パリ・レポート ── 脱施設型五輪という視点から都市が読み直される

Paris Report: Rethinking the City from the Perspective of a De-institutionalized Olympics|062|202112 特集:ノンアーバン・オリンピック

林 要次
建築討論
Dec 10, 2021

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通常4年に一度開催されるオリンピック・パラリンピック大会。2020年に開催予定であった東京大会は、1年の延期を経て、今夏開幕した。テレビやネットのニュースから流れる情報は、日本人の活躍のみがフォーカスされ、一体どこでどんな世界大会が開かれていたのか、その祭典らしさを味わうことはできなかった。ただ、閉会式で次回の開催都市であるパリの様子が映し出されたとき、コロナ禍にあってもオリンピック・パラリンピックが祭典であることを改めて目の当たりにした。2024年開催予定のパリで行われる大会はいったいどのような計画になっているのか。

ここでは建築的・都市的な取組を少し概観してみたい。

Photo: ERIC SALARD CC BY-SA 2.0

100年ぶりの祭典

よく知られるように2024年のパリ大会は、パリで100年ぶりに行われる記念的な大会だ。蛇足だが100年前の1924年のメイン会場はパリ中心部から約11km北西に離れたセーヌ川沿いにあるコロンブというコミューン(市区町村にあたるフランスの行政単位)に計画され、メインスタジアムの設計者としてエコール・デ・ボザール出身の建築家、ルイ・フォー=デュジャリック (Louis Faure-Dujarric、1875–1943) が選定された。コンペ案を見る限り、未だ古典的なオーダーに引き寄せられたように見えるが、建設された最終案では、観客席上部にかかる屋根を構成する時代を象徴した鉄骨のフレームや、後年のフォー=デュジャリックのモダニズム建築にみられる端正なプロポーションによって立ち上がる外観は、新たな時代の到来を予感させるものであった。なお、このスタジアムは2024年大会ではフィールドホッケーの競技会場として使用される予定だ。

Photo: Auteur inconnu, photographie de presse / Agence Rol. Source BNF-Gallica — CC BY-SA 4.0

脱施設型/既存施設の再利用/建築・都市への期待

さて、話を次回の2024年大会に戻そう。次回のパリ大会の建築的・都市的な取組で興味深いのは、脱施設型ともいえる新施設建設の最小化、既存施設の魅力的な有効活用、都市組織と公共空間の巧みな読み替え/再構成を行っている点だろう。

脱施設型の側面は、東京大会との比較で見えてくる。競技会場マップにプロットされた全42の競技会場のうち、2021年6月に東京都が発表した資料★1によれば、東京大会のために新設した施設は7施設で、既存施設は競技会場の約83%を占めていた。もちろん前年にオープンした国立競技場は既存施設という位置づけだ★2。

これに対して、パリでは、競技会場の約95%を既存施設もしくは仮設とし、新しい主要なスポーツ施設としてアクアティックセンター(https://www.paris2024.org/en/olympic-aquatics-centre/、https://www.a234.fr/projets/centre-aquatique-olympique-paris-2024/)とアリーナ・ポルト・ドゥ・ラ・シャペルの建設にとどめ、新施設建設を極力抑える計画とした。既にパリとその近郊には、世界大会などで恒常的に使用されている施設が存在しているため、新設や大規模改修を最小限に抑える計画が可能となった。興味深いのは、パリ市内のセーヌ川沿いにある歴史的な建造物群──グラン・パレ、エッフェル塔の麓のシャン・ド・マルス公園、アンヴァリッド前の公園、コンコルド広場―やヴェルサイユ宮殿の眼前で各種競技が行われるのだ。こうした公共空間をスポーツの祭典の場として提供できる都市はほかに類例がないだろう。すでにあるパリの都市景観そのものの魅力を十分に活かし、既存の都市資産を十分に使い倒す提案には、建築や都市を楽しむ仕掛けがちりばめられている。

Photo: Eric Gaba CC BY-SA 3.0

都市ヴィジョンの醸成を支えるAPUR

こうした都市ヴィジョン成立の背景には、APURという組織の尽力がある。通称APURは、正式にはAtelier parisien d’urbanisme(パリ都市計画アトリエ)という組織で、1967年7月に設立された。非営利組織であるAPURは、現在29の官民パートナーがバックアップしており、官民パートナーには、フランス政府だけでなく、パリ市やパリ交通公団(RATP)など強力な組織が控えている。

WEBページに掲載されているように、2019年現在、APURは84名の正職員が在籍する組織で、研究チームには、建築家、技術者、経済学者、地理学者、社会学者、人口統計学者、地図製作者などが在籍し、さながら、フランスのユルバニスム教育における枠組みとの関係が見いだせる。もちろん、都市情報データベースの作成のスペシャリストや編集者なども所属し、公共的な位置づけにある都市シンクタンクの様相を呈している。

