ひもが生み出すやわらかい構造

| 069 | 202305–06 | 特集:建築と紐

荒木美香
建築討論
Jun 12, 2023

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はじめに
強度がありフレキシブルな材料である“ひも”。ひもに物を吊り下げて使うこともあれば、雑誌や棒材などを縛ることもでき、織物や編み物、ネットなど面的な材料も作れる。子供の頃に一度は親しんだであろうあやとりは、ループ状にしたひもを10本の指にかけていくだけで、自然や動物など身近なものを形作る。建築・土木の分野では、土壁の小舞や白川郷の合掌造りに使われたり、船舶の係留に用いられたりする。

このように、そのフレキシブルさを武器に、1本で様々に形を変えていくひもは、建築の構造部材としても魅力的である。

構造力学的に見たひもの特性
ひもを構造材料として扱うのに押さえておく性能は、強度と剛性(ヤング率)、荷重変形関係(初期伸び、クリープ特性)であろう。これらは素材の材質と撚り方によって異なる。

ひもの素材は、大きくは天然繊維と人造繊維に分類される。マニラ麻やサイザル麻に代表される麻紐は天然繊維であり、強度に幅がある。つまりばらつきが大きい。これに対し、ポリエステルなどの合成繊維は人造繊維に含まれ、強度のばらつきが小さい。ただしナイロンやクレモナなど、繊維によっては乾強度より湿強度が低いものがある★1。

一般的に使用されるひもは“3つ打ロープ”という構造で、ファイバーを撚ってヤーンを作り、これとは逆方向にヤーン同士を撚ってストランドを作り、さらに逆方向に3本のストランドを撚ってロープとなる(図1)。ストランド同士は螺旋状に撚っているだけなので、荷重をかける前には互いに十分接触していない。そのため、張力のかけ初めは荷重が上がらず伸びが進行する、いわゆる初期伸びが生じる。その後さらに張力をかけると徐々に剛性を増していく、下に凸の荷重変形関係を示す。ここで、手の甲の皮膚を引っ張ってみよう。同じく、初めは伸びやすく徐々に伸びにくくなる。皮膚に限らず、靭帯や腱などの生体組織の応力度ひずみ関係はこのような非線形性を示す。バイオメカニクスの分野によると、生体組織の力学的性質には細胞間に含有するエラスチンとコラーゲンが関係し、張力の低い領域では柔らかいエラスチンの挙動に近く、張力の大きい領域では固いコラーゲンの挙動に近いとされる★2。こうすることで、人や動物の体は負荷の小さい状態で柔軟に動けるようになっているのだろう。ひもも同様に、張力が低い状態では、棒に巻き付けたり結び目を作ったりするなど自由に動かすことが可能だ。皮膚とひもとは、その構造自体は異なるものの、低負荷下でフレキシブルに形を変えることで機能を発揮するという点で似ている材料である。

図1 3つ打ロープの構造(文献★3を参考に筆者作成)

ひもの撚り方にも様々なタイプがある。8つ打、12打、16打など、ストランドの本数や編み込み方が変わると力学的性質も変わる。例えば同じナイロンでも、8つ打は3つ打に比べて破断強度は同等だが初期剛性が低い。撚り方による荷重変形関係の違いに着目し、目的に応じて材料を選定するのがよい。

いずれにしても、建築の構造部材として使用するには、初期伸びを取り除ける程度に、かつ長期荷重によるクリープやリラクゼーションを考慮しても緩まない程度に、適度にプレテンションをかけておくことが重要だ。

建築構造におけるひもの使用例
2018年、神戸市の須磨海岸で「TRIAXIS須磨海岸」(設計:ICADA、図2)という仮設の海の家を設計する機会を得て、ひもを構造材に使うことを試みた。ひもにプレテンションを適量にかけること、緩んでも締め直しが出来ることに配慮した設計である。メインスペースであるスパン5m×長さ23mの屋根を、切妻状に組んだ板材で覆い、屋根内側にはスラストによる変形防止用の引張材(ひも)を設けた構造である。さらに強風対策として桁梁にバックステイ(ひも)を設け、松杭に緊結している。この屋根の引張材とバックステイに、ポリエステル製ラッシングベルトを用いた。梱包の荷締め用に使われるもので、荷物を緩みなく縛るためにラチェット機構のベルト締機で締められるようになっている(図3)。

図2 「TRIAXIS須磨海岸」内観(©表恒匡)
図3 「TRIAXIS須磨海岸」ポリエステル製ベルト(©ICADA)

ポリエステル製ベルトのクリープ性状を把握するため、約1か月に渡って引張力をかけながら張力を計測する実験を行った(図4)。その結果、初期張力2.5kNに対して1か月後の張力が1.9kNであり、80%程度の低下で済むことが分かった。現場では、竣工後に緩んだ場合でもベルト締機で容易に締め直しができるようにした。

