「ゲームのような建築」序説 ─── 青木淳論

[029 | 201903 | 特集:みんなはバラバラ ── 集団と造形]

浅子佳英
Mar 1, 2019 · 30 min read

21世紀に入りすでに20年が過ぎようとしている。ル・コルビュジェがドミノ・システムを考案したのが1914年。バウハウスの設立が1919年。そして、1921年には20世紀を通じ爆発的に普及したユニバーサルスペースとガラスのカーテンウォールをもったミース・ファン・デル・ローエによるフリードリヒ街のオフィスビル案が生まれている。100年経ったからといって何かが変わるというのは迷信のようなものだが、そろそろ新しい建築のマニフェストが必用だろう。というのも、ぼくたち建築家は未だに多かれ少なかれモダニズムに囚われたままであり、そのモダニズムは100年前という現在とはまったく違う社会システムの中で考案されたものだからである。

もちろん、筆者は20世紀後半に思想哲学の分野においてポストモダニズムの議論があったことや、建築の分野においてポストモダニズムの流行があったことを知らない訳ではない。ただ、現在では「建築におけるポストモダニズム」=「表層的な戯れ」という認識が人々の中にあまりにも強くこびりついてしまっており、しかも日本ではポストモダニズム建築とバブル経済との結びつきが強かったことも災いし、ポストモダニズムという言葉を使用して生産的な建築の議論を行うことは困難な状況にある。

さらに、20世紀後半から現在までの間、また社会は大きく変化した。中でもグローバリズムの発展とITの普及は、社会のあり方を根底から揺り動かすほどのインパクトを与えている。しかしながら、いまだ建築の理論はその変化にほぼ対応できていない。[1]

そこでここでは、現在の建築のための新たなマニフェストを素描してみようと思う。もちろん、そのような大掛かりなマニフェストをここで完全に書ききるのは不可能だ。それでもあえて大風呂敷を拡げようと思ったのは、それほどまでに現在の建築の理論を取り巻く状況が深刻であること。また、この特集のテーマが表象と受容というまさにその深刻さを象徴するものであったこと。そして、なにより、まずはβ版からスタートし、アップデートしていく方法が、現在という時代には合っていると思われたからである。

表象と受容の問題を考えるため、そして、現在の建築のための新たなマニフェストを素描するためには、ポストモダニズムと聞いただけで耳を塞ぐのではなく、改めてポストモダン=近代以後という現在が置かれた状況について、正面から向き合わなければならないだろう。とくに、受容論について考える際にも、その想定される受容者像が古いままでは、古い理論のままになってしまうからだ。

そして、ポストモダンについては、ポストモダンの新たな文学とはなにか、という問いに答えるかたちで「動物化するポストモダン」と「ゲーム的リアリズムの誕生」[2] の中で東浩紀が考察しており、以下の議論も基本的にこの2冊の考察をベースにしている。とくに、ポストモダンとポストモダニズムの違いについては、「動物化するポストモダニズム」の中で簡潔に定義してあるので引用しておこう。

今から三〇年ないし四〇年前、日本、ヨーロッパ、アメリカなどの高度資本主義社会では、「文化とは何か」を規定する根本的な条件が変容し、それにしたがって多くのジャンルが変容した。たとえば、ロックミュージックが台頭し、SFX映画が台頭し、ポップアートが台頭し、LSDとパーソナルコンピューターが生まれ、政治が失墜し、文学が失墜し、「前衛」の概念が焼失した。私たちの社会はこの巨大な断絶のあとに位置しており、したがって、現在の文化状況を、五〇年前、一〇〇年前の延長上に安易に位置づけることはできない。[中略]そのような断絶の存在は、専門家に限らず、多少ともまともに現在の文化に触れている人ならば、だれでも感覚的に察知できることだと思う。現代思想や文化研究の分野では、その常識的な直感を「ポストモダン」という言葉で呼んでいるだけの話だ。[─── 中略 ───] ポストモダンとは七〇年代以降の文化的世界を漠然と指す言葉だが、ポストモダニズムのほうは、ある特定の思想的立場(イズム)を指す言葉であり、はるかに対象が狭い。ポストモダンの時代には独特の思想がいくつも現れたが、そのうちのひとつが「ポストモダニズム」と呼ばれるものだった[中略]ポストモダニズムの思想は、六〇年代のフランスで生まれ、七〇年代にアメリカで成長し、八〇年代に日本に輸出された。それは元々、構造主義やマルクス主義や消費社会論や批評理論の集積からなる複雑で難解な言説であり、したがっておもに大学内で流通するものだった。ところがそれが日本では、八〇年代の半ば、若い世代の流行思想としてむしろ大学の外でもてはやされ、そして時代とともに忘れ去られた。[3]

