フロントローディングの(不)可能性

連載:情報技術による建築生産の職能再編──発注、設計、施工、維持管理を俯瞰して──(その1)

石原隆裕
建築討論
Aug 22, 2023

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現代日本の建築生産は複雑かつ高度化し、リスクが大きくなっている。新国立競技場や万博関連施設の建設など、広く世間に知られた例に限らず、様々な葛藤があるが、それに応じてDB(Design Build), ECI(Early Contractor Involvement)などの発注方式が導入され、生産性向上が目指されてきた。

この連載では、BIMを切り口に、建築生産に関わる様々な立場を俯瞰して、全体として効率化された建築生産のあり方を考えたいと思う。ひいてはその思考を通じて、建築に関する職能についても再考するつもりだ。

第1回目は、「フロントローディング」と言われる生産性向上の取り組みを通じて、現状の建築業が全体最適になり得ない背景をみていく。

フロントローディングの原義と期待

BIM導入の目的としても時折聞かれるフロントローディングだが、もともとは製造業で生まれた全体最適化の取り組みだ。

(経済産業省「2020 年版ものづくり白書」)

一般にフロントローディングとは設計初期の段階に負荷を掛け、作業を前倒しで進めることをいう。ここでは、生産効率の改善のためにこれまで製造段階でやっていた検証を設計段階でやる、というのが原義と考えて論を進める★1。

なぜ製造段階での検証を設計段階で行うことが生産効率の改善につながるかといえば、現物を手にしたうえでの手戻りや不確実性の解消よりも、机上の検証作業の方が低コストだからだ。

例えば、製品の図面から製造現場で考えながら治具を製作するのではなく、設計段階で治具の形状も検証して絵を起こしておけば、スムーズに治具を作成できる。3Dでの検証を行うことで施工が円滑になり、サクラダファミリアの建設スピードが上がったという話をご存じの方もいるだろう★2。

さて、BIMソフトを使用すれば、そんなフロントローディングを建築生産に導入して、全体として効率化できるだろうか。

設計施工分離方式の場合

まずは設計施工分離方式の場合を見てみよう。しばしば設計事務所の中では「通例では実施設計段階で検討される内容を基本設計段階で検討することで作業負荷を減らす」というようなフロントローディング論が聞かれる。

(AUTODESK BIM design より引用,最終アクセス 2023/08/02 , https://BIM-design.com/BIM-dx/BIM/03-front-loading/)

実施設計段階の方が検討項目や作図枚数は多いので、実施設計から基本設計への負荷の載せ替えというのはありそうな話に思える。

しかし、実施設計と基本設計という設計の範囲で負荷をやり取りしても効果が薄いのではないかという疑問も浮かんでくる。製造業での原義に立ち返れば、モノを使って検証されていたことを机上検討で解決するのがフロントローディングなので、生産設計レベル+αの検討を設計段階で行うのがフロントローディングになるのではないか。

BIMの目線でいうと、通例では施工段階に入って作成される設備配管のモデルなどを設計段階で作成し、問題点の洗い出しをすることになる。実例として、フランク・O・ゲーリーはBIMを駆使して詳細に設計することで、ルイ・ヴィトン財団のような複雑な形状のビルを実現することが知られている。

ここで問題になるのは、製造業では同じ企業の中で設計部と製造ラインが存在するのに対して、建築生産では設計事務所と建設会社という異なる企業がそれぞれの段階の責任主体になっていることだ。

責任主体をまたいで負荷の載せ替えをしたら何が起こるだろうか?

まず、設計事務所に追加業務を課すのであれば業務費も追加が必要ということになるし、建設会社からすれば業務範囲と請負金額が減ることを意味する。このようなコスト移転なく負荷だけ転嫁すれば、設計事務所は資金ショートに陥るだろう。

次に、たとえコストの問題が解消したとしても、設計事務所の検討内容をそのまま受け取る施工会社がいるのかという話がある。現実問題として、日本の商慣習で施工者が負わざるを得ない責任を考えると、施工図として再度検証せずにいられなくなるのではないだろうか。これではフロントローディングが施工段階の負荷を減らす効果が減ってしまう。

このような状況に照らすと、設計施工分離方式ではフロントローディングは実現しにくいことが見て取れる。慣例に反する予算配分と、標準外業務に対する責任分担が、各社にとって受け入れやすいものではないからだ。

別の発想として、設計段階で工事本体とは別に、事前検証を施工性検証業務として工事業者に発注し、小規模に実施されることがないわけではないが、極めてまれだ。往々にしてメーカーの営業活動の範囲で折込図と呼ばれる参考図を描いてもらうところまでで、ゼネコンに委託費を払って検証業務が契約されることは一般的ではない★3。

設計施工一括方式の場合

設計施工一括方式ではどうだろうか。近年は、角川武蔵野ミュージアムのようにアトリエ事務所をデザイン監修者としつつ、ゼネコンによる設計施工一括方式で実現するプロジェクトもある。設計を含めて責任主体をゼネコンに集約することでフロントローディングがやりやすくなりそうだ。BIMの文脈でも、「設計と施工で共通のBIMを構築することはゼネコンのほうがやりやすいはずだ」といった声がある。

