フードトラックアーバニズム

中村航 / KO NAKAMURA
建築討論
Published in
30 min readJul 1, 2021

連載【都市論の潮流はどこへ】/中村航/Series : Where the urban theory goes? /Ko Nakamura/Food Truck Urbanism

目次

01 新型コロナで見直された、都市の「屋外」の価値

02 フードトラック的なるモノと都市の制度

03 パブリックの需要を映す営みとしてのフードトラック

04 フードトラックの効用

05 まとめ(展望)

01 新型コロナで見直された、都市の「屋外」の価値

都市の外部空間をどう扱うか、これまで様々な文脈で論じられてきた。タクティカルアーバニズム、ウォーカブルシティ、マイク・ライドン(*1)、ヤン・ゲール(*2)、ジャネット・サディク=カーン(*3)からジェイン・ジェイコブス(*4)まで、人間の根源的欲求を支える都市は、どのような、そしてどのように外部空間を持つべきか。それは近代都市の成立以降、常に立ち上がるテーマであった。

そんな中、2020年から始まった新型コロナの世界的流行が、図らずも都市を大幅に見直す契機となりそうだ。人口の集中する世界中の大都市で感染が拡大し、ウイルス感染の媒介者としての人間同士の接触を極力抑えるべく、多くの都市で外出が制限され、移動が制限され、ソーシャルディスタンスという概念が一般化された。

そして家に閉じこもることを強要されて初めて屋外の価値に気づき、換気の重要性が再認識された。厳しいロックダウンが実施されたヨーロッパ諸国でも、時間を限定するなどの形で人々の健康を維持するための散歩や公園等でのエクササイズなどは認められた。商業施設や娯楽施設や飲食店が閉鎖され、行き場がなくなった人々は、わずかな外出時間を公園などで過ごした。日本でも常時に比べて、適切なディスタンスを意識しながらではあるが、公園などの屋外空間に出る人流が明らかに増加した。

2020年1月に深圳のロックダウンが発表された時、現代社会でこのようなことが起こり得るのかと世界に衝撃を与えたが、それもわずか1年半前の出来事に過ぎない。一方で1年半たってもいまだ収束が見えないというのも、社会に与えた(ている)インパクトは甚大だ。

そもそも、都市あるいは都市を形作るルールや建築は、これまでもしばしば災害によって方向転換をしてきた。シカゴの大火や江戸の大家事で都市の防火が進み、大地震で建築の構造に対する耐震基準が厳しくなり、河川氾濫などの水害で各都市の護岸が整備され、津波で居住地域が制限され、気候変動で様々な産業の基準や建築基準等が強化されてきた。

それらは、基本的に人間を守るために、人間を規制するものだった。耐震性を高めるためには柱も太くなり建設コストも増加する。エネルギー消費の削減のために建築の外皮性能を高めることも、ランニングコスト等を考慮するとプラスであっても、見た目のイニシャルコストが多いために建築主が支出を渋るケースも多かったはずだ。火災についても法律で規定しなければ、材料を省略したり仕様を下げたりするかもしれない。そのように、災害に対処・予防することと、日々の生活の利害は一致しないように見えることもあるため、法律で縛る必要性が出てくる。そのようにして人類は、法規制を作り、制約をつくり、人々の生活を守ってきた。

ところが、今回のような感染症の世界的流行に対処するために都市がすべきことは、感染を防ぐために屋外空間を見直そうということであり、都市での人間らしい生活を取り戻すべきだということだった。つまり実際と見た目の利害が一致する。実際に、多くの都市で屋外で生活しやすくするために、あるいは飲食店などが屋外で営業できるように、道路を開放したりした。例えばニューヨークではOpen Streetsプログラムで車道を歩道に変え、レストランの屋外席をストリートに置くことができるようになった(*5)。つまり、これまで災害への対処として様々な規制を作り出してきたものが、規制をゆるめる方向、あるいはより人間らしい生活を取り戻す方向への舵をとるきっかけとなりつつあるのだ。