「動物化するポストモダン」は2001年に出版されているので、30年前とは、1970年代のことだ。そして、建築におけるポストモダニズムは、上述の思想的立場であるポストモダニズムが現れたのと同じ頃(1977年)、チャールズ・ジェンクスによる「ポスト・モダニズムの建築言語」[4] が出版され、建築の分野でもこの言葉は流行することとなる。「ポスト・モダニズムの建築言語」の基本的な立場としてはモダニズムへの反動だが、ここではその内容には触れない。ややこしいのは、建築においては、ポストモダン建築という呼称も一般的に流通していることだ。建築においては、ポストモダニズム建築もポストモダン建築も同じものだと考えてもらって構わない。

一度整理しよう。建築はモダニズムという思想的立場があまりに強く、その反動から1970年代から90年代にかけてポストモダニズム及びポストモダン建築が流行した。ただ、日本では、ポストモダニズム建築の流行がちょうどバブルの時代と重なっていたこともあり、90年代後半以降、そのさらなる反動からポストモダンという言葉に対する拒絶反応が強くなり、モダニズム回帰を引き起こすこととなった。

ただ、繰り返すが、東の言っているようにポストモダンとは、70年代以降の文化的世界を指す言葉であり、ポストモダン建築ともポストモダニズム建築とも異なる概念だ。たとえポストモダン建築に嫌悪感があろうとも、ぼくたちが今、近代以後の世界にいるというその事実から目を背けては、現在という時代を、ひいては現在の建築を正面から語ることはできない。

建築の受容について考える時、この問題は未だに深く根をおろしている。というのも、上述の難解だとされる思想におけるポストモダニズムと、建築のポストモダニズムには接点がある。ポストモダニズムの思想のなかの、ジャック・デリダによる脱構築という概念(というよりは言葉)は広く普及し、建築にも輸入されることとなったのだ。1988年にはフィリップ・ジョンソンとマーク・ウィグリーによる “Deconstructivist Architecture”(脱構築主義者の建築)という展覧会がMoMAで開かれ、ジャック・デリダとピーター・アイゼンマンは、恊働で実際の建築「コーラル・ワークス」を計画してもいる。しかしながら、最終的にこのデリダとアイゼンマンの恊働は空中分解し、脱構築主義建築も阪神・淡路大震災の後、とくに日本では鳴りを潜めることになる。[5]

この思想と建築の恊働の挫折は、日本では表層的な建築への嫌悪とともに、難解な理論は受け付けないという、いわば受容の拒絶というかたちで人々に受容されてしまうことになる。筆者の考えでは、建築における生産的な理論が成立しないのは、このような歴史的かつ構造的な問題にある。そして現在、コミュニティやまちづくりなどがもたはやされる理由も「難しいことを考えず、とにかく行動する」という精神のあらわれだろう。

そしてもうひとつ、現在の受容論について考えるためには、その受容者像の更新も行わなければならない。繰り返すが、現在のぼくたちは近代が終焉した後の時代に生きている。近代とはいわば社会全体を通底するプログラムであり、その社会(近代社会)に生きる人に近代人であることを要請する。常識を身につけ、選挙に行き、勤勉に働き、家庭を持って子ども育て・・・というように、平たく言えば、大人になることを要請する。少なくとも、1970年代生まれのぼくたちが子どものころは、このように教育された(もしかすると未だに教育の現場では似たようなものなのかもしれない)。しかしながら、いま例に上げたこれらの項目のうち、誰にとっても自明だと言えるものはいくつ残っているだろう。

