、空間構成と表現が建築の本質と思っているところがあるかもしれないです。建築教育は、造形を最初に教えて、それを捨てていくプロセス、卒業設計がある種のピークで、形から自由になるプロセスがあると思うんですね。それに対して、私の場合は別の教育を受けているので、仕事しながら建築の設計を事後的に学んでいるという感覚がある。

子どもが感じるということについては正直そんなに想像できてなかったというか、できてみるとようやく子どもや保育の空間がわかってきたところがあります。保育園を複数設計するようになってから、仙田満先生のように巨大な遊びの空間としてつくる人もいる一方で、それでは保育にならない、箱のように作ってくださいという人もいるということもわかってきた。自分のスタンスもまだ定まりきってはいないですが、子どもを意識しすぎるとカラフルになったり過剰に柔かい表現になったりするんですが、《すばる保育園》に関してはもう少し施設的というか、子どもの視点というよりはエージェントというか保育する側の視点に寄り添っていると思います。他方でオープニングのレセプションの時には、このホールで三味線や尺八のパフォーマンスやケータリングが行われて、大人のためのフォーマルな空間としても成立していました。

子供達に読み聞かせをする様子 [Photo Takumi Ota]

経験と方法論を携えて九州へ

:僕が一番良いと思ったのは、建築を見る時の発見の対象がディテールだとか細かい部分にいかないで、外側に外側に広がっているところですね。花立山もそうですし、田んぼのグリッドやイオンの立面、北側の建設会社の塀や資材のプロポーションだとかがこの保育園の延長に見えた。今まではそういった制約も作品論に取り込んで批判的工学主義というものを成り立たせようとされてきたと思うんですが、スケールが伸びやかで眼の前のアクティビティやコストといった制約を気にさせないというのが感想です。

2つ質問があります。一つは自分の事務所の場所との距離が一番あるプロジェクトだったということがどういうふうに影響していたか。地域を俯瞰的にみれる、他者として入り込めるという、インプットの知識との距離感がどのように影響していたかということ。もう一つはかたちに関することで、ギャラリー・間の4階の展示はすべて連続体で構成していたと思うんですが、《すばる保育園》は特に立面をみると、直方体と曲線が重なっているから面白いというか、重なっているからより多くの地域のコンテクストを拾っているように思える。全部曲線だと山でしかないように感じるのですが、そこがうまくハイブリッドされているので藤村さんらしさというか、こちらとあちらを架橋するというようなことができているのではないかと思います。その2つの方向がある中で、どちらにこれから挑戦していきたいかということをお聞きしたいです。すべて連続体でいくのか、ハイブリッドさせるのかということです。

藤村:インプットの知識との距離の話は、知らないというか知りすぎないというか、その抽象性が心地よかったと思います。加えて九州という地域性に支えられたという印象もありますね。昔から磯崎さんも伊東さんも東京からやってきた若手建築家が九州で名作をつくって出世していくという日本の建築家の型みたいなものがあると思うんですが、なんかわかりますよね、すごくおおらかというか。変化を受け入れる感覚の方が多い。こちらの園長先生も「私はディズニーランドみたいなものがほしいと思っていたけど藤村さんがすっと入っていくような環境がいいんだと言ってやってみたらその通りになりました、学びました」と言って下さって、ある程度の距離感がうまく作用したのではないかと感じました。

もう一つのかたちの話は、自由曲面かどうかというよりはエレメントの統合のイメージを重視するという考え方の問題だと思っています。最近は建築のつくり方を意図的にずらそうと思っていて、メインのフレームがあってサブの部材があるというヒエラルキーをつくらずに、コンクリートの配筋図のようなもので全体を捉えていくということができてきた。「かたち」よりは「かた」の問題として連続というものを捉えているということです。

:そうとも言えるのですが、むしろ最初は超線形プロセスという方法論、「かた」が連続体だったと思うんです。それがだんだんリテラルに「かたち」として連続体になっているような印象も一方であって、それをどのバランスで止めるのかということでもあります。

