エリアマネジメント—誰がこの「まちづくり」を支持しているのか

連載:ケアするまちづくり(その2)

西本千尋
建築討論
Mar 22, 2022

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前回の連載では、今日の「まちづくり」が家族や伝統的な地域共同体など社会にひそむ抑圧や疎外には目をつむってきた「ケア不在のまちづくり」なのではないかということに触れました。今回、お話しするのは、「エリアマネジメント」という比較的新しい形の「まちづくり」についてです。そこに「ケア」の思想はあるでしょうか。さっそくはじめていきましょう。

「エリアマネジメント」ってなあに?

今回、取り上げる「エリアマネジメント」(以下、「エリマネ」と略します)という「まちづくり」の取組は、「まちをつくるだけでなく、育てるへ」というキャッチコピーの下で、こんにちの「まちづくり」に大きな影響をもたらしてきました。よく知られる定義は、「地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取り組み」で、下記4つの特徴を持っているとされます。

特徴1:「つくること」だけではなく「育てること」。
特徴2:行政主導ではなく、住民・事業主・地権者等が主体的に進めること。
特徴3:多くの住民・事業主・地権者等が関わりあいながら進めること。
特徴4:一定のエリアを対象にしていること。
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これだけだと、互いの連関や内容がいまひとつわかりませんので、この「まちづくり」がどんな文脈から生まれてきたのか、従前の「まちづくり」とどんなふうに異なるのかをみながら、上記の特徴からなる「エリマネ」を紐解いていければと思います。よろしくおつきあいください。

「エリマネ」の誕生と現在

「エリマネ」は2002年、小泉政権下の「都市再生特別措置法」と同時期に誕生した「都市再生」に係るソフトの「まちづくり」手法です。誕生以降、「都市再生」分野は「開発」(ハード/つくる)と「エリマネ」(ソフト/育てる)が両輪で動くことを求めてきました。その誕生の背景について簡単に触れておきます。

民間デべロッパー、地権者、金融機関等は、90年代のバブル崩壊による負の遺産である不良債券問題、土地等の資産デフレの解決のために「民間」主導の「都市再生」を目指し、規制緩和の必要性を訴えていました。具体的には、容積率制限等の都市計画規制の大規模な緩和、都市計画手続きの簡素化、迅速化などが要求にあがっていましたが、あいにくそれらの権限は、ちょうど地方分権の流れで自治体の自治事務とされ、基本的に国は手を出せません。であるならば、国家戦略として実現させましょう、ということで「都市再生特別措置法」が誕生します。強い政府と市場がここに共同し、実効力を持ちました。

このような背景の下、政府は2003年、内閣総理大臣を本部長として「都市再生本部」を設置し、政令として「都市再生緊急整備地域」★2が指定され、さきの市場の要求に応えようという、一連の政策が開始されました。政策の特徴は、官邸主導という高権性と、民間投資を引き出すための「例外的」な特別措置(規制緩和や公金の投入、税制優遇等)です。

以上のように「エリマネ」は従前の「まちづくり」や「都市計画」とは性格をまったく異にする、国主導の「都市再生」とともに始まりました。「エリマネ」は「開発」と依存関係を結ぶことで何を達成し、どんな「まちづくり」を行おうとしてきたのでしょうか。

ところで、誕生から20年ほど経った「エリマネ」の事例を見てみると、当初の大都市都心部の再開発事業だけでなく、地方都市の再開発事業、住宅地の環境改善活動、中小小売業(商店街活性化)や中心市街地活性化事業、区画整理事業、リノベーション事業などが挙げられ、「まちづくり」や「都市計画」の旧来から最新手法までが「エリマネ」と強く結びついていることがわかります。このことは何を意味するのでしょうか。

以下、「エリマネ」の特徴を見ながら、一緒に考えていきましょう。

「エリマネ」の特徴

特徴1:「つくること」だけではなく「育てること」。

「エリマネ」の特徴を示す、もっとも有名なキャッチコピーです。建物をつくって、はい、おしまいとするのではなく、そのあと「育てる」ことがだいじだよというもので、①管理運営(マネジメント)②住民が主体となって「まちづくり」を行うという2つの意味を持ちます。

「エリマネ」は、第一義に「エリア」内の資産の管理運営(マネジメント)を行うことで、まちを安心・安全・便利・快適にしていこうという特徴を持ちます。エリア内の共有・公共空間を「官」に代わって「民」が「管理」することで、①行政のコスト削減につながり、さらに、②当該地区の地価の上昇があれば、固定資産税、都市計画税の税収増にもつながる(公共性がある取組である)という2つのメリットが繰り返し語られます。
また、「地域間競争」や「都市間競争」の観点からも、「開発」後も「エリアブランド」を高める必要があるとされ、各地の「エリマネ」現場では「地域プロモーション」や「地域コミュニティ」づくりのためのイベントの実施、地区の情報発信などが行われています。

「エリマネ」は、この「育てること」に「資産の管理運営」以外のもう一つの意味を与えました。特徴2、3にもかかわりますが、住民等が「主体的」に当該地区のまちづくりに関わることで、地域への愛着や誇り、帰属意識の醸成を図ろうとする「まちを育てる」というものです。実際には「地域コミュニティ」や「シビックプライド」の醸成といった活動が展開されています。
「育てる」ということを、資産管理や都市間競争といった「マネジメント」とみるのか、住民が主体的に関わる政治とみるのかでだいぶニュアンスが違いますが、両者をたがいに不可欠な存在として同時に求めながら、「開発」(つくる)との表裏一体の構造を支えているという点に「エリマネ」の核心があります。

