ハイブリッド構造における組積造の可能性

[030 | 201904 | 特集:組積造の可能性 ── 組積造の思想と技術は現代に生かせるか?]

小西泰孝
建築討論
15 min readMar 31, 2019

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<はじめに>

構造設計を行う際、初期段階では構造材料を限定しないで、できるだけ幅広く可能性を考えることにしている。使用する構造材料は、木、コンクリート、鉄の3つが圧倒的に多く、その他、石、煉瓦、ブロックなどの古くからある材料や、構造材料としては新素材となるアルミ、ケーブル、膜、カーボンファイバーなどが対象となる。初期段階で構造材料を限定しないというスタンスは、かなり意識的にとっているもので、というのも、これから建築を作ろうと考えている建築主、それを具現化しようとする建築家がそれぞれイメージしていることを的確に構造設計に反映させるには、構造材料を限定すると、提案の幅が狭まると考えているからである。
ひとつの構造設計において、構造材料は必ずしも1種類とは限らない。「適材適所」という言葉がある。現在では、人材を適切に配置する際に使われることが多いが、この中の「材」は木材のことであり、もとを辿れば建築用語である。屋根や床を支える梁には曲げ強度が大きいマツ、土台には腐りにくいクリやヒバ、柱には意匠性やコストを考えヒノキやスギを用いる、といった個々の条件に応じた材種あるいは材料の適切な配置は、現在でも木材に限らず、様々な構造材料で行われている合理的な選定方法である。
ここでは、組積造を中心として、適材適所の考えに基づいて、他の構造材料や架構形式を組み合わせたハイブリッド構造の可能性について論考してみたい。

<構造デザインにおける組積造>

構造デザインにおいて、構造材料をどう選定するか、これは極めて重要なことである。前述の通り、私は設計の初期段階では、できるだけ構造材料を限定せず、意識的にあらゆる構造材料の可能性を模索するようにしている。建築の立地、空間の大きさ、境界の作り方、コストなど、多岐にわたる設計条件をひとつずつ整理して絞り込んでいく。その中でも私が重要な設計条件と位置付けているのが、建築主の構造材料に対する要望である。「温かみのある木の家に住みたい」、「裏山にあるスギを使って新居を作りたい」、「コンクリート打ち放しのオフィスを作りたい」、これらは私がこれまでに経験した建築主の要望であるが、いずれも構造材料に対する強い信頼と愛着を感じとることができ、構造デザインにおける上位の設計条件となる。中でも日本人がもつ木材に対する信頼と愛着は非常に強い。ご承知の通り、日本の国土の約70%は森林であり、それぞれの地域で身近にある木材が古くから構造材料として活用されてきた。一口に木材といっても樹種は様々で、さらに同じ樹種でも、国や地域によって、肌合いや強度が異なる。その地域の木材の特性を生かし、気候と風土に合った活用がなされ、長い年月をかけて信頼と愛着が築かれてきた。
木材以外で地域の特性を生かした構造材料は何か。それは煉瓦や石材ではないだろうか。人類が考え出した最も古い構造材料のひとつが、紀元前4000年頃から作られた日干し煉瓦であるが、これはその地域の土や泥を用い、その中に細かく刻んだ藁や草などの植物繊維をいれて粘着性をもたせ、手で運べる大きさに成形し、天日乾燥させたものである。のちに焼成煉瓦として発展し、現代においても、その地域に根差した煉瓦が世界各地で作られ、人々が愛着をもつ構造材料となっている。
長い年月をかけて築かれてきた構造材料に対する信頼と愛着。これは構造デザインにおいて、非常に大きなテーマとなると考えている。鉄、コンクリートなどの近代の構造材料は、多くの国や地域で安定して供給され、信頼性が高い構造デザインがどこでも可能であるが、一方、その国、その地域らしい構造デザインを創出するには、木材や煉瓦といった地域に根差した構造材料に大きな可能性を感じる。その中でも煉瓦や石材などを用いた組積造は、木造に比べると構造デザインに適用された事例は少なく、多くの可能性を秘めていると考えている。

