アフォーダブル(手頃な価格の)住宅を考える
わたしたちの社会は銭湯を残せない
先日、フェイスブックを眺めていると、「富士見湯の解体現場へ」という友人の投稿が目に留まりました。彼女は歴史的建築物の保存の建築家・アクティビストです。主な拠点は東京。数多くの建築の保存に貢献し、また、残念ながら解体されてしまう建築物を実測し、写真におさめ、記録にのこしながら、一方、物品を引き取るといった活動もしています。同時に、生活していた場所を手放さざるを得なくなった人たちの声の聴き取りをしています。彼女の投稿を眺めながら、古い建物が壊され、新しい建物が建つということは(私たちにとって見慣れた風景ですが)ふと、これはいったい何なのだろうと思いました。銭湯という(単なる私財ではなく、より低所得で低資産の人たちの社会関係資本をつないできたような)ザ・ケアといった「居場所」を残せない社会の背景にはどんな文化や制度、社会規範があるのでしょうか。
「駅前の超高層化する再開発エリアの裏で、ひっそりとまた白山の歴史と地域住人たちの場が消えていく」★1こと。こうした下町の社会資源がなくなってしまうことは確かに残念だけれど、最終的には所有者や住民たちの民主的な合意に基づいて決められたのだから、(たとえ外発的な開発案が持ち込まれたことがきっかけだったとしても)外野はそれ以上とやかく言うことはできない、少なくともこれまではこう考えられてきたと思います。
でも本当にそうなのでしょうかというのが今日の主題です。「ケア」の視点から「まちづくり」を考えた時、もしわたしたちが「わたしたちの社会が銭湯や古い建物を残せない」ことを仮に問題だというのなら、いったいぜんたいそれはどういう理由なのか、「古い建物が壊され、新しい建物が建つということ」と「ケア」とはどんな関係があるのか、今日はそんなことを皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
「まちづくり」という資源配分
前回は「エリマネ」という「まちづくり」についてお話しました。「エリマネ」では常に「住民」が登場し、いかにもこの「まちづくり」が民主的なものであるということが強調されてきました。「住民」は元来「まちづくり」の主体であるとされながらも、じっさい「エリマネ」という「まちづくり」において彼らは「引っ張り出」され、「巻き込」まれ、「連れて」こられる対象であり、異次元で大規模な規制緩和や補助金投下の正当化のための走狗としての民主性なのだろうか?と感じることも少なくありません。
さて、冒頭の銭湯の話題に戻ると、再開発の前、その地区界隈には銭湯のほか、クリーニング屋、床屋、米屋などの個店や木造家屋が並ぶ路地がありました。再開発は、地区内のこうした建物を全面除去(スクラップ)し、「土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新を図る」★2事業を指します。国家による「高権」力を感じさせる、少しぞくっとする一文です。どのような公的な理由があるのでしょうか。一般的な市街地再開発(都市再開発)で挙げられる理由は次のようなものです。
① 古い木造住宅の密集地域であり、耐震・防火面で問題を抱えた地域である。
② 道路、公園、駅前広場などの整備が立ち遅れている地域である。
③ 近隣に住む人たち向けの低層の専門店や住居併用型店舗が多く、商店街の近代化の遅れによる商業活動が停滞している地域である。
④ 土地が有効利用されていない、低未利用地が点在している地域である。
どう感じますか。正当な理由で納得感があるものでしょうか。ところで、再開発地区において地権者の持つ権利は、再開発後、従前と等価で新しい再開発ビルの「床」に置き換えられます。ただし、今の建物のまま、ここに住む、営むというのはできなくなり、再開発ビルに入るのか、あるいは地区外へ転居するかの選択を迫られます。「ハード」と同時にコミュニティや「居場所」もスクラップされる可能性は指摘するまでもないでしょう。この場所で培われてきた社会関係資本(ソフト)への影響はけっして少なくありません。
ただし「ケア」の視点でみた時に、より重要なのは資産保有者ではない人たちに対しても再開発が影響を及ぼすという点です。例えば、再開発予定地の借家人の多くは地区外に出ていかざるをえません。地権者のように再開発を通じて自らの資産価値を向上させられるという動機や選択肢をそもそも持たない人たちです。また、再開発によっていわゆるジェントリフィケーション(=階層の上位化)が引き起こされるため、従前とくらべ、手頃な価格帯で借りられる住まいや店舗などの物件はその地区から失われていきます。
すなわち、今日の都市再生の流れは「土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新を図」って新しい街をつくることを「公共の福祉」とする(地権者、不動産業者、金融機関、行政への補助金等の社会資源の配分をもたらす)一方で、都市から手頃な賃貸住宅の絶対数を減少させ、都市空間から「ケア」を要する人たちにとって大事な「居場所」やセーフティネットを喪失させています。その意味において再開発は垂直的公平性を欠いた制度ではないでしょうか。
ずっと賃貸