新型コロナの被害そのものは、人類史上稀に見る規模の甚大なものであるし、多くの犠牲者も出し、各都市の状況によって今も行われている医療の逼迫、経済活動の制限やイベント中止などの短期的な痛みは計り知れないものがある。が、あえてポジティブに捉えるとすると、アフターコロナを考えた時には、図らずも都市の価値を向上させる出来事であったと、将来統括されることになるかもしれない。

都市に関する近年の様々な議論の延長線上で、都市の屋外をどう扱うかといったテーマは、新型コロナを経てより重要なものとなった。それを促進するアイテムとしての「フードトラック」は、都市論におけるひとつのホットなキーワードとして、急浮上しつつあるのだ。

*1 Mike Lydon & Anthony Garcia “Tactical Urbanism: Short-term Action for Long-term Change”, Island Pr, 2015など

*2ヤン・ゲール著、北原理雄訳『屋外空間の生活とデザイン』鹿島出版会、1990(原著1971)、ヤン・ゲール著、北原理雄訳『人間の街 公共空間のデザイン』鹿島出版会、2014(原著2010)など

*3 ジャネット・サディク=カーン、セス・ソロモノウ著、中島直人監訳、石田祐也、関谷進吾、三浦詩乃訳『ストリートファイト: 人間の街路を取り戻したニューヨーク市交通局長の闘い』学芸出版社, 2020(原著2016)など

*4 ジェイン・ジェイコブス著、山形浩生訳『アメリカ大都市の死と生』鹿島出版会(新版)、2010(原著1961)など

*5 GRUB STREET : How New York’s Open Streets Program Will Work in 2021 https://www.grubstreet.com/2021/03/how-does-nyc-open-streets-work.html

02 フードトラック的なるモノと都市の制度

ここで「フードトラック」と呼んでいるものは、その定義は全くといってよいほど定まっていない。屋台、キッチンカー、フードカート、ホーカー、ベンダー、スタンド、様々な印象があり、各国でも指すものが異なる。人によっても受ける印象も、想像するモノも異なるだろう。このような現在進行形の事象を見る時には、学術研究のように定義を厳密に定めるよりは、ざっくり全体を捉えて物事を観察するほうがよい。そこで一旦、仮設的・可動的なものであればなんでもよい、と考えよう。筆者はこれまでずっと屋台やキッチンカーや屋外の仮設的店舗などを研究の対象としてきたし、設計者としてデザインにも携わっている。「フードトラック」はそのような現象のひとつに過ぎないが、一方でそれらを総称する言葉はまだない。自動車を改造したキッチンカー(アメリカなどでは自走式のものをフードトラックと呼ぶことが多い)も、アジアで多くみられる手押し車タイプでも、小さなキオスクでもいいし、マーケットの店舗でもよい。タイヤだってついていなくてもよいし、かごがひとつあればビジネスは始められる。それら「フードトラック的なるもの」と呼ぶことにする。

仮設的・可動的で、都市の公共空間でなんらかの行為を生み出すもの。都市に柔軟性を与えるもの。環境に順応できるもの。人々に選択肢を与えるもの。それが今都市に求められている。さらに言えば本当は「フード」に限る必要もなく、ショップや、床屋や、修理屋や、ポエムなど、様々な行為が都市で起こっている。

そのような、制度上私有地と公有地に分けられた都市の、パブリック、あるいはコモンをどう扱うか、そのアイテムとしての「フードトラック的なるもの」の活用が、都市を考える上で、今まさに求められていると言ってよいだろう。

ものすごく乱暴に言えば、制度が整う前はどの国でも、路上には屋台や露店やマーケットが溢れていたが、公衆衛生の向上、交通正常化、税金徴収、私有地・公有地の権利区分強化、その他様々な理由で、都市の現代化と共に減少・排除されてきた。一方で、公共空間の質に対する議論は当然どの国でも行われていて、広場や公園やストリートにそのような活動がはみ出すことを制度として許容している国も多い一方で、日本やシンガポールのように厳しい規制をかけた国もある。規制はかけているが慣習的に誰も守らない(誰も不利益を被らず、むしろ人々に求められている)国もあるし、そもそも規制もない国も多い。