藤村:《Shop U(UTSUWA)》(2005)は全部曲線の立体でしたが、実際にビルを設計しようとすると既存の床壁天井の体系に戻さないと現状の生産体制ではなかなかプロジェクトの実現が難しいということを実務の経験から理解しました。《BUILDKING K》(2008)以降は一般的な建築の体系のなかでの設計の仕方を学習し直すような期間で、ずっと学習を続けてきて、最近ようやくいろいろな技術が一般化してきて磯崎さんや伊東さんが大きな公共施設でやってきたことが我々のような事務所が扱う一般的な条件のプロジェクトでも扱えるようになってきた。それが現代の状況ということでもあるし、初期のプロジェクト以来10年ぶりにようやくデジタルファブリケーションの世界に戻ってきたという感じもあります。これからはもう少し自由にかたちを扱っていきたいと思っています。

川井:今までは《鶴ヶ島太陽光発電所環境教育施設》(2014)のように郊外地での設計が多かったのに対し、ここは鎮守の森が隣接し、花立山が背後にそびえ、田園風景の広がる豊かな環境を持っています。そうしたこれまでとは大きく異なるコンテクストが自由なかたちに具体的にどのような影響を与えたのでしょうか?

藤村:フィードバックの対象に、文化人類学的な歴史や積み重ねられた風景のエレメントが取り込める、そういうプロジェクトにようやく出会えたという感覚はありますね。建築家は結局自分の出会ったプロジェクトに対して方法論をフィードバックしていくので、最初は賃貸集合住宅やオフィスビルなど都市部で制約の厳しいプロジェクトが多かったので、自然が豊かなところや歴史が深いところでキャリアをスタートさせる人たちに比べると割と偏った方向にいってた気がするんです。《すばる保育園》以前のプロジェクトはそういう立ち位置を正当化しながら逆に対象化していくというプロセスだったと思うのですが、それはそれである種の方法を生んだわけです。

その方法でコンテクストの深いところに入ったらまた独特の見え方がでてきて、そういう意味でそのいろんなものに反応している部分もあるし、風景が広がっている割にはぽんと捨てている部分もあるし、ある種自律性もあるけど環境に生かされているところもあると考えています。全く丸腰でこれが一番最初に生まれて初めて設計する建築だったらこの中の何を対象としたらいいのかわからなくて、もっとフラフラしていた可能性もあったかもしれない。方法があるから、切るところは切って取り込めるところは取り込んで、メリハリのあるプロジェクトになったのではないかと思います。

手前に鎮守の森、背景には花立山、周囲には田園風景が広がる [Photo Takumi Ota]

学習の先にあるシンボル

川井:私は主にアジア圏を研究対象にしているのですが、先日インド・デリーにある元々ヒンドゥー寺院だったものをイスラームモスクに転用した「クトゥヴ・ミナール」を訪問しました。ヒンドゥー建築はドームの技術を持たなかったので、あるシンボル性を必要とした場所に対して水平持ち出し構法を使ってドーム形状をつくっていた。それがイスラームの侵入後にドーム構法によるものに置き換わったんです。つまりそこでは技術より先にシンボル性を生み出すことが目的化されていたとも考えられる。一方で藤村さんは自由曲面という比較的新しい技術を駆使して、象徴性を生み出すということに意欲的であったように思います。

藤村:シンボル性についてはその都度意識していて、《鶴ヶ島太陽光発電所環境教育施設》でも太陽光の南北軸と急勾配の切妻の棟を重ね合わせました。《すばる保育園》ではコンクリートの自由曲面という技術的な導入があって、今までと違う形でシンボル性をあぶり出すことができたと思います。

岩元:自由曲面で意識した前例はありますか?

