時代をこえて再びあらわれる事物たち──自律する時間の複数性へ(評者:楊光耀)

楊光耀
楊光耀
Dec 31, 2018 · 7 min read

およそ半世紀ぶりに芸術史の名著が紐解かれた。アメリカの美術史家ジョージ・クブラーによって1962年に出版された本書は当時の美術家たちにも影響を与えていた重要な書物だった。長らく日本語訳されないままであったが、2018年夏、ついに邦訳が出版された。日本でも埋もれていた歴史へと光があてられるようになるだろう。しかもそればかりではなく、刊行から半世紀を経て読まれても、本書は多くの現代的な問題に対する閃きを与えてくれるのだ。

本書の主題は「事物の歴史」であり、その目的は芸術史における「時間的構造=時のかたち」の発見である。その過程は、さまざまな年代の事物が混在した地層を概観しながら、多くの道具となる概念を導入し、一つ一つかたちを推論して慎重に掘り出していく、考古学的発掘のようである。その手法について本書の要点から見ていきたい。はじめに人間の作り出した事物の数々が、概念でも物質でも等しく同じ平面上に陳列され、美術作品へと拡張される。そして、事物と事物がどのような影響関係で変遷してきたか、その見取り図が複数の対概念として記録され、事物の変遷の「時間的構造=時のかたち」が推論される。

用意された対概念を挙げると、{シグナル/シークエンス}、{自己シグナル/付随シグナル}、{受信者/送信者}、{素形物/模倣物}、{系統年代/絶対年代}、{遅い出来事/早い出来事}などである。例えば、{シグナル/シークエンス}とは、事物の歴史の中で事物が次の事物へと影響を伝達するのがシグナルであるのに対して、事物と事物のあいだのつながりの流れがシークエンスとして捉えられる。また、{自己シグナル/付随シグナル}とは、事物自体の機能や目的が伝達するシグナルと、事物に加えられた情報が伝達するシグナルとのセットである。こうした対概念が連鎖して、事物の歴史の「時間的構造=時のかたち」が現れる。

本書は当時の芸術史の状況に対して著された理論的批判書でもある。美術史家であるクブラーは、16世紀のメキシコ建築に関する著作や、古代アメリカ芸術・建築に関する著作をそれぞれ1948年と1962年に刊行している。考古学的手法に近い芸術史の方法的立場から、当時芸術史研究で主流であったイコノロジーやフォルマリズムに対する批判を加えている。イコノロジーとは作品に見出される意味について解釈する手法、フォルマリズムとは作品の内容よりも形式を重視する手法、である。本書において、イコノロジーは事物の豊潤さを意味のレベルにまで還元してしまうことから、フォルマリズムは意味の希薄な概念的枠組みを事物に当てはめてしまうことから、ともに事物を歪曲していると批判される。また、クブラーは事物の歴史のかたちを記述するのに生物学的なモデルによらない立場を取っている。これは、生物学的なモデルを用いると、事物がそれ自体とは異なる、生物としての振る舞いを持ち始めて、事物と異なる時間のかたちになりかねないからである。また、生物学的なモデルにおいては事物が種として捉えられ、事物の歴史が分類的な進化の過程として、反復する有機体的な時間性に組み込まれてしまう。クブラーが想定するのは、有機体的な時間性に対して機械論的な時間性であり、それ自体で自律する時のかたちであると考えられる。本書が体現するのは、既存の美術史の枠組み──意味への還元や概念枠の当てはめ──によらない、いわば事物そのものに肉薄した自律的な美術史の在り方=「時のかたち」であるのだ。

ところで、『時のかたち』は芸術史の領域で書かれた書物であったが、中には建築的に興味深い議論をしている箇所も見受けられる。それも、現代的な論点に対する意義深い視点を与えてくれる。例えば、{系統年代/絶対年代}の対概念について、以下のような記述が見られる。

…しかし系統年代という考え方を確立すれば、私たちは大邸宅のさまざまな部分や着想を単体で考慮し、かつそれらを統合的に検討することができるようになる。…こうして、あらゆる事物はそれぞれに異なった系統年代に起因する特徴を持つだけではなく、事物の置かれた時代がもたらす特徴や外観としてのまとまりをも持った複合体となる。(192―193頁)

系統年代とは、ひとつの事物が持つ複数の特徴ごとにそれぞれ異なる時間性が複合した年代である。これは、「時のかたち」が企図する混淆的な時間性であり、換言すれば、事物へコラージュされたモザイク状の多時間性であるといってよいだろう。建築とはまさにこのような事物の中に多数の特徴が混在した集合体であるから、系統年代によって建築を要素ごとにも統合的にも考慮され得ることは、つまるところ、建築の複数性と時間の複数性を系統化する強力な思考の枠組みでもあるのだ。OMAによるカタログ的なエレメント主義の建築をも連想させる。

また、「良好な接合」という概念も大変示唆に富んでいる。

…良好な接合とは、一般的に、未使用だった技術とその表現の成立がつくり出すものであり、幅広い要求に応じることのできる新しい形の集合の幕開けを告げるものなのである。(221頁)

『時のかたち』は、事物の歴史の関係性を捉えるだけでなく、未来へ向けられた技術的革新をも予感させるのである。

ここまでに述べてきたクブラーの議論は、本書の中だけでも十分に刺戟的である。しかし、それ以上に本書は読者の連想を掻き立て、議論を建築の領域へと敷衍させずにはいられないだろう。建築でいえばクブラーの概念はどのような事象に相当するだろうか。さらに関連して建築書を挙げるとすれば何があるだろうか。紙面の都合上、ここでは論点の一例を列挙するだけに留め、読者各位の今後の発展的研究または自由な想像に委ねたい。

・ルネサンス建築やマニエリスム建築など古典建築の造形や空間、装飾にみられる{素形物/模倣物}の変遷
・国際様式建築と地域主義建築における{自己シグナル/付随シグナル}の相関図
・建築表現や建築技術が飛躍的に発展する時期とそうでない時期の{遅い出来事/早い出来事}による要因
etc.

最後に、1960年代に重要であった芸術史の名著が、現代においても未だに有効な議論や視座を与えてくれることは、非常に興味深い点である。1960年代と現代に通底する時代的な背景があるとすれば、それは何か。当時の戦後の経済発展と工業化により一気に増大した事物と、現代の高度な情報社会化による事物のアーカイブの増大は、どこかで共振しているのだろうか。当時美術史が事物を扱うのに有効であったのが考古学だったとすれば、現代におけるそれは何であろうか。考えすぎかもしれないが、本書が半世紀ぶりに注目されるようになったことは、単に本書の「事物の歴史」という主題を超えて、各時代の事物の発展の社会的背景が暗示された歴史の地層をも浮かび上がらせているのかもしれない。もしかすると、時代を超えた二つの地層から共に同一の事物が発掘されることもあり得るだろう。半世紀の時間差は新たな事物の在り処を仄めかしている。

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書誌
著者:ジョージ・クブラー
訳者:中谷礼仁、田中伸幸
翻訳協力:加藤哲弘
書名:時のかたち──事物の歴史をめぐって
出版社:鹿島出版会
出版年月:2018年8月

建築討論

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楊光耀

やん・こうよう/1993年中国西安市生まれ、東京育ち。東京大学工学系研究科建築学専攻修士課程隈研吾研究室在籍。建築設計、建築理論(設計プロセス論)、近現代建築史。建築研究会Many Conference共同運営。現在、多摩市ニュータウン再生推進会議市民委員。

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