例えば台北では、街のあちこちにある夜市が都市のアイデンティティとなり、海外から台北を訪れる観光客にとっての目玉コンテンツの一つでもある。政府も「観光夜市」としてサポートしているが、過去には何度か路上の屋台・マーケットを一掃しようとしたことがあった。自然発生的に定着した夜市の代わりに、近隣に「公設市場」を設え、そちらに屋台を誘導しようと試みたが、多くの場所で屋台主等の反対で失敗している。一旦夜市として定着すると、その場所に多くの人が集まることが習慣化し、場所がアイデンティティを持ちはじめる。そのようなやりとりが様々な場所で何度も起こり、結果として政府がそのような夜市を「準公設市場」として追認しているというのが現状だ。そして現在ではむしろそれをバックアップしようと変化しつつある。

クアラルンプールでは、屋台を出してよい場所、出してはいけない場所が政府によって決まっていて、出してよい場所には水道設置といったインフラ整備もされている。ストリートの屋台を排除するわけでもなく、無秩序に放置するわけでもなく、一見オーガナイズされているように見える。その一方で店舗側は、よりしたたかだ。一旦営業許可を取った場所で営業を始めるが、時間帯や曜日によって集客が見込める時間帯には、許可範囲外の車道上や道路の反対側の歩道などに、椅子とテーブルを並べ、店舗を拡張する。当然許可範囲外なのでしばしば摘発の対象となるが、そこで課せられる罰金とそこに店舗を拡張することで増加する売上を天秤にかけて、罰金を払いながら営業を続ける。ある意味で非常にフレキシブルな対応であると言える。

イタリアのトリノでは、カフェやレストランの前の路上パーキングを数台分借り上げ、テラス席とするのをよく目にすることができる。Dehorと呼ばれている、いわゆるパークレット的な店舗を拡張する仕組みが定着したものだ。料理等のサーブは店内から行い、スペースの管理や周辺の清掃は店舗が行い、賃料は市に支払われるため、誰にとっても不利益がない。気候のよい季節は外の席から埋まっていく(ヨーロッパではどの国でもそのような傾向があるが)ため、飲食店が並ぶ通り沿いには複数のDehorが並び、通りの賑わいを作り出す。

アメリカは州によって法律が異なるが、オレゴン州のポートランドは、空地や駐車場用地にフードトラックを集めて「フードカートポッド」として運用している。飲食店のスタートアップサポートや、ポートランドらしいインディペンデントな食文化を重視するといったことが背景にあり、1980年代から定着したと言われる。街を歩いていると、ところどころにフードトラックが集まっているストリートが現れ、様々なストリートフードを提供している。制度としてきちんとルールづくりがなされているため、どこにでもフードトラックがあるような状態ではなく、うまくオーガナイズされている印象だ。

一方ニューヨークでは、市内で営業許可を受けられるフードトラックの総数を季節や物品ごとに定めているが、出店場所の規制はない。そのため、公園や、美術館前の広場、観光地近くには多くのフードトラック(手押し車タイプ・キッチンカータイプ共に)を日常的に見ることができる。彼らは時間帯によって動いているものも多いが、常に同じようなところに同じグループのフードトラックが出店していたりもするため、店舗間での取り決めや縄張り的なものは存在すると思われる。ポートランドに比べるともっと泥臭いが、皆が商機を虎視淡々と狙っているような、ニューヨークならではのダイナミズムがある。

シンガポールは、公共交通機関での飲食などに高額の罰金を課すなど、非常に清潔な国家を作り上げようとしているように、公衆衛生に非常に気を配っていて、1960年代にストリートの屋台を一切禁止した。しかしただ禁止するだけではなく、ニーズの捌け口をきちんとつくらないと規制が形骸化するといったことをよく理解していて、同時に市内に100以上のホーカーセンターを整備した。路上の屋台をただ撤去するのではなく、半屋外の公共スペースに上下水道・電気・換気などの設備の整った屋台ブースを並べ、管理された環境であれば営業できるようにした。人口密度の高いエリア、集合住宅団地の足下の公共スペース、駅のそばなどに計画的に配置されたため、人々が日常的に利用できる。衛生的なブースで、しかも各ブースの賃貸情報は政府が一括で管理していて、コントロール下にありながらオープンなシステムとなっている。

