[029 | 201903 | 特集:みんなはバラバラ ── 集団と造形]

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Mar 1 · 2 min read

ここでは試みに「みんな/バラバラ」をめぐる図像を集めています。読者諸賢からも示唆に富む図像をお寄せください。編集部で検討のうえ、興味深い図像は随時掲載します。(ご連絡は kenchikutouron@gmail.comへ)

Fig.01水平の盟約 non-hierarchcal covenant|矢野騒動の傘連判状, 1868 + Jessé de Forest’s Round Robin , 1621|左は矢野騒動」もしくは「生駒一揆」と呼ばれる百姓一揆の連判状。幕末維新期の動乱のなかで財政的に逼迫して農民に負担増を強いた領主を「拒否」することを誓った署名。通常の連判状では書面の最初あるいは上部に書かれた者が筆頭者とみなされるが、「傘連判状」「傘形連判状」「車連判状」などと呼ばれる円形の署名はどこにも始まりや終わりがなく、上位も下位もない。「一揆」とは(暴動ではなく)契約によって参加者の対等な関係によるひとつの共同体を結成することを意味し、平安時代末から中世には武士が団結する盟約の意味で用いられた。これと同様の意義をもった署名として、17世紀フランスの役人が王に嘆願するときにつくったリュバン・ロン (ruban rond、英語でいえば round ribbon、のちのラウンド・ロビンの起源)がある。こうした嘆願では筆頭者が処罰されたため、これを避ける序列をもたない署名が用いられた。集団内部のヒエラルキーを消し、ひとつになることで、上位権力を拒否する実践の形式 form である。
Fig.02|熱狂と無関心 Enthusiasm and Ignorance | Pieter Bruegel(ca.1525–69), The Wine of Saint Martin’s Day, ca.1565–58|農民の生活や人生儀礼・年中行事を描いたブリューゲルの絵画のなかでも大作のひとつ(148 × 270.5 cm)。聖マルティン祭は救貧の鏡と崇められた聖マルティン(絵の右で白馬にまたがる)を記念する年中行事で、できたてのワインを飲んで楽しむ。巨大なワイン樽に殺到し、群がり、よじ登り、あるいは酩酊する。その様子は「生き生きとした」といった印象を超えてほとんど狂気さえ感じさせる。絵の左端には青白く描かれた教会と路傍の十字架がみえ、右端には馬にのった聖マルティンの一行が描き入れられているが、農民の熱狂は中央に人山を築き、絵の両端にある宗教や倫理にかかわるモチーフに対しては彼らはほとんど無関心である。ブリューゲルはしばしば宗教的主題を脇に描く構図を選んだ。
Fig.03|親密さのなかの分裂 Splitting in the Intimate|Félix E. Vallotton(1865-1925), The Poker Game, 1902 (Musée d’Orsay)|矩形の部屋。その奥、左隅にポーカーに興じる大人たち。極端に偏った凝集。その手前には、奥行き方向に引き延ばされたかのような丸テーブルの赤黒い表面が卓上ランプに照らされている。── テーブルのこちらに、彼らと不自然なほどに離れて、たしかに画家ヴァロットンがいる。画家自身は描かれていないが、彼の存在はほとんどこの絵の心理的中心をなすとみなさざるをえない。あの集団に対するヴァロットンの、不安に満ちた疎外感、あるいは軽蔑すらもが、テーブルの赤から滲み出てくる。目を凝らすと、集団のうち男性2人は顔が明瞭に描かれ、男性1人と女性1人の顔はほとんど目鼻も分からないほど曖昧で、残る女性1人は完全に背を向けて顔がない代わりに、首に鮮やかな赤い襟が見える。テーブルの赤が距離の表現ならば、この赤い襟の女性こそ、画家が最も複雑な不安を抱かねばならない存在に違いない。彼女はヴァロットンの妻ガブリエルの母である。スイスの厳格なプロテスタント家庭からパリに出て来た画家ヴァロットンに、経済的安定を与えてくれたユダヤ系大画商の、その夫人である。ポーカーに興じるのはその一族たち。彼らと画家とは到底埋めがたい隔たりを生きてきて、いまたしかに同じ時間と空間を共有してはいるが、だからこそ隔たりが異様に膨らむ。親密さのなかに張り詰める見えない空間フレームの重層が、この絵画の内と外に、次々に想像されてくる。親密な集団や場所がつくるのはフィリア(愛着・偏愛)だけではない。
Fig.04|渦巻きと渡り Swirling and Wondering|ワルビリ族の描く場所と道のドローイング|ティム・インゴルド『ラインズ:線の文化史』(左右社、2014)より。原図は Nancy D Munn, The Spatial Presentation of Cosmic Order in Walbiri Iconography, Primitive Art and Society, 1973 所収。オーストラリアのワルビリ族 (Warlpiri) は「「夢見のとき」に祖先がおこなった大地形成の旅について語るとき、しばしば指で砂の上に模様を描く。祖先が出現した場所や旅の途中で通過したそこを通って旅した場所は、いくつかの円で図示され、それらのあいだにある小道は連結線で図示される。[中略]重要な鍵は、場所がどれもひとつの円ではなく、一連の同心円の環あるいは中心に向かって巻きつく螺旋として示されている点にある。[中略]それらの形態は静態的ではなく、何かを囲い込むものでもまったくない。それらはそれ自体以外の何ものをも方位しない。それらが描くものは、生がそのなかに収用される境界線ではなく、ひとつの焦点のまわりを旋回する生の流れそのものなのである。ワルピリ族の思考において場所とは渦巻きのようなものである。」(インゴルド, p.157–159)。場所を「みんな」に置き換えてバラバラな一人ひとりの「旅」を考えることもできるだろう。渦巻きのなかへ、身を投げ込み、あるいはクラクラしながら巻き込まれ、はじかれ、そしてまたスーッと次の渦へと渡っていく。二分法を斥け、重合の揺らぎも弁証法的な統合も廃して、ただ動きの通路とその出会いだけがあるのだ、というインゴルドのベルクソン主義的な人類学の思考。
Fig.05|調停の領域 Territories of Negotiation|エルサレム聖墳墓教会 (Church of Holy Sepulchre) の占有領域を示す平面図|凡例には上から、アルメニア使途教会、アビシニアン教会、ギリシア正教会、コプト教会、ラテン教会(カソリック)、ドイツ所有、ロシア正教会、ヤコブ派シリア教会、ムスリム所有、私有、全教会の共有、古い遺構、とある。エルサレムにおけるキリスト教聖地としてのエルサレム聖墳墓教会は、こうした多数の教派や国・私人の共同管理の状態にある。色の塗られ方も、注意深くみると奇妙に思える個所が少なくない。
Fig.06|イコンの集積 accumulation of icons|ガルガス洞窟(Cave of Gargas, France) のネガティブ・ハンド, BC 6c|人の手が描かれた洞窟は、ヨーロッパ、東南アジア、南米など各所にある。フランスのガルガス洞窟、コスケール洞窟、アルゼンチンのラスマノス洞窟などが有名だろうか。動物などの図像が顔料や木炭などを使って岩盤に塗り付けて描く「ペイント」であるのに対して、人の手の場合はいわば「プリント」の手法が用いられる。そのうち、手に絵の具を塗って押し当てるものもあるが、むしろ岩盤に手を当てそのうえから絵の具を塗ったり噴霧したりする手法が多く採用されている。絵の具がつかず、「地」のままのに残ったところが反転して「図」となる。ネガティブ・ハンドと呼ばれる所以である。ネガティブ・ハンドにはかなりの頻度で指の一部に欠損がみられる。上の写真でもていねいにみると親指以外の1本が途中までしかない手がいくつか見つけられるだろう。この欠損を狩における負傷とみたり、ある種の通過儀礼とみたりする説が多いが、港千尋はこれを何らかの記号とみなす可能性を示唆している(港千尋『洞窟へ:心とイメージのアルケオロジー』せりか書房、2001)。そして、図であり文字である「手」の配列には、何らかの秩序ないし相互の呼応関係が隠されているかもしれない。これら手の持ち主はひとりか。いや大きさが様々であるところをみると多数である。多数だとして、彼らはひとつの共同体に属すのか、複数か。いやひょっとすると数百年、数千年といった時を隔てて洞窟に入った人々の、時空を超えたコミュニケーションなのだろうか。

