ばらす建築:資源貯蔵庫としての建築と資材性

043|202005|特集:構築と分解 _ 終わり方から考える建築デザイン

小見山陽介
建築討論
12 min readApr 30, 2020

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BAMBプロジェクトの概要

本稿で紹介する「資源貯蔵庫としての建築(BAMB、Building as Material Banks)」は、2014年から2020年にかけて実施された欧州連合の研究助成プログラム「ホライゾン2020」[1]の採択事業として、欧州連合が出資した国際研究プロジェクトである。建設産業に循環型の解決をもたらすシステム変更を起こすことを目的とし、7カ国から15の団体が参加した[2]。循環型経済を巡り欧州で起こっている議論、BAMBプロジェクトの背景については、建築討論2019年6月号に掲載された小論、後藤豊「環の解像度を上げることで見えてくる課題|ヨーロッパにおける循環型経済と建築の関係」[3]も参照いただきたい。

レンガ、ボード材、木片、ガラス…、建物の構成要素全ては元々価値を持っているにもかかわらず、多くの場合それらは解体や改修後に廃棄され、価値を生むどころか廃棄費用の負担を迫るとBAMBは問題提起する。EU圏内における2015年時点の統計で、建設部門は総廃棄物量の38%を占め、CO2排出量は総量の40%に達し、資源の50%を消費している[4]。建築の終わり方(end-of-life)に対し一つのシナリオを定めて設計するこれまでの直線的(linear)アプローチではなく、図1に示すように建築が複数の生(multiple life)を保証された設計手法がBAMBでは模索された。すなわち、解体や変形による建物自体または材料レベルでの再利用である。

図1:既存の直線型モデルと循環型モデルの比較図 出典:Durmisevic, E. (2019) Circular economy in construction design strategies for reversible buildings(以降、Strategiesと略記)

建築部材が解体後にも価値を有していることが材料の再利用を促進するという観点から、BAMBでは「材料の旅券(Material Passport)」と「反転可能デザイン(Reversible Design)」の2つのコンセプトが開発された。材料の旅券は、建築に使用される材料のバリューチェーンの履歴と、その材料のより適切なリサイクル等の方法をデータベース化することにより、ユーザーが材料の利用を最適化できるようサポートすることを目的としている[5]。

反転可能デザインは、効果的に材料を再利用することを念頭に置いたデザイン手法と手続きの提案である[6]。反転可能デザインの鍵となる2つの要素は、「空間的反転可能性(spatial reversibility)」と「技術的反転可能性(technical reversibility)」である。それぞれをテーマとして、2016年と2017年にはEU圏内の7大学で合同デザインスタジオが実行された[7]。

このうち技術的反転可能性は、建築部品の「独立性(independency)」と「交換性(exchangeability)」という2つの性質に現れるが、いずれも解体可能なデザイン(Design for disassembly)ということができる。(再利用できない)廃棄物を生むことはデザイン上の欠陥であるとBAMBは断罪する[8]。

BAMBが提唱する反転可能性という価値

解体廃棄物の発生はデザイン上の欠陥であるとの価値観は、製品を構成する材料や部品に、解体時に別の利用可能な製品に再生可能であることを求める。これは、長期的視野に立った持続可能戦略として自動車など工業デザイン業界ではすでに試みられてきたことである。「反転可能性(Reversibility)」とは、建築を変形させるプロセス、または建物自体/部分/部材へ損壊を与えずにそのシステム/製品/部品を取り外すプロセス、と定義されている[9]。

物理的に一つの部品で複数の機能が発揮されている状態は、これまで統合化・高度化として好ましく捉えられていたが、BAMBではリスクとなる。それら統合された機能のうち1つでも取り替える必要が生じた際に、他の機能を満足しているにも関わらずその部品自体を破壊する必要が生じるからである。すなわち、機能的な複合性・相互依存性が問題となり、独立性がむしろ大事なのだ。異なる機能、異なる耐用年数をもった部品を相互に独立に配置することが優先され、2つ以上の機能をひとつの部品に統合することは、変化を阻害しうるため避けられる。機能的自律性、すなわち同じ系の中の他の部品に影響を与えない(without effecting other elements of the system)ことが求められる[10]。

図2:機能の統合レベルと反転可能性の度合い 出典:Durmisevic, E. (2019) Strategies

しかし現実には、より多くの手間が解体にかかってしまう場合は、分解よりも破壊が選択されてしまう。特に解体現場で多くの手数がかかってしまう場合は経済的理由から再利用は採用されづらい。また、パイロットプロジェクトを経験した設計者のインタビュー映像からも伺えるように、室内環境向上のために付加される気密テープや防水シートなど部品と部品の隙間を埋める材料は、再利用することはかなり難しい。そのため、図3に示されるように、どの段階の分解までを意図するかが重要となる[11]。

図3:組み立ての段階レベルと反転可能性 出典:Durmisevic, E. (2019) Strategies

伝統的に建築は、材料が複雑な関係性で結び付けられたものとして特徴づけられてきた。ひとつの統合的(相互依存的)構造体に、すべての建築部品を最大限統合することが目指されてきたのである。

しかし反転可能デザインにおいてはそうではない。 部品同士は相互に貫入することなく離して配置され、乾式で接合されていることが求められる。究極的には図4におけるType Xの接合部のように、重力によってのみ接合されている状態が理想とさえ提唱される[12]。