<組積造におけるハイブリッド構造>

組積造の特性は、詳しくは他に譲るが、ここでは基本的な構造特性のみを記しておく。隣り合う石材や煉瓦は、お互いに大きな圧縮力を伝達することはできるが、引張力が加わると極めて容易に離れてしまう。また、相互にずれようとする力(せん断力)にもあまり強くない。圧縮力、引張力、せん断力、曲げモーメントの4つの力のうち、効果的に応力伝達することが可能なのは圧縮力のみであり、それ以外の3つの力には大きな抵抗能力を期待できない(図1)。これは極めて基本的なことであるが、組積造の構造設計において、強く認識しておかなければならない特性である。
日本において本格的に建築に組積造が導入されたのは、明治以降であるが、煉瓦や石材で壁を構築する工法は、地震が少ない西洋で発展したものであり、地震力が主要な設計荷重となる日本では、圧縮力以外の大きな力が加わる可能性がある。したがって、何らかこの短所を補う仕掛けが必要となる。

図1 組積造の基本構造特性

その解決方法のひとつがハイブリッド構造の適用だと考えている。建築構造におけるハイブリッドは、あるものを2つ以上組み合わせる構造であるが、大きく分けて2つの方法がある。ひとつは、「構造材料のハイブリッド」で、文字通り、木、コンクリート、鉄などの構造材料を組み合わせる方法である。もうひとつは「架構のハイブリッド」で、アーチ構造、吊り構造、トラス構造などの架構形式を組み合わせる方法である。いずれも適材適所の考えに基づいて、それぞれの構造材料や架構形式の短所を補いながら、より信頼性が高い構造体を作りだす仕組みである。
組積造におけるハイブリッド構造は、事例は少なく、解明されていない点が多い。強度や剛性、温度変化による伸び量などが異なる構造材料の組み合わせでは、相互の応力伝達を的確に把握しなければならないし、異なる架構の組み合わせでは、力の大きさ・向きが急激に変化する箇所が表れることもある。計算による評価が困難な場合は、構造実験を実施し、個々の短所と長所を明確に意識した設計が必要となる
計画においては、単に組積造の短所を補う仕掛けを付加するだけではなく、補ってくれた方の短所を、逆に組積造が補う仕掛けを付加し、相互扶助的な関係ができれば、ハイブリッド構造としての組積造の可能性がさらに高まるものと考えている。

以下に私が構造設計を手掛けた上州富岡駅を実例としてあげ、組積造におけるハイブリッド構造について記してみたい。

<鉄骨煉瓦造による上州富岡駅>

木骨煉瓦造による富岡製糸場

上州富岡駅について記す前に、2014年に世界遺産と国宝にそれぞれに指定された富岡製糸場(1872年・群馬県富岡市)について、触れなければならない。施設・建築の詳細は他に譲るが、ここでは構造について簡単に記したい。フランス人技師バスティアンにより設計された建築群の構造には「木骨煉瓦造」が採用されている。木材の柱と梁で骨組みを構成し、柱間に煉瓦を積んだ構造であり、日本で伝統的に用いられてきた軸組工法と、明治期に西洋から導入された煉瓦造が見事に融合した構造である(写真1)。構造材料は、基礎石の石材は連石山から、木材は妙義山などの官林から、煉瓦は近隣に新たに築かれた窯元からそれぞれ調達したもので、いずれも富岡近郊の地域に根差した材料が用いられている。煉瓦による建築は、富岡製糸場のみならず、街全体に点在して“富岡らしさ”を作りだしている。

写真1 富岡製糸場(提供:富岡市)

気概を継承した構造デザイン

煉瓦と木材が融合した富岡製糸場の最寄りの交通拠点として計画されたのが上州富岡駅である(写真2~4)。設計者の選定にあたっては、2011年にコンペが行われ、359案の応募の中からTNA(武井誠+鍋島千恵)が率いる設計チームが最優秀賞を獲得した。
コンペにおいては、応募要項に富岡製糸場に関連する内容が盛り込まれていた。その中に「富岡製糸場の最先端追求の気概を継承した構造デザイン」を提案することとされた一文があった。具体的な構造材料や架構形式を指定された訳ではなく、「気概を継承」するという漠然とした条件であったが、これまでにない新しい構造デザインを提案しなさい、と読み取ると同時に、何らか“富岡らしさ”がある構造提案をしたいという考えをもって計画に着手した。

写真2 上州富岡駅 全景(写真:TNA)
写真3 上州富岡駅 外観(写真:TNA)
写真4 上州富岡駅 内観(写真:TNA)