世界各地の都市(国)の気候・風土や文化・習慣をベースとしながら、またその都市(国)の経済状況や発展フェーズによって、フードトラック的なるものの扱いは当然異なる。フードトラックのような私有と公有にまたがるものは特に、都市の制度によってその様相が大きく異なるのが実情だ。問題は、新しい時代の都市環境を考える中で、それらをどうデザインしていくべきかだ。

03 パブリックの需要を映す営みとしてのフードトラック

世界の様々な都市のフードトラック(的なるもの)のふるまいを観察すると、都市の公共空間における人々の求めることが見えてくる。一度建つとなかなか変化しない建物とも、常に移り変わる人々とも異なり、その中間的存在、かつ仮設的・可変的であるからこそ、パブリックの需要を反映する観察対象としてふさわしい。それらを都市との関係で整理すると、都市コンテンツを補完したり、拡張したり、都市コンテンツそのものを生成したりといったヒントが見えてくる。

03–1 <都市コンテンツの補完1:観光地モデル>

観光地のフードトラック

例えばローマは、中心市街地のあちこちにローマ時代の遺跡や建造物がある観光都市であるため、そのようなコンテンツを訪れる人のために、市内各所に移動式のキオスクが点在する。実際はあまり移動しないが、その多くが被牽引車タイプで車輪がついており、観光地のエントランス広場や駐車場など、車が通れる場所で営業していることが多い。遺跡が公園内部には飲食店や売店があまりないため、そういった場所柄、ミネラルウォーターやアイスクリームやスナックなど、簡易なものが多く売られている。ただし観光シーズンではかなりの人流があり、商品量が多く求められるためか、比較的大きめの車両が使われている。

一方、同じく市内に観光資源が豊富なイスタンブールでは、観光地ともなるモスクなどの広場や歩道に、手押し車タイプの屋台が点在する。販売しているものは、チュロスやポップコーンといったスナックや飲み物が主だ。ローマ同様、多くが観光客目当ての商売ではあるものの、より娯楽度が高く、小さなスケールの手押し車が観光地の周辺に複数並ぶ。ここでも扱うものの種類は異なるが販売がメインであり、飲食場所の提供はしていない。テイクアウトが前提であり、歩きながら、あるいは広場などで食べるといった、都市空間との補完関係のもとで成立している。

03–2 <都市コンテンツの補完2:過疎地モデル>

ファベーラに野菜を配達する八百屋バス

サンパウロは世界有数の斜面が多い都市で、またその経済状況なども相まって、斜面地や山の中腹のような住みにくいところにファベーラが広がる。南米のファベーラは基本的には不法占拠のスラムであるものの、警察の管理の及ばないマフィアが管轄する居住地であり、アジアやアフリカのスラムと比較して、建物がきちんと建っていて人口密度も高い。そんなファベーラには多くの住民が住んでいるが、市街地からは少し距離があったり、急な坂道を登り下りしなければならなかったりする。そのため、あるファベーラの外の通りにはスクールバスを改造した八百屋トラックが止まって営業を行ない、住民のニーズに答えていた。またファベーラではなくとも、商店が閉まる夜にはワゴン車でフルーツを販売するなどの車両販売も一般的だ。どちらも市内中心部にありながら、地理的あるいは時間的な空白があり、そこを埋める役割として移動販売車が使用されていた。

もちろん、野菜や魚などを販売する車両は、日本の都市部でもかつては多く見られた。近年はあまり見ることができないのは、市街地の利便化が進み、スーパーやコンビニが相当数普及し、多くの地域ではその需要がなくなってきたからと考えられるが、一方でそういった商店から離れた地域、高齢化の進む集落等では、車両販売車が巡回するといったことがまだ行われている。このことは、単に需要の減った都市部でそういったスタイルが消滅しつつあると言うこともできるが、逆に、地方の農産物を都市部で直売するなど、車両という利点を生かした逆転の可能性は残っていると言えるだろう。