まず、現在のように混沌とした政治が行われているなかで、果たして選挙に行くことが本当に正しい道だと考えている人はどれぐらいいるだろうか。ネトウヨと呼ばれる桜井誠のような(疑似?)愛国者の一部は都知事選に出馬し、11万票と少なくない票数を集めているが(要はそれだけ多くの人が彼を当選させるために選挙に行っているが)これが正しい道だと胸を張って言えるだろうか。また、勤勉に働くことも現在ではブラック企業と見なされうるし、家庭と子育てに至っては、多様な家族像と性が推奨される昨今、あまりにも古い価値観に映る。

建築は社会のなかに存在している。たとえ建築の知識と技術が新しくなったとしても、そこで想定している人や社会が古いままでは、いくら建築の設計だけで趣向を凝らしてみてもその努力は徒労に終わるだろう。目まぐるしく変化する社会の中で、新しい建築をつくるためには、その基礎となっている社会や、人間像自体をまず先に更新しなければならない。

たとえば家族。現在のリビングルームを想像してみればいい。そこではかつてのような一家団欒という構図は崩れ、各自がバラバラにiPhoneやiPadを触っているだろう。ここ最近までリビングルームでその家族をかろうじて繋ぎ止めていたものも、テレビという前時代の遺物にすぎない。冷静になってよく考えてみれば、そもそも家族はバラバラなのだ。受験を控えた高校生と中年のサラリーマンとキャリアウーマンと小学生。いわゆる4人家族でさえ、所属も年齢もあまりに違う。今なら使っているSNSも違うだろう。しばしば住宅は、建築デザインの基礎とされてきた。 もし仮に、その家族像が変化しているのなら、住宅のデザインもアップデートすることが必要だろう。

とはいえ、これらは別段新しい議論ではない。近代の終わりは、大きな物語の凋落というかたちで様々なかたちで議論されてきたものだ。しかしながら、70年代当時の社会は、政治や文学も含め、大きな物語は弱体しつつはあったが、それなりに機能していたし、その力もまだ強かった。一方、2010年代の現在は、その力がいよいよ本格的に失われつつある。先程の家族の例はそのひとつだし、逆にブレグジットやトランプ大統領就任に代表される各国の右傾化はその反動だろう。

とくに建築は遅い。現在においてでさえも、建築家の作品の多くは、未だに四角く、モノトーンで、工業製品が多用され、いわばモダニズムのスタイルでつくられている。しかしながら、街を歩いてみれば、そのような建物はごく一部しかないことに気づくだろう。もっともらしい理由をいくらつけたところで、結局の所、建築家の間の中でモダニズムという一スタイルがあまりに長期に渡って流行しているからにすぎない。

そして、冒頭でも述べたように、1990年以降、グローバリズムの普及とITの発展はさらに社会を大きく変容されている。だからこそ、近代を乗り越えた上でさらに、グローバリズムの普及とITの発展を前提とした人と社会はどうなるのかについて考えなければならない。

建築から一歩外にでれば、新たな主体像は考察されている。近年においても、鈴木健による『なめらかな社会とその敵』[6] では、貨幣や選挙システムから法と軍事に至るまで、新たな社会システムを考案しており、この中では、分人という新たな主体像が提案されている。また、東浩紀による『観光客の哲学』[7] においても、「特定の共同体のみに所属する『村人』でもなく、どの共同体にも属さない『旅人』でもなく、基本的には特定の共同体に属しつつときおり別の共同体にも訪れる『観光客』」という新たな主体のあり方を提案している。まさに、グローバリズムとITが普及した後の人間社会について、ポストモダニズムの議論の際にしばしば考察されていた他者という問題をアップデートさせている。

さて、ここまでの議論で、現在のこの国の建築の理論は、成立させるよりはるか手前で、その受容の拒絶という歴史的、構造的問題を抱えていること。この問題により、建築においては、未だに古いモダニズムが理論としてもスタイルとしてもしぶとく生き残っていること。そして、この困難を乗り越えるためには、新たな主体像を考案する必要があることなどを明らかにしてきた。

それでは、その新しい主体像とはどのようなものだろうか。そして、その新たな主体が活動する場所=新たな建築とはどのようなものだろうか。ここでは、ある人工環境にその答えを求めたいと思う。それはまさに、近代の終わりとされる1970年代に誕生し、その後1980年代から子どもたちを中心に急速に普及し、さらにインターネットやスマートフォンといった新たな技術ともスムーズに融合した人工環境=「ゲーム」である。

