建築家の自邸訪問/Bokko Dekko Kenchikutai goes to ‘yoshinagaya’/矢部達也

連載第5回/2015年8月23日/設計:吉永規夫

地下鉄の出口から地上へでた五人の男は、あらかじめ調べてあったコンビニへと歩を進めた。

ぼっこでっこ建築隊は、建築家が設計した住宅に酒と料理を持参し、食事のひとときを通じて住空間をも味わおうと目論むわけだから、まずは料理と酒の準備が重要な任務である。

きょうの分担は、ヤベ隊長が馴染みの「ほたる食堂」にたのんで詰めてもらった五寸三段重ふたつ分の洋風弁当、オクワダ隊員がカット済みのバゲット二本とチーズ、オオタ隊員が冷えた白ワイン二本、リョーヘイ顧問が赤ワイン二本、そして下戸のブン隊員が現地コンビニで缶ビールと自分用のコーラを買う段取り。買い物を終え精算をすませた五人はいま平野の交差点を北へ歩き出した。

内環状線。6車線の大通りだが、それに見合う大きな建物が並んでいるわけではない。むしろちいさな家や店が軒を連ねている。文化住宅や長屋もある。ひと筋入ればもう下町だった。

「たしか、このあたりなんですけど……」

先導役のオクワダ隊員があやふやなことを言うので、大通りまで引き返したとき、ほそい路地の向こうに目的地がみえた。ヨシナガヤ。ひと目でそれとわかった。

二軒長屋の片方だけファサードが木の角材で覆われていたのだ。以前訪れた松村一輝さんの「Re:Toyosaki」が長屋のファサードをかたちはそのままに真っ白に塗りつぶしていたのとは好対照。リノベーションで外観をどう扱うか。そこには建築家の立ち位置が明解に現れるようだ。

いつものように外回りをうろうろしていると、気配に気づいたのか、設計者の吉永規夫さんと奥さんの京子さんが出迎えてくれた。

図面提供:ofea

玄関土間をあがると、元の二間をひとつにした室があった。ここからは表の路地が、そして奥の裏庭までも見通せる。この家の中心、主室とでも呼べそうだ。テーブルのうえに用意してきた料理と酒を並べてまずは乾杯。

この家は元々空き家だった。隣に住むおばちゃんに請われて、吉永さんが住みはじめ仕事場にもしていた。80歳を超える大工の長岩正一さんと知り合ったのがきっかけで、当時工務店に勤め現場監督をしていた京子さんの手も借りて、三人で改装した。その後、ふたりは結婚し京子さんが引っ越してきた。こんな経緯を酒を飲まない吉永さんが淡々と話してくれた。一方、京子さんは早々からがぶ飲みペース……。

改装前から大きく変わったのは、風呂の位置くらい。あとは木造長屋の構成を無理せず素直に引き継いだ。どこに手を加えたか。まず襖をはずしてワンルームにした。そしていま食事をしている元の二間は天井を抜いて屋根裏をあらわした。縦方向に空間が広がり、面積以上の広さを感じる。元来、熱を調整するための天井裏をなくしたことで、すこしばかりのツケはまわってきそうだ。でも30代の夫婦にはガマンという特技がある。天井を抜いたことで隣の天井裏と繋がってしまったので、そこに蓋をすることと音の問題を解決するため壁一面に書架をつくった。反対側の壁面は収納。12mm厚8尺の構造用合板をそのまま引戸にした。多少はたわむが気にしない。梁間方向のいくつかに耐力壁を設けた。あとは仕上げをめくってあらわしたり、あたらしくしたり。

図面提供:ofea
図面提供:ofea
図面提供:ofea
図面提供:ofea

全体はワンルームとは言え、通りに面するキッチンは天井があり、奥の部屋は白く塗られていることでゆるく分節され、いくつかの居場所ができている。だから、ふたりの生活の場と吉永さんの事務所がわずか15坪にぎゅーっと詰め込まれているのに、無理を感じない。

