【6月号先行公開】コロナ禍からの展開 ── ビエンナーレ日本館チーム再始動へ《前編》

202006 特集:建築批評 第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示《ふるまいの連鎖:エレメントの軌跡》|Restart from the Pandemic ── Interview to the Japan Pavilion Team for the Venice Biennale International Architecture Exhibition, part 1

建築作品小委員会
建築討論
24 min readMay 19, 2020

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門脇耕三|岩瀬諒子|木内俊克|砂山太一|長坂常|長嶋りかこ|福元成武|元木大輔

日時:2020年4月25日
場所:オンライン (zoom)
聞手:能作文徳(青井哲人|川井操|伊藤孝仁|川勝真一|辻琢磨|吉本憲生)
編集:中村睦美

展覧会の会場構成アクソメ図(© DDAA + villageⓇ)

ヴェネチア・ビエンナーレの延期、日本館チームの現状

能作文徳:作品小委員会では、2020年5月23日から開催予定であった「ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2020」の現地インタビューの企画を立てていました。

門脇耕三さんを中心とした日本館チームの「ふるまいの連鎖:エレメントの軌跡」は、解体した木造住宅の部材をヴェネチアに送り、現地でアドホックに再構成するというコンセプトです。現代社会でますます激しくなっている「移動」を見せることや、建築家、施工者、デザイナー、研究者、編集者が一体となって巻き込まれていくようなプロセスにも独自性があります。

しかし、新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、本展示の開始が延期されることが決まりました(当初は2020年5月23日の予定だった開幕を、8月29日に延期することが3月4日にビエンナーレ財団より発表され、さらに5月18日に、会期を2021年5月22日-11月21日に再延期することが公式HPより正式に発表された。なお、インタビューは再延期の発表前に収録)。コロナウィルスの世界的な蔓延はグローバルな移動にも起因しており、まさに今回の「移動」というコンセプトと地続きであるように感じます。そしてヴェネチアは昔から感染症に悩まされてきた歴史があります。隔離、検疫を意味する英語「quarantine」の語源はイタリア語のヴェネチア方言「40日」で、14世紀ペストが大流行した際の隔離の期間を表しているそうです。こうした感染症の歴史をもつヴェネチアという場所、そして現在のコロナウィルスの蔓延と日本館のテーマ「移動」が、偶然にも一致していると感じました。現在の延期の状態も、日本館展示のプロセスの一部として捉えられるのではないかと思います。

まずは展示の延期を受けて、プロジェクトは今どのような状況にあるのでしょうか。延期の事態を受けてどのような議論がされたのか、ヴェネチア・ビエンナーレ財団や、日本館展示の主催者である国際交流基金、そして他の国のキュレーターとの連携についてもお聞かせください。

門脇耕三:よろしくお願いします。さかのぼると、2020年2月22日に最後の全体ミーティングを行い、その後は個別の調整を重ねた上で、3月末から現地に乗り込むつもりでした。4月20日にいったん展示を完成させる工程で手配を進めていたのです。ところがご存知の通り、2月以降イタリアでは感染者が爆発的に増加し、都市は封鎖され、市民生活もままならない状態になりました。バラした木造住宅はコンテナに積まれて2月3日に東京湾を出港し、3月の中旬にはヴェネチアの港に着いたはずなのですが、イタリアのすべてが止まってしまったため、港からの海路でスタックし、4月25日現在も日本館に届いていない状態です。われわれとしても、イタリアの状況は早い段階から注視していたのですが、展開は急激でしたね。2月21日に新型コロナウィルスによるイタリア初の死者が出たというニュースがあり、翌日の2月22日のミーティングで、ビエンナーレ延期の可能性も想定しておこうという話をした覚えがあります。ただし、この時点ではあくまで「万が一」という感覚でした。その後は国際交流基金ローマ日本文化会館のローカルコーディネーターと連絡を取り合い、随時状況を確認していました。2月末の時点では、現地は普段とあまり変わらず、報道されているほどひどい状況ではないと聞いていましたが、一気に状況が変わり、3月4日にビエンナーレ財団が延期を表明し、3月8日からヴェネチアも移動制限の対象とされてしまった。われわれとしてもどうしようもない状態です。その後は東京でも本格的に感染が広まり、コロナ禍のリアルな実感をもつようになりました。そして、コロナ禍に対してわれわれがどうアクションを起こすかについての最初の話し合いが今回の座談です。日本館展示はプロセス自体を見せることがコンセプトですので、この状況は展示内容に当然反映されるものだと認識しています。