藤村:今回の場合は満田さんの経験を共有させて頂いたところが大きかったと思いますね。伊東豊雄さんの《ぐりんぐりん》(2005)、《各務原瞑想の森市営斎場》(2006)、磯崎新さんの《北方町生涯学習センター》(2006)などは満田さんが佐々木睦朗構造計画研究所の所員だった時代に進化してきたんですよね。だんだんノウハウも蓄積されてきて、今は構造事務所、ゼネコン、設計事務所に断片的にそうした知識が積み重なっている状態なんじゃないかと思います。

岩元:九州だと、葉祥栄さんが竹の型枠によるコンクリートシェルを設計している。グリッグ=リンは彼をコンピュテーショナル・デザインのパイオニアの一人として位置づけていますね。

藤村:葉さんの取り組みは佐々木スクールの前の動きで、取り組みの流れとしては切れていますよね。第一世代は丹下世代、第二世代は葉さん世代、第三世代が佐々木さん。またもう一つの認識としては満田さんの出身の京都大学の最適化設計の研究の歴史があって今回は満田さんを通じて佐々木さんと京都大学と、その両方のスクールの知見に触れたような感じがします。

岩元:それが藤村さんの設計方法と親和性が高いということでしょうか?

藤村:そんな気がします。ただ、最適化と学習がどう違うかというのは今回問題だと思っているんですけれども、いわゆる最適化というのは削ぎ落としていくような方向というか、ミニマリスムに行きやすいですよね。シェルでもキャンデラのような薄くてきれいな幾何学にいきやすい。対して、佐々木さんは「自由曲面シェル」という言葉に象徴されるように意匠的な意思が強い構造の考え方を持っておられると感じているのですが、最適化して薄くしていくというよりも何度も反復しながらバランスをみていくような学習的なアプローチで、そうした意味で親和性が高かった気がします。

コンクリートによる自由局面シェル [Photo Takumi Ota]

なんともいえないのに精緻なかたち

門脇:この小委員会は、具体の建築物の「作品」としての意義を問うものだと伺っていますが、藤村さんの作品の重要性は、「参加」の方法論を追求した結果としての建築作品であることに尽きると思います。そうした了解に基づけば、藤村さんが最初におっしゃっていた「自分の設計は、アブダクションではなく帰納なのだ」という言い方は、とても秀逸に聞こえてきます。アブダクションはどちらかというと、個人の天才的なひらめきを説明するような推論モデルで、だからクリエイティビティの発揮のされ方を科学的によく説明しているとされる。しかし個人のひらめき、つまり思考の上での飛躍は、必ずしも広く共有できるものではないので、集団での思考を考える場合には、この飛躍こそが参加のハードルになりかねない。したがって、集団での思考の積み重ね方は帰納的であるべきだと藤村さんが言っているのだとすると、それはとても納得がいくし、藤村さんの作品を語る上で大事な言説だと思います。

その上で、改めてこの作品について語るのだとすると、大きな特徴としてまず指摘できるのは、能作さんも言っていたように、「かたち」への強い執着が具現化している点です。とはいえ、建築における「かたち」にもいろいろあって、ディテールに見られるような即物的で機構的な「かたち」もあるし、記号のように意味をまとった「かたち」もあるし、図式のように抽象的でスケールを持たないトポロジカルな「かたち」もある。しかし《すばる保育園》で強く現れている「かたち」は、このいずれとも違うように思います。強いて言うなら、模型であれば1/200くらいのスケールでもっとも表現しやすいというか、初等幾何学にも通じるような素朴なかたちで、それは平面にもっともよく表れているのですが、しかし自由曲面シェルを使っているせいか、初等幾何学的な強さは絶妙に脱臼されてもいる。