(日建連「フロントローディングの手引き 2019」より)

しかし、期待がもたれるゼネコンでのフロントローディングだが、設計施工一括方式の場合であっても、最大の障壁は設計段階の予算と人員が慣例に反して増えることの合意をどのように取るかだ。

設計施工の一括契約であってもゼネコン設計部の予算と現場の予算は別なので、通常の契約と同じように予算が組まれ、設計部の予算の中でフロントローディングを実現しようとすると資金ショートが発生する。これは設計施工分離発注の場合と変わらない。

また、検討内容を実際の生産段階での詳細度とするのであれば、設計部の人材ではなく、生産設計や工務の担当者も配置したいところだ。したがって、通常の設計費とは別にフロントローディング費を見込み、検討人員も追加配置する必要がある★4。

この際、単純に施工者側の作業が切り分けられて早期着手するだけなら話は簡単だが、施工者が必要とする情報を提示するために、通例の設計行為では描かない詳細を検証する作業が設計側で必要となると、設計コストが上がる。

余計な仕事が増えているかのように見えるが、設計段階で密度の高い施工検討ができればトータルでもメリットがある。コストが発生するタイミングは早まる一方で、現場での手戻りや工事遅延の発生が抑制されることで工事原価が下がるからだ(むしろ、そうならないのであれば、作業対象を間違えていることになる。間接費を微増させて直接工事費を削減し、工事の利益率を改善させるような検証対象を狙うことこそがフロントローディングの本質だからだ★5)。

このような改善を意図しても、設計部だけで見れば、設計原価は増え、負荷が増えているところだけが目立つ。筆者の実体験としても、フロントローディングが設計部のBIMの枠組みで着想され、従来通りの設計外注費で予算組みを試みた結果、目標と資金が一致しないというパターンがある。

つまるところ、ゼネコンは責任主体となる法人を一元化することはできていても、設計から施工までを垂直統合しているわけではなく、あくまで社内にはセクショナリズムが存在し、その壁を乗り越えるのはそう簡単ではないのだ。既存の業務領域に手を入れるためには、経営レベルの判断が必要となるという難しさがある。 特にBIMのような新規の取り組みが絡むと、コスト負担をするのはどの部署かという点で、問題の複雑性が増す。

生産性向上の手段には、建材調達のボリュームディスカウントや選別受注など、新技術にチャレンジせずとも施工段階単体で導入できるものがあることと、競業他社と大きく異なるサービス内容を提供するインセンティブがないことから、設計と施工を絡めて全体最適化する方向に進みにくいのではないだろうか。

住宅系プロジェクトの場合

ゼネコンと比較して、成功裡に垂直統合による生産性向上を進めているように見えるのが、住宅系の事業者(ハウスメーカーとマンションディベロッパー)の内製設計・施工部門だ。設計段階から製作や調達に関する情報をBIMに入れることで業務の効率化を図っている例や、施工に必要な情報入れを設計部に委託して事前準備を行っている事例を目にすることができる★6。

建築主であり維持管理者でもあるハウスメーカーやマンションディベロッパーの場合には、垂直統合するように経営層のリーダーシップが発揮され、フロントローディングができているのだろうか?

非住宅系の垂直統合にも例があり、Katerra★7という企業が注目されていた。また、ゼネコンにも不動産開発の事業部やビルメンテナンスの子会社があることを考えれば、幅広い事業領域を抱えていることが鍵ではなさそうだ。

住宅系と非住宅で何が違うのかといえば、各物件の類似性の高さだろう。住宅はほぼ同じ仕様のものが一年の間に何戸も竣工するのに対して、非住宅(例えば県立美術館だとか)で同じ仕様のものを年に何度も竣工させるという経験は、設計者も施工者も想定しにくいものがある。住宅系のプロジェクトの場合、類似性の高さから一度システム化に投資すれば多くのプロジェクトで回収できるため、過去の経験を踏まえ垂直統合されたシステムを構築するインセンティブがある。換言すれば、住宅系プロジェクトでは群を生み出すシステムが設計対象であり、個別の建物を設計しているわけではない。

こうして見ると、住宅系プロジェクトでは生産と設計の垂直統合はなされていても、フロントローディングという時系列に逆行するフィードバックはされておらず、過去物件→今回物件という順行時系列での継続的改善が行われていることになる。

時系列に逆行するフロントローディング(FL)と順行する継続的改善

このような継続的改善を行うと、効率化の反面で後工程が制約条件として前工程を規定することに留意する必要がある。

単純化した例を考えてみよう。過去の経験から、失敗しない建具の既製品リストを作り、そこから選択するように設計を制約するとする。個別製作による建具が皆無ならば、建具メーカーとの協議は不要だし、製作不可となって再検討する手間もないし、現場の乗り入れまでの工程の確度も高くなるので管理費も多少抑える効果があるかもしれない。しかし、個別解を求めるのであれば物件単位で可変性を持たせないと要望には答えられない。もし個別的な検討をしてしまうと、スケールメリットを失ってしまうので、設計システムの継続的改善は非住宅には適用しにくいと言えるだろう。

