ブラック・クィア・ペース — — — LGBTQ+コミュニティと歩くナイロビの都市空間

連載:「Afro-Urban-Futurism / 来るべきアフリカ諸都市のアーバニズムを読みとく」(その3)

ケニアの首都・ナイロビで、ゲイの友人たちに連れられて、夜遊びをしたことがある。連れて行ってもらったのは、中心部のとあるバーだ。外観は一見普通だが、”仲間たちが集まる場所”だという話を、事前に聞いていた。

友人たちは、今夜は女装をして来るという。着替えに時間がかかったのか、約束の時間から1時間ほど待たされた。おかげで、店内の様子をゆっくりと観察することができた。

1人で2人机を占領し、静かにビールを飲みながら、意味ありげに来客者に目配せをするポロシャツ姿の男性たち。身体をぴったり寄せ合って会話を楽しむレズビアンのカップル。男性か女性か、区別が曖昧な若者たちが音楽に合わせて踊っている。”私の友達があなたに興味があるみたいなんだけど、一緒にビールでもどう?”、そう声をかけてきたレズビアンの子もいた。

約束の時間から1時間半後、悪びれもなくハイヒール姿で颯爽と登場した友人たち。彼(女)たちに連れられて歩いたナイロビは、クィア・スペースというもう一つの考察すべき都市のレイヤーを、私に考えさせてくれた。

クィア・スペースという概念

ちなみにケニアは同性愛が違法で、14年以下の懲役を含む犯罪として罰せられる。女性2人の同性愛を描いた2019年のケニア映画『ラフィキ:ふたりの夢(原題=Rafiki)』は、国内での上映が禁止となっている。なので、私がこの日行ったバーも、友人たちの女装姿も、警察に見つかると取り締まられる可能性が高い。

アフリカにおけるLGBTQ+の法的権利が示されたマップ 出典:businessliv

以上の理由により、本稿では、著者が実際にナイロビで訪れた場所や出会った個人が特定される描写はしない。代わりに、近年ますます注目されつつあるクィア・スペースという概念、そしてそのアフリカにおける現在地を議論したいと思う。

クィア・スペースは、性的少数者(LGBTQ+)やジェンダーの多様性を受け入れ、支持する場所やコミュニティを指す。これは、伝統的な性別や性的指向の枠組みを超えて、個人の自己表現やアイデンティティを尊重することができる環境 = スペースだ。

クィア・スペースは、コミュニティセンターやカフェ、クラブ、イベント、オンラインプラットフォームなど、さまざまな形態で存在する。これらの場所では、性的少数者が他の人々とつながり、情報を共有し、サポートを得ることができる。また、クィア・スペースは、差別や偏見に対する抵抗の場でもあり、LGBTQ+の権利や平等な社会の促進に向けた活動の拠点となることもある。

『Queer Spaces: An Atlas of LGBTQ+ Places and Stories』

2022年に刊行された『Queer Spaces: An Atlas of LGBTQ+ Places and Stories』では、グラスゴーにあるとある独立系書店や、ハバナのアイスクリーム屋、マナグアの廃墟と化した大聖堂など、LGBTQIA+コミュニティが集まる世界中の場所のエピソードと共に、著者たちが「クィア・スペース」と呼ぶ場所やコミュニティが紹介されている。クィア空間史に関しての本書のサマリーは、「建築の正史からとりこぼされてきた「クィア空間史」(サマリー№11)」に詳しい。

本書でも、他の地域に比べてアフリカにおける事例は少ない印象だ。

アフリカにおけるクィア・スペースの現状

アフリカにおけるクィア・スペースに関する研究は、過去数十年間で増加してきたものの、まだまだ発展途上の分野だ。

存在する先行研究としては、アフリカ出身のLGBTQ+の難民や亡命希望者がクィア・スペースを求める理由や経験に焦点を当てた”Queer African Spaces: Exploring LGBTQI Asylum Seekers’ Relationships with Identity and Home”(Ward, 2015)や、南アフリカにおけるクィア・アクティビズムの役割と、ジェンダーや性的指向に基づく差別に対抗するための個人や団体の取り組みを分析した”Queer Activism in South Africa: Addressing Violence and Inequality”(Makofane & Lindegger, 2012年)、ウガンダにおけるクィア・コレクティブアイデンティティの形成に関する人類学的な調査”Spaces of Marginality: Queer Collective Identity Formation in Uganda”(Grimm, 2017年)などがある。