ここでもう一度「参加」の問題に立ち返ってみると、藤村さんが言う「参加」は、統合を志向していることもポイントだろうと思います。たとえば、みんなが建築物に好き勝手に絵を描いて「参加」と言うこともできますが、藤村さんが目指しているのはそういうことではない。かといって、熟議を経て強いシンボルを導くような意味での統合とも違う。どちらかと言えば、みんながバラバラに参加した結果、何となくひとつのものが生成していくというイメージに近いのではないか。《すばる保育園》のなんとも言えないかたちは、そういうところから読み解けるのではないかと思いました。

座談会の様子

川勝:来るまでは鳥瞰的な視点の印象が強かったのですが、実際に体験してもなかなかその印象にたどり着けないなと感じました。それは1/200のスケール感で作られているからなのかなと。結果として、フォトジェニックであることが意識されてつくられている感じがしました。

:スタディのスケールは一つに絞ってやられたんですか?

藤村:建物によるんですけれどもプロジェクトごとに一貫させるスケールは選んでいて、《BUILDING K》は1/100、住宅はいつも1/50、今回は1/200でした。

能作:この建物を体験して感覚的に読み取ったのは、ある種の「だらしなさ」です。平面図をみてもよくわからない。円形といっても円形を認識できるわけでもなく、配置に関しても中庭も半開きになっている。ある種のだらしなさが藤村さんの今までの建物とは違う部分なのかなと感じました。これまでの一連の実践の中で合意形成を促していくためには、路地とか家型などの形骸化したイメージを使わざるを得なかった。対して、今回の場合は今までのようにわかりやすいイメージを提示しかった。山は結果的に出てきた。風景と建築のイメージを重ねることは従来の建築家がこれまでやってきたことと近いと思いますが、今までの合意形成の経験を通過したあとのイメージというのはそれらとどこか違うはずで、それがある種のだらしなさにでているのかもしれない。それから、帰納、演繹、アブダクションは通常の推論では混在していて、この3つが駆動しないと建築のプロジェクトはうまく回っていかない。《すばる保育園》は帰納を重視することによって、はっきりしない曖昧な形態が導かれている。もう一つは模型のスケール。藤村さんは線形プロセスの方法論をプレゼンテーションすることを始めから見越して模型をつくるため、比較可能なスケールで模型をたくさんつくる。僕はあるスケールを試したら、異なる解像度で物事を判断したいので、違うスケールで検討したいのですが、藤村さんはそれぞれの模型を並列したいという意図があるために、同じスケールでのスタディになり、収斂していかない余地のある形態が生まれる。これまでの帰納的な合意形成の経験と模型の並列化がこの形態を導いている。

門脇:現代的な合意形成の「かたち」って、意外とこういうものかもしれないですね。結果それ自体は必ずしも必然性を持っていなくて、最終的にできあがった「かたち」も意味が読み取りづらいのだけれど、しかし参加したこと自体はかたちに記録されている。強固な意味を持つシンボルをつくることには現代性をまったく感じませんが、だとすると、現代的な集団の表象は、このような「なんともいえないかたち」によってなされるのかもしれません。一方で、藤村さんのスタディはスケールに一貫性があると能作さんが指摘していましたが、そのことがディテールについての淡泊さにつながっているような気もします。「なんともいえないかたち」の可能性は、もっといろいろなスケールに展開できるのではないでしょうか。

吉本: 能作さんがおっしゃる「だらしなさ」に関しては、藤村さん自身の欲望にも起因しているのかなと思います。明確な輪郭を作らず、形態の解釈を明確にさせないよう少し隙をつくるという判断をしているようにも見受けられます。一方で、その明確な輪郭を作らないという所作は、形態の複雑性に向かうのではなく、シンプルな形態を召喚している。ここには、形態やプログラムの構造を「理解・整理したい」という、一見矛盾する欲望も存在している。従前の《すばる保育園》の複雑化していた室配置を整理したり、一点から全体を見わせるようにするというプランニングも、幼稚園というプログラムや管理上の問題を合理的に解いていることと同時に、空間に構造を与え、理解可能・説明可能なものに収めていくという「認知への欲望」が潜在しているのかなという印象を受けました。その、構造的・認知的な明快さを担保することと、隙を作るということが混ざっているがゆえに、不思議なバランス感覚で全体が形づくられているように思えます。つまり、理解可能性と不可能性のゆらぎを作り出している。