また、今回の「ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」全体でも、コロナ禍に対する国際的な連帯の動きが始まりつつあります。きっかけは4月21日に届いた韓国館のキュレーターHae-won Shinさんからのメールです。その内容は、本来のオープニングの日であった5月23日に、オンラインで各国のキュレーターが集まって議論し、ビエンナーレ財団に対して何らかの共同声明を出してはどうかという提案でした。日本館キュレーターとしてはぜひ参加しますと返事をしています。現在把握している範囲では6カ国が参加の意思を表明しているようです(注:2020年5月7日時点で21カ国まで増加)。ヴェネチア・ビエンナーレは万博やオリンピックのように「国別に競い合う」側面があるのですが、今回の韓国館からの提案を皮切りに連携が始まり、新たな局面が生まれそうな予感がしています。

また、日本から企画出展作家の一人として建築家の海法圭さんが選ばれています。彼も同様にこの状況に困っていて、情報をシェアしつつ今後どういう可能性が見出せるかを一緒に考えています。先ほどの国際的な連帯はもちろんのこと、国内でもさらなる連帯が生まれればと思っています。

能作:ありがとうございます。2019年のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展でもコレクティブの状況を展示する韓国館との情報交換がありました。こうした状況だからこそ生まれる連帯があるのかもしれません。国際交流基金としても大変だったのではないでしょうか。

門脇:国際交流基金はほかにもさまざまな海外のプロジェクトを抱えているので、大変な状況だと思います。先もまったく読めないですしね。今回のビエンナーレも、現時点では8月29日開幕となっていますが、再延期の可能性も想定せざるをえません。しかし、さらに延期されるとヴェネチアは経済危機に瀕するのではないかとの懸念もあり、ビエンナーレ財団はいまのところ開催に意欲的だと聞いています。ビエンナーレがヴェネチアの経済の一役を担っているという大きな自負があるんですね。とはいえこの先の状況次第では、1年丸ごと延期もありえるでしょう。

岩瀬諒子:延期期間が数カ月か1年かによって、コロナ禍の認識も変わってくるだろうと思います。今回の事態を受けて、日本館展示のプロセスにコロナ以降の動きを反映するとして、どういう据え方とスケールで思考するべきか、状況とともに考えていく必要がありそうです。

能作:2月22日の打ち合わせ時点では具体的にどういった話し合いを進めていたのでしょうか。

門脇:この時点では直接的な対応の話はしていませんでした。しかしわれわれの提案は現地で日本の職人さんが作業の一部を担うというものですので、現在は特に施工チームに大きく影響が出ています。3月20日から現地の施工者と共同で作業を始める予定で、メンバーの福元成武さんには職人さんたちを組織するとともに段取りをはじめてもらっていました。建築家と設計の詳細を詰め、工程を組み、資材調達を進め、宿も手配して、いよいよ現地へ乗り込もうという矢先に、イタリアがストップしてしまった。

能作:福元さんは、現地作業の手配をどのように進め、また延長後どのような対応を取られていたのか、お聞かせください。

福元成武:今回ヴェネチアに乗り込む施工チームは、僕が主宰する工務店TANKから監理、大工が2名と、別の大工職人4人の計6人で構成しています。この先8月に開催されるのであれば、工期の関係でわれわれ施工チームは7月にヴェネチアへ乗り込むことになります。しかし感染症の蔓延という状況下ですので、まずは協力していただく職人さんに、行きたいかどうか個々の意思を確認しているところです。やはり職人さんたちは警戒している。ビエンナーレ財団が8月に決行すると言えば、われわれとしても現地へ行って施工を進めないといけません。そして施工チームが現地に赴くという工程はほかの国にはないので、状況を共有することもできませんし、先に乗り込むことに少し怖さを感じているところもあります。

能作:現地のヴェネチアの施工者と協力する予定はあるのでしょうか。

福元:そうですね、日本館のファサードを構成する足場は現地の施工会社に協力していただき、それ以外は日本の施工チームで行います。

門脇:現時点ではイタリアに行くと帰国後2週間の経過観察を要請されるので、職人さんとしては帰国後の商売にも関わってくる。難しい問題を抱えています。

高見澤邸の解体部材(© Jan Vranovský)

