ディビッド・シム著『Soft City:ソフトシティ 人間の街をつくる』

今後の「人間の街」について(評者:橋本圭央)

橋本圭央
建築討論
Dec 9, 2021

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本書は、2019年に出版されたディビッド・シムによる『Soft City: Building Density for Everyday Life』の和訳版である。著者であるシムは2002年から2021年まで、近年の歩行者空間に関する概念形成とその実践において多くの影響を与えているヤン・ゲールが設立したゲール・アーキテクツに勤務し、パートナーおよびクリエイティブディレクターとして世界各地における都市のマスタープラン、都市デザインなどを手がけている。

ディビッド・シム著『Soft City:ソフトシティ 人間の街をつくる』

シムがパートナーおよびクリエイティブディレクターを務めたゲール・アーキテクツを設立したヤン・ゲールに関しては多くの著書があるが、特に1971年に出版され、その後に和訳された『Life Between Buildings: Using Public Space(建物のあいだのアクティビティ)』により提唱された「屋外活動の型」、つまり通勤通学などの「必要活動」、リクリエーションとしての「任意活動」、複数の人々が行う「社会活動」などによる公共空間における物的環境と人間活動の相互作用に対する細やかで記述的な考察は、現在の潮流である「ウォーカブル」な街づくり形成における根本的な概念の一つとなっているように思われる。

こうしたゲールによる「人間の街」という視点を更新させるかたちで、日常生活の情景を描写し、多くのディテールを描きだすことで、「日常生活における安楽、快適性、心配り」にかかわるものである「ソフト」な建築と都市のありかたを考察した本書は、「街区をつくる」「街に出る、人と交わる」「天候と共生する」と題された三つの章を中心に構成されている。

密度と多様性を掛け合わせたものが近接性であり、近接性によって都市環境のなかでは「空間を時間に変換できる」としたうえで、「街区をつくる」の章では、用途と利用者が共存し、共生の利便性を享受する都市的様式として「囲い地(中庭のような囲まれた空間)」の様々な事例を詳細に紹介している。例えば、コペンハーゲンのクリスチャンハウン地区にあるドロニンゲン街沿いにある伝統的街区での、「緑の中庭計画(1992年にコペンハーゲン市が旧市街地の生活を改善するために打ち出した既存建物ストック改良の柱であり、住人が裏口のすぐ外でくつろげる緑の空間を提供することを目標に掲げている)」の初期事例においては、1階住戸のための「完全に私的な小空間」が街区内側の中庭に導入されることで、住民に中立もしくは共通の場を提供する「共用空間」、古くからある個別の中庭としての「私的共有空間」の3種類からなる明快で重層的な屋外空間が形成されている。こうした重層的な屋外空間の形成は、屋内外の境界を厚みのないものとする、あるいは厚みがありながらも単一のものとみなす傾向にある国内の建築・都市空間の形成においても有効な事例であると思われる。その後の街区自体における事例でも、将来の所有者が開発者になることのできる開発モデルである「バウゲマインシャフト・モデル(フライブルク、テュービンゲン、ハンブルク、ベルリンなどのドイツの諸都市で過去15年のあいだに展開されたコーポラティブ建築計画であり、敷地ごとに個別に建物を開発することで多様かつ高品質で手ごろな価格の建築ストックが可能となる)」のあり方、同じ機能・種類を積み重ねる「多層化(スタッキング)」と異なる機能・種類を積み重ねることで空間の特質を最大限活用する「重層化(レイヤリング)」の違いなどが紹介されている。特に「1階の可能性」として、街路に接するXS(25~60cm:棚や小棚を置くことができ、つくりつけのベンチも活気のあるエッジとみなせる)からS(1~2m:街路を販売空間として効率的に利用しうる)、M(4~6m:あらゆる種類の小規模店舗・作業場・オフィスを受け入れる)、L(10~20m:密度の高い多様な商店街ができる)、XL(12~20m:上階よりも深い奥行きが、使い勝手のよいベランダや屋外空間を提供する)、XXL(20m~:外周エッジの大部分を小さな用途で包み込んで連続する街路景観となる)といった奥行きによる物的環境と活動の相互作用が様々な都市の実例から明示されており、こうした街路に接続する空間の奥性と積層される垂直方向のヴォリュームとの関係に対する細やかな考察は、出来事は「エッジから空間のまんなかに向けて成長する」としたゲールの視点の発展版といったところであろう。

