フェミニストの空間実践の可能性

連載:改めて、ジェンダーから建築を考える(その2)

根来美和
建築討論
14 min readMar 6, 2023

--

建築分野におけるジェンダーバイアス

2017年より世界規模で広がった#Me Too運動を経て、近年日本でもジェンダーを巡る議論が活発化し、建築分野においても、その波及がみられる★1。井本佐保里氏は、『表現の現場ジェンダーバランス白書2022』において、第一線で活躍する建築家や研究者のジェンダーバランスは縮まってきているものの、女性建築家の場合、単独ではなく男性とのユニットとして活動あるいは受賞する事例が多いことや、家政学と女性が歴史的に関連づけられてきた経緯★2から、設計する規模やビルディングタイプによってジェンダーの棲み分けが依然として根強いことを指摘している★3。男女二元的な統計を称えることはできないが、従来の性規範に基づいた意匠設計、建設施工現場、教育、批評、建築史の記述が繰り返される限り、流動的なジェンダーのあり方を可能にする建築思考は醸成されないだろう。では、このような建築分野の現状において、どのようなアプローチが可能だろうか。本稿では、フェミニスト建築設計組合の事例を通して具体的に考えたいと思う。

不法占拠とフェミニスト建築設計組合の設立

近年再評価が進む空間実践の一つに、1980〜90年代前半にロンドンで活動したMatrix Feminist Design Co-operativeがある★4。Matrixの設立は、当時のロンドンの住宅環境やアクティヴィズムと深く結びついている。社会主義やリベラルの政治思想に傾倒していた設立メンバーの多くは、1960年代後半に起きた住宅危機に対し、住宅格差や不十分な住宅政策に抵抗するため、スクワッティング(空き家や廃墟の不法占拠)した住宅や、期間限定で貸し出される低家賃住宅に住んでいた★5。ロンドンでは、1970年代半ばまでに3万人以上の不法占拠者がいたとされ、占拠された建物の大半は、取り壊しや修復が計画されていたものの長引く建築計画と資金交渉のために長期に渡って空き家となっていた公営住宅であったという。そして、占拠集団に属する若者の多くは、当時AAスクールやロンドン大学バートレット校で学ぶ建築学生だった。

Fig. 1 非営利団体Advisory Service for Squattersによって刊行されたハンドブック『Squatter’s Handbook』(1975年、1978年、1981年)

一方、不当な再開発計画が進む中、建築事務所で働く傍ら、住民やテナントから建築相談をボランティアで受けていた建築家たちは、建造環境★6の変革の必要性を感じていた。そこで1975年、建築家や建設従事者、活動家、学生らによる連合体「New Architecture Movement」(通称NAM)★7が立ち上がり、建築の公益性を改善するための議論が繰り広げられていた。その激動のなか、男性優位の建築教育と労働環境を目の当たりにしていたNAMの女性メンバーたちは、フェミニズムの観点から建築設計や建設、建造環境を考え直すための会合を開催するようになる。その結果が、女性建築家や大工職人を中心に結成されたThe Feminist Design Collectiveであり、1981年、フェミニスト理論の実践を掲げる建築設計組合Matrixへ展開していった。

Fig. 2 1987/88年に刊行された小冊子『NAMハンドブック』の「フェミニズムと建築」による誌面の一頁[出典:New Architecture Movement (NAM) Digital Archive]

アクティヴィズムとコミュニティアクション

草の根的な社会運動に身を投じ、数年にわたる不法占拠生活を通して修繕や大工仕事を体得していったメンバーが、フェミニスト建築組合を結成するに至ったのは必然的な流れであったと言える。家父長制と階級構造が反映されたテラスハウス建築を、立場や生活形態の異なる個人が共同生活できる場所へと改造しハックする政治的行為は、異性愛主義の核家族を想定した従来の家族観や恋愛関係とは異なるオルタナティブな共同体と生活のあり方を提示していた★8。彼女らにとって、占拠は、権力構造を文字通り解体する行為であり、都市空間を自らのものだと主張し取り戻す方法を与えてくれたのだ。また、反政府的な共同生活を維持するためには、多くの会合が必須となる。ボトムアップ型の集団の合意形成の過程と運営に解放の可能性を見出したメンバーは、試行錯誤しながらフェミニスト的空間実践の方法論を模索したのだった。

