ディフェンスとオフェンスから捉える建築の清掃管理(論考:杉田洋)
「オフェンスクリーニング」と「ディフェンスクリーニング」
はじめに清掃について整理しておきたい。
清掃とは「汚れを除去すること」である。したがって、「汚れさせないこと」も清掃の一部である。私は前者を「オフェンスクリーニング」、後者を「ディフェンスクリーニング」と呼ぶことにしている。
オフェンスクリーニングで活用される手法として「在室者評価による清掃品質管理手法」★1 がある。本手法は、在室者が清掃品質を評価するポイント、つまり「どの部屋の・どの部位の(床や手すりなど)・何を(水滴やほこりなど)」を見て清掃品質を評価しているのかを明らかにする。つぎに、それぞれの評価ポイントに対する「現在の清掃品質」「要求する清掃品質」「満足度」を在室者に問い、満足度が低い順に、現状と要求の乖離を少なくするための清掃方法や清掃回数を検討する手法である。
長年、本管理手法を様々な建物に適用してきたが、面白い発見として「発注者がきれいにしたいところと、在室者や利用者がきれいにしてもらいたいところは決して同じではないこと」である。
通常マンションやオフィスビルなどで「エントランスホールは建物の顔」的な発想で、在室者の要求を上回る過剰な清掃が行われている。一方で、エレベーターの内部の清掃は在室者側の要求に満たない。またショッピングセンターなどでは、レジまわりに利用者の不満が集中している。
以上より、建物の用途を問わず、評価のポイントに挙げられる対象は「①歩行がとまるところ」「②体に触れるところ」に整理される。
①としては、「郵便ポストのまわり」「自転車置き場」「スーパーのレジまわり」「上履きに履き替える玄関ホール」などがあり、①②が重なる空間として「便所・洗面所」「エレベーター」などがある。
オフェンスクリーニングにおいては、上記2つのポイントから対象建物をチェックして、日常清掃や定期清掃の計画を立てる必要がある。
つぎにディフェンスクリーニングについてだが、方法は2つある。ひとつは、床材に保護層(ワックスなど)を何層にもわたり塗布しておいて、表面が汚れたら保護層ごと削り取る方法である。清掃時間が限られる商業施設などで有効な手段である。
2つ目は、「汚れを建物に持ち込ませない設計」である。下手な設計だと、建物所有者は長年にわたり高い清掃管理費を払い続けることになる。ちなみに65年のライフサイクルコストで事務所系建物における清掃管理費は全体の11%、SGDsやカーボンニュートラルでいつも取り上げられるエネルギーコストを上回っている。
省エネに必死になる前に、設計の工夫によりランニングコストは削減できる。しかしここに着目している設計者は少ない。
具体的にうまい設計、下手な設計について解説する。
持ち込まれる汚れで最も厄介なのが「水」である。持ち込まれた水は、汚れを吸収して乾燥することで床に汚れを固着させる。例えば、雨の日の商業施設において、地階駐車場からの入館者と、雨ざらしの1階平面駐車場からの入館者を比較するなら、地階からの入館者が館内に水を持ち込まないことはイメージできるだろう。この考えに基づいて、駐輪場からのアプローチや、徒歩で訪れる人のアプローチを考えている設計は上手い設計。それらが考えられていない設計は下手な設計である。さらに動線を、屋外(非清掃空間)→アプローチ(清掃空間)→屋内(清掃空間)と捉えた場合、屋外屋根の設置有無、アプローチ部分の長さや床仕上げ、吸水マットの設置有無などについて慎重に検討する必要がある。
クリエイティブメンテナンスへの展開
建物内でロボットが動きまわり、様々なサービスを展開する時代が到来している。
この度のテーマである清掃をはじめ、警備ロボットや配膳ロボット、案内ロボットなど、最近、ロボット導入のネットニュースを見ない日は無い。
私は、除塵型業務用床面清掃ロボットのJIS規格化に携わった折、ロボットの開発メーカーやビルメンテナンス会社、不動産業の方々から、約3年にわたり様々な意見を聞く機会に恵まれた。その際、開発メーカーの方の一言でBPS(Building Positioning System)の開発が始まった。