03–3 <都市コンテンツの補完3:パラサイト>

有名建築と屋台

昔ながらの屋台・フードトラックが溢れるニューヨークでは、営業ライセンスで出店場所を規制していないため、需要のあるところ、つまり人々の集まるところへ移動を繰り返して営業をしている。その結果美術館やショッピングモール、有名建築物付近や広場などには必ずフードトラックが並ぶことになる。これは人が集まる場所に寄生する、言わば「パラサイト」モデルであるが、ニューヨーク市は、退役軍人や障害者専用の営業ライセンスを発行するなど、屋台を雇用創出の場とも位置付けている。都市で発生する局所的な需要を適度に収益に変える、柔軟な制度設計と言えるだろう。また市内での出店総量は規制をしているため、競争過多となったり、増えすぎて交通の妨げになったりすることを回避している。

屋台に寄生する屋台

バンコクでも屋台の出店場所規制は原則的になく、屋台は柔軟に移動を繰り返す。そのため、下校時間帯の大学や学校の門や、出勤時間や退勤時間の駅エントランス付近などにはフルーツやドリンクを売る屋台がその時間帯だけ並び、商業施設やコンビニなどの前にも屋台が必ずある。そのように移動型の屋台は、時間帯によって売上を最大化するための行動をとるようになるが、今度は他の屋台そのものに寄生するようになる。規模の大きい飲食屋台は、調理をする複数の屋台とイス・テーブルを路上に並べて営業するが、そこに移動型の屋台が、デザートやフルーツを売りに行くのだ。客を取り合うようなことや、メニューを重複させるようなことはなく、屋台同士が補完しあう関係が形成されている。

03–4 <都市コンテンツの拡張1:ストリートの拡張>

ナイトスポットから溢れ出すガールズバー屋台

町中に様々な種類の屋台が溢れるバンコクでは、どんな業態でも屋台になってしまう。例えばゴーゴーバーや飲み屋がひしめき合うナイト・スポットであるソイ・カウボーイのそばには、メインの通りから外に出た路上に、まるで通りが拡張されるかのようにガールズバー屋台が数台出ている。車道にとまる改造車型のものもあれば、歩道に設置される簡易な押し車型のものもある。物理的には有限である全長150m程度のストリート内で発展した、バンコクならではの場所のキャラクターが、そのまま拡張された言わばストリートの「溢れ出し」である。

03–5 <都市コンテンツの拡張2:店舗の拡張>

拡張した店舗が車道を侵食する

アジアでは屋台は独立した店舗ともなるし、複数の屋台をまとめて店舗とすることもあれば、通常の固定店舗の拡張として屋台が使われることも多い。クアラルンプールでは、屋台の出店可能エリアが(一応)規制されているが、出店可能な場所の多くは、その通りの飲食店と関係性を持つ。屋台街として有名なジャラン・アロールはそのひとつだが、店舗と前面道路の歩道の間に屋台出店スペースがある。そこで営業する屋台はほとんどが固定店舗の拡張であり、逆にほとんどの店舗は店舗内に厨房スペースを持たない。屋台で調理したものを空調の効いた店舗内の客席か、車道側の屋外席で飲食する。熱帯のマレーシアに限らないが、屋外席から席は埋まっていくため、屋外席が次第に増えていく。夕方になると、4車線の通りが少しずつイス・テーブルに侵食され、ピーク時には車道のほとんどがダイニングスペースとなってしまう。

厨房を持たない固定店舗

バンコクでも同様に、固定店舗内に厨房を持たず、店舗前面スペースや道路に厨房としての屋台を並べ、営業する例はよく見られる。これは厨房の排気設備や冷房などの設備投資を最小限とし、店内は冷房を効かせて可能な限り席数を増加するためである。しかし結果的には、常に店先にシェフやスタッフがいて呼び込みも活発で、また店頭で調理をするため、街路に賑わいをもたらす要因となる。

03–6 <都市コンテンツの拡張3:場所の発見>

都市の隙間を活用する

屋台やフードトラックは、可動であり、かつそのスケールの小ささが、都市の様々な場所に適合する。都市空間の再発見だ。店舗に囲まれた建物の入り口(上階への階段)の幅1mにも満たない場所で営業を始めたり(台北・写真左)、昼間は映画館として営業しているロビーに屋台とテーブル・イスを並べて飲食店としたり(バンコク・写真右)、様々な隙間、空間を発見し活用することができる。