周縁化される人々が、自らの空間を作るために

1980年代に入り、ロンドンの行政区は不法占拠の住まいを合法的な居住形態として認め、組織化した占拠共同体に補助金が提供されたため、数多くの​​住宅協同組合が生まれることとなった。このような背景から、Matrixは自治体出資の建築設計に携わり、とりわけ女性、移民、有色人種、レズビアンやゲイコミュニティの施設を手がけた。Matrix自身が、当時の行政機構グレーター・ロンドン・カウンシルから助成を受けることができたため、女性団体に無償で建築設計業務を提供できたことも特筆すべきだろう。自治体との交渉が必要な敷地や物件の紹介、資金調達のための助成金申請からプロジェクトに関わり、周縁化される人々が都市において自らの空間を確保する権利を全面的に後押しした。

Fig.3 Matrixメンバーの集合写真、撮影年不明。(時期によって所属メンバーは異なる)[出典:Matrix Open feminist architecture archive (MOfaa)]

「建築言語と実践を明瞭にし、専門家でない人々にもアクセスできるようにすることが重要でした」★9とメンバーが語るように、Matrixの設計指針は、施主の声に徹底的に耳を傾け、共に空間を作ることであった。そのため、図面の書き方など基本知識を教える授業を提供したり、ドールハウスサイズの模型(縮尺12分の1)を作り、施主団体が設計プロセスに関われる環境作りに努めた。施主の要望を聞くというと当然のように聞こえるかもしれないが、声がかき消されやすい社会的立場にある施主の場合、建築家が意見を汲み取り意匠に反映する過程で生まれる力関係とその限界を侮ることはできない。

最もよく知られるプロジェクトに、1987年にロンドン東部に完成したジャゴナリ・アジア女性教育センターがある。ジャゴナリの場合、以前から人種差別的攻撃に悩まされていたために、アジアやイスラム教を思わせるファサードや、通りに対して開放的なデザインは避けるなど、安全面を確保する必要があった★10。さらに、施主はバングラデシュ系が中心だったが、アジアという大きな括りの中で排除を生まないよう、特定の宗教建築様式に紐づくシンボルは慎重に避けられた。一方で、利用者がコミュニティ意識をもてるよう、施主団体とピクニックへ行くなどの交流を通して、彼女らが好きなパターンや色彩、文化・宗教的な生活のニーズについて話し合ったという。近隣建物が指定建造物のため景観を保たなければならないという条件も加わり、深緑の装飾的な金属格子が窓に施され、コミュニティに繋がる意匠と安全性の双方を担保するファサードが採用された。また、複数が床座で一緒に調理できる場所の確保と低めのシンク、和式トイレの設置、全面バリアフリーとするなど、さまざまな利用者を想定したニーズが反映されている。

Fig. 4ジャゴナリ・アジア女性教育センター(2017年撮影)。現在は保育施設として使用されている。[出典:The Survey of London 撮影:Shahed Saleem]

ヒエラルキーをうまない設計プロセスと組織を目指して

Matrixでは、ヒエラルキーのない設計プロセスとフラットな組織形態を作るため、建築資格を持つ持たないに関わらず、建築家や大工全員に同じ報酬があてがわれた。スターアーキテクトを目指す過剰な競争環境を加速させるのではなく、アイコニックな建築を生むことを目標とするのでもなく、本来的に協働的な建築の労働環境を編成しなおす必要があったのだ。しかしながら、実務において、責任や業務内容の異なる個人が完全に横並びの組織を作ることは難しい。Matrixも最適な方法論を作り上げられたわけではなく、過酷な労働時間を要した実態など困難も明かしている★11。サステナブルな労働環境を如何に作るか──これは、今現在においても協働作業における課題であり挑戦である。

1980年代前半、勢いづいたアクティヴィズムと労働党左派による社会主義的政策の追い風を受け、Matrixは様々な施設を手がけた。しかし、新自由主義を推し進めたサッチャー政権によりグレーター・ロンドン・カウンシルが1986年に廃止されると、Matrixも資金難に陥り、1994年に活動を中止せざるを得なくなった。解散後、メンバーはそれぞれ建築に関わり続け、特に創立メンバーでもあるジョス・ボーイズは、建築とフェミニズムに関する講義・執筆活動の他、「The Matrix Open feminist architecture archive」や、従来のディス/アビリティの概念と「差異」の判断基準を超えて建築を考え直す「The DisOrdinary Architecture Project」★12の立ち上げなど精力的に活動している。

コロナ渦中、安全で手頃な価格の住宅の不足や、コミュニティ施設、緑地へのアクセスの欠如など、居住環境のさまざまな不公正が明るみになったと同時に、人種差別やケア労働におけるジェンダー不平等も浮き彫りとなった。個人主義的な社会活動の限界が見える中で、コレクティブというあり方にも期待が高まっている。都市空間を如何に公平な方法で設計することができるかというMatrixが問うた問題は、現代にも響いている。