なぜゲームなのか。建築は人がそのなかで活動することのできる人工物である。ゲームもまたプレイヤーという存在があって始めて成立する人が設計した人工物だ。建築もゲームもともに人によって設計された人工物であり、ユーザーの存在がいて初めて意味を持つという共通点を持つ。そして、ゲームは建築とは違い、複製が容易で、市場に晒されているために、短い時間にフィードバックを得ることができる。しかも先程も述べたように新たなテクノロジーに対して貪欲に融合してきた。ITとグローバリズムの普及を前提とした人工環境=「新たな建築」を考えるのに際し、これほど適した素材はない。

もうひとつのの理由は、ゲームという例を用いることで、近代人ではなく現在の人により近い新たな主体像が浮かび上がってくると考えられたからである。近代人でもなければ、消費者でもユーザーでもなく、プレイヤーとしての主体。いわばそこで「遊ぶ」主体である。

しかしながら、人生はリセットすれば何度でも生き返ることのできるゲームとは違う。生身の身体をともなった人間の生はゲームとは違うと疑問に感じた人もいるだろう。確かに人生のモデルがある程度単調で安定していた社会では、プレイヤーとしての主体という例は不適切かもしれない。それこそ近代社会ではそうだろう。しかし、いまでは人生の途中で別の社会(海外)を生きることも、何度も職を変えることも特別なことではなくなった。終身雇用制が崩れた現在では、一生同じ職場に所属し続けることの方が少数派になりつつある。

そして、現在ぼくたちは、コミュニケーションの多くの部分を対面ではなく、SNSなどを通じて行っている。そこでは、実名のアカウントだけではなく、匿名や架空のアカウントを使用したり、複数のSNSを使い分けることも一般的だ。さらに付け加えれば、現在の経済活動の一部は、しばしば、マネーゲームと呼ばれるように、誰が富を得るのかということに関しては、ほとんど運と変わらなくなってきている。少なくとも、労働の対価ということだけでは捉えることはできない。

最後に、胸に手を当てて冷静に振り返ってみて欲しいのだが、大事な仕事だという理由で仕事の邪魔をされた際に本気で怒る大人は、ゲームを邪魔された子どもとそっくりではないだろうか・・・。

もちろん、このような例えは、とくにある世代より上には、浅はかで子どもじみたものに映るかもしれない。しかし、そう誤解されることこそが、ゲームに例えたもうひとつの狙いでもある。どういうことか。

ぼくたちは現在、複数の文化や価値観が同じ場所と時間に共存する世界に生きている。現実にどれだけ実現しているかは別として、少なくとも理想としては共存しなければならないと考えられている世界に生きている。これはグローバリズムを前提とした世界を考える際に必然的に導かれる条件である。さらに、日本を含め、近代化に早く成功した国々は、ほぼ少子高齢化という構造的問題を抱えている。今までのように単純な右肩上がりの成長を見込むのが困難になり、従来のやり方が通用しなくなっていく。そしてまた近い将来、中国とインドの発展により、西欧中心的な社会から、再びアジアを中心とした社会に変わることは避けられそうにないし、AIが本格的に普及すれば、働くことについての考え方も根本的に考えなおさなければならないだろう。

これらの事実は、社会の基盤とする前提条件そのものに揺さぶりをかける。信じられている常識自体の変更をせまる。複数の価値観が共存するためには、各自が信じた常識が唯一のものではなく、他の価値観があることを人々が認めなければならない。また、社会の前提条件が変わるということは、自らが信じている常識を捨て、新たな常識を学ばなければならない。そこではある意味で「常識ある大人であること」が邪魔をすることになるのだ。

ここで想定しているプレイヤーとしての主体は、いわば大人にならない主体である。これまで、ゲームをより狭義のビデオゲームの比喩で主に使用していたが、実際にはより広義の「遊び」という概念を含むものとして捉えている。そして「遊び」は、 ゲーム研究者の井上明人が述べているように「学び」と切り離せない。「人が遊んだり、ゲームをしたりするときに、その人は間違いなく『何か』を学んだり、習熟する機会を得ている。鬼ごっこは身体トレーニングになるし、ままごとは社会的な対人技能の獲得に貢献している」[8]