次の「街に出る、人と交わる」の章では、移動手段における人間の次元として、その重要性が見落とされがちな内から外へのごく短い行程、例えば居間からバルコニー、自宅玄関から街路、台所から中庭、といった些細な移動が快適で便利な生活を送るのに不可欠とし、寝室・浴室・バルコニーからパン屋・自転車レーン・バス停などに「1分」以内で移動できる事象を「歩いて利用しやすい建物(ウォーカブルビルディング)」と呼ぶことで、「小さな移動」における近接性と社会性の機会(人と人を結びつける誘因)の関係を重視している。その際に、ジェイン・ジェイコブズが描きだした「街路の目」としての、つまり犯罪防止の重要な要素としての窓から見た街路風景や街路観察者が果たす重要な役割にくわえて、扉は「街路の手足」を意味し、強力な治安信号となると付け加えることで、人と交わる際のネガティブな問題を踏まえた注意深い考察がなされていると言える。また、その後の「街路の多様性」では、前章での街路に接続する建物の内側への奥性の考察と同様に、今度は街路自体の各都市の異なるスケールと活動の関係がタイム・スケールを含めて考察されている。

最後の章「天候と共生する」では、冒頭において自然林と人工林の対比をもとに、モダニズムの計画が生み出す隔離されたゾーン(公営住宅団地、オフィスパーク、ショッピングモールなど)は人工林の都市版であると批判し、都市の生活は自然林とおなじように絶えず変化し、空間の重層化と併存による複雑性が重要であるとすることで、隠喩としても実際としても屋内外をむすぶ自然を取り込み循環が生まれる開口部の多様な事例が紹介されている。

本書の根本理念は、今後の低層高密な建築・都市空間の価値基準を、現在の密度・複合用途・都市環境の実情に合わせて伝えていることにあり、その意義に関しては、はしがきで著者が強調しているように、ゲールから学んだという「日常環境の小さな、一見したところ平凡に見える側面」の重要性について明らかにしている点にある。またゲールの訳書を多く手がけてきた北原理雄氏によって翻訳され、非常に明快で読みやすい本書は、今後、物的環境と人間活動の相互作用について考察し、実践するうえで大いに参照され、活用されていくのではないかと予測される。

他方で、シムが本書で提示するソフトな「人間の街」における日常生活の情景においては、アンリ・ルフェーヴルが指摘するところの「矛盾」のようなもの、およびそれらの記述が少なからず欠如しているようにも感じられる。都市においては「日常生活の別の様式、別の必要、別の要求」が社会と生活における資本主義的構造によって課せられた「日常生活の諸様式」との間に「矛盾」を起こしているとしたルフェーヴルは、「日常生活批判が実際的な面から明らかにし、記述するであろうところの問題」として、こうした「矛盾」の出現の仕方やその表象方法を重視した(アンリ・ルフェーヴル『日常生活批判』(Henri Lefebvre, Crtique de la vie quotidienne, Paris, 1947)田中仁彦訳、東京:現代思潮社、1968年)。ここでの「矛盾」とは、例えばデュシャンの『ラリー街11番地のドア』のように<開いていて同時に閉まっている>といった矛盾のようなものであると思われる。「浴室」と「寝室」をつなげる「ドア」は、どちらかが鉤括弧が成立すればどちらかを成立しなくするものというよりもその両者を成立させ、分節している二つの鉤括弧の衝突、および調停を包含していると言える。つまりひとつの場が関与する諸構造の「衝突」を包含するからこそ、「矛盾」の記述は日常における物的環境と人間活動の相互作用自体を成立させ外在化しうるものであり、そこでの出現の仕方や表象方法を検討することは、時に直接・率直的、情動的な生きた「人間の街」を考察するうえで今後重要となってくるのではないだろうか。

[Marcel Duchamp, Door 11, Rue Larrey(1927, Collection Fabio Sargentini, Rome)]

今現在は、ゲールが言うところの「技術至上主義的なモダニズム運動」に対抗して長年に渡り「人間の街」を目指す運動、概念形成および実践をおこなったことにより、そこで提唱される「人間の街」が今日のウォーカブルをふくめて自明の重要性をもっている。だからこそ、ゲールからシムに続く流れのなかで今後の考察・実践を参照する際に、我々がそこでの「矛盾」、つまりひとつの場が関与する諸構造の「衝突」にも向き合わない限り、「人間の街」も「人間の街」として定型・均質化してしまう危険性が含まれていると言えるだろう。

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書誌
著者:ディビッド・シム著
訳者:北原理雄
書名:Soft City:ソフトシティ 人間の街をつくる
出版社:鹿島出版会
出版年月:2021年10月

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橋本圭央
建築討論

はしもと・たまお/高知県生まれ。専門は身体・建築・都市空間のノーテーション。日本福祉大学専任講師。東京藝術大学・法政大学非常勤講師。作品に「Seedling Garden」(SDレビュー2013)、「北小金のいえ」(住宅建築賞2020)ほか