これらの研究は、アフリカにおけるクィア・スペースの重要性や挑戦について理解を深める上で貴重な情報源だ。しかし、将来的にはさらなる研究が必要とされている。

地域差もある。現在アフリカ大陸の国で唯一法律で同性婚を認めている南アフリカでは、1997年の新憲法で「性的指向による差別の禁止」が明記され、LGBTQ+の権利が保障されている。

黒人のLGBTQ+コミュニティのカルチャーや都市文化を扱う研究も、”アフリカのゲイ・キャピタル”と言われる南アフリカを扱うものが多い。南アフリカ・ケープタウンのLGBTQ+コミュニティの生活体験について理解を深め、ステレオタイプに立ち向かい、彼らの権利と受容を促進することを目指した”Beyond the Mountain Queer Life in “Africa’s Gay Capital”や、ヨハネスブルク・ソウェトにおける黒人のクィアのナイトライフと、”ブラック・クィア・スペース”の形成との関係について検討する”Soweto nights: Making black queer space in post-apartheid South Africa”などは興味深い。

Zanele Muholi, ID Crisis, 2003 Zanele Muholi
ID Crisis (2003) Tate © Zanele Muholi

筆者が先日パリで出会った南アフリカ出身の写真家・アーティスト・アクティビストのZanele Muholiも、自身が黒人のレズビアンであることを公言し、その身体や性的アイデンティティに焦点を当てた作品で国際的に知られている。

ナイロビに話を戻すと、ケニアにおけるクィア・スペースに関する事例は圧倒的に少ない。一方で、ケニアにおけるLGBTQ+コミュニティの連合体であり、クィア・スペースの構築や権利の促進に取り組むGALCK(Gay and Lesbian Coalition of Kenya)、ケニアの芸術、映画、メディアのプロジェクトを通じて、クィア・アイデンティティやジェンダーに焦点を当てるThe Nest Collective、ケニアの性的少数者の女性を支援する非営利団MWA(Minority Women in Action)などの活動は力強い。特にThe Nest Collectiveの作品やイベントは、クィア・コミュニティのためのスペースとして機能し、対話や表現の場を提供している。

ケニアにおけるLGBTQ+の権利はまだ挑戦が多く、社会的な差別や法的な制約も存在する。けれど、これらの組織や取り組みは、ケニアにおけるクィア・スペースの重要性を認識し、LGBTQ+個人やコミュニティの支援を提供している。

ブラック・クィア・スペースのこれから

その日は朝まで、合計5軒ほどまわっただろうか。

カツラを被り、ハイヒールとドレス姿で化粧をしたうえ、声の大きい友人たちを見ても全く動じないバーもあれば、入り口に経つセキュリティガードがギョッとした顔つきで睨んでくることもあった。友人が運転する車に乗った時は、交通整備員による、明らかにそれと分かる嫌がらせも感じた。

彼 / 彼女らと一緒に歩くと、普段の都市空間の認識や感覚がぐにゃりと変化する。安心・安全の感覚、仲間が周りにいることによる安心感、自分らしくあれる場所・自分を隠さなければいけない場所。ヒリヒリとするくらい肌で実感できるし、逆にできないと危険に身を晒されることもある。

その夜訪れたナイロビの伝説的クラブ・アルケミストで、一見なんの変哲もない服装をした人が、ちらりとピンク色の靴下を見せてくれた。レインボーフラッグが刻印されている。安心して自分らしくあることができない環境でも、したたかに彼 / 彼らは自己表現の発露を探し、コミュニティを作っている。

クィア・スペース、特に黒人によるブラック・クィア・スペースの可能性を感じることができた夜であった。■

--

--

杉田真理子/Mariko Stephenson Sugita
建築討論

An urbanist and city enthusiast based in Kyoto, Japan. Freelance Urbanism / Architecture editor, writer, researcher. https://linktr.ee/MarikoSugita