03–7 <都市コンテンツの生成1:ストリートマーケット>

ストリートマーケットを構成する改造車

欧米では一般的なストリートマーケットも、近年は車両改造タイプの店舗での出店が増えている。マーケットと言えば、古くは馬車の荷台に荷物を積んだものが集まったり、テントの下に板や箱を設置して商品を並べる(このタイプはまだまだ多い)ものだったりしたが、自走式あるいは被牽引車での出店に変わってきた。そういった一時的に都市のコンテンツを生成するのにフードトラックはぴったりだ。

アムステルダムのトラム操車場を大々的にリノベーションしたDe Hallen沿いの幅員12m前後の歩行者ストリートTen Katestraatでは、マーケットTEN KATEMARKTが開かれる。通りの両側に車両改造型や被牽引車型の店舗が並び、野菜や魚、パン、日用品などを売る。一見すると路上に店舗が並んでいるように見えるが、その多くがシャーシのついているフレームにオーニングなどを追加して使用していて、環境や見栄えを向上させているだけでなく、移動や撤収が容易になる工夫がされている。

03–8 <都市コンテンツの生成2:集まって大きくなる>

フードトラックの集合体

ジャカルタの低層密集住宅地カンポンでは、モノを販売したり飲食を提供したりする移動式の屋台とは別に、日用品や小分けにされたスナック(インドネシアやフィリピンではスナック類を小分けにして売る文化がある)などを販売するキオスクが所々に点在する。交差点などに建つことが多いが、店舗面積が狭いため、しばしば店舗外の路上まで使って営業したり、歩道にイスを並べてダイニングスペースとしたりする。中には可動式の屋台を利用して店舗を拡張するものまである。そうすると、たちまち物販メインのキオスクと、揚げ物などを提供する屋台が合わさり、ちょっとした複合的な店舗となる。(写真左)

バンコクでは小規模の手押し車型屋台にフルーツを積んで販売するフルーツ屋台を多くみることができる。バンコクの様々な種類の屋台の中では小型で機動力が高いタイプで、常に動いているが、時々複数のフルーツ屋台がひとつの場所に集合する瞬間がある。屋台のサイズも小さいのでそれぞれの屋台は、販売する種類は1–2種類に限定されたいわば専門店タイプであるが、それが同じ通りに集まると様々な種類を売る総合フルーツ販売店となる。(写真右)

03–9 <都市コンテンツの生成3:フードトラックが作るパブリック>

公共空間の主要アイテム

都市の広場やストリートは、ただの屋外空間ではそれほど魅力的な場所にならない。広場や、ストリートを構成する商店、ギャラリー、マーケット、文化施設などと一体となって、かつ人々が思い思いに過ごせる場所としてデザインされる必要がある。ベンチ、テーブル、芝生や植栽、デッキ、ステージ、パラソルといったアイテムと共に、飲食を提供するフードトラックは都市の公共空間には欠かせないものとなっている。

04 フードトラックの効用

これまで様々な事例(筆者の収集するフードトラックフォルダの中のごくごく一部ではある)を見てきた。都市を補完するもの、都市を拡張するもの、都市コンテンツそのものを構成するもの。仮設的かつ可動性があるからこその、様々な振る舞いを見せてくれる。それらを利用することによる効用を整理しよう。

04–1 イノベーションを誘発するサイズ

フードトラックは建築物に比べたら簡易で小さい。商品を飾ったり、調理風景を見せたり、色やグラフィックで彩ったり、庇やパラソルを追加したり、ポップを貼り付けたりするDIY性も併せ持つ。固定店舗では建物に付属品のようにとりつくそのような装飾が、フードトラックのサイズでは全体を支配するようになる。つまり装飾の効果が高い。カスタム可能で扱いやすい小ささ、そしてDIYの効果が通常店舗に比して高いとなれば、そこに様々な工夫が取り込まれ、イノベーションが起こる。