図4:湿式から乾式まで様々な接合部のタイプと反転可能性 出典:Durmisevic, E. (2019) Strategies

DisassemblyとDemolition

英国の国家規格(British Standard)では、Disassemblyは「組み立てられた製品を、破壊的ではない方法で、それを構成する材料・部品に分解すること」と定義されているという。具体的には、より分ける、除去する、加える、移動させる、取り換える、といった操作を破壊を伴わずに行うことを意味し、破壊し廃棄物を生み出すDemolitionとは明確に言い分けられている[13]。

リバーシブルとは、付加的なプロセスを想定するのではなく、assemblyとdisassemblyのあいだでフローを逆回転すれば良いという考え方である。動的で反転可能な構造体。建物を完成した静的なものとしてみるのではなく、時間と共に変化していくものとしてとらえる視点だ。

「建築の終わり方」のデザインは、伝統的には建築デザインの範疇とはみなされてこなかった。建築は組み立てられるためにデザインされるのであり、部品へと解体し再生するためにデザインされてはいなかった。むしろ逆に、変更や解体が容易ではない、ひとつの完結した相互依存性の高い構造体へと統合されることが良しとされてきたのである。しかし建築は、耐用年数の異なる何千もの部品から成り、その技術的な耐用年数は10年から500年まで様々である。ゆえに耐久性は、その材料自身よりも、それがいかに組み合わされるかによって決まってきたのだ、とGTBlabの創設者Elma Durmisevic(オランダ・トゥウェンテ大学/4D architects)は訴える[14]。

図5:Green Transformable Building Lab(Elma Durmisevic, 4D architects, 2019) (https://www.bamb2020.eu/topics/pilot-cases-in-bamb/gtbl/)
図6:Green Transformable Building Lab(Elma Durmisevic, 4D architects, 2019) (https://www.bamb2020.eu/topics/pilot-cases-in-bamb/gtbl/)

解体可能性と資材性

BAMBとは、分解可能な建築材料が一瞬だけ固定化されたものとして建築を捉える視点である。ここで連想されるのは、レヴィ=ストロースが唱えた「資材性」という概念だ。

器用人(ブリコルール)は多種多様の仕事をやることができる。しかしながらエンジニアとはちがって、仕事の一つ一つについてその計画に即して考案され購入された材料や器具がなければ手が下せぬというようなことはない。彼の使う資材の世界は閉じている。そして「もちあわせ」、すなわちそのときそのとき限られた道具と材料の集合で何とかするというのがゲームの規則である。しかも、もちあわせの道具や材料は雑多でまとまりがない。なぜなら、「もちあわせ」の内容構成は、目下の計画にも、またいかなる特定の計画にも無関係で、偶然の結果できたものだからである。
(中略)
器用人の用いる資材集合は、単に資材性[潜在的有用性]のみによって定義される。器用人自身の言い方を借りて言い換えるならば、「まだなにかの役にたつ」という原則によって集められ保存された要素でできている。[15]

資源貯蔵庫としての建築は、ブリコルールの「多種多様の仕事」を可能にするだけの「資材性」をもちあわせられるだろうか。計画された「材」のなかに、「資材性」すなわち場当たり的な偶然の結果や形の誤読・読み替えを埋め込むという試行錯誤に、建築デザインの新しい可能性を見たい。

参考文献

[1] EU公式サイトでは、「「ホライゾン2020」とは、複数のパートナーによる研究・イノベーションプロジェクトを助成する欧州連合の枠組み」であり、「産業と学術研究を結びつけることを狙い」に、「世界で最大かつ最もオープンな研究助成プログラム」と説明されている。https://ec.europa.eu/research/participants/data/ref/h2020/other/hi/h2020_intro_en_jp.pdf(2020年4月20日取得)

[2] BAMBプロジェクトの公式サイトから「About Bamb」より https://www.bamb2020.eu/about-bamb/(2020年4月20日取得)

[3] 後藤豊(2019)環の解像度を上げることで見えてくる課題|ヨーロッパにおける循環型経済と建築の関係 https://link.medium.com/VORIeBf0Q5 (2020年4月20日取得)

[4] Durmisevic, E. (2019). Circular economy in construction design strategies for reversible buildings(以降、Strategiesと略記), p.9.

[5] 後藤豊(2019)https://link.medium.com/VORIeBf0Q5 (2020年4月20日取得)

[6] BAMBプロジェクトの公式サイトから「Reversible building design」より
https://www.bamb2020.eu/toxpics/reversible-building-design/(2020年4月20日取得)

[7] Durmisevic, E. (2019). Exploration for reversible buildings, p.5.

[8] Durmisevic, E. (2019). Strategies, p.18.

[9] ‘Reversibility’ is defined as a process of transforming buildings or dismantling its systems, products and elements without causing damage to building and its parts and materials. Durmisevic, E. (2019). Exploration, p.5

[10] Durmisevic, E. (2019). Strategies, p.57.

[11] Durmisevic, E. (2019). Strategies, p.59.

[12] Durmisevic, E. (2019). Strategies, p.69.

[13] Durmisevic, E. (2019). Strategies, p.13.

[14] Durmisevic, E. (2019). Strategies, pp.13–15.

[15] クロード・レヴィ=ストロース著、大橋保夫訳:『野生の思考』、みすず書房、1976、p.23

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小見山陽介
建築討論

こみやま・ようすけ/1982年生まれ。構法技術史・建築設計。京都大学助教/エムロード環境造形研究所。著作:「CLTの12断面」(『新建築』連載)ほか。作品:「榛名神社奉納額収蔵庫&ギャラリー」ほか。