「ケア」の声を制度設計につなげる〜住宅セーフティネット制度について〜

連載:ケアするまちづくり(その4)

西本千尋
建築討論
Aug 1, 2022

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こんにちは、ご無沙汰しております。前回はアフォーダブル(手頃な価格の)住宅を考えるとして、「まちづくり」分野においてもケアへ配慮した社会資源の配分が必要ではないかということに触れました。今回はそれに関連して、現行の「住宅セーフティネット制度」という仕組みについて具体的にみていく予定です。

本論に入る前に、6月19日に行われた杉並区長選(岸本聡子さんが187票という僅差で現職を破り、注目を集めた)に際して「西荻のこと研究所」に所属する大学生の伊藤花織さんが候補者3名に対して行ったインタビュー★1を取り上げ、「ケア」の声をいかに届けるかについてみておきます。

声を届ける

この連載でも触れてきましたが、従来の「まちづくり」は共同体に責任をもつとされる地主や地元企業の経営者、商店街や自治会などの関係者の声が主として汲み取られる一方で、伊藤さんのように住民だけれど、女性であり、学生であり、バイト生であり、借家人であり、通行人であるといった「当事者」の声はなかなか表に出てきませんでした。

今回、伊藤さんの行った区長選の候補者へのインタビューは、YouTube動画再生回数が候補者合計で2万回近く★2となり、SNS上でも話題となりました。当時の区長からの「マンスプレイニング」や「抑圧移譲」的な発言にも伊藤さんは「ケア」の側からしっかり切り返し、当選した岸本さんから具体的な公約として杉並区における「家賃補助の検討」などの回答を引き出しています。さて、実際、どのような内容だったのでしょうか。インタビューの質問を一緒にみてみましょう。

① 区長になったら重点的に進めていきたい施策は?

② 私を杉並区に引き留めてみてください。

③ これまで杉並区では原水爆禁止の運動をはじめとして、環境活動など市民運動が活発なイメージがあります。このような主体性のある区民性にどんなイメージを持っていますか?

④ 子ども・子育てプラザが増え、乳幼児を受け入れる体制が整備されました。乳幼児が育っていった就学後なども安心して遊べる場所はこれから増えていきますか?

⑤ 3月で廃止になった児童館でアルバイトをしていました。人手が足りなさそうに見えたのですが、子どもに関わる職の専門的な知識を持っている正規雇用の人を増やすのは難しいのですか?

⑥ 家賃が高くて生活が苦しいです。再開発が進むと家賃が高くなると聞いたのですが、西荻の家賃もこれから高くなりますか?

⑦ 私は西荻のバス通りを駅までのルートとして頻繁に通行します。道路に関して土地の権利などがあるわけではなく、単に通行人という立場です。通行人としての意見を道路に反映してもらうにはどうしたらいいですか?

⑧ 選挙に関心のない若者に一言ください。

いかがでしたか。「学生」、「アルバイト」、「通行人」、「選挙に関心のない若者」といった当事者による「ケア」の側からの質問が光っています。この質問に対して、各候補者がどのように答えたのか、なぜこのインタビューが話題になったのか、ご興味のある方はぜひ、つづきを読んでみてください。

「2022杉並区長選挙候補者インタビュー」https://nishiogi.org/220619kuchointerviews/

「住宅セーフティネット制度」とは?

さて、まえおきが長くなってしまいましたが、本連載も第4回となり、後半に入ります。前回につづき、低額所得者層など、住宅に困窮する人々の住まいについて考えていきます。今回は、このための主たる制度である「住宅セーフティネット制度」★3について取り上げます。

同制度は、2007年に議員立法により制定された「『住宅確保要配慮者』に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律」(通称:「住宅セーフティネット法」、2017年に法改正)★4に基づくもので、「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する施策を総合的かつ効果的に推進」することが狙いとされています。
端的にいうと、住宅に困窮する人々のための公営住宅の新設は難しい。ならば、空き家あまりの時代なんだから、これら中古賃貸ストックを生かし、市場を通じて「住宅確保要配慮者」に社会資源を配分しようという制度です。

「同制度は、具体的には①「住宅確保要配慮者」の入居を拒まない「セーフティネット住宅」を大家に登録する仕組みを核とし、②そのために改修費用、家賃低廉化、家賃債務保証料などの経済的支援を行い(登録数を増やし)、③マッチング・入居を図ろうという仕組みです。」(出典:国土交通省)