APURはこれまでパリの都市的・社会的な発展の調査分析のみならず、計画案の構想などを行い、記録してきた。APURが定期的に刊行した雑誌『PARIS PROJET』にはパリで計画された数多くの都市再開発事業の詳細情報が詰まっており、これまでの都市開発の営みを振り返る絶好の史料群を構成している。

APUR PARIS PROJET

APUR出身の建築家・ユルバニストが、パリやその近郊の都市デザインを牽引し、フランスのユルバニスム大賞受賞者に名を連ねている点も特徴的だ。例えば、パリの中心部にあるレ・アールの再開発を牽引したアントワーヌ・グランバックAntoine Grumbach(1992年受賞)、ブローニュ・ビヤンクールにあるルノーの工場跡地の再開発に尽力したフランソワ・グレテール François Grether(2012年受賞)、そして、2024年のパリ大会の選手村の開発を牽引する設計チームの一員ユヌ・ファブリック・ドゥ・ラ・ヴィルUne Fablique De La Villeのジャン=ルイ・スビローJean-Louis Subileau(2001年受賞)もAPUR出身者で、実践的な立場で活躍する人材を輩出している。

グラン・パリ大都市圏

APURは時代と共にその役割を変化させ、現在は都市情報データベースの作成に注力し、その対象範囲はパリのみならず「グラン・パリ大都市圏Métropole du Grand Paris」へと拡張している。この「グラン・パリ」は、2024年のパリ大会のみならず現在のパリの都市的な発展を示す重要なキーワードだ。

fig: fr.wikipedia.org “Métropole du Grand Paris”

「グラン・パリ」は、2010年に法整備化された「グラン・パリ法」に基づいたもので、その条文にあるように、都市の国際間競争力を高めるため、パリとその周縁部の全131コミューンを主要戦略地域として統合し、首都圏の持続可能な経済発展、連帯、雇用創出を促進する国益にかなった都市・社会・経済プロジェクトとして位置づけられている。さらに条文には、社会的、地域的、財政的な不均衡の解消を目的とし、地方自治体と市民がプロジェクトの開発と実施に関与することと記され、特に国が資金を提供して公共旅客輸送ネットワークの構築を目指していることが読み取れる。同心円状に拡張してきたパリが、再び広がりを見せており、現在のパリ市の面積が約105km²で東京の中心部7区程度の大きさなのだが、グラン・パリ圏は東京23区に匹敵する面積規模にまで拡張する計画だ。グラン・パリに関する報告はこれまで数多く発表されており、興味のある読者はそれらを参照してほしい★3。

グラン・パリとの接合

2024年のパリ大会のメイン会場はパリ北東部にあるコミューンのサン・ドニにあるスタッド・ド・フランスで、1998年のFIFAワールドカップがパリで開催された際に建設されたスタジアムだ。選手村やプレスセンターの位置はこのメイン会場を起点として検討された。オリンピック誘致の際、ホストタウンには、競技施設群を確保するだけでなく、選手や関係者が宿泊する選手村、選手たちの活躍を伝えるメディア関係者のためのプレスセンターの設置が必要となり、コンパクトな関係を維持しながらそれぞれ有効なネットワークでつながることが求められる。

パリ大会誘致の際にAPURのまとめた資料(2017年公表)には、こうしたつながりの検討フローが描かれている。資料冒頭にあるように、APURはこれまでのオリンピック・パラリンピック大会開催地のレガシーを概観し、都市的課題を抽出した。加えて2014年にIOCが提示した「アジェンダ2020」に掲げられたコストコントロールと経済的な節制、既存会場利活用、そして既存開発計画との整合性を図るという3つの軸を踏まえ、大会を契機とした都市の大規模開発に対して警鐘を鳴らし、巨大なオリンピックパークの建設とは異なる時代にあることを示した。

fig: fr.wikipedia.org “Grand_Paris_Express”

パリ大会では、既存のスポーツ施設をベースにしながらコンパクトな大会を実現するため、既存の都市インフラの活用と輸送システムの再構成を重視している。東京大会でもそうであったように、パリ大会でも選手村は大半の競技会場から10km圏内に位置するように敷地が選定され、2024年パリ大会をグラン・パリのコンセプトへ組み込むための空間的な整合性を図るスタディが重ねられた。グラン・パリで計画されたパリのメトロの延伸計画との整合を図り、競技会場と道路や公共交通機関のネットワークを詳細に検討し、先行整備路線の明確化、自転車道の整備、バリアフリー化など動線計画が再調整された。既存の都市開発事業との関係を重視し、開発事業のプロセスの中の一通過点としてオリンピック施設を位置づけることができたのは、パリとその近郊の都市プロジェクトの調査分析を横断的に行ってきたAPURの存在が大きい。

