シンジア・アルッザ+ティティ・バタチャーリャ+ナンシー・フレイザー著『99%のためのフェミニズム宣言』

フェミニズムを通して世界の構造を見る(評者:藤本貴子)

藤本貴子
建築討論
Jul 5, 2021

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2010年代の後半、第四波フェミニズムと呼ばれる動きを代表する#MeToo運動の盛り上がりを受けて、日本でもいくつかの告発等が相次ぎ、話題になった。フェミニズムに関するトピックを見かけることは格段に多くなり、いろいろなところで議論が交わされていると感じる。しかし一方で、日本では依然として「フェミニスト」と自称するには心理的抵抗があるように思うし、いわゆるリベラルな人々の中でも、フェミニズムに関わる議論は「敬して遠ざける」人がそれなりにいる気がする。なぜなのだろうか。

「個人的なことは政治的なこと(The personal is political)」★1という有名なスローガンがある。裏を返せば、社会問題としてジェンダーについて触れるとしても、つきつめていくと個人的な領域を省みることになる。実際、具体的にジェンダーの問題を考えようとすると、自分の些細な行動や何気ない考えを検証せざるを得なくなる。抽象的な言葉だけで語ることが難しい。ジェンダー問題にまつわる批判は大抵男性に向けられるから、男性の身になってみれば、個人的に不当に責められている、と感じてしまうであろうことは容易に想像できる。

女性側としても、女性であることで不利益を被ってきたという自覚はない、女性だからという理由で特別扱いされるのは不本意だ、と感じる人がいるのも理解できる。あるいは、一定のコミュニティにおいてはあまりジェンダーの差は問題にされていないのだろうか。例えば、女性建築家は大いに活躍しているし、評価もされている。ジェンダーの問題を持ち出すのは、その活躍にわざわざ水を差すことになるのだろうか。

シンジア・アルッザ+ティティ・バタチャーリャ+ナンシー・フレイザー著『99%のためのフェミニズム宣言』

本書の取る立場は明快である。フェミニズムといっても、資本主義を強固にするような動きに対しては、相当に手厳しい。体制の中での女性の地位向上を目指すリベラル・フェミニズムや、グローバル・サウスで暮らす女性たちに融資を行って「エンパワー」する「マイクロクレジット・フェミニズム」のような一見正義にみえる動きさえも、外部に抑圧を押し付ける特権的なごく少数のためのものだとして真っ向から否定する。著者たちが問題としているのは、主に女性が担ってきた「社会的再生産」の領域を搾取し続けてきた資本主義の構造である。社会的再生産とは、生命を生み出し維持する「人間の形成」に関わる、医療や教育などを含む活動や制度を指す。そして、搾取と収奪の構造は、生態学的災害や民主主義の危機、人種差別といった問題を同時に生み出していることを強調する。

女性が多くの社会的状況においてマイノリティであることは間違いないが、特権のある女性たちは、より弱い立場の女性にケアワークを押しつけ、構造的な負の連鎖である「グローバル・ケア・チェーン」がうまれている。フェミニズムが戦うべきなのは、こうした状況を世界的に強固に作り上げている構造そのものなのである。

建築アーカイブズの領域でも海外では、通底する問題意識のもとで収蔵資料の批判的見直しが進んでいるようである。2020年に行われたイギリス建築史学会が主催した建築アーカイブズをテーマとした連続国際シンポジウム「ARCH/TECTURES ARCH/VES」の開催趣旨では、中立的な資源とみなされがちなアーカイブズが、実際は様々な意図のもとに残されたものであることが述べられている。何が残され、何が残されていないかは、その資料群を残した主体の意図や時代の構造を反映する。アーカイブズには過去のあらゆるものが残されているわけではなく、取捨選択されているため、除外された歴史もある。それは構造を再生産し、強固にすることにも加担するだろう。シンポジウムの発表で、コロンビア大学エイブリー建築・美術図書館アーキビストのパメラ・ケーシー氏は、収蔵している「アーカイブズの欠落(Gaps in the Archives)」を明らかにする授業プランとして、建築におけるジェンダーや人種、労働者といった視点から、アーカイブズに表出しないコミュニティをみる、という案を挙げていた★2。

最近行われたアメリカ議会図書館Prints & Photographs部門のオンラインイベント「Object Lesson」でも、キュレーターの中原まり氏は、数多ある資料の中から、おそらくコレクションの中では非常に珍しいであろう「アジア系女性で当時学生であった」マヤ・リンのベトナム戦争戦没者慰霊碑資料を解説対象として取り上げていた。アーカイブズに対するこうしたアプローチは、フェミニズム運動やBLM運動の影響の現れといっていいだろう。

本書の本文はなかなか痛烈で厳しく、筆者にとっては、宣言の背景が説明された「あとがき」の方が説得的ですんなりと入ってきた。本文は戦闘的といってもよい。しかし、マニフェストは原理的で先鋭的であるからこそ、その思想と目指すべき世界を鮮やかに示すことができる。

認識の変化は、現実の変革へと通じている。実際に、建築アーカイブズの領域でも起こっている既存の認識の見直しは、研究や教育を通じて、より多くの人々に影響を与えていくだろう。フェミニズムを通して世界を見てみることで、私たちが当たり前と思っていた世の中の歪みや軋みが見えてくる。既存の価値観の枠を外して世界を捉え直すことは、私たちを固定観念から解放し、より自由にしてくれるはずだし、現実に世界は変わりつつあるのである。

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★1: 第二波フェミニズムのスローガンといわれる。由来は不明だが、Carol Hanischの同名のエッセイ(1970)が有名。

★2: Pamela Casey and Shelley Hayreh「Mind the Gap: Exploring the gaps at Avery Drawings & Archives」。連続シンポジウムの最後のセッション「Plenary」(2020年10月23日)では、クィア、女性と建築史、植民地時代の歴史など、様々な視点からの発表があった。

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書誌
著者:シンジア・アルッザ+ティティ・バタチャーリャ+ナンシー・フレイザー
訳者:惠愛由
書名:99%のためのフェミニズム宣言
出版社:人文書院
出版年月:2020年10月

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藤本貴子
建築討論

ふじもと・たかこ/建築アーカイブズ。法政大学デザイン工学部建築学科教務助手。磯崎新アトリエ勤務後、2013–2014年、文化庁新進芸術家海外研修員として米国・欧州の建築アーカイブズで研修・調査。2014-2020年、文化庁国立近現代建築資料館勤務。