さて、少し話題を変えてみましょう。みなさんの家は持ち家ですか、それとも借家ですか。日本ではおよそ6,200万戸の住宅ストック(うち空き家が14%、およそ850万戸)があり、そのうち6割が持家で、4割が借家です。床面積の持家と借家の比率は8:2と、とても大きな差があります。持ち家世帯率を世帯の年間収入階級別にみると、収入が高くなるにつれて持家取得率が高まり、500〜700万未満で7割超え、700万以上で8割以上が持家となっています。その一方で、借家の場合は、年収200万円未満の層が5割を超えています。★3 年齢別に見ると、特に若い人の持家率が大幅に下がり、民営借家率が上昇しています。★4
よく知られるように、持家取得者は、住宅購入の際、住宅金融支援機構の融資やローン金利の所得控除、固定資産税等の税制上の優遇等の利益を得ます。住宅系雑誌はいつも「賢い、後悔しない、失敗しない家の買い方、ローンの借り方」といった特集をしています。それに対し、借家人はそうした特典を得られず、持家と比較し、相対的に質の高くない狭い家に高い家賃で住んでいます。このことは住宅政策においては、借家人から持家取得者に税金が配分されていることを意味します。再開発の時と同じく、相対的に貧しい人よりも、相対的に富む人の方が優遇されており、垂直的公平性を欠いています。
ところで、そんなとき頼りになるはずの公営住宅ですが、その管理戸数は2005年をピークに減少傾向にあります。退去率も減っていて、たとえ入居対象であっても抽選で誰もが入れる状態にはありません。東京都の倍率は22.8倍で、全国平均は5.8倍★5です。なお、くじ引きで落ちた人に対する民間賃貸に住むときの補助金もありませんから、水平的公平性を欠いていると言わざるを得ません。また、公営住宅は基本的に「世帯」しか対象ではないので、単身者は高齢者やDV被害者、障害者等でない限り公営住宅の入居ができません。(公営住宅法の改正で単身入居もOKとなりましたが、まだ多くの自治体では若年層単身者は基本NGです。)
このように、再開発や持家取得といった「まちづくり」施策を概観すると、中間層・家族・持家取得といったいわゆる「標準」世帯のライフコースを優先して、税制優遇や補助金による支援を行ってきたことがわかります。低所得・単身・借家に対する支援は非常に限られてきたのです。
また、中古住宅の流通量に関しては、これだけ利活用の必要がうたわれ、様々な支援策が準備されてはいますが、米国81%、イギリス85.9%に対し、日本の値は全体取引の14.5%★6といまだに低値です。日本で「住宅総数が世帯総数を上回った」(住宅余りになった)のは1968年ですから、空き家問題は今日、とつぜん生まれたのではなく、50年前から起こっていた現象で「新築の持家取得」などの政策的介入によって拡大した政府の失敗でもあります。
「中間層・家族・持家取得」層は、確かに「低所得・単身・借家」層よりも住宅政策や都市再生政策で、社会資源の提供を受けていますが、決して楽で余裕がたっぷりあるという生活というわけではなく、短い法定耐用年数(木造住宅は22年!)で利用価値があっても評価されにくい住宅取得のための長期にわたるローンを負っています。「長時間労働と引き換えにようやく手に入れた持家は、必ずしも安定的な資産ではなかった」★7のでしょうか。
今日みてきたように、再開発地区だけでなく、郊外戸建て住宅、木造賃貸住宅、公営住宅、こうした都市の「住まい」というのは、単なる「ハード」の塊なのではなく、都市計画や住宅政策、産業政策等を通じた社会資源の配分(ソフト)の結果の現れです。
これまで十分ではなかった低所得・賃貸・単身者・若年・子育て世帯向けの良質で低価格の賃貸住宅(「ハード」)を用意し、そうした「ハード」を長持ちさせるための社会資源の配分(ソフト)政策が必要です。わたしたちは近年、再開発後の「エリマネ」においてオルデンバーグの「サードプレイス」なるものをさかんに称揚してきましたが、それは主として、第一の家族、第二の会社という安定した「所属」を持った人向けの、第三の「居場所」というものでした。家族や会社といった「所属」を持ちにくい個人の「ケア」という発想にもとづいて、「住まい」や「居場所」、「まちづくり」を考えなおしてみることは、雇用や福祉の基盤をつくり、停滞・縮退社会の局面における深まった分断をほどく大事な鍵となるかもしれません。
美しい5月ももうおしまいです。また、お会いしましょう。
—
註
★1 facebook.com/haruka.kuryu 2022年5月10日 11:55
★2 都市再開発法 第1章(目的)第1条
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=344AC0000000038
★3 総務省「平成30年住宅・土地統計調査」
★4 平山洋介「”賃貸世代”の住宅事情について」『都市問題107号』、2016年9月
★5 国土交通省「社会資本整備審議会 住宅宅地分科会 新たな住宅セーフティネット検討小委員会 参考資料」平成28年7月
★6 国土交通省「既存住宅市場の活性化について」令和2年5月7日
★7 平山洋介『住宅政策のどこが問題かー〈持家社会〉の次を展望する』2009年、光文社新書
—
参考文献
井出英策、松沢裕作編『分断社会・日本』岩波ブックレット№952、2016年
宮本太郎編『転げ落ちない社会』勁草書房、2017年
NPO法人ビッグイシュー基金『住宅政策提案書』2013年
NPO法人ビッグイシュー基金『若者の住宅問題―住宅政策提案書[調査編]』2014年
NPO法人ビッグイシュー基金『大転換!!住宅問題』2015年
西本千尋 連載「ケアするまちづくり」
・その1 まちづくりの隘路──ケア不在の構造に抗する
・その2 エリアマネジメント — 誰がこの「まちづくり」を支持しているのか
・その3アフォーダブル(手頃な価格の)住宅を考える