前述のKaterra社の失敗は、自社の規格化された建材を設計者が利用せず、垂直統合されない形で設計を続けたため、想定された生産性を発揮できなかったことも一因にあるようだ★8。

設計と施工の再編

長々と書いてきたが、指摘したいのは以下の問題だ。

  1. 建設技術が高度化するなかで、早期に生産と設計を擦り合わせる設計と生産の垂直統合への期待がある
  2. 設計と施工に分離していると契約(責任と報酬)や体制が障壁となる
  3. ゼネコンによる設計施工一括発注であれば済む話ではなく、ゼネコン内の業務再編にも踏み込む必要がある
  4. 垂直統合にはフロントローディング以外にハウスメーカーのような規格化による継続的改善もあるが、適用範囲は限定される

今後、さらに垂直統合の期待は増えてくることが予感されるが、同時にKaterra社のような垂直統合の失敗例も見ると、生産によって事前に設計の与件を決めすぎることのデメリットも見えてくる。早いタイミングで生産を折り込むと設計の検討の幅が狭まるのではないかという懸念だ。

個人的観測の範囲でも、ゼネコンの設計施工を活用したいという意図はありつつも、アトリエ事務所をデザインアーキテクトとして組み込んだり、基本設計まで組織事務所に委託しDBは実施設計以降とするなどの発注形式が採用される背景にはこの懸念があるように見える。

DBやECIのような契約形態に応じて、設計と生産設計や工務に分かれていた職能が、基本設計者と詳細設計者(実施設計+生産設計+施工計画)のようになるのではないだろうか。そこでようやくフロントローディングは実現できる可能性が出るのではないだろうか。

現在の職能(上段)と再編された職能(下段)

さて、今回は設計や施工など建築産業の視点を中心にフロントローディングについて見た。フロントローディングに限らず全体最適化の最大の受益者は、他でもなく全体に投資している建築主だ。

そうであれば、発注する側の制度設計・プロジェクトマネジメントが重要になってくる。そこで、次回は発注者側、プロジェクトマネジメントの視点から見ていく。■

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★1:作業の前倒しだけではその目的が読み取れないので、フロントローディングの定義は立場によってニュアンスが加えられている。自動車産業の知見を持つ日野三十四に依拠して、経済産業省「2020年版ものづくり白書」では「できるだけ開発の初期段階であるエンジニアリングチェーンに資源を集中的に投入すること」としている。同時に、その目的は本文で引用した図版の通り、全体負荷を低減することにある旨が示されている。また、日建連「フロントローディングの手引き2019」では「プロジェクトの早い段階で建築主のニーズをとりこみ、設計段階から建築主・設計者・施工者が三位一体でモノ決め(合意形成)を進め、後工程の手待ち・手戻りや手直しを減らすことにより、全体の業務量を削減し、適正な品質・コスト・工期をつくり込むこと」としている。
★2:CADでの検証に加えて3Dプリンターの利用など、作業効率が高まった理由は複数ある。 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO79896760Z11C14A1000000/
★3:海外事例では施工者による事前検証業務に関して契約制度などが整っている地域もあることがわかる。田村篤:「公共建築工事の ECI 方式おける技術協力業務に関する国際比較研究」日本建築学会建築社会システム委員会第 37 回建築生産シンポジウム 2022
★4:日建連「フロントローディングの手引き 2019」人材・組織の項を参照
★5:設計図書に不整合が多い状態で工事に入ることがゼネコンの収益性を悪化させており、施工者の設計段階への参画は実務者ヒアリングでも有効と見られている。志手一哉・小菅健『現代の建築プロジェクト・マネジメント — 複雑化する課題を読み解く』10 章ゼネコンへのヒアリング調査
★6:例えば積水ハウスは各部門で独立していた情報システムを統合してアフターサービスまで共通の DB を構築して利用している。 https://built.itmedia.co.jp/bt/articles/1906/26/news009.html ほかの事例では長谷工コーポレーションは意識的な経営判断によって BIM による生産性向上を実現している。https://www.toshiba-elevator.co.jp/elv/new/support/bim/h-talk01.html このレポートは筆者も参加してヒアリングを行ったもの。 「施工に必要な情報を設計に入力してもらっているので、その分設計の人工は増えますが、経営トップは、会社全体で利益を上げればよいというスキームを描いていた。」というのが印象的である。
★7:かつて存在したアメリカのベンチャー企業。ソフトバンクグループなどからの出資を受けて建設業における垂直統合を目指していたが、すでに経営破綻している。
★8:https://www.architectmagazine.com/technology/katerras-2-billion-legacy_o この記事では元社員へのインタビューを踏まえ “Consequently, Katerra ended up with both leaders who didn’t know how to navigate the industry and industry experts who were set in their old ways.” としている。

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石原隆裕
建築討論

一級建築士、認定コンストラクションマネジャー。株式会社Vicc所属。組織事務所での意匠設計者を経てBIMや3Dモデルに関する仕事を生業とする。2014年東京大学大学院建築学専攻修了。1988年山梨県出身。