対象となる「住宅確保要配慮者」★5は次の通りとされています。

▷法律で定める者
低額所得者(月収15.8万円(収入分位25%)以下)、被災者(3年以内)、高齢者居住安定確保法、障害者、子ども(18歳未満)を養育している者

▷国交省省令で定める者
外国人、中国残留邦人、児童虐待被害者、ハンセン病療養所入所者、DV被害者、海外からの引揚者、犯罪被害者、矯正施設退所者、生活困窮自立支援対象者、東日本大震災等の大規模災害の被災者(発災後3年以上経過)

▷都道府県や市区町村が供給促進計画において定める者
海外からの引揚者、新婚世帯、原子爆弾被爆者、戦傷病者、児童養護施設退所者、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)、UIJターンによる転入者、これらの者(住宅確保要配慮者)に対して必要な生活支援等を行う者等多様な属性の者

このままだと、どんな制度かよくわかりませんので、制度を少し分解して、①対賃貸者―「セーフティネット住宅」を登録する大家、②対入居者―「セーフティネット住宅」に入居を希望する「住宅確保要配慮者」に分けて、みていきましょう。

対賃貸者:大家の動機づけは十分か?

この制度は、大家による「入居者を拒まない住宅」(たいへんモヤモヤする言い方ですが)=「セーフティネット住宅」の登録が大前提となります。大家による物件の登録をうながすために、どのような制度設計が準備されているのでしょうか。ただ単に空き室が埋まり、同額程度の収入が入るだけであれば、家賃滞納や各種トラブルなどのリスクや手続きコストを踏まえると、大家は「住宅確保要配慮者」に貸し出すことを控えるでしょう。となると、経済的な支援やトラブル回避の仕組みがよほど充実していないといけません。どうでしょうか。

結論からいうと、支援の仕組みは十分ではありません。経済支援の中でも、家賃低廉化に関しては、そもそも自治体が経済支援の制度を持っていないと、国の上乗せの補助を受けられないという仕組みになっていたり、改修費に関しては、自治体が制度化していなくても国が直接補助金を出す仕組みをとっているのですが、バリアフリー、耐震改修、防火・消火対策、間取り変更などの総額が1戸あたり50万円上限となっています。大家がリスクを背負ってどんどん登録をはかるということは、正直、期待しにくい制度です。

残念ながら、自治体に対してこの制度を充実させるよう求めるのは財政支出の点だけを考えてみても、極めてハードルが高いことのように感じられます。「住宅確保要配慮者」の住宅を設け、積極的に当該自治体に招き入れることは、他の社会保障費負担の増加につながるからです。
実際、自治体の制度創設状況★6を眺めていると、自治体間で「セーフティネット登録住宅(専用住宅)への補助制度を創設している地方公共団体」は都道府県レベルではわずか8、市町村レベルでも44自治体しかなく、その支援メニューも限定されていることがわかります。

地域のニーズに応じて自由に設計可能な制度として、自治体に委ねた結果、「住まいの権利(居住権)」として誰もが「健康で文化的な住生活の基礎」の水準を満たした住宅を享受できるという制度という理想とは大きな隔たりがあるものになってしまっています。充実した制度を持つ都道府県や市町村に引っ越せればいいけれど、「ケア」を要する人たちが足による投票を積極的に行うことは、実際、とても困難です。

対入居者:「住宅確保要配慮者」にとっては使いやすいか?

さて、次に入居者に対する制度設計についてみていきましょう。

現在、登録されている「セーフティネット住宅」は全国47都道府県におよそ71万戸あるとされます。★7 この制度の利用対象者数は「低所得者の借家世帯のうち、高家賃負担が204万世帯、最低居住面積水準未満が100万世帯、合計304万世帯」★8とされているので、この登録数ではまだまだ足りないということになるのでしょうか。国交省の本制度の説明資料に同住宅の登録の数は掲載されていますが、実際に「セーフティネット住宅」にこの制度の対象者が何人マッチングされたか、入居したかの件数の情報は得られませんでした。