セーヌ川を基軸とした都市組織の再構成

オリンピック・パラリンピック選手村はメインスタジアムにほど近いセーヌ川沿いのプレイエル地区に計画されている★4。選手村の計画は、フランス人建築家ドミニク・ペローが率いるDPA(ドミニク・ペロー・アーシテクト)とAPUR出身のユルバニスト・スビローが主宰するユヌ・ファブリック・ドゥ・ラ・ヴィル、2018年度ユルバニスム大賞受賞者のペイザジスト(ランドスケープ・アーキテクト)集団アジャンス・テールらで構成されるチームが担当している。彼らの提案の特徴は、セーヌ川にアクセス可能な魅力的で視認性の高い河岸を設け、セーヌに直交した公共空間を創出し、当該地区のセーヌ川との関係の再構築している点にある。彼らの計画はあくまでもグラン・パリ構想の中間的な位置づけにあたり、2024年のパリ大会のためというより、むしろその後の2025年、2050年の都市像をどのように描くのかという点に焦点が当てられている。目指しているのはグラン・パリの計画へのスムーズな接続で、地理的、社会的、文化的、歴史的な既存の都市資産を探求し、レガシーに下支えされた大きな都市へと変貌させる計画モデルだ。

http://www.perraultarchitecture.com/

既存の都市資産であるセーヌ川を公共空間として再整備する計画は、近年のパリとその近郊の都市再開事業で共通している。セーヌ川を中心として発展したパリの都市プロジェクトでは河川の公共空間利用は欠かせないテーマであり、グラン・パリの連続的な景観の創出につながる。ペローも師事したAPUR出身のグランバックは、2007年にフランス大統領府と文化省が依頼したグラン・パリの計画でセーヌ川に着目し、河口のル・アーブルからルーアン、パリへと連続するセーヌ・メトロポール計画を打ち立て、グレテールもまた、ルノー工場跡地の計画で河岸の積極的な利活用を図る計画を実現したように、河川との関係を検討してきた蓄積は豊富だ。選手村においても、セーヌ川を中心とした都市組織が今まさに再構成されようとしており、グラン・パリを貫く景観的なつながりが創出されるのだろう。グラン・パリの計画が一部遅延しているニュースも耳にするが、2024年のパリ大会ではどこまで実現できるのか、楽しみである。

パリからの学び

このようにパリの2024大会に向けた取り組みを見ると、これまでのオリンピック・パラリンピックを契機とした都市開発は、もはや時代遅れだということが鮮明に浮かび上がる。同時に都市間競争に晒されるオリンピック・パラリンピックのようなメガイベントを開催する都市にとって、APURのような都市の将来を構想し、その検証を継続的に行う組織の存在の重要性も浮き彫りとなる。パリの状況から垣間見られるのは、東京大会の混沌とした状況を助長したのは、こうした都市と真摯に向き合い続けるAPURのような組織の不在が原因なのかもしれない。都市には幾重にも重ねられた都市組織(アーバン・ティッシュ)を織物のように丁寧に紡ぐ 、そんな組織が必要なのだろう。

★1: 新規恒久施設等の整備状況https://www.2020games.metro.tokyo.lg.jp/taikaijyunbi/torikumi/legacy/index.html#legacy

★2: 7つの施設の後利用計画は十分に検討されている。ここでは詳細は触れないが、興味のある読者は東京都が発表した資料等を参考にしてもらいたい。

★3: 近年の論考では、荒又美陽の論考「パリのリスケーリングとメガイベント―グローバル化・脱工業化をめぐる都市計画とその課題―」(『駿台史学』第166号,2019,pp.71–88)が詳細を伝えている。参考文献に挙げられた赤星ら(2011)、岡井(2011)、鳥海(2011,2013)の論考は建築や都市の専門誌に掲載された速報的な位置づけにあり、当時のグラン・パリの状況を正確に伝える重要な論考である。また、荒又の「グローバル・シティのオリンピック―脱工業化、リスケーリング、ジェントリフィケーション―」(『経済地理学年報』第66巻1号,2020、pp.29–48)もあり、地理学分野での政治地理学的なリスケーリング論と接続され、今日的な課題が提示されている。これらのリスケーリングの状況は、かつてエコール・デ・ボザールで都市計画が「グランド・コンポジション」と呼ばれていたことを踏まえれば、都市組織の再構成に過ぎないのだろう。

★4: プレイエルに建設される新しいメトロ駅舎の設計は、隈研吾建築都市設計事務所が選定され話題となった。https://kkaa.co.jp/works/architecture/saint-denis-pleyel-emblematic-train-station/

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林 要次
建築討論

林 要次/Yoji Hayashi はやし・ようじ/建築家。芝浦工業大学PD研究員、センブンノイチ共 同代表/神奈川県生まれ。芝浦工業大学卒業。横浜国立大学大学院修了。パリ第8大学D.E.A. ( 建築・都市設計)課程修了後、日仏で建築・都市設計修行。博士(工学)。一級建築士。専門は 設計意匠・建築理論・建築教育。