特徴2:行政主導ではなく、住民・事業主・地権者等が主体的に進めること。
特徴3:多くの住民・事業主・地権者等が関わりあいながら進めること。

特徴2、3は関連しているので、一緒に見ていきましょう。

エリマネは如上の新自由主義的な性格を持ち、「官から民へ」、「民間」主導の「まちづくり」の正統性を強く主張してきました。「「官」による規制やそれに基づく平均的で画一的な従来の都市計画は、成長時代には機能したかもしれませんが、人口減少や経済低迷の時代には、有効ではありません、今後は「民間」、「市民」が地区ごとに地域特性を活かしながら、成熟都市を育てていきます」というメッセージが語られます。

上記2、3の特徴からは、単に一企業が勝手に決めるのではなく、「多くの」民間の主体が「主体的」に「関わりあ」って進めていることを通じて、開かれた「まちづくり」が強調されていることがわかります。

特徴4:一定のエリアを対象にしていること。

「エリマネ」が「一定のエリア」を対象としているのは、理論的には「エリア」において一定のルールを課すことで、安心・安全・便利・快適に係る外部性をコントロールし、「エリア」内の「資産」価値を高めるためだとされます。なお「開発」の際、各種の優遇措置を受けるためには「地区」指定が必要です。

一定「エリア」を対象とした「まちづくり」の受益者は、第一義的には、その「エリア」内に資産を持つものたち(地権者、事業者)です。ただし、多額の公金が入っていることから、当然、特定の集団の利益だけではなく、広く、住民、市民の利益につながっているという説明が求められます。特徴2、3で「住民」が求められるのはそのためだと想像されます。なお、「エリマネ」の指す「住民」とは、「エリア」内の居住者、「エリア」外から街に頻繁に通ってくる利用者、来街者等を指します。

また、この特徴4は「地域間競争」の下、自治体という行政区単位での「まちづくり」ではなく、それより小さな「地区」(エリア)単位で行っていくことで、自立・自律的で「主体的」な「まちづくり」を目指そうという視点を備え、特徴1~3ともふかく結びついています。

「エリマネ」の外へ

先ほど、誕生から20年ほど経った「エリマネ」の現在のところで、気づいたら「みんな「エリマネ」と強く結びついている」というお話をしましたが、どの「まちづくり」も「エリマネ」の外へ出ていくことがとても難しくなっています。

その理由は、おそらく「エリマネ」が単に「地区」の安心・安全・便利・快適を求める空間「管理」以上の何かであり、①「行政主導」ではなく「民」が「公共」を担っていくという新自由主義的な政策の中で推奨され、②「民」の事業者だけでは補えない部分を、住民や市民参加(NPO等)の主体的な関わり合いによる「市民社会」型のコミュニティ(地域における新たなガバナンスの形成)が補完することを通じて、開発(つくる)を支える構造を有するためだと想像されます。

人口減少や経済低迷下は、とかく「利活用」が流行ります。①道路、河川、公園、公開空地、行政所有の建物などの公共財の「管理」を「民」が担うとする(利活用をうたう)とき、その背後にはタワマン的な「開発」と「エリマネ」がセットで計画されることも少なくありません。「開発」時においては、都市計画や「まちづくり」が備えていた民主主義的なプロセスは「緊急性」等を理由に大きく省かれるにも関わらず、②「開発」後の「エリマネ」においては、「住民」が呼び戻され「主体的」なまちづくりへの参加、コミュニティづくりを要求されています。

2000年代、都市と地方の格差、経済階層の格差がいよいよ明らかとなった時代に「まちづくり」分野が社会に提示した処方箋はこのような仕組みを持ちます。

さて、こうした「エリマネ」のような「まちづくり」は、そもそも誰が支持しているのでしょうか。上記の構図から読み解けば、民間の不動産事業者、金融機関と行政の癒着てきな関係や権威だけではなく、この「まちづくり」は「住民」や「市民」が「主体的」に関わり、支持して選んだ結果なのでしょうか。

異なる経済階層の差異を「まちづくり」で埋めることは難しいでしょうが、わたしたちは、現状以上に、経済階層の間を拡大させ、再生産するような「まちづくり」ではない「まちづくり」を望んでいます。巨大資本を「大きすぎてつぶせない」といって公的救済する仕組みばかりでなく、「ケア」に主眼を置き、個人と個人の対等な関係性が未来を築くような「まちづくり」の仕組みはつくれるのでしょうか。

長くなってしまったので、また、次回に。

最後になりましたが、前回、たくさんのお便りをありがとうございます。誤りや可能性にまっすぐに触れて言葉をくださり、たいへん励みになりました。

また、お話しましょう。皆さん、どうかお元気で。



★1:国土交通省「エリアマネジメント推進マニュアル」平成20年度https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk2_000068.html
★2:51地域、約9,305ha (R3.9.1時点)https://www.chisou.go.jp/tiiki/toshisaisei/pdf/map_210901.pdf

西本千尋 連載「ケアするまちづくり」
・その1 まちづくりの隘路──ケア不在の構造に抗する
・その2 エリアマネジメント — 誰がこの「まちづくり」を支持しているのか

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西本千尋
建築討論

にしもと・ちひろ / 1983年埼玉県生まれ。NPO法人コンポジション理事/JAM主宰。各種まちづくり活動に係る制度づくりの支援、全国ネットワークの立ち上げ・運営に従事。埼玉県文化芸術振興評議会委員、埼玉県景観アドバイザー、蕨市景観審議会委員ほか。