人は遊ぶ時に同時に何かを学んでいる。しかもそれは狩猟採集社会の時代から変わらない。狩猟採集民の子どもたちの遊びは、「狩りや植物採取といった行為に関わるものが多くを占め」、それはそのまま「生活していくための実質的な訓練として機能している」。

建築は相対的に他のジャンルに比べ、歴史も長く、扱う規模も大きいため大きな物語の失墜を意識しにくいジャンルだった。しかし、さすがにこれほどまでにその基盤である社会が変容している時代には、自明であると思っていたものを疑い、自らのOSをアップデートし続けなければならない。いくら、その上の技術が高くても使えないものになってしまうからだ。 自身の常識を疑い、学び続けること。 個人としても集団としても複数の世界を生きること。そしてそれを楽しみながらできる状態をつくること。建築にとってのゲームはこれらを実現させるためのヒントを与えてくれる。建築をたんなるウツワとして考えていたのでは上手くいかない。今こそぼくたちは「ゲームのような建築」について考えなければならない。

「ゲームのような建築」をより具体的に検討するために参考にしたいのが、青木淳の「原っぱと遊園地」[9] である。というのも、平易な言葉で語られているが、ポストモダンについて真摯に向き合った、21世紀以降に出版された数少ない建築理論書のひとつであり、いま読み直すと、青木淳は建築を「ゲームのような建築」として捉えているように読めるからである。しかもこのなかでは、受容者としての青木淳と設計者としての青木淳がしばしば入れ替わりながら、まさに表象の問題をも扱っている。

「原っぱと遊園地」は、複数の独立した論考が並んだ書物である。ただそれぞれ関連もしており、とくに本を通じて「自由」が重要なテーマのひとつとなっている。本と同じタイトルの論考「原っぱと遊園地」もまさに自由が重要なテーマだ。

このなかで青木淳は、与えられた遊びを享受するしかない「遊園地」と、ユーザーが自由に遊びを発見していける「原っぱ」というかたちで世界を(雑な区分だと断りの上で)ふたつに分け、現在では、原っぱ的な空間が失われ、遊園地的な空間ばかりがつくられていると嘆いている。

なぜなら、青木淳によれば、遊園地的な建築は「演出されて」おり、「どういう楽しさを子供が得られるか、それが最初に決められ、そこから逆算してつくられている」からである。だからこそ、そのようにつくられた場所は「押しつけがましく、人の心にまで土足で上がり込む」ようなもので、「一件自由に見えても、その自由は見えない檻の中の自由」である。その逆に、原っぱ的な建築はいたせりつくせりではないけれど、自由である。この論考の中での青木淳は、建築家というよりは受容者として、素直な感覚を元に語っている。

一方、「決定ルールとオーバードライブ」は設計論であり表象論である。強引に圧縮すれば、以下のような命題が導きだせるだろう。

a)ナカミとカタチは一致しない
b)決定ルールは無根拠である
c)構成と表現は分離している
d)決定ルールが暴走した時に原っぱは生まれ得る

建築はその性質上、ナカミとカタチを持っている。モダニズム以降はこのふたつを分割不可能なもの、もしくは一致していること=正しいものとして扱ってきたが、青木は当たり前だとされているこの構図自体への懐疑から議論をはじめる。順を追ってみてみよう。

そこで行われる活動=ナカミ=プログラムは、あくまで活動なのでかたちではない。だから当然、a)ナカミとカタチは一致しない。

もちろん、その活動を実現させるかたちはあるが、ただ逆にそれはほぼ無限に存在する。そして、無限に存在する以上、そのいずれかを選ばなければならないが、仮に個人の好み以外の方法で決めるとなると、なにかしらのルールに即して決定する意外にない(政治的な方法も示されるがこれは青木によって放棄される)。決定ルールとはこのルールのことだ。そして、決定ルールによってカタチを決めるのだが、その決定ルール自体を決めるルール(メタ決定ルール)は存在しない(より正確にはここも個人の好みや政治以外にない)。その意味で、b)決定ルールは無根拠である。