さてさて。ぜひ、皆さんも一度ここで、入居者の立場で、下記のリンクからご自身の住む都道府県、市町村の「セーフティネット住宅」を調べてみてください。

「セーフティネット住宅」の検索サイト

https://www.safetynet-jutaku.jp/guest/index.php

いかがでしたか。希望の条件にあうような部屋は出てきましたか。

上記のポンチ絵をみてみると、経済的支援の「矢印」は賃貸人、大家のみに向けられていて、入居者への家賃補助などの直接支援は見当たりません。「あなたの入居を拒みません」という住宅登録サイトができて、そこから家を検索したら、見つからなくて、見つかっても「連帯保証人や保証会社不要」というくらいで、家賃補助もなく、ただ、家賃も高いままやん!ということなのだとしたら、一体、この制度って意味あるの?と、ケアの側からみる正直な感想かと思います。

こんなふうに本制度は現状、「拒まない」住宅の登録制度があるだけで、その数も限定的だし、家賃の直接補助はないし、広さも変わらない、地域によって制度格差があるなど「セーフティネット」というには、あまりに頼りない気がします。最低でも「登録住宅」が市場価格より安くなるか、入居の際には直接、入居者が家賃補助を受けられるという仕組みがないと住宅「セーフティネット」と掲げるには、看板だおれではないでしょうか。

ただし、そうはいっても、本制度はこれまで十分ではなかった低所得・賃貸・単身者・若年・子育て世帯向けの良質で低価格の賃貸住宅(「ハード」)を用意し、そうした「ハード」を長持ちさせるための社会資源の配分(ソフト)をはかる、実質、我が国の唯一の政策です。

私たちはケアにかかわる「声」を自動的に拾って、制度設計してくれるような「ケア」の政治をつくれていません。そうしたなか、現場で私たちができるのは、どんなことでしょうか。

かかわらせてもらっているNPOで今年の3月にこの制度の一つのメニューである「居住支援法人」の指定を受けました。今回、内容に触れていませんが、先のポンチ絵にも出てくるマッチング、入居支援の活動を行う団体です。次回、この制度の使い手としてのレポートを行いたいと思っています。

最後になりましたが、いつも読んでくださり、ご意見くださり、ありがとうございます。この暑い夏を乗り切って、次回も元気でお会いできますように。無理されないでくださいね。また、お会いしましょう。



★1 「2022杉並区長選挙候補者インタビュー」、「西荻のこと研究所」ウェブサイト、2022年6月13日https://nishiogi.org/220619kuchointerviews/
★2 「握手会から着想…「私を杉並区に引き留めて」 候補者取材した大学生 「候補者の言葉の中に私がいるんだと感じた」と振り返る出来事とは。」、withnews、2022年7月5日https://withnews.jp/article/f0220705002qq000000000000000W07n10201qq000024895A
★3 国土交通省「住宅セーフティネット制度について」https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000055.html
★4 住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=419AC1000000112_20210520_503AC0000000030
★5 住宅確保要配慮者についてhttps://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001475162.pdf
★6 「セーフティネット登録住宅(専用住宅)への補助制度を創設している地方公共団体」(R3.9時点)
https://www.safetynet-jutaku.jp/docs/top_002.pdf
★7セーフティネット登録住宅の都道府県別登録戸数(R4.2.28時点)https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001475159.pdf
愛知県が突出して多く、2番目は埼玉県で、3番目が東京都という登録状況となっています(2022年2月末時点)。これはなぜでしょう。
★8 参考人坂庭國晴(国民の住まいを守る全国連絡会代表幹事)説明、第193回国会衆議院国土交通委員会会議録第7号(平成29年4月7日)。https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009919320170407007.htm

西本千尋 連載「ケアするまちづくり」
・その1 まちづくりの隘路──ケア不在の構造に抗する
・その2 エリアマネジメント — 誰がこの「まちづくり」を支持しているのか
・その3アフォーダブル(手頃な価格の)住宅を考える
・その4「ケア」の声を制度設計につなげる〜住宅セーフティネット制度について

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西本千尋
建築討論

にしもと・ちひろ / 1983年埼玉県生まれ。NPO法人コンポジション理事/JAM主宰。各種まちづくり活動に係る制度づくりの支援、全国ネットワークの立ち上げ・運営に従事。埼玉県文化芸術振興評議会委員、埼玉県景観アドバイザー、蕨市景観審議会委員ほか。