コロナ以降の職能を考える

門脇:今回のコロナ禍によって、展覧会という文化そのものが危機に瀕してしまったと感じています。現在は展覧会が軒並み延期や中止になる状況が続いていますが、事態が収束したとしても、完全に元の状況に戻るとは考えにくい。われわれの展示はプロセスを見せるものだと言いましたが、こうした中でどんな展示を考えるべきなのかは非常に悩ましいところがあります。

長坂常:じつを言うと僕はヴェネチア・ビエンナーレに対して、各国から集まって展示を行う意味は果たして現代に何の意味を持つのかと、やや疑問をもっていたところがあります。と言うのも、ここ数年ミラノサローネに家具を出展しているのですが、確実に出展者数が減っています。優れたデザイナーも参加せず、それぞれ独自に製作しインスタグラムなどで公表をしています。またミラノサローネの時期はミラノの物価も高いためお金がたくさんかかってしまいます。もちろんほかの出展者との交流は楽しいですし、海外の学生の作品を見るなど1年に1回の価値観の交流には大事な意味があります。展示をすることにも意味はありますが、見返りが投資に対して合っていない。昔であれば雑誌社が集まる場所で展示をする価値がありましたが、今や雑誌社は作家個人のサイトから写真を入手できます。交流や名誉は大事ですが、どこまで出展することに価値があるのか。ヴェネチア・ビエンナーレには行ったことも体験したこともないので、半分首を傾げながらであることは否めません。そうしたことを考えていたタイミングで、今回ビエンナーレの出展のお誘いをいただきました。企画から資材の整理、海を渡っての運搬と施工などを考えてもミラノサローネよりも時間と作業量は膨大です。そして今回のコロナ禍によって、人が集まることの意味をその都度考えないといけない状況が続くでしょう。延期が決まり、まだ現地で作業が始まっていないので何ともいえないのですが、やはり各国が集まって展示をすることの意味は問うていく必要があると思います。もちろんそうした懐疑的な念をひっくり返すような展開を期待したいので、楽しみながら次の行動を考えたいです。

木内俊克:このプロジェクトの過程では、コンセプチュアルに考えて指針を演繹的に導くのではなく、実務的にどう対処できるかを一つひとつ真摯に考えていくことをアプローチとして実践してきました。目の前の膨大なモノやデータに向き合ってきたわけですから、やはり何とか頑張ってチームで現場へ行って施工するまでを実現したい。今のコロナ禍の状況でどうすれば実現できるのかを、まず諦めないで取り組むこと、記録を取ること、そしてその過程をレポートとしてアウトプットする。この3つがわれわれにとってこのプロジェクトを実現可能なものにしていく方法ではないでしょうか。そして本当に実現が困難だと判断するのであれば、その根拠をつまびらかにする必要があるでしょう。こうしたレポート性は非常に大事だと思いますし、これから発信していきたいですね。

岩瀬:確かにそうですね。渡航直前のタイミングで、想定外のコロナ禍による「移動」ネットワークの変質が様々な社会課題の断片たちを世界中で顕在化させてしまっていますが、今回の実践は「ただ家を運んで組み立てる」という行為にとりまく(本当はとても豊かな)さまざまな事象をからめとることが核のひとつだったと思います。

地震など地域性の高い災害と比較して、世界中に蔓延したコロナ禍によるマインドセットの更新が国を越えて同時に起こっていることは、不安でもありますが、この機会に国際展で「移動」やフィジカリティの意味を問い直す機会としては改めて意義深くも感じています。

砂山太一:僕は普段からデータベースやアーカイブを扱っているので、今の状況をいかに記述していくのかはまさに自分の職能であると感じています。日本館のプロジェクトは、やはり実体としてのモノが重要なので、それをこの状況下で見せるのは非常にハードな課題です。フィジカルに対応できるかがわからない状況で、気持ちのセットだけはしておくという状態ですが、リモートやデジタルなど情報技術に可能なことは今こそどんどん実践していくべきでしょう。

福元:プロジェクトのストーリー上、現地でものづくりができることの期待や楽しみがずっとありました。やはり僕らの仕事は手を動かしてなんぼの世界なので、現場で実務を進めることを自粛するような状況下においては、ものづくりと経済活動のつながりが弱まってしまうことへの不安がありますね。

