ティム・インゴルド著『ライフ・オブ・ラインズ──線の生態人類学』(筧菜奈子・島村幸忠・宇佐美達朗訳)

「わたし」と身体、および建築の(なりかけの)関係性について(評者:橋本圭央)

橋本圭央
建築討論
5 min readMar 31, 2019

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本書における重要なテーマは、様々な関係性の引き/引かれ方の問題である。

世の中には様々な関係性を示すダイアグラムが溢れている。例えば、人間同士の相関を示すソシオグラムでは「わたし」と「恋人」、「友人」、「父」、「母」などの、括弧や丸で囲まれた人々の間に線を引いたものが、一般的なダイアグラムとして挙げられる。また、様々な技術環境、物流を示すテクノグラムにおいてそこに関与する事物とそこに引かれる線はその生産過程を示す必然的なダイアグラムである。そして、近年の考察では、特にラトゥールがソシオグラムとテクノグラムの関係において「事実や機械が何であるのかを理解することは人々が誰であるのかを理解することと同一の作業である」と指摘した以降、ソシオグラムとテクノグラムを含む異なる関係性を捉えなおす事で、そこで線を引かれる人々や事物などの事柄同士を少なからず等価で同義なものとして検討する傾向にあると言える。

一方でこうした様々な関係性を示すダイアグラムに対して、ここでの「わたし」を含む事柄から引かれる線は何だろう、何故、どのようにして、この線が引けるのだろう、と思ったことが、皆一度はあるのではないだろうか。

本書は一見すると、比喩的に、あるいは字義的な表現により諸処の現象や考察を横断するアナロジーとして「ライン」という事柄が用いられているように思える。しかし、第一部におけるラインを「結ぶ」という視点に関して、比喩的なものでも文字通りのものでもなく「領域と領域を結ぶ問題」なのであるとしているように、また、第三部において「あいだ」と「あいだのもの」の違いを存在論的帰結に属するものであり、本書全体の議論を引き受けるものであるとしていることからも、関係性の引き/引かれ方の問題に対する極めて濃密な考察であることが窺える。

くわえて、第一部の「結び目をつくること」において集合論とオブジェクト指向存在論、第二部の「天候にさらされること」にてアフォーダンス、第三部における「人間になること」ではパースペクティヴィズムといった近年の概念形成の潮流、あるいは近年においても未だ影響を持つ概念を、その他の領域と接続させながら批判的に展開させることで、これまで捉えることのできなかった関係性そのものの観念的枠組みを形成しようと試みている。

具体的には、集合体の理論に欠けているものとして「人や物がくっつくことを可能にする緊張と摩擦」を挙げることで、括弧で囲まれる部分としての事柄を構成要素ではなく「動き」であるとし(24頁)、オブジェクト指向存在論が繰り返す「すべての物は等しく存在するが、すべての物が等しい存在であるわけではない」というマントラに対して、物あるいはそこでの事柄はただ単に存在しているわけではないとし、「物が生じること」への視点から、事柄と引かれる線の接続における動詞的な関係に言及している(43頁)。また、アフォーダンスに関して、その提唱者であるギブソンの地面の捉え方が「すべての特徴を失った等方性の表面」であり、空に関する考え方も「絵画の巨匠たちが描く方法と異常なほど類似」しているとすることで、より空間的な意味での事柄自体とそこで引かれる線の揺れ動きに対しての視点の欠如を批判する(178頁)。そして、パースペクティヴィズムを「擬人観概念」とし、それらは図と地の逆転のように動物という新たな事柄と引かれる線を含む社会への「ひっくり返り」を起こすものの、パースペクティヴィズムも、その批判対象である人間中心主義も共に「人間の形態それ自体の発展には重要性を認めない」と指摘することで、事柄自体の成長・変位に対する視点の必要性を明示している(237頁)。

インゴルドはこうした考察を通して、「行われた行動」としての能動態、「経験された行動」としての受動態の対立、つまり、引く線と引かれた線の対立における中動態、「あいだのもの」としての動詞的、運動としての線と事柄に対して、その引く/引かれる線、あるいは引き/引かれ方の「/」のあり方を探求していると言える。こうした考察は、今後の「わたし」と身体、そして建築の(なりかけの)関係性自体を検証する上で重要な概念のひとつとなるかもしれない。

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書誌
著者:ティム・インゴルド
訳者:筧菜奈子、島村幸忠、宇佐美達
書名:ライフ・オブ・ラインズ──線の生態人類学
出版社:フィルムアート社
出版年月:2018年9月

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橋本圭央
建築討論

はしもと・たまお/高知県生まれ。専門は身体・建築・都市空間のノーテーション。日本福祉大学専任講師。東京藝術大学・法政大学非常勤講師。作品に「Seedling Garden」(SDレビュー2013)、「北小金のいえ」(住宅建築賞2020)ほか