そして、構成と表現の分離については、自作の遊水館を例に挙げながら、構成と表現はそもそも分離しており、仮に一致しているように見える場合は、表現をニュートラルにすることで、「一致しているように見せている」だけだということを明らかにする。 c)構成と表現は分離している。

最後に、ここが肝でもあり、分かりにくい部分なのだが、どのような決定ルールも無根拠であるならば、仮の決定ルールを設定し、暴走(オーバードライブ)させることで設計者の恣意性を逃れ、受容者が自由だと感じる空間=原っぱ的な空間がつくれるのではないかという仮設を立てる。なので d) のみはあくまで仮設である。青木自身の言葉を借りれば、「構成と表現はどうしたって分離している。自立した決定ルールはその両者を串刺しにする」と説明されている。ちなみにここで想定しているのは、フランク・ゲーリーによるビルバオ・グッゲンハイム美術館である。 d)決定ルールが暴走した時に原っぱは生まれ得る。

強引に原っぱ論を要約すれば、このような内容である。そして、この理論には続きがある。「決定ルールとオーバードライブ」は青森県立美術館が完成する前に、いわばそのマニフェストとして書かれているのだが、美術館完成後の西沢立衛との対談のなかで、互いに重要な指摘をしているのだ。 少し脱線するが今回の議論に関する重要な部分なので紹介しておきたい。

青木淳の指摘は、上記の理論から自動的に導かれる。a)とc)を見れば分かるように、構成と表現の話はナカミとカタチの議論とパラレルな関係を持っている。そしてナカミとカタチが一致しているように見えるのは、そう見えるように設計されているだけだということを暴露する。モダンもそれに続くミニマルなデザインもたまたま広く建築家に流行しただけで、たんなるスタイルのひとつでしかないことを明らかにする。この指摘は、青木がポストモダンについてどれだけ真摯に向き合っているかを示す重要な部分だろう。

一方の西沢立衛は、青森県立美術館を実際に訪れた印象として、「ルールをつくる時の客観的で論理的な、マスターアーキテクトのような青木さんと、それを壊していくもうひとりの、アーキテクトもしくはアーティストのような青木さんがいるような気がする」と語っている。この指摘はこれまでの議論を踏まえれば、より単純に「青木さんは受容者の前に先に遊んでいるのではないか?」という風にも受け取れるだろう。

さて、話を本題に戻そう。設計者の恣意性や作為性は消し去りたい。一方で、プログラムと一対一で対応した空間は息苦しい。青木淳の理論はしばしば矛盾を孕んでいる。しかしその矛盾は、単に建築を遊ぶための場所として言い切れなかった所にあるのではないか。

僕たちは建築ができた後、僕たちが考えた以上の「使い方」をされて欲しいのです。

例えば青木のこのような発言は、端的に建築で遊んで欲しいと言っているようなものだ。まさに、青木がここで求めているのは、いわば遊ぶ主体=プレイヤーなのではないか。

現在は、用途地域でその場所に建てられる建築の種類が制限され、建築基準法によって建築のなかの活動(プログラム)が制限されている。しかし、誰もが本当は知っているように現実には想定通りには使われていない。しかも、多様な生き方や働き方や住まい方が推奨されているという時代のなか、これらのルールは現実に即していない。少なくとも読み替えが必要だろう。

もうひとつ重要なのは、建築はどれだけ自由に使えるように設計されていたとしても、いきなりは使えないということだ。新しい人工物をいきなり使うことはできない。不特定多数の人が使うとすればなおさらだ(特集のテーマに答えておくと、モニュメントも育ててきた価値観や文化などを形態に落とし込むのか、もしくは、新しくできたカタチを人々の間で共有し育てていくのかという前後の違いはあるものの、育てるという過程が必要だろう)。

そこで、青木が原っぱをユニバーサルスペースとして定義していないことの重要性が浮かび上がる。原っぱは何もない空間ではない、土管や砂利があり、遊ぶためのきっかけがある。

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VS.スーパーマリオブラザーズ|任天堂HPより, https://ec.nintendo.com/JP/ja/titles/70010000003433

