コモンズ論再考──コモンズとコモン化(commonig)について

連載:後期近代と変容する建築家像(その5)

松村淳
建築討論
Nov 12, 2022

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はじめに

近年の建築をめぐる議論においてコモンズが一つのキーワードになっている。卒業設計や学生の設計コンテストに出展される学生の作品は、それ自体がコモンズとなるような建築や建物の一部を地域に開放しコモンズとして機能させようとする意図を示しているものも少なくない。

2000年代初め、筆者が二度目の大学生として建築を学んでいた大学における設計課題においても、常に周辺環境(コミュニティ)へのポジティブな影響を勘案した建築を構想することが求められていた。

公共建築において、近年よく耳にするワードとして「開かれた庁舎」というものがある。

昨年、竣工した岐阜市役所新庁舎のオープニングセレモニーでは、挨拶に立った市長が「開かれた庁舎、集いの場として利用いただき次世代に継承したい」と述べている★1。また、2020年に開庁した埼玉県の深谷市新市庁舎は、「人にやさしく、市民にひらかれた庁舎」を謳っている★2。

近年のこうした動きは、市庁舎という建築をコモンズとして意識的に位置づけようとするムードの盛り上がりを示唆するものである。もちろん、これまでにも公共建築計画において、そこを市民に開かれた空間にしようとする動きは随所で見られた。こうした長期的に展開されてきたな傾向を勘案しても、ここ数年の公共建築のコモンズ化を目指す動きは特筆すべき状況であると考える。

こうした動きは、民間レベルでもみることができる。筆者は2022年に上梓した『建築家の解体』(ちくま新書)において、「街場の建築家」の実践として、空き家リノベーションを軸としたまちづくりの事例をとりあげた。日頃、まちづくりの現場をフィールドワークしている研究者の肌感覚としても、建築家やまちづくりのプレイヤーたちの多くが、新築やリノベーションを通して、コモンズの創造を目指しているように感じるのである。

しかし、一般的にはまだまだコモンズという概念は人口に膾炙する状況にはなく、コミュニティと混同して使われている状況も散見される。当人たちもコモンズを作っているという認識が無い場合も多い。

そこで今回は、コモンズの創造をめぐる建築・まちづくりシーンを記述分析するための有用なツールとなりうるコモンズ論を整理しておきたい。

コモンズ論の展開

そもそも、コモンズとは何を指すのか。現代社会学事典によると、コモンズとは地域社会が共同で維持管理している自然環境のことであり、共同管理のしくみそのものを指すこともある。具体的な例としては、森林、草原、河川、漁場などが挙げられる。

コモンズが現代的課題として注目されるようになったのは、ギャレット・ハーディンが1968年に論文「コモンズの悲劇」を発表してからである。ハーディンの議論は、牧草地が私有地であれば、所有者は牛が牧草を食べ尽くさないように細心の注意を払って管理する。しかし、牧草地が共有地であれば、牧人は放牧している牛をとにかく腹いっぱい食べさようとする。しかし、他の牧人も同じような行動をとれば牧草地の草は食べ尽くされてしまい、緑豊かな牧草地は荒漠たる荒れ地と化してしまうのだ。

ハーディンの議論は、個人の利益を最大化しようとするのは合理的な行動であり、非難されるべきものではないが、結果として社会全体の不利益をもたらしてしまう、という社会的ジレンマ★3に対する警鐘である。

牧草地を公園や街路に置き換えれば、現代の都市に暮らす我々が直面する問題とも地続きとなる。都市のコモンズについて精緻な議論を展開したのが、デヴィッド・ハーヴェイである。コモンズの古典的な理解であれば、公共空間および公共財(たとえば下水設備、公衆衛生、教育など)がコモンズとして挙げられるだろう。しかし、こうしたコモンズになりうる要素は、自然の森や河川や草原と異なり、国家権力や公的行政によって提供される性質のものである。だからこそ、ハーヴェイは、公共空間および公共財(たとえば下水設備、公衆衛生、教育など)とコモンズの区別が重要であると述べる(Harvey 2012)。つまり、コモンズは特殊な種類の物や資産でも、社会的過程でもないのである。

コモンズからコモン化へ

それでは、現在私たちはどのようにコモンズを理解すればよいのだろうか。ハーヴェイは以下のように述べている。

それはむしろ、不安定で可変的な一つの社会関係として解釈されるべきである。
この関係の一方の項には、自己規定する特定の社会的諸集団がおり、他方の項には、既存の(あるいはこれから創造される)社会的・物的環境のうちその集団の生存と生計にとって重要だとみなされている諸側面が存在する。つまりそこには、コモン化する(commoning)という社会的一実践が存在するということである。( Harvey 2012:130–131)

コモンズは「そこに必ずものや場所、空間を媒介している」(待鳥・宇野2019: 37)ところに公共性一般とは一線を画している。とはいえコモンがある特定のモノや場所に備わった性質ではなく、生々流転する社会的過程の中にある動態的な存在であることは重要な指摘である。ハーヴェイはそれを「コモン化」と呼んでいる。