図4 ポリエステル製ベルト引張試験 左:実験写真、右:張力の推移

先に3つ打ロープの構造について、ロープとストランドで撚り方向を変えていると述べたが、こうすることで張力がかかると撚りが自然に締まるようになっている。撚りが戻ると型くずれを起こし、ロープの強度や耐久性が低下するため、撚りが戻らないように使わなければならない。

建築の構造システムを考えるときにも、方向を変えることで互いに支え合うという考えが活きてくる。例えば一重のらせん構造では鉛直方向に伸び縮みしたり一方向に回転してねじれたりするものを、逆方向のらせんと組み合わせることで安定させることができる。伝統工芸品の和傘にも同様の機構が見られる。和傘は竹と糸で作った骨組に和紙を張った傘で、傘が受ける雨や雪、風の荷重を多本数の繊細な骨組が支える美しい工芸品である。傘の面が張られる親骨は、中央の柄から伸びる小骨に支持され、小骨はかがり糸と呼ばれる細い糸がぐるっとたすき掛け状に張られることで座屈しにくくなっている。これも2方向に張られていることが効いており、骨組の繊細な表現に寄与している。「宇城市豊野町響原復興住宅とみんなの家」(意匠設計:工藤和美+堀場弘/シーラカンスK&H、構造設計:佐藤淳構造設計事務所、2019年竣工)のみんなの家では、この和傘の構造を用いている。主に鉛直荷重を負担する角度の緩い方杖と、水平荷重を負担する角度の急な方杖の2種類が、中央の柱から放射状に延びて屋根を支持する構造である。各方杖には和傘のかがり糸のように細径の丸鋼を設けて座屈補剛としている。

一筆書きが生むやわらかい形
冒頭に触れたあやとりは、1本のひもが描く一筆書きの幾何学といえる。代表的な「ひとりあやとり」でその過程を紹介する。ひとりあやとりは、「山→田んぼ→川→田んぼ→うまのめ→鼓→舟→山」(以降繰り返し)、と形を変え続けて無限にループする連続技である。図5には「田んぼ→川」での形の変化の過程を示す。対角線を結んだ模様が、間をすり抜けながら平行に並ぶ様子が見てとれる。実はこの手順は2周目以降、偶数周と奇数周でひもの取り方を左右反転させないと形にならずにループは終了する。これはよく観察すると、1周回るうちに、内部のひもの勝ち負けがいつのまにか左右反転するからだと気付く(図6)。建築の構造形態を探るときの、ぼんやりと形になりつつある空間をよく観察し、そこにふさわしい幾何学や形態のルールを見出していくという思考に通ずるものがある。なおこのひとりあやとりは日本独自の技であるが、あやとりは世界各地で行われており、太平洋南部の地域には複雑な網目模様を形作る技も伝えられている★4。どんなに複雑でも解けば1本の輪に戻る、興味深い幾何学である。

図5 ひとりあやとりの田んぼ(左)から川(右)への過程(偶数周。奇数周はこれを左右反転)
図6 田んぼの勝ち負け (左)偶数周 (右)奇数周

このようなひもを、建築構造に今後どのように活かせるだろうか。木材同士、あるいは竹材同士をひもで幾重にも縛って接合する方法は伝統的に存在するが、縛り具合によって発揮できる性能にばらつきが生じる。例えば工場で予め複数回編みこんだ接合部用のネットを作り、現場では接合部に1回巻き付けるだけで性能を発揮するなどして、工学的に扱いやすくしていく方向性は考えられないか。それから、ひもを編みこんで安価な耐力壁にするということもあり得る。好きな編み目を作ることができ、応力が集中する具合に合わせて自在に密度を変えることができるとよい。ひもという線が、あやとりのような一筆書きの幾何学を通じて面となり立体となることで、やわらかい構造を生み出す可能性を秘めていると感じる。■

参考文献
★1 東京製綱繊維ロープ株式会社総合カタログを参照
★2 林紘三郎, 生体軟組織の力学的性質, 日本ゴム協会誌, 第62巻 第6号, pp.346–356, 1989
★3 小暮幹雄監修『暮らしに役立つひもとロープの結び方』、新星出版社、2001
★4 野口廣『あやとり学 起源から世界のあやとり・とり方まで』、今人舎、2016

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荒木美香
建築討論

あらき・みか/関西学院大学准教授,Graph Studio/修士(工学)/1984年長崎県出身/2008年東京大学大学院修了/佐藤淳構造設計事務所,荒木美香構造設計事務所を経て,2021年より関西学院大学准教授,2023年よりGraph Studio/専門:構造設計/構造設計: TRIAXIS須磨海岸,丘の礼拝堂ほか