それぞれの場所に室名がつけづらい。というのは、どの場所もたぶんそのときどきで用途が変わる。兼用される。狭いからそうならざるを得ないのもある。たとえば、この主室(と呼んでしまっているが)はダイニングであり、リビングであり、作業場であり、打合せ場所でもある。大きなテーブルがそのすべてを叶えている。奥の白い部屋も仕事場と言えばそのとおりだが、狭いくせに、大きな観葉植物がおかれ、なにか余裕をもっているようにみえる。で、どこで寝るのかな、と見渡すと、キッチンの背後、主室に面するところにベッドが置いてあった。このレイアウト、痛快。融通無碍。

食事もすすみ、酒もいい感じでまわってきた頃、実はここ登れるんですよ、とシラフの吉永さんがつぶやいた。

「おキョウちゃん、のぼったげて」

「いやや、ノリオがのぼりー」

しばしいちゃいちゃのあと、結局ふたりが書架を梯子がわりに登りはじめ、丸太の梁のうえをつたって、玄関土間の天井裏までいく、というテッパン芸をみせてくれた。いきついた先の天井裏になにがあるわけでもなかったが……。

それから裏庭にあるお風呂をよばれた。ちいさくてきゅうくつな風呂。脱衣室などない。でも庭に面している。壁には富士も描かれている。この確かな豊かさを享受できるのは30代の特権なのだろうなあ。自邸といえば、もうちょっとあとで、とつい尻込みしがちだけど、早いうちにやることの得もあるんだなあ。ほろ酔いの湯船で感じ入ったのだった。

さて、みなさん。このノリオという人物、ちょっとクセモノなんです。ヨシナガヤという名の由来を訊けば「吉永家」「よし!長屋!」「善し長屋」と答える。また自分たちの活動グループを「N.P.O(Norio & Nagaiwa Profit Organization)」と名づけたり、最近では、ヨシナガヤ・ノリオ、ヨシナガヤ・キョウコと名乗り、独立して施工業を営むおキョウちゃんとコンビで、ぼくたちはゼネコンですから、なぞとうそぶく。事務所名も正式には「ofea(Office for Environment Architecture)」といきった名のはずが、いつのまにやらヨシナガヤを通称にしている。

独特のキャラが滲みでてきた。あとは建築がこのキャラに追いつけるのかどうか。ヨシナガヤはシリーズ化するという。ここはヨシナガヤ001(3桁!)。老大工の長岩さんと協働で100を目指すのだと(執筆時点で008まで完成)。長屋のリノベーション。同じことを繰り返してノウハウを蓄積しストックを供給することで貢献しようとするのか。あるいは回を重ねる毎にあたらしいことを提案しようと苦闘するのか。自称ゼネコンのふたりはどこに向かうんだろうか。答えは……、

そう、いま、酔っぱらったおキョウちゃんがオオタ隊員のギターをバックに歌っている。

「答えは、友よ、そう転がる石のように!」


ぼっこでっこ建築隊とは、建築家が設計した住宅に酒と料理を持参し、食事のひとときを通じて住空間をも味わおうと目論むパーティである。
隊員:矢部達也(隊長)、岡文右衛門、奥和田健、太田康仁、石井良平(顧問)


矢部達也
建築家。1965年生まれ。1991年、京都工芸繊維大学大学院修了。1991–94年、坂倉建築研究所大阪事務所勤務。1999年、矢部達也建築設計事務所開設。京都工芸繊維大学、大阪工業大学非常勤講師。

建築討論

建築をめぐる幅広い批評的議論のプラットフォームを提供する日本建築学会のウェブマガジンです。

ぼっこでっこ建築隊

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ぼっこでっこ建築隊とは、建築家が設計した住宅に酒と料理を持参し、食事のひとときを通じて住空間をも味わおうと目論むパーティである。 隊員:矢部達也(隊長)、岡文右衛門、奥和田健、太田康仁、石井良平(顧問)

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