その一言とは「杉田先生、ロボットの価格の1/2弱は自己位置を認識するためのセンサなのですよ…」
いま、様々なサービスで導入されているロボットは、基本、導入前に建物内のどこをどう動くのかをティーチングする必要があるロボット、または空間を認識させるためにマッピングさせ、走行ルートを自動で設定できるロボットの2種類がある。いずれのケースでもロボットには自己位置を認識するために多額のコストが投入されている。
その時、思ったのが「建物側に各ロボットの位置情報を共有するシステムを設置して、各ロボットには、その受信機と緊急ブレーキだけつければいいのでは?」である。
そこで着目したのがBIMとの連携である。
現在、建築分野で導入が本格化しているBIMを維持管理段階でいかに活用するのかについて議論されているが、私がセンター長を務める広島工業大学建築保全ロボット研究センターでは、BIMの維持管理段階での活用は、「維持管理行為との連携」にあると考えている。
具体的には、BIMの空間情報や属性情報に基づいて行われるロボットによるメンテナンス行為から、様々な情報を収集することが可能になり、いままでアナログで行われていたメンテナンス行為のデジタル化「デジタルメンテナンス」が可能となる。
ただ、屋外を走る自動運転ではGPS(Global Positioning System)に代表されるGNSS(Global Navigation Satellite System)が自己位置推定に用いられるが、衛星から信号が受信できない建物内では異なるシステムが必要となる。
そこで本研究センターでは、建物内で動作するロボットの自己位置推定技術に焦点を当てBPSの構築を目指して研究を進めてきた。
このシステムの実現により、BIMから得られる情報に基づいてロボットを制御するとともに、ロボットから得られる様々な情報(人の動きや温湿度、床の汚れ度合いなど)を位置情報とともにストックすることが可能となった。ストックされた情報は、建築分野に留まらない領域で新たなビジネスを生み出す可能性を秘めており、建築のデジタルツインの実現に向けた重要なプラットフォームになる。
さらにこのシステムのJIS化がはかられ、共通の社会インフラとして整備が進められれば、ロボットの自律移動と中央制御のハイブリッド化やロボット自体に搭載するセンサ類のスリム化が進み、安価なサービスロボットが市場に出回ることでロボットの導入ハードルは飛躍的に低くなる。
サービスロボット導入におけるボトルネック
建物側へBPSが整備されたとしても、建築保全や種々のサービスのすべてがロボット化されない限り、ロボットと人との協働は避けられない。ここで問題になるのが、保全業務全般における契約である。
例えば、清掃や設備保守業務では業務委任契約が中心となっており、発注者が受注者に求める清掃作業や保守作業を仕様書に規定して、その作業に要する労務工数を積み上げて契約予定価格を定める。具体的に言うならば、受注者がロボットを活用して業務に取り組み、出面(人手)が減れば発注価格も下がるということである。しかしながら、そもそも発注者は、仕様書に規定する作業によって得られるサービスレベル(清掃ならば清掃品質・設備保守であれば安全の担保)を求めているのであり、品質が担保されるのであれば、どのような方法で受注者が保全業務に取り組んでも差し支えはないはずである。さらに言うならば、昨今の人手不足によって、建物利用者が満足するための保全作業を仕様に規定する発注者側の技術者は不足している現状がある。したがって、ロボットにより担保される均質性や正確性を前提に、保全業務全般の請負契約化が必要である。
この保全業務全般に請負契約化が進めば、人との協働を前提とした建築保全業務をはじめとしたサービスロボットの開発と普及は新たな局面を迎える。
注
★1 杉田洋, 近藤貴道: 庁舎における在室者評価による清掃品質管理手法に関する研究, 日本建築学会計画系論文集 第74巻 第637号, pp.643–652, 2009年3月.