不法占拠とフェミニズムが結びついた40年前のロンドンの都市環境例は、日本の文脈からは想像しづらいかもしれないが、協同組合としてのMatrixの設計手法はコーポラティブハウスやコミュニティをベースとしたまちづくりの手法に近い。フェミニスト的建築思考は形式や審美だけでなく、プロセス自体に息づくものだ。現代の視点から、建築知識と技術を共有し学びあうインフラ作りや、空間の利用者と施主、設計者、施工者の関係性、さらに設計事務所内の組織のあり方と労働環境を考えることは重要だと思われる。反差別を掲げ、ヒエラルキーを作らない包摂的な空間実践をコレクティブという形で模索した取り組みから、学ぶことがあるのではないだろうか。■

_

★1:建築討論web 067 「特集: Mind the Gap──なぜ女性建築家は少ないのか」では、2000年代後半からポストフェミニズムと呼ばれる意識(反フェミニズム感情とバックラッシュ現象が 若い世代に広がっている状況下でのフェミニズム)があることを指摘した上で、長谷川逸子、乾久美子、貝島桃代へのインタビューを中心に、日本の建築設計におけるジェンダーギャップに焦点が当てられている。
★2:『a+u』2022年1月号にて「特集:住居学と日本の女性建築家」の編集をつとめた貝島桃代は、女性の大学進学が限られていた中、20世紀初頭に設立された日本女子大学家政学部と後の居住学科が建築教育において担った役割を評価し、住居学教育の歴史とともに様々な功績を残してきた同校出身建築家の作品を紹介している。
★3:井本佐保里「建築分野のジェンダーバランス」(表現の現場調査団『表現の現場ジェンダーバランス白書2022』354–355頁
★4:2019年、1980–90年代の功績が評価され、王立英国建築家協会RIBAゴールドメダルにノミネートされた。また、2021–22年にロンドンのバービカンセンターにて、展覧会『現代をどう生きるか:Matrix Feminist Design Co-operativeと改めて空間を考える』が開催され、他都市へ巡回。2022年には、絶版となっていたMatrixによる書籍『Making Space: Women and the Manmade Environment』(Pluto Press、1984年)が再版された。
★5:Wall, Christina. ““We don’t have leaders! We’re doing it ourselves!”: Squatting, Feminism and Built Environment Activism in 1970s London”, field: 7(1), 2017, p.129–142.
★6:ビルド・エンバイロメント(Built environment)のこと。人々が生活し働く環境として、建築や建物、構造物、インフラ機能、施設などを集合的に捉えた人工的な環境を指す。「建造環境」や「構築環境」と訳されることが多い。
★7:1975年から1980年の5年間にロンドンで起こった会合であり運動。オンラインアーカイブ「New Architecture Movement (NAM) Digital Archive」で、活動内容や資料を参照できる。
★8:Wall, 2017.
★9:“Why are our cities built for 6ft tall men? The female architects who fought back.”The Guardian, 19 May 2021.
★10:Matrixによるリーフレット「Jagonari Womems Educational Resource Centre」(Matrix Open feminist architecture archive (MOfaa)掲載)
★11:Ashworth, Susie., Clark, Justine., Boys, Jos.“In conversation with … Jos Boys.”Parlour: gender, equality, architecture, 11 June 2020, https://parlour.org.au/series/in-conversation/in-conversation-with-jos-boys/. また、元メンバーのAnn de Graft-JohnsonやGozi Wamuoは、卒業したばかりの女性建築家が幅広いプロジェクトに関われる素晴らしい環境ではあったが、人種問題についてはメンバー内で十分に話し合う土壌ができていなかったと、Matrix Open feminist architecture archive (MOfaa)によるインタビューで振り返っている。
★12:2008年、アーティストZoe Partingtonとともに立ち上げられた。障がいのある建築家やデザイナー、アーティスト、教育者を招きワークショップやレクチャーを企画するほか、障がいのある人々が建築を学ぶ環境作りに励む。

--

--

根来美和
建築討論

ねごろ・みわ/キュレーター、研究者。建築学(建築史専攻)修了後、空間デザインに従事したのち、現在ベルリン/ウィーンを拠点に活動。トランスカルチュラルな表象やパフォーマティヴィティ、デコロニアル理論と近代の再編成への関心を軸に、主に現代美術や舞台芸術に携わる。