例えばバンコクで近年増えているフードトラックのイノベーションは、電池で点灯するLEDライトの利用だ。それまでは、営業する場所の付近のビルや店舗から電源を借りたり、発電機を使用したりして電気を確保するしか選択肢がなかったが、移動を繰り返す小規模な屋台ではそれは難しかった。しかし近年、LEDの普及で、電池で作動するLEDテープライトが一般化し、多くの屋台がそれを利用し始めた。

あるいは屋台の競争が激しい都市ではまるごとメニューや看板で覆われ肥大化する屋台も多い。色で差別化を図ったり、冷蔵ショーケースを組み込んだり、カフェのポップアップとしてフードトラックを利用したり、移動型の広告宣伝車、ストリートマーケットのための車両改造、複数の被牽引車を合わせた巨大店舗、空港内のフードトラック、その他様々なイノベーションを日々生み出し、都市空間を変容させる。

04–2 創出される雇用とマーケット

需要が増えると当然それに付随したマーケットが生まれ、適度な競争力と、新たな雇用を産むことになる。ベトナムでは屋台の参入障壁が低く、誰でも始められるビジネスとしてセーフティネット的に機能している。それこそコンロと鍋だけを道端に置いて調理し、スープを提供するようなものもあれば、比較的サイズの小さい屋台を買って動き回るものも多くみられる。そうすると屋台の生産工場や、屋台そのものの販売店といったマーケットが動くようなり、産業全体が活性化する。ヨーロッパや日本でも増えている車両改造形のフードトラックも、それを専門とした業者が多く存在し、車両購入(新車・中古問わず)から改造まで請け負い、好みのフードトラックを制作してくれる。また、フードトラックの出店場所となる土地とフードトラックをマッチングするMellowなどのサービスも急成長中だ。

04–3 スタートアップとトライアル

世界各地に店舗を持つShake Shackもニューヨークのマディソン・スクエア公園のフードトラックから始まったし、日本で言えば一風堂や天下一品もラーメン屋台からスタートした。通常の店舗型の飲食店を開業することと比較すると、フードトラックの出店コストは格段に安い。また、出店場所も一箇所に限定されることなく、やり方によってはいろいろなところで試すこともできる。本稿の緩すぎる定義で言えば、物販店がワゴンを店先に出す、といった小さなトライアルから、独立したてのシェフが立ち上げるフードトラック、食品メーカーなどが新商品の開発テストをするといったものまで、様々なことを試すことが可能だ。フードトラックがそのようなチャレンジの受け皿となることで、新しいものを生み出す土壌が形成され、都市の文化を押し上げる。

04–4 新さの継続

台北では出店場所が固定されている飲食屋台が主の夜市に対して、生鮮食品や日用品販売が主の朝市では、多くの屋台の出店場所は日替わりで変更される。そのため、毎日違う種類の商品が並ぶので近隣の消費者にとっては常に新鮮さが保持される。また近年一般的になったポップアップショップも、短期間で期間限定の広告効果を狙って出店するもので、食品メーカーの新商品発売に合わせてフードトラックが活用されたりもするようになってきた。そもそも、都市では公共施設や駅、商業施設、美術館や娯楽施設などであらゆる「イベント」が行われ、新さの継続が経済を動かしていると言っても過言ではなく、フードトラックはその選択肢を拡げることができる。

04–5 選択肢の拡張

新型コロナで飲食店等は営業できずに深刻なダメージを受けたが、多くの飲食店はテイクアウトやデリバリーを始め、結果的に飲食の業態を拡張することとなった。以前はテイクアウトやデリバリーといえばファストフードのみであったが、Uber Eatsが出始めた頃から様相が変化し、2020年以降は高級店などもそういったサービスを始めるところも増え、図らずもマーケットが多様化しつつあることは好ましい。とはいえ、こういったデリバリーのようなものは常に一定の需要があり、屋台街やマーケットではごく一般的な業態だった。というよりも屋台のような屋外を主体とした柔軟な業態では、デリバリーもテイクアウトもイートインもそれほど境がない。それらがさらに分解され、飲食店の屋内席と屋外席があるように、その先の歩道にも席が置けるようになったり、Nomaが東京やメキシコで期間限定のレストランをオープンさせたように、高級レストランがフードトラックで地方を回るイベントをしたり、行列のできるラーメン店がフードトラックを使ってサテライト店舗をランチ時だけ出したり、といったことが実現されるかもしれない。