着想から構造システムの考案まで

このプロジェクトでは、コンペの初期段階から構造設計者として参画する機会を得た。先ず始めに、TNAからプラットホームを覆う軽快な大屋根を計画する案が提示された。1枚のスケッチには、この大屋根が柱状に積まれた煉瓦によって支持され、煉瓦の周りに人々が集うイメージが示されていた (図2)。長年、富岡で親しまれてきた煉瓦を用いた建築イメージであるが、前述の通り、地震力が支配荷重となる日本では、煉瓦は単独で細く薄く立ち上げようとすると、非常に不利な挙動を示す構造材料である。そこで建築イメージと構造安全性のバランスをとるために、煉瓦以外の構造材料とのハイブリッド化の検討が行われた。TNAはすでに煉瓦の中に鉄筋もしくは鉄骨を組み込むことを想定し、煉瓦と鋼材のハイブリッド構造をイメージしていた。引張に弱い組積造を、引張に強い鋼材が補うのは好都合である。一方で逆に鋼材の弱点を組積造が補うことができないかと考えた。鋼材の短所として、一番にあげられるのが、圧縮力が加わった際の座屈現象である。そこで、煉瓦と鋼材のそれぞれの短所を補う以下の2つの仕掛けを組み込んだ構造システムを考案した。

図2 TNAによるコンペ時のイメージスケッチ(提供:TNA)

①煉瓦の短所を補う構造システム
鉄筋によってプレストレスを導入し圧着した煉瓦による傾斜控え壁

②鋼材の短所を補う構造システム
煉瓦による傾斜控え壁によって座屈拘束された平鋼ブレース付き鉄骨柱梁架構

煉瓦と木材が寄り添う「木骨煉瓦造」による富岡製糸場から着想し、地域に根差した煉瓦による組積造を継承しながら、建築設計の自由度と構造の安全性を向上させるために鋼材を付加し、ハイブリッド構造とした「鉄骨煉瓦造」がこうして採用されることとなった(図3)。
煉瓦はより自立性を高めるために、柱状に積み上げた初期イメージを発展させ、傾斜控え壁形状とした。また、段状に積まれた煉瓦には、単に構造体としての役割だけではなく、界壁、掲示板、ベンチなど、様々な建築機能が盛り込まれた。

図3 「鉄骨煉瓦造」の提案

構造計画概要

大屋根架構は、1×9スパンの長方形平面(10.300m×88.910m)、高さ6.682mの鉄骨平屋構造とし、以下の3つの構造要素により構成している(図4)。

図4 全体架構モデル(煉瓦非表示)

1) 鉄骨柱梁
鉛直荷重および水平荷重を合理的に支持する架構として、鉄骨梁と溶接組立箱形断面柱によるラーメン架構を形成した。建物全体を覆うフラットな屋根架構は、3.0mピッチを基本とした鉄骨梁(H-200×200×8×12、H-150×150×7×10)とし、最大スパン9.3m、跳ね出しスパン2.755mを可能としている。この屋根架構は、鉄骨梁の交点に配置された計20本の溶接組立箱形断面柱(125×125×19)により鉛直支持されている。

2) 平鋼ブレース
鉄骨柱梁のラーメン架構に水平抵抗性能を付加する要素として、平鋼によるブレース(PL-9×150)を設定した。ブレースは、柱頭から1.0m~1.9m下方と基礎梁を結んだ分岐型のステー式ブレースとし、角度を9~60度で変化させている。配置数は、短手方向に13面、長手方向に10面とし、平面上、捩れのないようバランス良く配置している。

3) 傾斜控え壁
柱を中心とし、通芯上の2~4方向に煉瓦造による厚さ255mmの傾斜控え壁を配置した。この煉瓦造の控え壁は、255×122×70mmの煉瓦をフランス積で積層したもので、内部に異形鉄筋(D19~D25)を挿入し、プレストレスを導入し圧着することで、高さ1.2m~6.0mを自立させている。煉瓦と鉄骨柱は絶縁し、平鋼ブレースは緩衝材を介して、煉瓦の縦目地内に組み込むことにより、完全な一体性を避けながらも、煉瓦により平鋼ブレースの座屈を拘束することを可能としている(図5)。これによって平鋼ブレースは引張ブレースとしてだけでなく、圧縮ブレースとしても機能し、高い耐震性を確保している。

図5 煉瓦で座屈拘束される平鋼ブレース(提供:TNA)

