シュテファン・ヒューブナー著『スポーツがつくったアジア:筋肉的キリスト教の世界的拡張と創造される近代アジア』

植民地主義から戦後アジア空間の形成へ(評者:林憲吾)

今年8月、第18回アジア大会がインドネシアで開催される。アジア版オリンピックとも呼称されるこの大会の歴史が本書の主題である。アジア大会は1951年にインドで第1回目を迎えた。だが、そのルーツは1913年のアメリカ植民地下のフィリピンにまで遡る。

アメリカYMCA(キリスト教青年会)の主導で、フィリピン、日本、中国の参加を得てスタートした極東大会がアジア大会の前身にあたる。大会が開かれた背景には、スポーツを通じて近代的な市民を育成し、「遅れたアジア」を文明化するという、いささか植民地主義的なアメリカの思想があったのである。つまりアジア大会の始まりは、アジアの手にあったというよりはアメリカの手にあった。それが1920年代以降、次第にアジア主導に移り、さらには1958年を境にアジアの国々が自国の発展をアピールする場に切り替わっていく。1913年の極東大会から1974年の第7回アジア大会まで通算18回におよぶ大会の歴史を丹念に掘り起こしながら、そのプロセスを明らかにしたのが本書である。

スポーツの祭典が政治であり、建設でもあることは、2020年の東京オリンピックを目前にする私たちには自明に思える。実際、アジア大会を控えるインドネシアでもスタジアムの増改築やインフラ整備が進んだ。だが、大会を機に、競技施設や都市インフラの建設を大規模に押し進めることは、アジア大会が当初目指していたことではなかった。むしろその方針を大きく転換させたのが1958年の東京大会であったことを、本書から私たちは知ることになる。

冒頭で述べたとおり極東大会の開始には、近代的市民の育成という側面があった。ある一定の規範に則り、人種の壁を超えて平等に競い合う健康的な身体。それをすべての市民に普及するために、国際スポーツ大会は誰にでも開かれ、どこでも開催できることが重視された。つまり低コストの大会が望まれたのである。だが、東京での第3回アジア大会は別の意味を持った。オリンピックの誘致である。そのために日本は、敗戦から復興し、アジアで最も近代的で発展した国家であることをアピールしなければならなかった。大会には多くの資金が投入され、関連施設の建設も進んだ。本書の言葉を使えば「ネイションのブランド化」が行われたのである。

こうしたネイションのブランド化は、東京以降の開催地でも展開した。1962年のジャカルタではソ連の援助を受けて10万人規模のスタジアムが建設され、1974年のテヘランでは西側諸国から稼いだ多量の石油マネーでスタジアムや都市インフラが建設された。その資金の流れには冷戦体制下の新たな国際関係も垣間見える。

本書はスポーツ史の学術書である。しかしその射程は広い。植民地体制から冷戦体制へ、第2次世界大戦を挟んで国際関係が更新されていく中で、アジアの国・都市・建築がいかに立ち上がってきたのか、その理解に本書はきわめて有効だ。オリンピック本体におけるネイションのブランド化とアジア大会との関係がもう少し知りたくなったところだが、それは欲張りすぎというものだろう。アジア7カ国にわたって資料を渉猟し、一国史を飛び越えてアジアの歴史を記述した気鋭の歴史研究者に学ぶところは大きい。


書誌
書名: スポーツがつくったアジア:筋肉的キリスト教の世界的拡張と創造される近代アジア
著者: シュテファン・ヒューブナー
訳者: 高嶋航・冨田亮祐
出版社: 一色出版
出版年:2017年11月