04–6 土地の有効活用

都市では、様々な理由で一定期間使われない土地や建物が、意外に多い。建て替え時に解体したまましばらく放置された土地や、工事中の土地、道路拡幅途中の土地、高架下。暫定的な土地利用が増えれば、都市はより活性化するし、様々な機会が増大するだろう。そうはいっても通常は、短期間での営業に対して建設コスト等の初期投資が割りに合わなかったり、確認申請を始め様々な規制があったり、固定資産税の煩雑な処理があったり、使いたくても使いにくいのが現状だ。それを少しずつ変える間、あるいは人々の意識を変えるためにも、フードトラックをはじめとする仮設的なものの利用が拡大されれば、暫定的であっても都市の公共空間は豊かになり、それを繰り返すことが都市の新陳代謝を促すことにもなる。

04–7 都市のサードプレイス化

つまるところ、フードトラックあるいはフードトラック的なるものが成長すれば、都市の屋外空間が豊かになる。都市の中のあちこちに、人々の居場所ができ、大小様々なサードプレイス的な空間が生まれる。場所によっては商業的でショッピングを楽しんだり、場所によっては住宅街と関連して子供の遊ぶ場になり、場所によっては文化的な場となって新しい情報が集まったりする。そのような場が、都市にどんどん増えていくことを想像すると、そこには必ず、フードトラック的なるものが必要となってくる。逆に言えば、フードトラック的なるものが増えることで都市のサードプレイス化が促進され、より魅力的で高価値の都市形成が可能となるのではないだろうか。

05 まとめ(展望)

ここで挙げた様々な、楽しげで、都市の機能を担うフードトラックの多くは、現在の日本では実現できないものも多い。飲食店の営業や公共空間の使用・占有、権利区分様々な法規及び制度の運用上、残念ながらこういったものを規制する方向で今までは来ている。アメリカ・アジア・ヨーロッパ問わず、世界中のあちこちで行われていることではあるにも関わらず、ではある。しかし、図らずも新型コロナによって、都市の屋外空間が見直される中、欧米での飲食店の屋内席を禁止する代わりに路上席を作るなどの事例に感化され、日本でも一時的にではあるが規制が緩和されたりもした。

建物と人の、中間にあるフードトラック的なるものが、屋外での活動を豊かなものとし、都市環境の価値向上に寄与する影響は計り知れない。それをルール通り規制するのか、積極的に活用していくのか、都市の価値は柔軟な対応にかかっている。新型コロナでは世界の多くの都市で商業施設や飲食店が閉鎖され、それと同時にテイクアウトやデリバリーが増え、路上や飲食店の店外、屋外での飲食が増加した。

そもそも、新型コロナ以前から、2010年頃を境に、都市が人のための存在となるべくシフトし始めた。ウォーカブルシティを目指し、車両レーンを縮めて自転車レーンと歩道を広げる。あるいは広場をつくる。しかしそれでできた空間に何もなければ、何も起こらない。歩きやすい、心地のよい空間を作った上で、人々が自由に滞在することのできるベンチがあり、樹木や植栽が気持ちのよい影を落とし、テーブルや椅子でコーヒーを飲んだり食事したりすることができる、気軽にマーケットを開催することができる、そんな人々の行為をいかに生み出すことができるか。それが今、都市が考えるべき最も重要なことだ。そのような空間が、回り回って周辺の地価を(願わくは、適切に)上げ、周辺の商業やオフィスや住居の価値、言わば都市の価値を高める。

そういった未来の、都市のビジョンを見据えると、目の前の、小さなフードトラックを見る見方も変わっていくだろう。

中村航

(写真クレジットは全て筆者)

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中村航 / KO NAKAMURA
建築討論

建築家・博士(建築学)・株式会社Mosaic Design代表 / Architect, PhD, Founder of Mosaic Design Inc.