実大スケールによる構造実験

煉瓦が平鋼ブレースを拘束する架構形式に対して、実大スケールによる構造実験を行い、耐力と挙動を確認している。試験体作成の際には、施工実験を兼ねることが可能であり、構造材料によって異なる製作・施工の精度や手順の確認を同時に行った。
煉瓦1個ごとにモルタルによる目地が設けられ、さらに目地の中に平鋼ブレースが挿入された架構形式では、相互の力の伝達が複雑化する。①煉瓦単体の圧縮試験→②モルタル単体の圧縮試験→③煉瓦とモルタルによる組積体の圧縮試験の順で予備試験を行い、最後に平鋼を挿入した組積体の圧縮試験を行い、設計で想定した座屈拘束能力を確保できていることを確認した(写真5)。
前述の通り、組積造のハイブリッド構造は、解明されていない点が非常に多く、実験による検証は極めて有効である。本実験に際しては、過去の類似の実験結果を多く参照させて頂いた。こうした実験の積み重ねが、組積造の新たな構造デザインにつながるので、是非とも実験・検証を行った際は、その結果を日本建築学会等で公表し、データの蓄積にご協力頂きたい。

写真5 煉瓦を座屈拘束材として用いた平鋼ブレースの圧縮試験

<ハイブリッド構造としての組積造の可能性>

上州富岡駅は、実大スケールによる構造実験を経て、現場施工へと進んだ(写真6)。前例のない煉瓦と鋼材のハイブリッド構造には、やってみて初めて分かることも多くあった。当初、手積みによる煉瓦の施工精度が、ミリ単位の高い製作・施工精度を誇る鉄骨工事に上手く追従するかどうかが、課題のひとつだと考えていた。しかしながら、実際に施工してみると、一段積むごとに微妙な目地量の調整によって、少しずつ設置位置を変化させることができる煉瓦造は、鉄骨工事の精度に追従し、誤差を吸収しながら、積層させることが可能であることが分かった。小さな単位を集積する組積造がもつ膨大な数の接合部は、構造一体性を妨げる分離点としてではなく、周囲に柔軟に追従するための膨大な数の調整機構であると考えれば、接合部の多さは、短所ではなく、長所として捉えることができる。
冒頭で述べた通り、組積造は圧縮力による力の伝達に優れ、この圧縮力によって構造物を安定させることができる。そして圧縮力を発生させるのは自重である。自重が極端に小さいと、圧縮力と異なる向きに力が働くと簡単に崩壊してしまい、軽量であることは組積造では短所となる。しかしながら軽量であるということは、運搬と設置が容易だという、組積造の長所とも言える。木材や樹脂などの自重が小さい材料を、他の材料と組み合わせ、必要な圧縮力を発生させれば、軽量材料の組積造にも大きな可能性があると考えている。
構造材料のリユース(再利用)に対しても組積造は可能性があるのではないだろうか。構造物を解体する際、リユースに適した形状で解体材を採取するには、大変な手間がかかる。そのため、木、コンクリート、鉄などの主要な構造材料では、リユースよりもリサイクル(再資源化)が主流である。組積造は、小さな単位(構造体)の集積であり、解体を前提とした単位のつなぎ方をあらかじめ考えておけば、のちにスムーズな解体・取り換え・リユースが可能だと考えられる。その仕組みを構築する際は、単一の構造材料ではなく、ハイブリッド化することで、可能性が一気に広がると思われる。
組積造にハイブリッド構造を用いることによって、それまで組積造の短所だと考えられていたことが、逆に長所となる可能性が広範囲にわたって存在すると考えられ、今後の展開に大いに期待したい。

写真6 煉瓦と鉄骨の現場施工(写真:TNA)

参考文献

小西泰孝、円酒 昂:レンガを座屈拘束材として用いた平鋼ブレースの圧縮試験(その1・2)、日本建築学会大会学術講演梗概集、構造Ⅲ、pp.1583–1586、2013.08

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小西泰孝
建築討論

1970年千葉県生まれ。1995年東北工業大学工学部建築学科卒業後、日本大学大学院理工学研究科建築学専攻において空間構造の研究に従事。1997年大学院修了後、佐々木睦朗構造計画研究所にて設計実務を経て、2002年小西泰孝建築構造設計設立。2017年より武蔵野美術大学造形学部建築学科教授。第3回日本構造デザイン賞など受賞