再び、井上明人の議論を引き出せば、初期のコンピュータ・ゲームを牽引したゲームセンターは、100円で10分間程度遊ぶという制約上(長時間遊んでもらっても店としては困るからだ)、ゲームの魅力とゲームのルールをわずか数分間で伝えなければならなかった。そのなかで膨大なノウハウが蓄積された。レベルデザインはそのための手法のひとつだが、有名なスーパーマリオブラザーズでは、ゲームマップのなかに「覚える場所」、「実際に遊ぶ場所」、「応用する場所」、「極める場所」が周到に配置されており、「プレイヤーは単にマップの中を走り回っているだけで、知らず知らずのうちにゲームの遊び方を身につけていく」。しかもそれは、ゲームクリエイターの宮本茂によって極めて自覚的にそう設計されていた。また井上は、逆にレベルデザインを使わなかった事例として、セカンドライフを上げている。「「セカンドライフ」は何でもできる。しかし、何かをするためのプロセスのデザインが十分ではなかったのだ」という井上の指摘は、建築にも鋭く突き刺さる。そして、そこでは原っぱが重要性を帯びてくる。

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潟博物館, 新潟, 1997|© 2019 Jun Aoki & Associates

平易な文体や、原っぱや遊園地という分かりやすい例えも、「難解な言葉は受け付けない」ということが前提となった社会のなかで、それでもなお、ポストモダンの問題をいかにして引き継ぎ、更新させ、さらには読ませることができるのかということに真剣に向き合ったからに他ならない。ある意味で青木は理論の水準でもレベルデザインを行っていると言える。

また、「ゲームのような建築」という概念をもとに考えれば、動線体もまさにゲームのような建築として再解釈することができるだろう。テニスゲームや将棋のような対戦型のゲームではなく、プレイヤーがつくられた世界の中を自由に動き回ることのできる、RPG(ロールプレイングゲーム)のような空間自体を楽しむゲームである。

もうひとつ、青木淳がテーマパークに正面から向き合った数少ない建築家である事実を忘れてはならない。遊園地=テーマパークは、自然発生的にできた街や都市とは違い、人によって設計された完全な人工環境である。そしてゲームも同様に人によって設計された完全な人工環境である。その意味で両者は近い存在である。

「原っぱと遊園地」は、横浜美術館と廃校になった牛込原町小学校を共に展示室として見た場合の対比からはじまっている。牛込原町小学校で行われた展覧会では、アーティストは小学校という美術を展示するには通常考えると不向きな空間を創造的に読み替え展示を行っていた。これまでの議論を前提に立てば、いわば自由に遊んでいた。ただ、論理的に考えれば分かるように、遊園地でも想定されていない遊び方をすることは可能である。実際、年間パスポートを持っているようなヘビーなディズニーランドファンはアトラクションに乗らないという人も多い。 乗る場合もファストパスを用いて、「いかにして効率的に多くのアトラクションに乗れるか」という別のゲームを楽しんだり、友人達と集団でコスプレを楽しんだり、 パレードの(普通は誰も知らない)特定のダンサーを追いかけたりと、もとあったモノをきっかけにして、新しい遊びを発見している。土管をきっかけにして遊ぶのが得意な人もいれば、小学校を読み替えて作品を展示するのが得意な人もいれば、遊園地のような場所で新たな遊びを発見するのが得意な人もいるというただそれだけのことだ。そして繰り返すが、このように複数の世界が平行して存在していることを認めるためにも、建築や社会や世界を一枚岩で捉えるのではなく、「ゲームのような建築」として捉えることが重要なのである。

おしつけがましい空間をつくりたくない、建築をつくることで人を拘束したくない、自由を奪いたくないという感覚を持つことは重要だろう。ただ、どこに自由を感じるかは人それぞれだ。遊園地で遊んでいる人たちに向かって「あなたたちは自由を奪われている」と告発したところで無意味である。そればかりか、特定の自由を押しつけることは、その人の自由を奪うことにつながってしまう。そして、自由に対する感覚も時代によって変わってくる(例えばプライバシーに対する感覚は、これだけあらゆるものがデータ化され利用されている以上、早晩更新されるだろう)。