元木大輔: エンターテイメントや飲食産業のみなさんのようにコロナ禍が原因で直接的な被害を受けている業界と、コロナ禍によってもともとあった問題が顕在化した2次的に発生している社会問題の多くは切り分けて考えた方が良さそうだな、、と思っています。僕らが考えうるのはどちらかといえば後者のほうで、例えば満員電車など、都市部に人とものが集中しすぎている問題、働き方や家族とのあり方のように、もともとしこりのような状態で存在していたものが問題として表面化してきた点についてです。やはり実空間の力を信じて仕事や活動をしているので、木内さんもおしゃっていますが、ビエンナーレについても社会についても次のステップに進む上で良いきっかけになるように実直に考えていきたいと思っています。

個人的には生活がらっとかわり、リモートワークによって確実に家で過ごす時間が増えました。今まで全然家を使っていなかったんだな、とも思いました。核家族だけではないすこし大きなコミュニティに多様性と選択可能性を付与していくのは、建築の問題として捉えられそうかなと漠然と考えています。リモートワークの普及によって住宅にオフィスとしての機能が少なからず求められるときに、例えば集合住宅の共用部や周辺の空き家をうまく使えるようにすることで、住宅とオフィス機能、そしてコミュニティが完全に分断されてしまっていたところを、ゆるやかにつないでいく建築をつくる。このように建築家としてできることをポジティブに一つひとつ提案するしかないのかなと思います。

長嶋りかこ:じつは私は3月末から、25日間ほどコロナと疑わしい症状が出ていました。もう回復しましたが、保健所の窓口に相談し、いくつか病院にも行くなどして大変な日々が続いていました。そして私個人は、コロナ禍がもたらした仕事環境や緩やかなスピード感や生活のリズムのほうが、居心地が良いと感じているのが正直なところです。産業がもたらす自然環境への影響を思っても、コロナ前にもとに戻すのではなく、気づきを継続して活かしていきたいと思っています。そしてもともと環境に対して寄与することに意識的ではありましたが、あらためてどういう対象にデザインという行為をするべきか、考える時間にもなっています。特に今回のことで哲学者や研究者などの専門家から発せられる情報は自分にとってとても有益でした。その中でも生物学を通して語られる、環境や人間に対しての倫理観など、一過性ではなく普遍性を感じる情報には、コロナ後も年齢問わずより多くの人達に届ける必要性も感じ、視覚言語が役立てる分野と感じました。そして木内さんや砂山さんが扱っている情報の記述と言う分野は、まさに今フォーカスされているのではないでしょうか。

砂山:そうですね、ちょうど大学内でもいろいろ相談を受けており、情報技術の有用性を実感しています。コロナ禍以前から、オンラインミーティングやクラウドストレージなど技術的なインフラは、すでに不自由なく使える状態になっていたかと思います。重要な点は、この状況が新たな技術開発の必要性を求めるものではなく、すでに世界に実装されている技術をわれわれがどう使いこなせばよいのかを、あらゆる領域であらゆる人が同時に考えなおす契機となったところにあるんです。そして使う人の生活様式や、実装されている空間のあり方に議論の力点が寄っているとも言える。例えば、これまで物理空間での関係性構築を前提として計画されていた大学講義なども、今の状況下では、オンライン空間を前提として考え直され始めている。このことは、情報のあり方そのものを変えるかもしれない。情報がただの現実の写し身や代替物ではなく、現実よりも強くわれわれのリアリティを構築する前提条件となる可能性があるわけです。一方で僕個人は、情報化一辺倒の考え方には懐疑的です。本展のカタログでは、個々のエレメントの来歴や、部材形状を3Dスキャンするなど、あらゆる手段を用いて建築物の中にある情報を記述する試みがされています。そして本展は、そういった情報化の手付きが、物理的な解体や移動、再構築などのふるまいと並列的に捉えられている点に特徴があります。僕はこの考え方にとても賛同しており、物理的に制限された状況が今後続くとしても、いかにして現実空間と情報空間の往還関係を実務的にも理論的にも取り結ぶことができるかに挑戦し続けていきたいです。

3Dスキャンの様子(© Jan Vranovský)

