[201806 小特集:「建築の日本展」レビュー]

西澤徹夫
Jun 15, 2018 · 8 min read

暫定的な分類

近年、日本をテーマとする建築展は増加傾向にある。展示されるのは、図面や模型、写真といった従来的なものから、極端に大きな模型やインタビュー映像、モックアップ、設計者蔵の貴重な資料などまで、また、その内容も単に建築物の造形を伝えるものからプロジェクトに関わる人々や社会の様相まで、切り取られるトピックはさまざまである。ミニチュア独特の視覚経験を喚起する建築模型は子供から大人まで単純に見て楽しめ、写真や映像によって観光客は手っ取り早く日本の特殊な建築や都市状況を概観することができる。それゆえか、多くの建築展では入館者数が予想を超えて盛況となっているという話も聞く。

しかし、所蔵・研究・展示というミュージアムの機能と建築は本来食い合わせが悪い。建築が実用性を担保した技術や機能の造形であり、また固有性に裏付けされた人間の生活・社会性の発現の場であるという特性は、他の芸術分野と同様に芸術における重要な要素であるにもかかわらず、建築物と空間体験は展示室へ持ち込むことができないからである。したがって、建築展における展示物は、建築物それ自体の周辺にあるさまざまな資料体が中心とならざるをえない。しかしこのことが示すのは、むしろ建築とは、空間のイメージ、設計者の意図といった建物単体の作品性だけではなく、それに関わる人々、建設するという営みとその社会背景、さらにもちろん歴史、技術といった文化としての厚みなどの総体であるということだとも言える。建築展で少なくとも示されるのは、当の建築物だけを除いた、その周辺のありとあらゆる「断片」の集積とその切り口である。

「建築の日本」展は、日本の古代から現代までの建築を、調査・研究の資料、図面や模型、写真・映像などの膨大な展示物を通して9つのキーワード(01:可能性としての木造、02:超越する美学、03:安らかなる屋根、04:建築としての工芸、05:連なる空間、06:開かれた折衷、07:集まって生きる形、08:発見された日本、09:共生する自然)で読み解き、日本の建築に通底する「遺伝子」を探ろうとするものである。これらのキーワードは必ずしも厳密な関連性を持っているわけではない。時系列に整理されているようなものでもない。それは「暫定的な」分類である。膨大な資料体には欠けているものもあるし、分類自体にも批評が加えられ、追加や更新がありうる。しかし断片の集まりでしかない資料体を、さまざまな切り口が可能な展示とするためには、ひとまず暫定的にでも分類・整理されていく必要がある。そのような観点でみれば、本展は展覧会であると同時に、日本の建築の暫定的なアーカイブの似姿としてみることも可能だろう。

「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの(セクション07:集まって生きる形)」森美術館、2018年[撮影:来田猛、画像提供:森美術館(東京)]

アーカイブと設計

断片としての資料を総体として展示するためには、もちろん設計が必要である。ここでいう設計とは、断片をひとまとまりの展覧会へ仕立て上げるために必要となる、展示物と情報を分類・整理すること、それを展示室内で閲覧可能な状態をつくり出すことを指す。つまり、これはきわめてアーカイブ的な手つきなのである。

本展において、森美術館の展示室を埋め尽くしているのは、木、紙、スチロール、コンクリート、といったさまざまな材料でできた図面、模型、写真、映像、家具、モックアップと、個々のプロジェクト解説+データシートパネル、キャプション、章のテーマを象徴するアフォリズム、などである。これらの多彩で雑多な展示物は、一定のルールによって空間的に分類・整理されている。プロジェクトを示す模型や図面、写真と作品解説パネルは壁面と床面にそれぞれ床上1.0〜2.6mの範囲のストライクゾーンに集約され、その詳細なキャプションは1.0mより下の位置に、アフォリズムは2.7m以上の壁面上部に大きな文字と画像で掲示されている。観客にとってもっとも見やすいゾーンにプロジェクトに関する展示物を、展示物の材料や製作年などの情報をより詳しく知りたい向きには低い位置の壁面か展示台にキャプションを、章ごとのニュアンスを大まかに感知できるようにするためには壁面上部に大きく印刷された言葉と画像を、という具合である。