ぼくたちが考えなければならないのは、どのようにすれば人々が遊び続けられる空間をつくることができるのかという問題なのである。

青木淳に唯一盲点があるとすれば、射程の長い理論を構築しているにも関わらず、遊園地という分かりやすい仮想敵を設定し、二項対立というこれまた分かりやすい構図にすることで、自分の理論の可能性を狭めてしまったことだ。そもそも新興住宅地が開発された時に生まれた原っぱという比喩も、そのうち新しい世代には通じなくなってしまうだろう。少なくともノスタルジーと誤解される事態は避けられない。

そうでなくとも、原っぱという響きは、計画の限界、計画の失敗、計画の放棄などを連想させてしまう。まるで計画など存在しないほうが、人の自由のためには良いことなのだと思わせてしまう。実際、原っぱは、時間的にも空間的にも計画なし得なかった隙間として、計画が途中で放置された結果として生まれている。現在のように、あらゆるものがデータ化され、その意味であらゆるものが設計されたものとして扱われるこの世界では、原っぱという例えはもはや適切ではない。ただ、その理論の中核は現在でも十分な射程を持っている、だからこそ、ゲームのような建築としてアップデートすることが重要だろう。なにより青木淳自身がこのように語っている。

決定ルールが自律しているということは、[─── 中略 ───] ちょうどゲームがそうであるように、ものごとがあるルールにのみしたがって決まっていて、そのルールがなぜそうなっているのか気にならないくらいまでに、その厳密な運用自体に集中できているということである。

ゲームという単語が使われているという事実以上に、この一文から、より狭義のビデオゲームやテーマパークを連想するのはさほど困難ではないだろう。ドラゴンクエストであれ、ディズニーランドであれ、ゲームもテーマパークも「キャラクターの住む虚構の世界」というルールで厳密に設計、運用されている。だからこそ、プレイヤーはそれが虚構の世界だと頭では理解した上で、なおその世界に没頭して遊ぶことができる。そして、このキャラクターの存在が非常に重要なのだが、さすがに文字数も尽きた。

現在のぼくたちに必要なのは、計画の放棄でもなければ、ましてや設計の放棄でもない。まったくその逆に、より詳細で緻密な計画と設計と運用なのである。

[1] もちろん、21世紀以降に発表された中にも有益な建築理論はわずかだが存在している。中でもレム・コールハースによる「ジャンクスペース」はグローバリズムの発展と建築と都市との関係を氏特有のシニカルな視点を交えつつ鮮やかな手つきで描いている。

[2] 東浩紀『動物化するポストモダン』(講談社現代新書、2001年)、同『ゲーム的リアリズムの誕生ー動物化するポストモダン2』(講談社現代新書、2007年)。今回の論考は内容の水準でもこの2冊に大きな影響を受けている。とくに時代認識の部分と新たな環境下で生まれた新たなリアリティのあり方を読み解いていくという部分では、ゲーム的リアリズムに強く影響を受けて書かれている。

[3] 前掲書 p15, p17

[4] チャールズ・ジェックス『a+u 1978年10月臨時増刊号 ポスト・モダニズムの建築言語』(エー・アンド・ユー、1978年)

[5]コーラル・ワークスの経緯については右に詳しい。「Socrate non-performatif — Jacques Derrida+Peter Eisenman『Choral L works』」(東浩紀『郵便的不安たち』朝日新聞社、1999年 所収)

[6] 鈴木健『なめらかな社会とその敵』(勁草書房、2013年)

[7] 東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』(株式会社ゲンロン、2017年)

[8] 井上明人「ゲームはどのように社会の問題となるのか」(東浩紀『ゲンロン8 ゲームの時代」』株式会社ゲンロン、2018年 所収)

[9] 井上明人『ゲーミフィケーション』(NHK出版、2012年)

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青森県立美術館, 青森, 2007|© 2019 Jun Aoki & Associates

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浅子佳英

Written by

あさこ・よしひで/東北大学非常勤講師/1972年神戸市生まれ。2010 年東浩紀と共に合同会社コンテクチュアズ(現ゲンロン)設立、思想地図 βvol.1、vol.2 出版後退社。商業空間を通した都市のリサーチ、批評、設計活動を行う。著書に『TOKYO インテリアツアー』(安藤僚子との共著)。

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