岩元:外観もなんともいえない色をしていて、ショッピングモールや商業施設によく現れている色という意味では面白いなと感じました。

門脇:僕はあの色に、畑の土の色と通じるものも感じましたから、対象が確定できないという意味で、外観の色も「なんともいえない」状態を強化していると言えそうです。

藤村:平均値ではなく、学習してピークを取った上で精緻な「なんともいえなさ」を目指しているんだと思います。ショッピングモールの平均化したなんともいえなさとは似て非なるものと言いたい。あいまいなんだけど意味が取れないのは嫌なんです。なんともいえない感じに見えるけれども精緻、そういうかたちをつくりたいと思っています。


藤村龍至
1976年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。2005年より藤村龍至建築設計事務所(現RFA)主宰。2010年より東洋大学専任講師。2016年より東京藝術大学准教授。2017年よりアーバンデザインセンター大宮(UDCO)副センター長/ディレクター、鳩山町コミュニティ・マルシェ総合ディレクター。

岩元真明
1982年東京生まれ。建築家。2008年東京大学大学院修了後、難波和彦+界工作舎勤務。2011–2015年ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツのパートナー兼ホーチミン事務所所長。2015年首都大学東京特任助教、ICADAを共同設立。現在、九州大学芸術工学研究院助教。主な作品に《節穴の家》(2017)、《Glampool》(2018)など。

川井操
1980年島根県生まれ。専門は、アジア都市研究・建築計画。2010年滋賀県立大学大学院博士後期課程修了。博士(環境科学)。2013–2014年 東京理科大学工学部一部建築学科助教。2014年−現在、滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科准教授。

川勝真一
RADディレクター/リサーチャー。1983年兵庫県生まれ。2008年京都工芸繊維大学修士課程修了。2008年RAD開始。

辻琢磨
1986年静岡県生まれ。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールYGSA修了。2010年 Urban Nouveau*勤務。2011年よりUntenor運営。2011年403architecture [dajiba]設立。2017年辻琢磨建築企画事務所設立。現在、滋賀県立大学、大阪市立大学、武蔵野美術大学非常勤講師。2014年《富塚の天井》にて第30回吉岡賞受賞。

能作文徳
1982年富山県生まれ。建築家。2012年東京工業大学大学院博士課程修了。博士(工学)。現在、東京電機大学准教授。2010年《ホールのある住宅》で東京建築士会住宅建築賞受賞。2013年《高岡のゲストハウス》でSDレビュー2013年鹿島賞受賞。主な著書に『コモナリティーズ ふるまいの生産』(共著、LIXIL出版、2013)、『シェアの思想/または愛と制度と空間の関係』(共著、LIXIL出版、2015)。第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築出展(審査員特別賞)。

吉本憲生
1985年大阪府生まれ。専門は、近代都市史、都市イメージ、都市空間解析研究。2014年東京工業大学博士課程修了。同年博士(工学)取得。横浜国立大学大学院Y-GSA産学連携研究員(2014–2018年)を経て、現在、日建設計総合研究所勤務。2018年日本建築学会奨励賞受賞。

門脇耕三
1977年神奈川県生まれ。建築家。博士(工学)。専門は建築構法、構法計画。2001年東京都立大学大学院修士課程修了。東京都立大学助手、首都大学東京助教などを経て、2012年より明治大学 専任講師。同年にアソシエイツを設立。2018年より明治大学出版会 副会長・編集委員長。
著書に『シェアの思想/または愛と制度と空間の関係』(LIXIL出版,2015)など。

ホールの水平連窓から望める田園風景と山々 [ Photo Takumi Ota ]