この仕掛けにはいくつかの意図が読み取れる。まず、このような厳格な構成を設定しなければ、膨大な資料はバラバラな断片にしか見えないだろうということ。日本建築の初歩的な視覚経験からより専門的なアプローチまで、さまざまな興味・関心を持った鑑賞者が訪れることが本展では想定されるが、このとき、資料体の情報レベルの階層化は鑑賞の選択性と自由度を上げることに貢献するだろう。先述の通り、この展覧会は膨大な資料の暫定的な配置と、関連付けによる切り口の提示としてしか成立しない。であれば、観客によるさまざまな読み取りの経路があってもよい。また、建築という分野では、テキストでしか伝達できない情報がそれなりにある。そのため、モノと言葉を等価に扱いつつ鑑賞のとっかかりとなるような整理をおこなうことはとくに重要である。

さらに、そもそも建築展は大きな空間で映える大型の資料が基本的に少ないため、普通に展示物を並べてしまっては現代美術に特化した天井高5.5mという森美術館の展示室の大きさに飲み込まれてしまう懸念がある。展示されている建築よりも、入れ物である展示室のほうが巨大に見えてしまうのだ。キャプション−展示物−アフォリズムという階層化は、展示室を展示物の背景としての単なる「白い壁」とみなすのではなく、情報で満たされた「メディウム」として再定義することで、こうしたスケール上の懸念を解消できる秀逸なアイデアだと言えるだろう。こうして「断片」に過ぎない資料は、9つの章立てを横軸(章ごとに什器のデザインを変えたり、ときどき壁面の色を変えたりしているのは、鑑賞経験の単調さを防ぐ効果を狙っての工夫であって、本論ではさほど重要ではない)に、情報の階層化を縦軸にすることで、展覧会を成す資料体として空間的に編まれているのである。

次に、分類・整理自体に追加・更新の可能性が常に開かれているということについて。建築展の場合、展示物となる図面や模型の多くは設計者、ないしその遺族などからを借りてくることが一般的だろう。それは設計者を建築の「作者」と見なす、きわめてミュージアム的な見方を前提としている。しかし建築物の背景や周縁に広がる広大な領域も含めて「建築の文化」と呼ぼうとするならば、展示物の由来や製作方法まで視界を広げて考えてみる必要があるかもしれない。本展にはいくつか、このことを考える上で示唆的な展示物があった。たとえば、「さざえ堂」の模型は、福島県郡山高等技術専門学校がかつて製作し、福島県会津若松市一箕小学校に放置されていたものを借り受け、修復した上で展示している。あるいは、「丹下自邸」の1/3模型は、日本住宅総合センターから森美術館が研究調査業務の発注を受け、本展図録を報告書添付資料として納品することで調査費用を捻出するというアクロバットをおこなったうえで、小田原地域を中心として伝統工法に通じた職人の育成と技術を継承する活動を行っているNPO「おだわら名工舎」に新規製作を依頼している。あるいは「待庵」の再現展示は、ものづくり大学の研究の一環として製作依頼されたものであり、その製作プロセスに係る調査作業は一展示物の製作を超えた膨大なものになっているはずである。

「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの(丹下自邸1/3模型)」森美術館、2018年[撮影:来田猛、画像提供:森美術館(東京)]

再アーカイブ化

これらのことが意味するのは、展覧会に先んじて構築されているアーカイヴをただただ下敷きにつくられているのではなく、むしろ展覧会によって見過ごされていた資料や技術の(再)アーカイヴ化が実現されている、という事態だろう。出来合いの作品資料を陳列するだけではない。「建築の日本」展というプロジェクトを成立させるプロセスが、ほとんど同時に、展示される建築のアーカイヴの構築作業となる。このようなことが可能なのは、建築の文化が分厚い周縁を持っているからだと言えるかもしれない。こうして各プロジェクトに関する未発見あるいは遺失した資料が、データベースというかたちで建築史に追加・更新されていく。建築展は、それ自体としてエンターテイメントでありつつ、アーカイブとしての機能も果たしていくのである。

「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの(セクション09:共生するしぜ」森美術館、2018年[撮影:来田猛、画像提供:森美術館(東京)]

建築討論

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西澤徹夫

Written by

にしざわ・てつお/1974年生まれ。建築家、西澤徹夫建築事務所主宰。東京藝術大学・日本女子大学非常勤講師。主な作品に「東京国立近代美術館所蔵品ギャラリーリニューアル」、「西宮の場合」、「窓学展」(会場構成)、「京都市美術館再整備計画」(進行中)、「八戸新美術館」(進行中)など

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