それでは、コモン化には何が必要なのだろうか。

この実践は、あるコモンとの社会関係を生産ないし確立し、そのコモンは、一個の社会集団に排他的に利用されるか、多様な人々全員に部分的ないし完全に開放されて用いられる。コモン化という実践の中核に存在している原則は、社会集団と、それを取り巻く環境のうちコモンとして扱われる諸側面との関係が集団的で非商品的なものだということである。すなわち市場交換と市場評価の論理は排除される(Harvey 2012: 132)。

ハーヴェイは、公共空間や公共財は、コモンズの質に大きく貢献するが、それらを人々が領有したり、コモンズにしたりするためには、市民サイドの政治活動が必要となると述べている。つまり、コモンズは所与のものではなく、コモンズを創造し、そこを活用し続けていくためには、ユーザーの不断の努力が不可欠なのである。

コモン化の実践者としての建築家

ここまで、ハーヴェイの議論を援用しながら、コモンズを考えるうえで、ある特定のモノや場所をコモンズとして定義するのでなく、コモン化という動態を注視していくことが重要であると述べてきた。

筆者は、近年の地域に根ざした職業実践を展開する建築家を「街場の建築家」と呼んで、その活動を注視してきた。「街場の建築家」とは、ざっくり言えば、中央集権的な「建築家〈界〉」の機序に与することなく、それぞれの地域を基盤とした設計活動を行っている建築家のことである。人口減少が著しい地方都市では、プレイヤー★4の流入が、街の活性化の成否の鍵を握っていることがある。「街場の建築家」はそうしたプレイヤーのための住まいや店舗といった建築を、主としてリノベーションを軸とした手法で整え提供するのである。建築家は、まちづくりの現場において大きなプレゼンスを発揮し始めているのである。

彼らの実践は、いわゆるリノベーションに建築家のデザインセンスを注入することで、その不動産的価値を上げていくというだけのものではない★5。

上記で引用した箇所でハーヴェイが述べているように、コモン化において「市場交換と市場評価の論理は排除される」べきものである。もちろん、そこで物品の売買などを含めたアクティビティが展開されることを否定しているわけではない。不動産価格を吊り上げるための、一種の投機的な仕掛けとしてコモンズが計画されることが望ましくないのである。

さて、それでは建築家によるコモン化の実践とはどのようなものだろうか。詳しくは次回に述べる予定であるが、少し先取りして紹介しておきたい。

もっとも端的な事例は、建築家が自らリスクを取って、街のプレイヤーとなる、という実践である。たとえば、建築家の嶋田洋平は雑司ヶ谷にある自身の設計事務所の1階部分に神田川ベーカリーというパン屋をオープンし、その経営にも従事している。兵庫県宝塚市にある門前町、清荒神(きよしこうじん)を拠点に設計活動を行う奥田達朗は、awaiというシェアハウスを運営し、自らもそこに暮らしている。神田川ベーカリーも、awaiも業態こそ違えど、街のコモンズの一つとなっている。

次回はこうした街場の建築家によるコモン化の事例を紹介しながら、さらにこのテーマを深堀りしてみたい。■

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★1:CBCニュースよりhttps://www.youtube.com/channel/UCh5mvJtIWycou5b8smpBuxA
★2:「深谷市新市庁舎パンフレット」を参照
http://www.city.fukaya.saitama.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/78/panfu%20ura%20web.pdf
★3:個人に協力もしくは非協力の選択肢が与えられているとき, 非協力を選んだほうが個人の利得は大きくなるが, 集団としては全員が協力を選んだときよりも全員が非協力を選んだときのほうが利得が小さくなってしまう状況のことを指す。
★4:ここでいうプレイヤーとは、商売や起業をしようと移住(Uターン、Iターン等)者や地元の住民であり、地域愛が強い者を指す。
★5:老朽化したインフラをコモンズとして活用する動きは世界各地で見られる。しかし、ニューヨークのハイラインのように、そこが名所化することで周辺の不動産価格が上昇し、ジェントリフィケーションが発生するという事例もある。

参考文献
Hardin, Garrett、1968,「The Tragedy of the Commons」『Science』162巻3859号p.1243-p.1248
Harvey, D., 2012, Rebel Cities, Verso.(森田成也ほか訳 2013 『反乱する都市』作品社)
Dawes, R. M. (1980). “Social dilemmas”. Annual Review of Psychology 31: 169–193.
待鳥聡史・ 宇野重規、2019、『社会の中のコモンズ』白水社。

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松村淳
建築討論

まつむら・じゅん/1973年香川県生まれ。関西学院大学社会学部卒業。京都造形芸術大学通信教育部建築デザインコース卒業。関西学院大学大学院社会学研究科博士後期課程(単位取得満期退学)。博士(社会学)・二級建築士・専門社会調査士。専門は労働社会学、都市社会学、建築社会学。関西学院大学社会学部准教授。