門脇:先ほどの木内さんの話はすごく重要だと思います。われわれのチームは、コンセプチュアルな思考ではなく、むしろ目の前の問題を一つひとつ具体的に解決していくことが事態の進展につながるし、それこそクリエイティブなのだという姿勢を貫いてきました。今はまず、福元さん率いる施工チームが安心して現地で働ける状況をつくるほかないですね。とはいえ、これからも難しい問題は次々と起こるのでしょう。たとえば、メイン会場であるジャルディーニとアルセナーレ以外の場所での展示は参加が難しいのではないかという話も漏れ聞きます。

岩瀬:各国キュレーターの共同声明によって開催時期やそのあり方について一定の思考の補助線が引かれ、なんらか事態が動く可能性もありますよね。我々日本館チームからもこの事態下における国際展のあり方について積極的に提案できたらと思います。

砂山:コロナ禍に対する対応も各国で違いますし、収束の時期も異なってくるだろうとは思います。しかし、ビエンナーレが8月から開催されてほかの国は滞りなく参加できているのに、日本だけ対策が遅れて入国できないといった展開もあり得ますよね。

木内:各国の収束に時間的なずれがあることは直面すべき必然ですが、ただ受動的に参加できなくなってしまったという事態だけは避けたい。今だからこそ見えてきた、これまでの社会の盲点をどうドキュメントし発信できるか、それ自体が重要なテーマになりえます。

青井哲人:COVID-19と呼ばれているウィルス自体が特別なものかどうかは分かりませんが、ウィルスに対する社会の動きは注目に値すると思います。国境から身体まで、あらゆるレベルで内と外と境界が意識が強まっていて、その「内部」にこもれという命令が働く。「内部」からこぼれてしまうと社会そのものから外れたみたいになってしまいます。その中心にあって、暗黙のうちにものすごくクローズアップされているのが、「近代家族」「近代住宅」でしょうね。「自粛」で網の目状に広がった社会活動が事実上禁じられ、社会が縮んでいく先が「近代家族」であり、彼らは「近代住宅」にこもっている、というような幻想的イメージがTVなどで当然のように流布していますよね。父親のDVでそこから逃げている少女はどうなるんでしょう? 働き口も、寝るところも、10万円の給付さえ、危ういですよね。そうして暗然と「標準」的なものが押し付けられ、それ以外は排除されてしまう。住宅って何だろう、という問いをめぐってしっかり議論しないといけない。建築はある種の共同性を引き受け、内部/外部とか、流れと統合とかをつくるものだから、建築論にも深いところに静かなインパクトが効いてくるんじゃないでしょうか。

ビエンナーレも、いずれジャルディーニとアルセナーレのメイン会場は「開催」の決断をするでしょうが、ヴェネチアの街なかに点在する展示は難しいかもしれませんね。南米とか台湾とか、けっこういい展示があるんですが。何が許容され、何が結果的にせよ排除されるかはウォッチする必要があると思います。

各国の展示にも今回の感染症をめぐる動向への応答のようなことが出てくるんでしょうね。日本館チームも今後開催に向けて工程の練り直しなど検討されるものと思います。皆で一気に乗り込んで短期決戦というわけにもいかないでしょうから、普通に考えればソーシャルディスタンスが取れるような工程計画、つまり空間と時間の両面から、工程をセグメント化するといったことが展示の積極的なデザインにつながるかも、といったことはありうるでしょうか。

現在日本館チームでは開催に向けて工程を練りつつ、変わってしまった状況にどう対応するか考えられていると思います。例えば工程を分けず、みんなで一気に乗り込むことも方法としてあるのではないでしょうか。またソーシャルディスタンスを取れるような工程計画もコロナ以降のひとつの方法論かもしれません。空間と時間の両面から、セグメント化する方向を考えるとも言えるでしょうか。

岩瀬:人の長距離移動には制限がかかりますが、プロセスの過程でスキャンしてきた膨大な部材データは移動できるので、例えば現地に部材データをもって空間を立ち上げることと組み合わせるなど、新しい展示のあり方を考えられるかもしれせません。

木内:それもひとつの方法だと思います。とはいえこの状況だからこそ、フィジカリティをいかに体現するかも大きなテーマとなりそうです。例えば現地に資材を並べるだけであれば、少ない人数で動かすことができるかもしれない。

門脇:やはり、まずは工程を組み直してどう施工をクリエイティブにするか、そこを真摯に考えていくしかないですね。青井さんがおっしゃったソーシャルディスタンスを取れる作業方法については、私も大学の研究室のテーマとして考えつつあります。衝突防止センサーやカメラによる人間の動きのモニタリングを活用して、ある距離に近づくと警告音を鳴らすシステムを構築できるかもしれません。