図版出典一覧:

Fig.01|矢野騒動の傘連判状, 1868|生駒市デジタルミュージアム|https://www.city.ikoma.lg.jp/html/dm/bun/shosai/renpan/renpan.html

Fig.02|Pieter Bruegel(ca.1525–69), The Wine of Saint Martin’s Day, ca.1565–58|wikipedia commons|https://en.wikipedia.org/wiki/The_Wine_of_Saint_Martin%27s_Day#/media/File:Bruegelsanmartin.jpg

Fig.03|Félix Vallotton(1865–1925) , The Poker Game, 1902| wikipedia commons|https://commons.wikimedia.org/wiki/File:F%C3%A9lix_Vallotton_-_The_Poker_Game_-_Google_Art_Project.jpg

Fig.04|ティム・インゴルド『ラインズ:線の文化史』(左右社、2014、p.158)

Fig.05|聖墳墓教会平面図|Ifat Finkelman, Deborah Pinto Fdeda, Oren Sagiv, Tania Coen Uzzielli, IN STATUS QUO: Structures of Negotiation, Hantje Cantz, 2018, pp.82–83

Fig.06|ガルガス洞窟(Cave of Gargas, France) のネガティブ・ハンド|http://messagesdelanature.ek.la/des-empreintes-de-mains-millenaires-p1146772

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建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。

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