しなやかなるアナキズムへ(評者:長谷川新)

長谷川新
Dec 25, 2017 · 4 min read

ジェームズ・C.スコット(1936年〜)は人類学者としてのキャリアの多くを農耕社会の調査に費やしており、近代が前提とする国民国家及び中央集権的な管理権力についての抵抗を描きとってきた。邦訳も出ている大著『ゾミア-脱国家の世界史』では、近代的な領土概念に当てはまらない複合的な現地住民たちの営みの総体を「ゾミア」という地政学的新概念を通して見事に活写している。

こうしたスコットの研究においてひとつのキーワードとして浮かび上がるのが「アナキズム」である。すぐさま注意を喚起しておきたいのだが、彼が言わんとしている「アナキズム」とはいわゆる「無政府主義」と訳されるものよりも緩やかで柔軟なものだ。本書におけるアナキズム的実践とは、強要される管理や支配に対しての匿名の人々によるさりげない不服従の態度であり、効率性の追求が孕む欠陥の暴露であり、「すっきりした物語」を求めてしまう私たちの欲望への反省である。

具体的に──本書はこうした「アナキズム」的実践を体現すべく断章仕立てとなっている──事例をひとつ見てみよう。第一次大戦後に発明された「信号機」の登場は、それまでの歩行者と運転手の譲り合いを、交通工学的に処理する結果を生んだ。私たちにも身に覚えがあるだろうが、車が全く来る気配のない道路で信号が青になるのを待つという経験は、ひどく滑稽でもある。また、信号機が導入されているにもかかわらず交通事故は無くなっているわけではなさそうだ。むしろ、大規模な停電によって信号が動かなくなった場合の方が交通事故が減るという結果さえ報告されている。2003年から始まり、今やヨーロッパ全土、アメリカにも広がる「赤信号の除去」計画は、私たちに多くの示唆を与えてくれる。信号機を除去したことで、歩行者や運転手の注意深い観察が最大化され、道路は「共有された空間」として再定義され、事故の数は激減したのである。ある秩序が画一的に適用されているもとでは、人はその「規則内で」好き勝手ふるまい、自発的な親切行為は生まれない。

スコットがこうしたアナキズム的実践をいくつも挙げながら展開しようとしている議論は、画一的な「秩序」に対して絶えず疑いと警戒の目を向け、必要な場合にはその秩序を破ることの重要性である(彼はそれをアナキズム柔軟体操と呼ぶ)。本書を一読してミシェル・ド・セルトーの『日常的実践のポイエティーク』を思い出す人もいるかもしれないが、スコットはセルトー以上に「無秩序」の可能性を肯定する。質的評価を数値的評価に代替させ、あたかも世界が滑らかな表面であるかのようにルールを当てはめることで管理を遂行しようとする力は、常にその内側に多くの混乱、衝動、誤謬を隠蔽している。およそ革命は、バラバラな異議申し立て、自然発生的なデモ、予測不可能な出来事から始まっている。ある別の秩序(組織化された革命結社)のトップダウンによってそれは実現したのではない。

書誌
著者:ジェームズ・C.スコット
訳者:清水展、日下渉、中溝和弥
書名:実践 日々のアナキズム――世界に抗う土着の秩序の作り方
出版社:岩波書店
出版年月:2017年9月

建築討論

建築をめぐる幅広い批評的議論のプラットフォームを提供する日本建築学会のウェブマガジンです。

長谷川新

Written by

はせがわ・あらた/1988年生まれ。インディペンデント・キュレーター。京都大学卒業。主な企画に「パレ・ド・キョート / 現実のたてる音」(2015)、「クロニクル、クロニクル!」(2016–17)、「不純物と免疫」(2017–2018)など[ポートレート撮影:加藤甫]

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