われわれは、共存のための枠組みをもう一度組み立てなおす必要に駆られている。奇しくも今回のビエンナーレの全体テーマは“How will we live together?”です。個人的には、各国間の強い連帯を示す歴史的なビエンナーレになる可能性も感じていますが、それを本当に実現するためには、さらに数多くの具体的な努力が必要になることでしょう。

>>インタビュー《後編》

ZOOMインタビューの様子

VBA _日本館チームプロフィール

門脇耕三
かどわき・こうぞう/建築構法研究、建築家/1977年生まれ。明治大学准教授。アソシエイツパートナー。建物の物的なつくられ方についての研究をベースにしながら、建築設計や建築批評などの活動も展開。近代に入ってから失われた、細部の豊かさを根拠とする建築のあり方を見出すべく、理論と実践を積み重ねている。https://www.kkad.org/

岩瀬諒子
いわせ・りょうこ/建築家/1984年生まれ。岩瀬諒子設計事務所主宰。京都大学建築学科助教。京都大学工学部、同大学工学研究科修了。EM2N Architects(スイス)、隈研吾建築都市設計事務所を経て、2013年大阪府主催、河川沿いの広場設計業務実施コンペにおける最優秀賞受賞を機に、岩瀬諒子設計事務所設立。当該作品を堤防のリノベーション《トコトコダンダン》として2017年に発表。建築空間から土木インフラやパブリックスペースのデザインまで、領域横断的に設計活動を行う。http://www.ryokoiwase.com/

木内俊克
きうち・としかつ/建築家/1978年生まれ。木内建築計画事務所代表。美術、家具製作から、福祉施設やパブリックスペースのデザインに至る領域横断的な活動を行う傍ら、東京大学にて、都市における人々の関心のデータ的把握と都市介入について研究を行う。http://www.toshikatsukiuchi.com/

砂山太一
すなやま・たいち/美術家、建築家、プログラマー/1980年生まれ。sunayama studio代表。京都市立芸術大学美術学部総合芸術学専攻准教授。芸術表現領域における情報性・物質性を切り口に、制作・設計・企画・批評を手がける。日本で彫刻を学んだ後、フランスでデジタル技術を用いた建築設計手法を学び、設計事務所や構造事務所において勤務・協働する。現在、東京にデザインスタジオを構えつつ、京都市立芸術大学において現代芸術、デザインの理論研究を行う。https://tsnym.nu/

長坂常
ながさか・じょう/建築家/1971年生まれ。スキーマ建築計画代表。国内外でジャンルを問わず活動の場を広げる。日常にあるもの、既存の環境のなかから新しい視点や価値観を見出し、デザインを通じてそれを人々と共有したいと考えている。http://schemata.jp/

長嶋りかこ
ながしま・りかこ/グラフィックデザイナー/1980年生まれ。village®代表。ブックデザイン、アイデンティティデザイン、サイン計画、空間構成など、グラフィックデザインを基軸としながら活動。デザインを用いて、環境/文化/福祉に寄与すること、また自然環境や私たちをとりまく生産と廃棄の関係への関心を深めることを目指す。https://rikako-nagashima.com/

福元成武
ふくもと・なりたけ/建築施工/1978年生まれ。株式会社TANK代表。建築家のプロジェクトに多く携わる。変化し続ける技術と経済性をもって既存の工法に対し“いま”どうつくるべきかを考え、良質のものを提供したいと考えている。https://tank-tokyo.jp/

元木大輔
もとぎ・だいすけ/建築家/1981年生まれ。DDAA/DDAA LAB代表。CEKAI所属。Mistletoe Community。武蔵野美術大学非常勤講師。2010年、建築、都市、ランドスケープ、インテリア、プロダクト、コンセプトメイク、あるいはそれらの多分野にまたがるプロジェクトを建築的な思考を軸に活動するデザインスタジオDDAA設立。2019年、Mistletoeとともに実験的なデザインとリサーチのための組織DDAA LABを設立。http://dskmtg.com

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建築作品小委員会では、1980年生まれ以降の建築家・研究者によって、具体的な建築物を対象にして、現在における問題意識から多角的に建築「作品」の意義を問うことを試みる。